深紅の狙撃手《クリムゾン・スナイパー》   作:伊藤 薫

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 敵はジッテル渓谷の底に落下した。敵が落ちた辺りは葦がびっしりと生えていた。ライフルが狙撃手の後を追いかけて落ちる。

 ヴィンクラーは塹壕の中で短機関銃を手に、眉間を撃たれた獲物に駆け寄るジークリンデを援護した。25分ほど走ったり滑り降りたりして、ジークリンデは葦をかき分けて敵の傍にたどり着いた。ジークリンデは死んだ敵の顔を見ることが好きではない。ましてや顔を覚えるなどまっぴらだった。

 時間がどんどん経過する。ジークリンデは敵の死体を手早く検めた。遺体は防寒チュニックの上にカムフラージュ用コートをまとっていた。兵士用パスポート。銀色の糸で刺繍を施した肩章。チュニックの第二ボタンの穴に黒と白の組紐でかけた赤いリボン付きの勲章。鉄十字章。ジークリンデはナイフでこれらを切り取った。こうした品々が戦場の偵察報告を細部で補完するために必要になる。

 オーバーコートの右ポケットとチュニックの右胸についたポケットに大きな包みが見つかった。ブランデー入りの平たい水筒。タバコが数本入ったシガレットケース。ガスマスクを入れるためと思われる金属製の筒にはガスマスクの代わりに、携帯食糧が入っていた。

 敵には不要になった望遠照準器付きのライフルを肩にかける。ジークリンデは塹壕に戻った。ヴィンクラーがじりじりしながらジークリンデを待っていた。ヴィンクラーはジークリンデが胸壁を乗り越えて塹壕に入るのに手を貸し、笑みを浮かべながら聞いた。

「今回の相手は誰だったんですか?中尉」

「これが勲章」

 ジークリンデは敵の勲章をポケットから取り出した。

「大物のようですね。でも一番は、わが軍の兵士たちがこれで静かな時間を持てるだろうということですよ」

「静まり返ってる。つまり彼は独りで狩りに出かけたんです」

「よほど自信があった」ヴィンクラーが敵の俸給手帳を取り上げて読み上げた。「ヘルマン・レクナーゲル。第346歩兵師団第121歩兵連隊。曹長」

「敵兵がここに来る前に離れましょう」

 ヴィンクラーがライフル2丁をジークリンデから取り上げて2人は塹壕を出た。連隊の前線に向かった。部隊の監視所にいた兵士が挨拶してくれた。ジークリンデたちが連絡通路の高い壁の間から出るか出ないかという時に、敵の迫撃砲が鉄橋の上から唸りを上げる。機関銃の射撃音が始まった。敵は何が起きたか気づき、無人地帯に砲弾や銃弾を激しく浴びせていた。味方も応戦した。この日の朝は静かに明けた。それでも結局、戦争は始まる時に始まる。

 ジークリンデたちは連隊の司令部に出頭した。司令部は幹線道路沿いの小さな白い家に置かれていた。シュパイデルはじっくりと時間をかけてレクナーゲルの俸給手帳と鉄十字章を調べた。ジークリンデとヴィンクラーはシュパイデルの前で気をつけの姿勢を取っていた。

「どちらが敵の狙撃手を仕留めたのだ?」

 シュパイデルはヴィンクラーを見ながら訊いた。

「中尉殿です」ヴィンクラーが大きな声で答えた。

「どうやって斃したのだ?」

「いつもと同じです」ジークリンデは答えた。

「これを読んだが」シュパイデルはのんびりと続けた。「このレクナーゲルという男は最近この星に移ってきたようだな。以前はオーディンで狙撃教官をしていたそうだ。貴官は知ってるかね?」

「いえ」ジークリンデは首を横に振った。

「レクナーゲルはこの手帳によると、兵士と将校を合わせて215人という戦果を挙げている。貴官は何人だ?」

「227人です」

「いい勝負ではないか」

「はい」

「レクナーゲルは勲章を2つもらってるようが、貴官はどうだ?勲章をもらったことはあるかね?」

「いいえ」

 部屋がしんと静まり返った。シュパイデルは物悲し気にこちらを見た。まるでジークリンデを初めて見るかのようだった。ジークリンデは上官とこの手の会話を交わす時は、なるべく口をつぐむようにしていた。軍で長い時間を過ごすうちに、上級指揮官と長い会話を交わしても、下級指揮官にとって何も得るものはないという結論にいたっていた。

「この戦争は終わった、中尉」シュパイデルは言った。「皇帝陛下が妃をお連れになってこの星にいらっしゃる。珍しく戦勝記念会を開催するそうだ。その席で君が表彰されるよう、これから基地の司令本部に行こう。君たちの手柄の報告を携えてな」

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