俺の名前は胡蝶朱翼(あずさ)。
代々医者を営む両親の元で姉のカナエと妹のしのぶと五人暮らしをしている。
胡蝶家の長男であるが、家族としての血のつながりはない。
いわゆる養子として数年前引き取れられた身だ。
胡蝶家に引き取られる前は親に捨てられ数年間山で暮らしていた。
どういう経緯で親に捨てられたかは憶えていない。
それどころか4歳以前の記憶が全くなかった。
自分の名前すら記憶になかった。
そんな子供が過酷な山の中で生きてこれたのは鷹が常に上空から俺を守ってくれたからだ。
最初は獲物として狙っていると思ったが、食べるものが見つからず餓えで死にかけている時、空から野鼠やモグラを落とし分け与えてくれた。
最初は偶然かと思ったが、同じようなことが何度もあった。
他にも鷹は狐や山犬に襲われた時守ってくれた。
嵐が来たときは、雨風がしのげる所を鳴き声で教えてくれた。
俺は次第にその鷹を親のように思うようになり、同時に鷹の強さに憧れるようになった。
ただ守られる存在ではなく、対等な力を持ち肩を並べたいと思った。
俺は鷹の強さに近づくために鷹の動き真似をして狩りの仕方、外敵の倒し方を見て学んだ。
山にいたほかの鳥からも動きを学んだ。
学習と鍛錬の結果、俺は鷹に頼らなくても自分で食料を確保できるようになった。
狐や山犬から身を守れるようになり、数年後には熊すらも倒せるようになった。
ようやく鷹の強さに近づくことができたと確信した頃、俺の山での生活は終わりを告げることになる。
ある日俺は高熱を出し身動きが取れなくなった。
恐らく食料として食べていた動物の中に伝染病を持ったものがいたのだろう。
薄れゆく意識の中、翼を羽ばたせ降りてきた鷹をぼんやりと眺めながら俺は気を失った。
それが鷹との最後の思い出となるとも知らずに。
どれくらいか経ってから目を覚ますと俺は知らない屋敷の布団の中に寝かされていた。
俺が目を覚ましたことに気が付くと近くに座っていた女が事情を説明してくれた。
「鳥のけたたましい鳴き声がして、驚いて玄関をみたらあなたと大きな鷹が倒れていたのよ。鷹ほとんど死にかけだったみたいでこちらを一瞥して動かなくなったわ。羽が抜け、体もやせ細っていた。あなたを運びながらかなりの距離休まずに飛び続けたのでしょうね」
「そのおかげであなたは助かったのよ。あなたも本当に危険な状態であと1日でも治療が遅れていたら命はなかったわ。本当に目を覚ましてくれてよかった。」
結局守られてばかりであった。
強さに近づけたなど浅ましい自惚れだった。
いつか恩を返したかった。
いつかは自分が守りたかったのに。
「あなたは親はいるの?」
「わからない。親の顔も自分の名前も憶えていない。俺の中にあるのは鷹との思い出だけだ・・・」
愚かで惨めな俺は頬を濡らす涙を止めることもできない。
こんな俺は生きている価値など欠片もないだろう。
「それにしては言葉が堪能ね。ある時期まで親と暮らしていたけど記憶を失ってしまったのかもしれないわ」
女は一呼吸おいてから毅然とした態度で口を開いた。
「あなたが鷹に少しでも恩を感じているのなら精一杯生きなさい。鷹は君に生きてほしくて命を落としてまでここまでやってきたのだから」
それから一転いたずらっぽく笑って
「もしあなたがよかったらだけど行くところがないのならうちの子にならない?女の子ばっかりで男の子がいてくれたら心強いのだけど」
一瞬何を言われたかわからないが、反射的に頷いてしまう。
その様子を見て女は花が咲いた様に笑った。
「とってもうれしいわ!断られたらどうしようとおもったけどよかったわ。一緒に暮らすのなら名前がないのは不便ね。そうねあなたの朱いきれいな目とあなたをうちに運んでくれた鷹の翼のような強さを持てるように願いを込めて朱翼(あずさ)というのはどうかしら?」
『■■の目は朱くてきれいねぇ』
俺に名前の良し悪しはわからないが鷹のような強さを憧れていたので頷く。
「気に入ってくれてなによりだわ。今日からうちの子よ朱翼。あの人もあなたを気に入ると思うわ。きっとカナエとしのぶとも仲良くなれるわ」
『■■は私の宝物』
俺の頭を撫でながら優しく微笑む。
こうして目の前の女は俺の母となり、俺には胡蝶朱翼という名前が付いた。
俺は心の中で誓った。
今度こそ俺を助けてくれたものを守ろう。
守られるだけでなく守る強き者に。
鷹のような強さを持った男になると。
不意にあふれた記憶に戸惑いながらも俺はそう誓った。