深紅の狙撃手《クリムゾン・スナイパー》   作:伊藤 薫

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 ジークリンデはリーゲルに顔を向けた。

「現在の戦況はどうなんです?」

「今ではもう残党狩りみたいなもんです」

 リーゲルは説明を始める。《髑髏師団》は現在、瓦礫の山と化したヘルマゴールという工業都市とトーポリ要塞を含めた数十平方キロの範囲に三方から追い詰められている。ヘルマゴールは《シグルド》基地の数十キロ北に位置し、トーポリ要塞はさらに北のハルツ山脈に建っている。

「さっそく夜間の斥候に出るという話ですが、今は反撃されてるのですか?」

「司令官は中尉殿に詳しく説明しなかったんですな」

「何を?」

「《髑髏師団》に凄腕の狙撃手がいるんです。今までウチの将校が何人も殺されてます。奴さんは将校しか撃ちません。こう言っちゃなんですが、中尉殿は囮です。これまで夜間の斥候任務で狙撃なんてやったことなんかないですからな」

「敵をおびき出すというわけですね」

「そうです。今夜、中尉殿が暗視装置を着けた銃で敵を狙い撃ちにする。そうすれば、必ず向こうの狙撃手も動き出す」

 そして、うまくいけば私を殺すことができる。ジークリンデはそう思った。

「それがあなたの思惑ですか?」

「思惑というか、勝手な想像ですよ。ウチの司令官は以前、憲兵隊にいたというから何を考えてるのかホントのところは分からんが・・・まずは中尉殿の腕前を見せてほしい」

 いつもこれだ。ジークリンデはそう思った。軍内では女性であるだけで目立つ存在であったが、ジークリンデは幼馴染とともに数々の戦功を立ててきた。それに伴い、階級の昇格も同期と比較して早い方だった。周囲からは「虎の威を借りる女狐」と陰口をたたかれることもあった。常に実力で排除しなければ、軍隊には生き残れない。そうした諸々の感情を胸の裡で押し殺して、ジークリンデは口を開いた。

「分かりました。どこでやりますか?」

「練習場があるから、そこで」

 射撃練習場は補給廠に隣接した予備倉庫だった。長屋風の建物は天井が低く、屋根のすぐ下にある窓には鉄格子がついていた。銃器を収める鍵つきの戸棚が並ぶ小さな武器庫と弾薬用の金庫。分厚い木製の防護板が何枚かあり、その上にターゲットが貼られている。

 リーゲルはテーブルの上に置かれていたワインの空き瓶を3つ手に取り、倉庫の奥に向かって歩き出した。射撃線から200メートルの地点に空き瓶を置き、リーゲルは銃器棚の1つを開ける。棚から取り出したのはライフルだった。新品のようだった。

 長さは1メートル余り。カバノキの大きな銃床に太い銃身。首都オーディンの造兵廠で製造されたTOZ-8「メルカシュカ」ライフルだった。信頼性が高いボルトアクション方式で、重量も1・5キロしかないために扱いやすい。ジークリンデが幼年学校の狙撃課程で初めて手にした小口径の狙撃銃でもあった。

 ジークリンデはライフルと銃弾を3発受け取る。銃弾は口径5・6ミリのリムファイア弾。初弾を薬室に装填し、膝射の姿勢を取る。右膝を地面につけ、踵に体重をかける。左腕の肘下にスリングを回して、ライフルをしっかりと支える。床尾を肩のくぼみに当て、トリガーに人差し指をかけて頬を銃床の上部に押し当てた。

 ジークリンデは照準器のアイピースを右眼で覗き込んだ。ライフルに取りつけられたPEスコープの倍率は4倍。空き瓶は3本の黒い照準線の間でかすみ、太字のピリオドのようにしか見えない。直感に頼るしかない。

 標的(ターゲット)を感じる。これは狙撃課程で教官から教わったことだ。標的は8秒以内に撃つ。

 ジークリンデは息を止める。狙いを定める。息を吐き、トリガーを滑らかに引く。次弾を装填する。それを3回繰り返した。

 パンという音と共に、銃弾が発射される。肩に軽い反動を感じる。

 空き瓶が砕ける。細かい破片が陽光を浴びてキラキラと輝いた。

「中尉殿は正真正銘の靴屋の親方(マイスターシュースター)ですな」

 リーゲルは感嘆したように言った。ジークリンデは思わず訊き返した。

「《靴屋の親方》?」

「ああ、つい興奮しちまって訛りが出ちまいました。狙撃の名手(マイスターシュッツェ)ってことです」

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