深紅の狙撃手《クリムゾン・スナイパー》   作:伊藤 薫

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 ジークリンデの兵舎に来た下士官が「司令所に出頭せよ」というハンゼンからの命令を伝えに来た。手紙の返事をしたためたメモ帳を閉じる。

 ジークリンデはベッドから起き上がり、苦労して野戦服を着た。包帯を巻いた右肩が不自由だった。敵の狙撃手に観測兵を斃され、右肩を撃たれた。その時に肩を擦過した9ミリ弾は5センチほど皮膚を裂き、その下の肉を焼いた。ジャケットのボタンを閉じようとして脇腹の切り傷が眼に入る。傷だらけね。ジークリンデは苦笑を浮かべる。兵舎にいる周りの兵士は気を遣って何も言わない。

 司令所に向かって歩き出す。踏み出す度に痛みがこめかみをつき抜ける。痛み止めは飲まなかった。感覚が鈍くなって任務に支障を来すことを恐れた。

 司令所にはハンゼンの他にもう1人、背丈はごく普通だが頑丈そうな身体つきの将校がいた。ハンゼンがジークリンデをその将校に紹介する。将校は歩兵連隊長のシュパイデル中佐と名乗った。シュパイデルはジークリンデをじっと見た。

「深刻な問題が発生した。それで、貴官のところに来たのだ」

 ジークリンデはうなずいた。

「わが部隊の戦区に敵でおそらく最高クラスの狙撃手が現れたようだ。この2日で5人撃たれている。5人とも将校で頭を撃ち抜かれている」

「隠れ場は判明しているのですか?」

「ハルツ山脈のジッテル渓谷に鉄橋がかかっている。その残骸から撃っているのではないかと思われる」

「あの鉄橋ですか!」

 ジークリンデは思わず大声を上げてしまった。

「鉄橋のことを知ってるのか?」シュパイデルは驚いて尋ねた。

「知っているとは言えませんが、私もあの橋に敵が潜んでいないかと考えていたのです」

「では、貴官ならどう考える?」

 シュパイデルは戦況ディスプレイまで来るように手招きした。渓谷の鉄橋がある戦域の大縮尺の地図と、連隊の部隊配置が表示されていた。シュパイデルがタッチペンで渓谷と北西部の一番狭い部分を横切る薄い黒線を指した。

「ジッテル渓谷はちょうど敵の本拠地―トーポリ要塞の裏手にある。わが部隊としては渓谷をおさえて、要塞を正面から攻撃する部隊と合流して敵を包囲したい。だが、この鉄橋にいると思われる敵の狙撃手で我々は陣地から一歩も前進できんのだ」

「この鉄橋は非常に有利な陣地です」ジークリンデは言った。「残った橋脚のどちらかに隠れ場を見つけて金属部分の残骸に身を隠すことが出来れば最高です。そうすれば600から800メートルの距離で敵を撃つことが可能です。敵の前線と後方陣地が全て見えます。ですが反対側からは、我々の前線が同じようによく見えるでしょう。ですから、敵の狙撃手は思うままに撃てているのです」

「敵の狙撃手を仕留めることができるか?」

「はい」ジークリンデははっきりと答えた。「大佐が私に命じてくだされば」

「問題ない」ジークリンデたちの会話を聞いていたハンゼンが言った。「私としてもあの山脈はただちに制圧する必要がある。貴官はシュパイデル中佐の指揮下に入れ。命令は今日じゅうに出す」

「何か要望はあるか?」シュパイデルが言った。

「山脈の地形には不慣れです。地図を貸していただければ」

「それは出来ない。おそらく敵の妨害工作だろうが、地図については戦況ディスプレイに表示されている大縮尺の物しか使えないのだ」

「でしたら、誰か案内できる者は?」

「先日、わが部隊の斥候班がある民間人を保護した。その民間人はあの山に詳しいそうだ。今は野戦病院で療養してる。話を聞いてみるといい」

「期限は4日だ、中尉」ハンゼンが言った。「4日で敵の狙撃手を斃してもらう」

 ジークリンデは司令所を出た。

 現段階で自分の敵が誰なのかあれこれ考えることはしなかった。これは決闘なのだ。ジークリンデは不意にそう思った。この決闘は単純な任務ではない。易しいものでも、すぐに決着がつくものでもないはずだ。ジークリンデは敵の狙撃手が身を潜んでいると思われる場所については1か所しか知らず、それも正確な知識があるわけではなかった。敵の狙撃手が事前にいくつもの陣地を準備しているのかもしれない。

 ひとまずは鉄橋にたどりつくことだ。ジークリンデはそう思い直して野戦病院に向かうことにした。

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