深紅の狙撃手《クリムゾン・スナイパー》   作:伊藤 薫

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 銃声を耳にした瞬間、ジークリンデにはピンと来た。教官が撃ったのだ。短機関銃を肩に当ててさっと立ち上がる。カイルベルトの姿が見えた。撃たれたのだ。自分もトリガーを引いた。

《もっと撃つのよ!》ジークリンデは自分を叱りつけた。

 ジークリンデはトールヴァルトの銃声が聞こえてきたと思われる方向に狙いを定めた。

 短機関銃が次々と銃弾を吐き出す。集中射撃した場所で土煙が揚がるのが見えた。

 弾が切れる。ジークリンデはすばやく地面に身を伏せた。手が震える。胸は高鳴っている。耳元ではまだ銃の轟音が鳴り響いていた。ぎこちない手つきで弾倉を交換する。辺りに土煙だか蒸気だか、何やらねっとりと熱いものが雲のようにたなびいた。混乱に紛れて人影らしきものは全く見当たらなかった。

 攻撃を続けなければならない。ジークリンデは自らの銃火を盾にして前進する。斜面を這い上り、本能に従って連射する時だけ脚を停める。乾燥した松の針状葉と枯れたシダの積もったゆるい地面で二度脚を滑らせた。姿勢を低く保ったまま進む。

 オートマチックで連射される銃弾が頭上の枝をかすめる。ジークリンデは身を伏せた。上から樹の破片が降ってくる。再び短機関銃を持ち上げ、銃声が響いた方向に向かって連射した。それから軽やかに右側に転がる。トールヴァルトはこちらに気づいている。周囲の樹に向かって銃弾を撃ち込んだ。地面がえぐり取られる。

 数秒後、今度は左手の上で絡まり合った松の枝の間から人影がちらりと見えた。だが、それはすぐに消えた。ジークリンデはたしかに人の姿を眼にしていた。ついに教官をこの眼で捉えた。

 

 トールヴァルトはすばやく弾倉を交換した。息遣いが荒かった。駆けて移動する途中で転んでいた。顔の片側から血が流れている。短機関銃の銃弾が近くの岩に当たり、小石か岩の破片が眼の上にぶつかったのだ。

 今は距離を取った方が安全だ。トールヴァルトがいま手にしているSVT-40の有効射程距離は400メートル。ギャングみたいに近距離で撃ち合うのは馬鹿げていた。不確定要素が多すぎる。ちょっとしたはずみや偶然で、銃弾が岩に当たって跳ね返ってくるかもしれない。もっと高い場所に移動して遠くから敵を仕留める。

 トールヴァルトは斜面を登って行った。

 

 ジークリンデも木立をかき分け、どんどん斜面を登る。近距離ならチャンスがある。重い暗視装置を背負ったまま、斜面をすばやく登っていくのは容易ではないはずだ。出来るだけ教官から離れないようにして、はっきりと敵の姿を捉えられる瞬間が来ることを願った。もし距離が開けば、トールヴァルトは余裕でジークリンデを始末できるだろう。

 傾斜がかなりきつくなっていた。空いている方の手で樹を掴み、ひたすら登り続ける。汗が滝のように流れ落ちる。唇に土埃が貼りついている気がした。脚がひどく傷む。何度かしゃがみ込んで敵の姿が見えないか、密集した枝の蔭から見上げた。動く物は緑にうねる木立だけだった。

 

 暗視装置はどうしようもなく重たかった。時間さえあれば、背中からむしり取って投げ捨てていただろう。だが、ライフルから照準器を取り外すには数分かかる。今はそんな余裕が無かった。

 トールヴァルトは斜面で脚を停める。右側の斜面を振り返った。何も見えない。

《ヤツはどこにいる?》

 トールヴァルトは斜面の上に眼を向ける。この辺りはひどく傾斜がきつかった。水が欲しい。息が切れている。締め付けてくる負い紐のせいで上半身の感覚が無くなっていた。

 この山にいるのは、自分ともう1人の兵士だけだった。

 畜生。畜生。どうして暗視装置を捨てなかったんだ?こんな物はクソ食らえだ。全部クソ食らえだ。憲兵隊も。伯爵夫人も。皇帝も。同盟も。銀河帝国も。全部くたばるがいい。息も絶え絶えにそんな怒りをどこかにぶつける。トールヴァルトは登り続けた。

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