深紅の狙撃手《クリムゾン・スナイパー》   作:伊藤 薫

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 トーポリ要塞の外れに置かれた《髑髏師団》の司令部前では、テーブルに置かれた蓄音機から国歌が流れていた。広場には簡素な棺がいくつか並べられている。棺の中には帝国軍将校たちの遺体が横たわっている。ヴェーバージンゲ中将の直衛儀仗分隊が整列し、敬礼を捧げている。

 国歌の調べが広大な要塞陣地に虚しく吸い込まれていく。将軍の数歩後ろに立ち、棺を眺めているのはハインツ・トールヴァルト少佐だった。トールヴァルトはおもむろに要塞を見上げる。

 この要塞はかのルドルフ大帝が宇宙海賊を討伐していた頃に建設されたという。当時は要塞となる人工天体を建造する技術がそれほど発達しておらず、生命が生存可能な星々に宇宙港として要塞を数多く建設した経緯があった。

 やがて音楽が終わった。《髑髏師団》の参謀長を務めるエルヴィン・ランツ大佐が将軍の方を向いた。

「司令官、お願いします」

 ヴェーバージンゲが進み出る。

 将軍の顔は疲労が色濃く見える。極度のストレスに晒され続けた結果だろう。眼の近くが時おり痙攣しているのが遠目からでも覗える。将軍は指で死体の蒼ざめた顔を撫でながら、それぞれの胸に戦傷章金章を付けていった。

 埋葬が終わる。ヴェーバージンゲは従軍医を連れて要塞内の自室に消えた。トールヴァルトはランツと共に、司令部が置かれている要塞の地下室に入った。

「オーディンから狙撃手が送り込まれたようだ・・・」

 ランツがトールヴァルトと2人きりで向かい合った。ランツが口を開いた。

「昨夜、哨戒中の歩兵小隊が全滅した。撃たれた兵士の穴埋めに、8人の下士官を昇格させたばかりだというのに・・・」

「暗視装置を使ったんでしょう」トールヴァルトは言った。「もっともあんな物を使いこなせるような気骨のある奴がオーディンにいたとは驚きですなあ」

「もっとも君のように有名じゃない人間だと思うが、この星に来たということは、狙いは君だと思うがどうだろう?」

 ランツがトールヴァルトの胸に飾られた功一級狙撃手章を指し示した。

「でしょうな」

「この要塞もヘルマゴールもただの廃墟なのだ。戦略的な価値はすでに無いに等しい。しかし、将軍は要塞に固執しておられる。もう統帥本部との個人的な意地の張り合いでしかない・・・私はこの泥沼から出来るだけ早く抜け出したいのだ。師団が日毎に弱ってきているのが痛いほど分かるからな」

 ランツは机の上に広げられた地図に眼を向ける。

「とりわけ私が恐れるのは討伐部隊ではなく、将軍でね。従軍医の話では、将軍は師団の全兵力を動員して、ヘルマゴールを奪回すると考えているそうだ」

「師団の全兵力を?今はどのくらいでしたかな」

「500人足らずだ」

「奪回できますかね?そんな兵力で」

 ランツは首を横に振った。

「おそらくは無理だろう。奪回は出来ないだろうが、討伐部隊に十分な損害を与えることは出来る。それで講和に持ち込もうと考えているようだ。将軍はすでに討伐部隊にスパイを潜入させており、街の奪回を有利に進めることが出来るとか・・・」

「薬が効きすぎて、幻覚を見ておられるのでは?」

「とにかく、この戦いはさっさと終わらせなければならない。そのためにも、新たに送り込まれて来た狙撃手の排除が必要不可欠だ。何か策はあるのか?」

「まあ、お任せください」

 トールヴァルトは司令室を出た。向かった先は死体処理班がいる倉庫だった。軍医が安置台に屈み込んで、死体を検分している。死体は昨夜に殺害された哨戒班の1人だった。手術着とマスクを付けながら、トールヴァルトは軍医に歩み寄った。

「見つかりましたか?」

 軍医は死体の胸をY字形に切り開き、破壊された内臓の間を指で探っていた。

「ほら、少佐。おみやげだ」

 トールヴァルトは咄嗟に手を出した。押し潰されたような鉛の塊がゴム手袋に包まれた掌に転がった。茶色い液体状の物体がこびりついている。

「この茶色いのは?」

「おそらく軟骨だろう。その弾は脊柱に達して、脊髄を切断した」軍医は答えた。「そんな風に弾の先端が開くものなのかね?」

「普通の銃弾は体内で何かに当たると粉々になるか、そのままの形で貫通する。コイツはホローポイントとかソフトポイントですよ。人体に命中すると体内で膨らんで、こういう風に変形するんです」

 軍医は死体から摘出した銃弾をガーゼに包んでトールヴァルトに手渡した。

「貴官がそれに込められたメッセージを解読してくれることを祈ってるよ」


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