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夜明けが近い。
ジークリンデはようやく正気を取り戻した。リーゲルがトールヴァルトに撃たれてからしばらくグリューネヴァルト伯爵夫人を身体で抑えてつけるだけで精一杯だった。銃弾が暴風雨のように屋敷に降りかかった。
不意に発砲が途切れる。トールヴァルトが新しい弾倉を装填しているのだろう。ジークリンデは咄嗟に上体を起こして膝射で短機関銃を構えてトリガーを引いた。弾倉を1個撃ち尽くした。激情に駆られて山に向かって叫んだ。あてもなく発射された曳光弾が闇に包まれた山の斜面に消えていった。
突然、誰かに肩をタックルされる。ジークリンデは悲鳴を上げて倒れた。再び銃弾の嵐が吹き荒れる。ジークリンデは眼を向ける。
「これは一体どういうことですか!」士官が叫んだ。「みすみす殺されるつもりですか、貴官は!」
ジークリンデは相手を見た。その虹彩に何故か常軌を逸したような光が宿っていた。ジークリンデは乱暴に手を振りほどいて短機関銃に手を伸ばそうとした。その動きを読んでいた士官は樫の枝くらい太い右の前腕で、ジークリンデの首を思いっきり殴った。ジークリンデは驚いて足掻くのをやめた。
「あそこに出て行けば、死ぬだけです!」士官が腹立たし気に怒鳴った。
「貴官の官姓名は!」ジークリンデは叫んだ。
「ギュンター・キスリング少尉です。伯爵夫人の警護を任されてます。屋敷の外で周囲を哨戒してたのですが、銃声を聞きつけて駆けつけました!貴官は!」
「名前はジークリンデ・キルヒアイス。階級は中尉!憲兵隊のケスラー大佐から命じられて、アンネ・・・グリューネヴァルト伯爵夫人の警護を!」
「そうでしたか!ところで、これは一体なんです!」
中庭の向こうに横たわるリーゲルを見る。幾重もの血の筋が中庭の石の割れ目や隙間に入り込んでいた。頭が砕かれ、片方の目が飛び出している。ガスで膨らんだ内臓が地面にこぼれ出していた。トールヴァルトは彼らしくもない激情に駆られ、弾倉の銃弾を全てリーゲルに撃ち込んでいた。それから今度は狙いを無差別に定め、あらゆる物をズタズタに切り裂いた。順番に屋敷の窓を撃ち抜き、教会の壁龕にある漆喰の聖像をオートマチックで一気に掃射した。最後は2つのドーム型の尖塔に付いている十字架を撃ち落とした。
かなり頭に来てるな。ジークリンデはそう思った。
「キスリング少尉!どこか避難できる場所は!」ジークリンデは尋ねた。
「屋敷に地下室があります!」
「では、そこにグリューネヴァルト伯爵夫人を!私は敵を斃します!」
「伯爵夫人!屋敷に隠れましょう!」
キスリングがアンネローゼに覆いかぶさり屋敷に向かおうとする。別れの際、アンネローゼが「ジーク!」と呼びかける。ジークリンデは振り向いた。幼馴染と同じ
「大丈夫です。アンネローゼ様。必ず敵を斃して戻ってきます。約束します」
「必ず帰ってきて」
ジークリンデはうなづいた。キスリングはようやくアンネローゼを連れて屋敷に駆け出した。その後ろ姿を見届けた後、ジークリンデは門の傍まで地面を這って行った。カイルベルトが門の外で銃を抱えたまま、地面に俯せていた。
「怪我は?」ジークリンデはカイルベルトに尋ねた。
「ありません。銃撃が止んだようですが・・・敵は?曹長は?」
「リーゲル曹長は殺されました」
カイルベルトは2回瞬きした。
「そんな・・・」
「敵はまだ近くにいるはずです。これから2人で斃しましょう」
「ちょっと待ってください」
「これ以上のチャンスはありません。出来ます。私が保証します」
「銃撃が止んでます。敵はとっくの昔にいなくなってますよ」
「いや、教官はそんな真似をしない。夜の間は自分の天領だと思ってるはずです」
「ぼくは英雄じゃありません」
全身に慄きが走る。カイルベルトは手が震えていることに気づいた。
「よく聞いてください。暗視装置はバッテリーで駆動します。バッテリーは太陽光発電で充電します。今は太陽が見えてますか?」
「いえ」
「なら暗視装置はバッテリー切れでもう使えません。いま教官の視界は真っ暗で何も見えなくなってます」
ああチクショウ。カイルベルトはそう思った。
「それじゃ、2人で山の中に入って・・・」
「違います」
闇の中でカイルベルトはジークリンデが傍にいるのが分かった。熱気が伝わってくる。
「貴官が入って行くんです」