深紅の狙撃手《クリムゾン・スナイパー》   作:伊藤 薫

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 帝国歴485年3月に勃発したヴァンフリート星域における自由惑星同盟との会戦は帝国軍の勝利に終わり、多くの司令官が戦功により昇格を果たしたりもしたが、完全な勝利を収められなかったことに対する生贄も必要とされた。

 今回、その生贄が惑星テルペニアに置かれていたトーポリ要塞となった。要塞司令官は代々、テルペニアの領主でもあるヴェーバージンゲ伯爵家の当主が務めていた。現当主のミヒャエル・ヴェーバージンゲ中将が率いる艦隊は会戦において、自由惑星同盟の第五艦隊を取り逃がしたのである。帝国軍統帥本部はそのことに対する懲罰として、ヴェーバージンゲから要塞司令官の権限を剥奪しようとした。

 弁明の機会も与えられず、一方的に下された懲罰を不服に思ったヴェーバージンゲは要塞駐留艦隊を自ら指揮して惑星周辺の宙域を封鎖し、帝星オーディンから派遣されてきた使者を追い返してしまう。帝国軍統帥本部はこの行為を皇帝に対する叛乱とみなし、5月19日にヴィーバージンゲ伯の討伐軍がオーディンを進発した。

 討伐軍の総司令官は宮廷工作の末に、予備役から現役復帰した帝国軍上級大将ウィルヘルム・フォン・リッテンハイム侯爵が勝ち取ったが、実質的に指揮を執ったのは戦闘技術顧問のウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ大将とアーダルベルト・フォン・ファーレンハイト少将だった。討伐軍と要塞駐留艦隊は2度の艦隊戦を繰り広げたが、メルカッツ提督とファーレンハイト提督による挟撃を被り、要塞駐留艦隊は総兵力の8割を喪失して敗退した。ヴィーバージンゲは中破した旗艦でテルペニアに帰還した。

 制宙権を奪われたテルペニアに未来は無かった。誰もがそう思っていた。

 6月1日、リッテンハイムはオーディンに帰還する。討伐の戦勝報告ではなかった。国務尚書クラウス・フォン・リヒテンラーデ侯爵から新無憂宮(ノイエ・サンスーシー)に呼び出されたのである。リッテンハイムはリヒテンラーデから皇帝の勅令を伝えた瞬間、顔が凍りついた。

『ただちに惑星の地上に降下し、陸戦隊を指揮してテルペニア全土で叛乱を鎮定せよ』

 狂気の沙汰に等しい命令だった。テルペニアはすでに討伐軍の包囲下にあり、叛乱軍の首謀者であるヴィーバージンゲが逃亡する恐れはない。降伏勧告や交渉で自害を勧めるか、兵糧攻めでも時を経ずに自滅するのは疑う余地がなかった。リッテンハイムはこれらの点を強調して国務尚書を説得しようとし、陸戦の必要性を認めようとはしなかった。

 リヒテンラーデはひたすら勅令を伝えるのみだった。挙句の果てに、食い下がるリッテンハイムに対して勅令に背くということであれば、大逆罪に問うと言い出した。国務尚書の台詞は脅迫に他ならなかった。リッテンハイムは引き下がるほかなかった。

 陸戦隊を編成しなければならなかった。リッテンハイムは装甲擲弾兵総監オフレッサー上級大将に掛けあった。帝国内で「虎の子」と評される装甲擲弾兵なら叛乱軍の私兵どもを簡単に一掃できるだろう。そう思っていたリッテンハイムだが、オフレッサーから冷や水を浴びせられる。オフレッサーいわく、3か月前のヴァンフリート4=2における地上戦で部隊が疲弊しているために一兵も出せないという。

 オフレッサーに無碍に断られたリッテンハイムは新たな指揮官探しに奔走した。

 この一幕に裏で手を引いていたのは、オスカー・フォン・ブラウンシュヴァイク公爵であると噂されている。ブラウンシュヴァイクはそもそも討伐軍の総指揮官に就くはずが、宮廷工作でリッテンハイムに出し抜かれたのである。ブラウンシュヴァイク公、リッテンハイム侯はともに皇帝の娘を夫人に持つ強大な門閥貴族であり、妻女が女帝になった暁は宰相として権勢を振るえる。自信や野心に満ちた門閥貴族たちによる駆け引きはオーディンでは日常茶飯事だった。

 テルペニアに対する地上戦は6月15日に開始された。陸戦隊は数こそ多いが、近隣の星系から急きょ徴兵された農民ばかりの烏合の衆だった。地上戦となれば、迎撃する側に地の利がある。覚悟を決めていたヴィーバージンゲは出費を惜しまず、《髑髏師団》と称する傭兵を動員して徹底抗戦を図った。陸戦隊指揮官ハンゼン大佐や周囲の幕僚が当初から危惧した通り、戦況は幾度も膠着しながら、寸土を争うような消耗戦に陥った。

 リッテンハイムは皇帝の真意を図りかね、満足に眠れぬ日々を過ごしている。

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