深紅の狙撃手《クリムゾン・スナイパー》   作:伊藤 薫

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 ジークリンデは小部屋で初対面の将校と向かい合っていた。将校は歴戦の武人らしい精悍な風貌だが、なぜか茶色の頭髪が両耳の横の部分だけ白くなっている。ジークリンデは将校の官姓名を尋ねた。将校は口を開いた。

「私はウルリッヒ・ケスラー大佐。憲兵隊に身を置いてる」

 ジークリンデは思わず敬礼する。

「貴方がケスラー大佐でしたか」

 昨年、ごく短期間にジークリンデは幼馴染とともに憲兵隊に出向し、幼年学校で発生した連続殺人事件の秘密捜査に従事したことがある。その時、不敬罪に捕らわれた老婦人を救ったケスラーの話を聞き、幼馴染はその手腕と人柄に非凡なものがあると評価していたのである。

「まあ、そんな固くならずに」

「グリンメルスハウゼン大将閣下の邸宅で警護をなさっているのではなかったですか?ラインハルト様から貴官にお世話になったと聞きましたが」

「最近は閣下も身体が弱くなっていてあまりオーディンを離れたくはないが、こうした事態になると、真っ先に呼びつけられる身分でね。今はこの星で捕虜の聴取や残兵の逮捕を行ってる。実はある将校が行方不明なのが気がかりだ。おそらく死んでないと思われるが」

「誰なんですか?」

「名前はハインツ・トールヴァルト。階級は少佐。皇帝から功一級狙撃手章を受け取ってる。貴官は知ってるだろうか?」

 ジークリンデはうなづいた。

「ええ、オーディンの幼年学校で狙撃課程の教官でした」

「ふむ。どうやらその男が今夜、グリューネヴァルト伯爵夫人を暗殺するというのだ」

「何ですって?」

 ジークリンデは衝撃を受けて眼を見開いた。

「どうして、そのようなことが分かったのです?」

「ある事故が発端になったのだ」

 ハルツ山脈で討伐部隊が脱走兵を捜索していた時、山道で乗用車と輸送トラックが正面衝突する事故が起きた。トラックの方は無事だったが、乗用車の運転手が重傷を負った。運転手は野戦病院に緊急搬送されたが、軍医の懸命な措置も空しく死亡した。

「私は運転手が所持していた身分証に興味を持ってね。運転手はラルフ・ザイドリッツという兵站担当の士官で、オーディンで貴官を襲撃した犯人の親族だった。私が山道を走ってた理由を問い質すと、ザイドリッツは気が弱って観念したのか、事切れる前にいろんな話を漏らした。グリューネヴァルト伯爵夫人の暗殺もそうして漏らした話のひとつだ」

「他にはどのような?」

「今回の暗殺にはどうやら憲兵隊が絡んでいるようなのだ。叛乱部隊にテオ・アダムという人物がいたが、彼は元憲兵隊だ。これは君が斃したらしいな」

「ええ」

「アダムは数年前、惑星ロミンテンで住民に対する略奪を働いたにもかかわらず、隊内でも特に処罰されずに憲兵隊を辞めて軍に入り直している。この基地の司令ハンゼン大佐も以前は憲兵隊にいた。アダムが事件を起こした時の上官だったのだ。ザイドリッツによると、この基地から《ザックス》というスパイが叛乱部隊に情報を流してたようなのだ。私は《ザックス》がハンゼンだと見ている」

「《ザックス》が要塞に情報を流してたとしたら、それは叛乱部隊が有利に戦局を進めるようなことを画策してたと思います。ですが、それは失敗しています」

「目的は違うところにある。おそらくは・・・」

 ジークリンデはケスラーの言葉を引き取った。

「私を監視していた」

 ケスラーはうなづいた。

「教官はなぜ?」ジークリンデは当然の疑問を口にした。

「トールヴァルトを捕らえて聞いてみる他あるまい」

 ジークリンデはケスラーに昏い眼を向けた。

「今夜、伯爵夫人はどこで過ごされるのですか?」

「アッペンツェル湖の別荘だ。皇帝陛下は要塞で一夜を過ごす。別荘は護衛が何人かついているが、トールヴァルトはそれも織り込み済みだろう。伯爵夫人も護衛もまとめて殺害するつもりだ」

「アッペンツェル湖はハルツ山脈の奥地ですね。別荘に連絡を取る手段は?」

 ケスラーは首を横に振った。

「別荘には電話も無い。下手に警告すれば、ハンゼンたちに気づかれる恐れがある。そうなれば、トールヴァルトが暗殺までの時間を早めるだけだ。ザイドリッツによると、暗殺は今夜の零時に決行されるそうだ」

「私はこのために解放されたんですね」

「君にトールヴァルトを阻止してもらいたい。彼に対抗できる者は貴官しかいない」

 ケスラーから言われるまでも無かった。ジークリンデは最初からそのつもりだった。

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