皇帝を迎える歓呼の声が遠くから聞こえてくる。
皇帝フリードリヒⅣ世が寵姫グリューネヴァルト伯爵夫人を伴って惑星テルペニアに行幸に来たのだ。叛乱の首謀者ヴェーバージンゲ中将がトーポリ要塞で自決したことにより、中将が率いていた私兵集団―《髑髏師団》も降伏した。テルペニアの叛乱は鎮圧されたのである。
敵の狙撃手を斃した功績により表彰されるはずだったジークリンデは基地に併設された軍刑務所にいた。軍刑務所には《貴人室》と呼ばれる部屋があり、貴族や将官は一流ホテル並みの住環境で過ごすことができるが、ジークリンデが放り込まれたのは一般士官用の独房だった。
不満を口にしたことはない。食事もそれなりの物が出された。電磁石式の手錠をはめられたままだったが、赤毛の狙撃手はごく自然に不屈だった。憲兵隊に不当に逮捕されている。そう感じていた。容疑は部下の殺人だった。
狭い取調室で陰気な目をした尋問官と対面する。尋問官は取調を始める前に帝国軍の官姓名を名乗ったが、ジークリンデにこの男が元は内務省社会秩序維持局にいたのではないかと疑っていた。あの組織に雇われていた人間であれば捏造した証拠をつきつけ、思想犯と称して無辜の臣民を処断することにかけては手慣れているはずだった。
尋問官はジークリンデに対してこう切り出した。
「なぜ、貴官は自分の部下を殺害したのかね?」
ジークリンデが斃した狙撃手と思われる死体をジッテル渓谷から回収して調べたところ、ヘルマン・レクナーゲルなる人物が帝国のデータベースに存在しないという。また遺体の生体検査を行った結果、ジークリンデの部下の1人で行方不明になっていたロベルト・ホフマン二等兵であることが判明した。それがジークリンデにかけられた容疑の詳細だった。
「貴官は撃った敵の顔を覚えていないのか?」尋問官は言った。
戦争に行った兵士を殺人罪に問うこと程、馬鹿げた話はない。取調中、ジークリンデはひたすら口を閉ざしていた。尋問官は続ける。
「撃つ瞬間に標的が部下だと分かったら、撃てないはずではないか?」
この質問に対して、ジークリンデは答えることが出来なかった。
任務を果たした後、標的の顔がいつまでも脳裏に浮かび、標的が悪夢に出てくることはまずない。あれは創作だ。幼年学校の狙撃課程にいた教官も同じことを言うだろう。撃つ瞬間、ジークリンデは標的の顔を覚えていない。思い出せるのは外面的な要素だけだ。標的を撃った瞬間の気温・湿度・風向き。敵の服装。
狙撃手の習性を相手に説明しても無駄だと思い、ジークリンデは黙っていた。尋問官は質問するだけで、拷問にかけようとはしなかった。ひたすら身柄を拘束したいだけのように思える。ひょっとしたらジークリンデを皇帝に会わせたくないのか。会わせたくない相手はもしかしたら個人的な面識があるグリューネヴァルト伯爵夫人か。それは何故なのか。いくら考えてみてもピースの足りないパズルを解くような感じがするだけだった。
取調は毎日、不規則な時間で行われる。寒い独房に閉じ込められて風邪をひき始めていたジークリンデは次第に耐え切れなくなっていた。尋問官はオーディンに護送して部下を殺傷または戦果を詐称した罪で軍法会議にかけると告げる。取調を終わった後、独房の壁に風邪の熱でほてった頬を押し付けて冷やそうとした。ジークリンデはふさぎ込んだ。
ある日の夜、独房の扉が開けられる。ベッドに寝ていたジークリンデは眼を扉に向ける。侵入者は男2人。逆光で顔貌は分からなかった。ジークリンデは男たちに両脇を抱えられて独房を出る。オーディンに護送されるのか。
小部屋に連行される。将校が1人待ち構えていた。初めて見る顔だった。覚悟を決めていたジークリンデが驚いたことに、手錠が外される。長い間、手錠で締め付けられて傷んだ手首をさする。将校が口を開いた。
「貴官が
ジークリンデはうなづいた。