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トールヴァルトは空腹を覚えて足を止めた。夜半過ぎてからほとんど1日じゅう疲れた身体をむち打って森の中を歩き続けてきた。上空に眼を向ける。
樹木の間から駆逐艦が遊弋しているのが見える。オーディンから皇帝自ら率いた宇宙艦隊がトーポリ要塞に到着したのだろう。あと少しで森を抜けて耕作地を通れば、目的地の納屋があるはずだった。すでにトーポリ要塞からはかなり離れている。草地にある倒木に腰を下ろして小休止を取った後、再び歩き出した。
夜明け前の闇が深い頃、トールヴァルトは山の中腹に建つ納屋にたどり着いた。控えめに扉をノックする。納屋から出てきたのは若い男だった。若い男はラルフと名乗った。
「お待ちしておりました、少佐殿」
トールヴァルトはうなづいて納屋に入る。干し草と牛と肥料の匂いがした。納屋の中に乗用車が止まっている。ラルフが車の後部座席から大きなトランクを運び出そうとしている。
「それが暗視装置か?」トールヴァルトは訊いた。
「ええ」
「慎重にな」
納屋の奥に進む。血色の悪い中年男がテーブルの傍に立っていた。
「私は《ザックス》。初めてお目にかかる、少佐」
「こちらこそ」
トールヴァルトは《ザックス》と握手する。帝星オーディンから派遣された鎮圧部隊に潜入していたスパイが眼の前にいた。《ザックス》は訝しげに野戦服を着たトールヴァルトをじろじろと見た。
「民間人の服装で移動した方が安全じゃないのか?」
「何を着ようが、もはや関係あるまい」トールヴァルトはアサルトライフル―SVT-40の部品が並べられたテーブルを指した。部品がオイルで光っている。「あんな物を持ち歩いてるハイカーもいないだろう。それに誰かに会うとは思えない。登山ルートやハイキングコースからも遠く離れた山道を歩くのだから」
《ザックス》は鼻を鳴らした。トールヴァルトは《ザックス》に尋ねた。
「《女狐》はどうしてる?」
「今は軍刑務所の檻の中だ。君には手出しできないはずだ」
「なら良いが」トールヴァルトは納屋の窓から外を見た。「周りには何も無さそうだな」
「年老いた夫婦が持ってました」ラルフが言った。「すごい大金を払って買ったんです。これほど予算がついた作戦は初めてですよ」
トールヴァルトはテーブルに近づいた。アサルトライフルの金属が冷たい光を反射している。だが機関部に汚れが付いていることに気づいた。何故かそれが気に障った。
「部品はいま初めて並べたんだろうな?」
《ザックス》がラルフを睨む。〈信じられない〉といった表情を浮かべる。
「指示はキチンと守ってます」ラルフが震えた声で言った。
トールヴァルトはすばやくアサルトライフルの組み立てを始める。続いて淡々とした手つきで弾倉6個に30発ずつ弾薬を込める。丸い弾頭をした特別製の弾薬だった。この弾薬なら亜音速で標的まで飛んで行くはずだ。斃すべき標的は1人だが、近辺に護衛がついているのが当然の身分だ。本音を言えば弾はいくらあっても足りない。アサルトライフルを横に向けて弾倉をハウジングに入れた。トレランスに嵌る感覚が伝わってくる。掌の付け根で弾倉を奥まで叩き込む。バネの嵌る音がした。
「まるで手術の準備をする医師のようだな」《ザックス》が言った。
「これはただの道具だ。では、コイツを担ぐのを手伝ってくれ」
トールヴァルトは水筒と弾倉入れのついた戦闘用ハーネスを身に着け、その上から装置用のラックを背負った。《ザックス》とラルフが暗視装置を持ち上げ、コートを着せてもらうようにトールヴァルトがその前に滑り込む。紐をきつく締め、前に踏み出す。重量が全てかかって来た。
「ばかに重い装置だな。歩けるか?」《ザックス》が尋ねた。
「歩いてみせるとも」トールヴァルトはライフルの負い紐を肩に掛けながら厳しい口調で言った。「俺の教え子で一番筋が良かった《女狐》もコイツを使いこなせたんだ。負けるわけにはいかん」
「少佐、持って行ってください」
ラルフが差し出したのはホイルに包まれたチョコレートだった。
「ありがとう。朝食だな。気が利くじゃないか」
トールヴァルトはそれを野戦服のポケットにしまう。テーブルから離れて初めて独りでライフルの全重量を支える。顔から血の気が引くのを感じたが、そのまま納屋を出てまばたきしながら陽射しの中へと足を踏み出した。すでに身体が重さに慣れてきていた。
目指す場所はアッペンツェル湖。皇帝の別荘だった。