数週間後―。
ジークリンデはイゼルローン要塞に向かう駆逐艦「リエンツィ」に乗っていた。ハルツ山脈の暗殺未遂事件が決着してからまもなく、銀河帝国軍はイゼルローン要塞から同盟領方面に出兵することを発表した。期日は8月20日に定められ、オーディンからも宇宙艦隊が出立したという。惑星テルペニアの叛乱を制圧した艦隊もこれに参加する。
ジークリンデは暗殺阻止の功績により降格処分は取り消され、階級は大尉に戻された。テルペニアを出発する前に、ケスラー大佐から暗殺未遂事件の顛末を聞けた。憲兵隊はハンゼン大佐が叛乱部隊から暗号名《ザックス》と呼ばれる内通者として情報を流していた容疑で逮捕した。だが、肝心のグリューネヴァルト伯爵夫人の暗殺を命じた者の捜査は、犯人が門閥貴族である可能性があるために難しくなるという話だった。貴族の犯罪に対する法網はいたって目が粗く、権力と富を巧妙に駆使して処罰の手を逃れた者も多い。思索にふけっていたジークリンデの気が着いた時、要塞の宇宙港に駆逐艦が到着した。
ジークリンデはしばし宇宙港に佇んでいた。今さらながら生きている我が身が不思議でならなかった。大勢の兵士たちが脇を通り過ぎていく。だが、ジークリンデの幼馴染には赤毛の女性兵士を見つけることは困難ではなかった。ジークリンデにしても、豪奢な黄金色の頭を発見するのは容易だっただろう。
「キルヒアイス!」
そう自分を呼びかける生気と音楽性に富んだ声がこよなく懐かしいものに思える。ジークリンデは足取りを弾ませて歩み寄る金髪の若者の姿を認める。
ラインハルト・フォン・ミューゼル。この時のジークリンデはまだ知る由もないが、近い内に長い間断絶していたローエングラム伯爵家を継ぐ者である。
ジークリンデは心もち背を伸び上げるようにして、ラインハルトに敬礼する。
「閣下、私は・・・」
ジークリンデはラインハルトに抱きすくめられた。耳元でラインハルトが囁いた。
「何も言うな。キルヒアイス」
「閣下、服が汚れます・・・」
ジークリンデは野戦服を着たままだった。急き立てられるように出発したために軍服に着替える時間も与えられなかった。
「服など構うものか。お前は姉上を救っただけでなく、こうして生きてることが分かっただけでも俺は存外にうれしいのだ。しばらくこうさせてくれ」
いま自分の顔が赤くなっていないだろうか。ジークリンデはそれが相手に分かってしまわれないか心配になった。
「それより閣下はよしてくれ。2人きりの時は名前で呼べと言っただろう」
「はい、そうでした。ラインハルト様」
ラインハルトは
「今回、俺は分艦隊の1つを指揮することになった。前回は100隻単位、今回は1000隻単位だ。お前も旗艦に乗ってもらうぞ」
「はい、ラインハルト様」
「まずは再会を祝して食事を摂ろう。肩のライフルは?持ってやろうか?」
ジークリンデは肩に吊るしていたシュレスヴィヒ=マンフレートM1895と功一級狙撃手章をラインハルトに手渡した。
「これはラインハルト様にお渡しします。私にはもう無用の物ですから」
「要らないというのか?」
「もう狙撃はしない。そう誓いを立てたのです。それにラインハルト様、アンネローゼ様をお守りするのにライフルはもう必要ありません。ブラスター1つがあれば十分です」
ジークリンデ・キルヒアイスは惑星テルペニアの叛乱以降、ライフルによる狙撃任務を一度も行っていないことが帝国軍の経歴や記録等から証明することが可能である。また、功一級狙撃手章を受勲した唯一の女性狙撃兵である。
9月にジークリンデ・キルヒアイス大尉はミューゼル分艦隊の副司令官を拝命し、分艦隊司令官ラインハルト・フォン・ミューゼル少将とともに前線に立ち続けた。同盟軍は同年12月にイゼルローン要塞に対する総攻撃を開始し、この年―宇宙歴794年、帝国歴485年は第6次イゼルローン攻防戦で血生臭い終幕を迎えることになる。
そして翌年も2月の第3次ティアマト会戦で血臭に満ちた開幕を迎える。連年この繰り返しであり、この不毛な連鎖を断ち切るためにはよほどドライスティックな変化が必要と思われた。そうした変化を成し遂げうる巨大な才能も必要であろう。
ラインハルトはそのことを自負し、ジークリンデ・キルヒアイスは生涯を通じてラインハルトの才覚を信じて疑わなかったのである。