恋心スクランブル   作:杜甫kuresu

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お久しぶり、遅れてやってきた邪道系続編。


不意打ちハートショット

 副流煙に霞む空の色は珍しく快晴だった。

 外付けの非常階段。懲りもせず座り込む女性が、また口から煙をゆっくりと吐く。煙草を挟む指は白くて細く、つまらなそうに煙の消えるのを眺める赤い瞳はまるで宝石。

 

 名をカラビーナ、正式にはMauser Karabiner 98 kurzと呼ばれる。端的に言えば大戦期の短騎兵銃――――――の戦術人形。決して銃そのものではない。

 

 戦術人形は民間用の転用、という言葉を疑わせるのが彼女の出で立ちだ。

 肌は病的を疑うほど白く、髪は銀世界の吹雪色。瞳はルビーじみた輝く赤色で、紺のチャールストン、黒いファー付きのコート、腿まで有るキャバリエブーツ、黒と鋼色の軍帽。着ている服装も何処と無く「人形」っぽい。

 

「…………本当に来るのかしら」

 

 ボソリと呟く。相変わらず表情は退屈そう。

 

 さて。ともかく常日頃から人らしさを欠く見目の彼女が何をしているかと言うと、やることもなく煙を吐き出しているだけだ。妙に俗物じみている。

 とはいえ彼女は私生活で言うと大変マイペースで、惚けていたい時はいつもこうやって非常階段に座り込んで煙草に逃げる。彼女としては基地内は小奇麗で好ましいが、同時に見ていて気を張ってしまう光景だからだろう。

 

 繊細な感性の問題と見えるが、同じ意見を持つ人形は居るもので

 

「また此処でしたか、探しましたよ」

「探さなくて結構でしてよ。現実逃避を観察するのが趣味でもないでしょう?」

 

 気づけば横にご同輩が座り込んでいたりする。翡翠の瞳、カラビーナはちらりと見て

――またスプリングフィールドですか。

 と何時も通り視線を空に戻す。別に無関心ではなく、此処で合流すると大体そんな距離感になるだけだ。

 

 足を組み直す。カラビーナは杞憂をまた煙に込めて吐き出した。

 

「もうすぐ指揮官が配属されるのですって」

「聞きました。いつも心労で転属してしまいますから、今回は少し気概の有る方だったらなーとは期待してしまいますね」

「そうかしら。わたくし、もうこのまま空だけ眺めている生活が続いて欲しいわ」

 

 悪態に近いそれにスプリングフィールドは苦笑で返した。カラビーナの発言はパッと聞いても拗ねているとしか思えない。

 

 カラビーナがこの基地にやってきて速くも半年が近づいてきている。何度も指揮官はとっかえひっかえの有様で、恐ろしい話だが――――――大抵、カラビーナが振ってそうなる事例が多かった。

 もしくは彼女に距離を置いて勝手に気まずくなるか。確かに指揮官に期待を持てなくなるのも仕方なかった。

 

「今回は女性かもしれませんよ?」

「スプリングフィールドさん、わたくしは女性も二度振りましたからね」

「そうでした」

 

 にへらと笑って口元を隠すスプリングフィールド。その柔らかい表情はカラビーナにも昔は有った気がするが、今は冷えた視線を送ることしか出来ない。

 

 カラビーナは決して人間嫌いではないが、だからと何でもかんでも恋愛に結びつけるロマンチストでもなくて、結果としてこんないつも物憂げな表情の人形になった。

 むしろ本当は子供っぽい表情豊かな設計の筈なのだが、そういう「スキ」はあらぬ誤解を生むと彼女の中で結論付いたようだ。スプリングフィールドは以前を知っているだけに、ちょっぴりそれは寂しい。

 

 煙草の煤を軽く落とす。ああ、と横で悲嘆の声が溢れていたのは無視。

 

「駄目ですよ、階段に落としたら」

 

 また無視。スプリングフィールドのお小言にはうんざりしているらしい、聞き入れる余裕が無いとも言うか。

 

「今回も男性でしてよ、もう言っている内に到着する運びでしょう――――――今回はどれだけ保ってくれるかしら」

「まあまあ。今までが偶々かもしれませんよ」

「期待が出来る試行回数は通り越してしまいましたもの」

 

 拗ねているように見えてしまうらしく、眉を寄せてスプリングフィールドが笑う。カラビーナとしては何だか勘違いされているようでちょっと不満そうだ。

 

――いつもいつも、どうしてそうなるのでしょうね。

 カラビーナはふと今までの失敗の記録を掘り起こす。

 本当に全くそういうつもりはないが、彼女には耐性を持ちにくい魔性が有る。単純に気を許しているだけでも気が有ると思われるし、思いたくさせるものを持っているのだ。

 

――悪いことではないけれど、嫌にもなってしまうわ。

 自分に言い訳するように大きく煙草を吸って吐き出す。贅沢を言っているのではと何処かで疑ってしまうのかもしれない。

 吐き出した煙が澄んだ空の青を灰に染めていく。

 

 

 

 

 

 

 

「はー、要するに俺は今日からグリフィンの犬ってことだな!」

「其処までは言っていない。まあ、制限はかかるがな…………」

 

 やっぱ犬じゃん。束縛とありきたりをこよなく嫌う俺を、あろうことか定職に縛り付けるだけで相当犬っぽい。正直即射殺等の危険を感じなければ本来は乗らない相談だ。

 ヘリアンの表情が言葉を見失って固まってしまう。やっぱ反論できないんじゃん、俺犬じゃん。

 

 歩く廊下が小奇麗で見てるだけで疲れる。勘弁してくれよ、俺はこういう所で生活するの苦手なのに。

 

「おい、廊下を見て「うわー」とか「おえー」とか言うんじゃない! 清掃員に失礼とは思わないのか!」

「だってさぁ…………つい最近までホームレス成人だったしぃ、ちょっと綺麗すぎて居心地悪いよねーって」

 

 綺麗なのに文句をいうやつは初めてだ、とぶつくさ言ってヘリアンがつかつかと歩き出す。いやー俺も初めてだと思う。

 急な環境の変化は犬とか猫とか俺とかを殺す。実際ストレス溜まるんだから声に出ちゃうのも多少許して欲しい、一応称賛混じりなんだぜ?

 

「とはいえ、綺麗好きだったのに気づいたらこんな景色見ると拒否反応出る体になってるの、自分でも驚き」

「…………確かにな。元は煩いくらいに綺麗好きだっただろう」

 

 本当にな。

 

 しっかし指揮官ってのは面倒事極まる。こんな綺麗な場所でお綺麗な人形とキャッキャウフフしつつ鉄血をぶっ殺せっていうんだろ? 面倒くさい、何が面倒ってそういうのをやりだしたら俺は責任を感じて降りられなくなる辺りが最高に面倒くさい。

 

 俺の考えてることが読めたのか、ヘリアンが急ブレーキをかけて振り返る。

 

「お前な、頼むから人形に向かって指揮官業を真っ向から否定する言動はしてくれるなよ。適正が高いとは言え、安易にそういう言動をされると人形達のモチベーションが上下する」

「その程度で揺らぐ芯を基に働かせるのに問題が有るのでは?」

「ぐっ…………屁理屈というか痛い所を突いてくるな……」

 

 いやだってそうでしょ。漠然と戦わせてるのはちょっとぐらい申し訳なく思うべきでは?

 

 お、ようやく着いたらしい。ヘリアンが立ち止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はいはい、どーぞ」

 

 ノックの後に若い男の声で返事が来る。聞くだけで軽そうな声色だったのだが、それよりも驚いたのは

 

「おい、第一印象からそれはどうなんだ」

「ヘリっち細かい。俺は確かにどうしようもない奴だけどもコミュニケーション能力は一家言あるぞ、ちょっと黙ってろよ万年合コン弱者さんよ」

「はぁ!? おま、言って良いこと悪いことがあるぞ!」

 

 ヘリアンが驚くくらい男にフランクに返事をしている事。カラビーナも付き合いは全く浅くないヘリアンであるが、此処まで態度を崩すのは自分とのプライベート以外では殆ど見かけていない。相当古い友人なのだろう。

 

――変な人。ヘリアンのマトモな殿方のご友人…………。

 ワードとしてハンマーじみたものがある。そもそもヘリアンに男の気配が有ったことなど、カラビーナが見ている限りゼロなのだから。連敗記録を握っているカラビーナとしては、その緊急事態には少し焦りが有った。

 

 どんな男だろう、と。

 急く気持ちに任せて扉を開く。

 

「失礼致しま――――――――」

 

 机の前の男を見るなり固まってしまう。まるで心臓でも撃ち抜かれたような突発的な静止だ。

 

 見惚れていたと言えば人は彼女を笑うのだろう、何を馬鹿馬鹿しいと。そんなドラマチックな話があるものかと。

 だが起きた。それは陽の差し込む姿への錯覚ではなく、興味本位の転じたギャップでもなく、純粋に。その男の見た目が、雰囲気が、何故か見るだけで彼女を感情をぐらつかせた。

 

 至って普通の黒髪、黒目、そんな男だった。顔立ちは特別いいのかもしれないが、変な話、彼女はそれについて特段興味がなかった。息を止めたのはAIを貫いた直感のせい。

 固まる彼女に男も少しばかり目を細めていたが、息を吐くと取り乱すわけでもなく呟いた。

 

「――――――――うーむ、いや。綺麗な顔してるな、まじまじと見る機会があんま無いが」

「は、はい!?」

 

 素っ頓狂な上ずった声にカラビーナ自身が目を白黒させてしまう。男の横にいるヘリアンが面食らっているのを見て更に口をアワアワとさせて顔を赤くする。

――え、どうして?

 

「あの、えっと――――その」

 

 言葉が出てこない。何時も通り適当に返事をすればいいだけだと言うのに、言葉を考える毎に妙な苦情が届いてくる。

――それでは失礼よ。

――何だか機嫌が悪いみたいではないかしら。

――面倒くさい人形だと思わてしまうわ。

 

 変な苦情ばかりだ、けどそれが彼女の唇を止める。言葉が色落ちして口元だけが音をなぞる。

 何時も以上に神経質に男の情報整理に走るAIに戸惑いながら、何とか言葉を取り繕おうとすると、先手を打って男が喋りかけてくる。

 

「え、どうした。体調悪い? もしくは俺の顔が見ただけで発熱を起こすぐらい不快?」

「いえ、そういう訳では…………」

「じゃあどうしたの」

 

 そっけない言葉選びだが、語調は純粋な配慮を帯びている。

 何か言おうとしても言葉にならない。意味もなく身だしなみを整えたり、何だかおかしい。

――AIの不調? 神経過敏かしら、でもこの前もメンテナンスを受けた所ですものね。じゃあ…………。

 

 浮つく感覚にのぼせ上がると、そのまま逃げるように胸の前で手を遊ばせる。顔が合わせられなくなる、見ていると何だか感情が整わないから。

 

「いや別に上官だからって遠慮しなくていいぞ? というかそう言ってもらえると俺は今すぐ指揮官を辞める口実が出来て大変助かる」

「え!? 辞めてしまうのですか、この短時間で!?」

 

 咄嗟に詰め寄るカラビーナに男が手で落ち着くよう促す。

 

「そうは言ってないだろ!? いや言ったみたいなもんか、でも焦りすぎだ。冗談、アイスブレイク」

「――――――ああ、ごめんなさい。何だか少し変ですね…………」

 

 意味もなく気落ちしてしまう彼女を傍目に男がヘリアンの方に軽口を叩く。

 

「いや少しではないですね。やっぱり俺に適正なんてないんだってヘリアン、素直に指揮官を辞めさせてくれよ」

「何故だ…………? しかしお前は実績も有る、決して適正は低くない――――どころか、自己進化すら促した事例も残っている。少し妙なくらいの筈だ」

「何かの間違いなんだってそれ! 俺はハイエンドモデルをビンタしたりからかったりしてただけだろ!?」

 

 ヘリアンと男の言い争いがどんどん遠のいていく。彼女の脳内は軽い戦争状態に有った。

――ど、どう答えたら良いのかしら。というかまだ名前も名乗っていないわ、非常識と思われていないと良いけれど…………というか彼は本当に指揮官なのでしょうか? ええっと…………。

 

 いつもと比べ物にならない思考量がカラビーナをあっという間にパンクさせる。

 彼を見ていると途端につまらないことまで気になってしまう、初めての事だ。

 

「やっぱクビにしてくれクビ! 俺は市民の奴隷なんぞゴメンだバーカ!」

「馬鹿とは何だ馬鹿とは! 大体昔からそうだ、仮にも命を預かり受ける仕事を奴隷呼ばわりするやつが有るか!」

 

 段々と口論になってきた二人を余所に、カラビーナが上ずった声で唐突に喋りだす。

 

「どうしたのでしょう、少し調子が悪いのかしら!?」

「え、そうだったの?」

 

 態とらしい言い方にも男はまるで疑う様子もなくカラビーナを見つめ返す。後ろめたいのか、それとも違う理由からかカラビーナは頬に手を当てて明後日の方向を見ながら続ける。

 床に頬の緩んだ火照り顔の少女が写っていたが、彼女にはそれもよく見えない。

 

「分かりませんね!? 少し診てきてもらってきても構わないかしら!?」

「は、はぁ…………俺は止めないけど」

 

 男が困惑した様子で答えると、おもむろに立ち上がってカラビーナの方まで歩いてくる。

 目と鼻の先にまで近づいてくると、目を細めて唸りながら少し大きな手をカラビーナの額に当てる。

 

「ち、近くありませんか…………ッ!?」

 

 蚊の泣くようなか細い声は聞こえていないようだ。

 

「…………うーむ。分からん、熱とかは無さそうだけどそういうの人形に有るのかね」

 

――近い近い近い近い!?

 カラビーナに声は届かない。しゃがみこんだ男は彼女の体調に思いを馳せるばかりで、目の前で目を回しそうなぐらいに顔を赤くした少女の姿はまるで目に入っていなかった。

 

 とうとう堰き止めていた何かが音を立てて壊れていく。カラビーナは逃げるように外へ出ていった。

 

「そ、それでは失礼しますね!」

「ちょま!? えー…………専門家に見てもらったほうが良いかそりゃあ――――――」

 

 男は見当違いな心配をしつつ、挙動不審な彼女の後ろ姿を見送る。




今回だと冒頭の煙草を吸うカラビーナがそこはかとなく好き。
今度こそKar98kの二次創作を増やさなくてはならないので作者のモチベーション維持、数字的貢献諸々気が向けばよろしくおねがいします。

この前「君が書いてるから何か良いかなって」って言われてキレました。いい加減にしてくれ?
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