[1]
2週間前―。
惑星テルペニアは銀河帝国の要衝イゼルローン要塞から、
その年の7月、ジークリンデがこの基地に着任した。
《シグルド》基地には旅団規模の陸戦隊が駐留している。司令官の階級は大佐。名前はコンラート・ハンゼン。ジークリンデは司令室で官姓名を名乗り、着任の挨拶をした。
ハンゼンの年齢は40代前半。不機嫌な印象を与える男だった。顔の血色も悪く、眼光も活力が欠けているように見えた。ジークリンデの敬礼に片手で応じる。眼は机上の書類に向けたままだった。
「まず貴官はなぜここに派遣されたか、十分に分かっているのか?」
「はい」
「過去はどうあれ、ここでの貴官は一介の新任中尉に過ぎない」
「心えております」
「幼年学校では成績が良かったようだな。過去に輩出した女性士官の中ではトップか。特に得意だったのが・・・」
「狙撃であります」
「ならば、その腕を存分に生かすことだ」
ハンゼンは机上に置かれた電話を掴んだ。
「軍曹をここに呼んでくれ」
数分後、司令室に入って来たのは2メートル近い身長を持つ偉丈夫だった。その偉丈夫がジークリンデの横に立ち、野太い声を出した。
「リーゲル軍曹、まいりました」
「彼女を補給廠に案内したまえ、軍曹」
ハンゼンはジークリンデに顔を向ける。
「貴官には着任早々であるが、さっそく夜間の斥候任務に就いてもらう。そのために班を組んで任務に当たれ。班の指揮官は貴官である」
ジークリンデは軍曹の案内で、基地の補給廠に向かった。基地は自然に出来た淡水湖の側に立地していた。湖面に輸送艦を始めとする大小さまざまな艦艇が停泊し、基地の周囲は対空迎撃システムが配置されている。軍曹は時おりユニット式の地上施設を指さして「あれが食堂」「あれが兵舎」と説明する。
道すがら非番の兵士たちが軍曹に敬礼する。何人かはジークリンデの姿を見るなり思わず立ち止まったり、振り返ったりする者がいる。軍曹が低い声で笑った。
「ヘッヘッ、みんなアンタの姿を見て驚いてるぜ。ここじゃ女は珍しいからな」
「もう慣れてますから」
とにかくジークリンデは目立つ存在ではあった。帝国軍内で前線に立つ女性兵士といえば衛生兵、看護兵や通信士ばかりだった。ジークリンデは軍服の右袖に狙撃手章を付けているが、狙撃手章は狙撃で20名以上の敵兵を斃した将兵に贈られる勲章で、その授賞者は男性の狙撃手でも少ない。ましてやジークリンデは身長が175センチあり、燃え立つような赤毛のショートカットが映えていた。
「ところで、自己紹介がまだ済んでなかったな」
軍曹は官姓名を告げる。名前はクルト・リーゲル。ジークリンデも自己紹介する。リーゲルは歩きながら話し続ける。
「中尉殿はどういう経緯で、この星に来たんですかい?」
「懲罰です。軍刑務所に送られる代わりに」
「ほう、中尉殿も自分と似たような感じですな。自分は気に食わなかった上官―貴族出の坊ちゃんだったんですが、そいつを殴ったのが元でムショからここに送られました。中尉殿は中年のオヤジ上官に尻を触られて、お返しにキックをかました。そんなところですか?」
ジークリンデは口許に微苦笑を浮かべる。
「概ね合ってますよ、軍曹」
「中尉殿はこの星で何をやってるか、ご存じで?」
「叛乱に対する討伐であると」
「オーディンでは噂になってるでしょうな。叛乱が始まってから2か月が経ってます。いまだに鎮定できてないんですから」
基地から一歩外に出た先は、深い森が広がっている。はるか遠くに緑が眼に眩しい山々が連なる。この自然豊かな星にも帝都に渦巻く権謀術数が影響していたのである。帝国領であるが故の宿命だろうか。ジークリンデはオーディンからテルペニアに向かう際、駆逐艦「リエンツィ」の艦長ナイトハルト・ミュラー大尉から説明された経緯を思い返した。