深紅の狙撃手《クリムゾン・スナイパー》   作:伊藤 薫

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 連隊の斥候班で民間人を発見したのはエーリヒ・カイルベルトという兵士だった。ジークリンデは野戦病院に向かう前に、兵舎にいたカイルベルトから民間人の詳細を聞くことにした。

 民間人の名前はラドミル・ハージェク。ハージェクは家族と一緒にハルツ山脈の小村に暮らしていた。その村が《髑髏師団》に襲撃されて4、50人の村民が殺害されたかもしれないという。ハージェクは襲撃時、村を離れて森に行っていた。村に帰ってきたハージェクは襲撃を目撃した後、3日ほど山の中を彷徨って力尽き倒れたところを斥候班に発見されたために難を逃れた。ジークリンデはカイルベルトに聞いた。

「襲撃を指揮したのは?」

「名前はテオ・アダム。階級は軍曹。元は憲兵隊にいたことがあるようです。ハージェクの証言から中佐が同定したんです」

 ジークリンデは野戦病院に出向いて軍医からハージェクの様子を聞いた。搬送時にかかっていた栄養失調とショックは改善したが、日中はぼんやりと窓の外を見ていることが多いという。未だ凄惨な記憶が脳裏に生々しく残っているであろう。ハージェクに山の案内を頼むことは酷なことに思えてきた。ジークリンデは気が進まなくなってきた。それでも病室まで看護師に案内してもらった。ためらいがちにドアをノックしてから開ける。

 ハージェクは窓辺に立っていた。外を眺めている。全身に毛布を巻きつけて、薄暗い明かりの中でぼんやりとした表情を浮かべている。

「大して見る物は無いでしょう?」

 ジークリンデは病室にそっと足を踏み入れながら声をかけた。ハージェクがハッと振り返ってジークリンデを見つめる。やけにどぎまぎして見えた。

「大丈夫ですか?」ジークリンデは尋ねた。

 ハージェクは黙ってうなずいた。

「良かった。大丈夫なら良いんです」

 ジークリンデはハージェクに対する接し方が間違っているように思えてきた。神経質になっている。自分でもそう思った。官姓名を名乗った後は言葉に詰まってしまった。方法は一つしかない。ジークリンデは何度も自分にそう言い聞かせた。

「実は・・・手を貸してもらいたいのです。とても重要なことで」

 ジークリンデは相手の反応を待った。ベッドに腰かけたハージェクは黙ってジークリンデを見返した。落ち着いているようであり、周囲に関心が無いようにも見える。

「我々の狙いは狙撃手を殺すことです。その狙撃手はジッテル渓谷にかかってる鉄橋の残骸に潜んでいる可能性が高いのですが、我々にはジッテル渓谷の地図がありません。敵はもっといろんなことを知ってるはずです。そこで、地図を書いてほしいのです。鉄橋にたどり着くまでの地図を」

 ジークリンデは手にしていたスケッチブックを差し出した。ハージェクが顔を上げる。こちらの話を全く理解していなさそうな様子だった。ジークリンデは困惑した。

「本当に大丈夫ですか?熱とかありませんか」

「狙撃手を殺す?誰が?」ハージェクは尋ねる。

「撃つのは私です」

お嬢さん(フロイライン)がか?」

「私でなければ、もう1人が撃ちます」

 再びハージェクの眼が興味なさそうに曇る。ジークリンデには分かった。

「連れていってやる」ハージェクはいきなり言った。

「え?」

「一緒に行こうじゃないか。ああ、そうしよう」

「自分がいま何を言ってるのか分かってる?戦闘が行われるかもしれない。アナタも敵の狙撃手に撃たれるかもしれないんですよ」

「構わない。どうでもいいことだ」

「どうでもいい?」

「お嬢さんには分からないだろう。とにかくワシは行かなくてはならない。そうでなければ、この話は断る。これが条件だ」

 ジークリンデは混乱していた。動機を考えてみたが、単刀直入に「なぜ?」と尋ねた。

「旧友たちのため。そう言っておこうか。旧友たちに会う絶好の機会だからだ」

 おかしな答えだ。ジークリンデはそう思った。釈然としないまま答えた。

「わかりました。一緒に行きましょう」

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