恋心スクランブル   作:杜甫kuresu

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いっぱい書こうとしたらいっぱいになりすぎた。

知り合いがカラビーナにダイオウグソクムシのぬいぐるみを持たせたいと言っていました、概ね同意します。


薫陶アイスブレイク【前編】

「ふーん。それでアイツとはまともに喋ってないってわけ?」

「しゃ、喋ってますから! 失礼でしてよ!」

 

 喋れていない。

 

 WA2000はまじまじと見られてはチェックを入れられていく右腕を余所に呆れたような、からかうような抜ける笑いでKarを煽っていた。

 その右腕は丁度中指の力の強弱が時折調節できなくなっていて、直接開いての調整が必要な箇所だった。人工血液は多少流れてはいるものの、剥き出しになった機械部品からは痛みの気配は殆どしていない。

 

 どうやら技師の呟きを聞くには疑似神経系の不備らしい。

 

「でもアイツ、この前”俺ワンチャン嫌われてるよな?”ってかなり真顔で私に聞いてきたわよ」

「まさか。仕事をしないのは困りますけど、嫌うほどのことは…………」

 

 カラビーナは単純なシステムの更新らしく、技師はアーカイブからインストール用のランチャーを探し当てるのに躍起だ。患者衣のような白い服に身を包み、ベッドから足をブラブラとさせている。

 

 WAが此処でたちの悪い冗談を言うような性格とは程遠いのもあって、Karの鼓動が速くなる。

 話を逸らす。

 

「そ、そう言えば今日は誰がお直ししてくださるのかしら」

「知らないわよ。私はこの後も射撃練習有るから無理よ」

 

 ばっさりと話を切られる。

 

「でも聞く限り、かなーりドライな感じじゃない。まあ前もそうだったけどね」

 

 目を細めるWAの意見はご尤もなものだった。

 結局、カラビーナは相手と適切な距離を置くという一点を徹底するようになっているからだ。理由は単純、彼女の与える親密さというのは方向性を誤認させるもの。

 

 赤い瞳が少しだけ弱々しく下に落ちる。

 

「…………どうしたら良いかもう分からないんですよ」

 

 本当は美味しい珈琲について喋りたい。

 彼の住んでいたところの話を聞きたい。

 最近読んだ本の話だってしたい。

 

 もっと、それは他愛のないことでいい。言葉なんて飾らなくたって良い、よく見られたいなんて――――思うにしても後回し。

 知りたい。ただ、それが人に誤解を招く。

 もうそれはうんざりだった。今回の彼は大丈夫そうだから、大丈夫そうだからこそ余計に触れるのが怖い。

 

 もう、花を無邪気に摘めるほど無知でもなくなった。

 

「こうした方がお互いのためです」

 

 言葉を重ねるのが怖いくらい、彼のことは目が逸らせない。

 冷たく装った真紅の視線は、何時だって男の風貌を逃したことなど無かったのだ。

 

 WAはしばらく胸を抑えたカラビーナをじーっと見ていたが、暫くすると鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

 

「逃げに徹するの、別に悪いとは言わないわ」

「ただし、後悔するのはアンタ自身よ」

 

 そう言った直後、丁度技師がカラビーナに話しかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では今日の偵察、行ってまいります」

「あーお願いします」

 

 丁寧な一礼には添えられたスプリングフィールドM1903。彼女の気品がそうさせるのか、まるで木の香りが漂っているような厳粛な重みが指揮官に波及する。

 波乱の一週間も過ぎ、彼の業務は人形主体こそ抜けないが安定を見せた。

 

 つまりどういう事かと言うと、カラビーナと彼はあれからかなりビジネスライクな会話ばかりだったということだ。

 踵を返すと同時に指揮官が慌てて引き止める。

 

「あっ、そうだ」

「どうかしましたか?」

 

 返事は柔和。カラビーナの返答を思い出す。

 

『ちょっとストップ』

『……何か?』

『あ? えー、いやー…………報連相しっかりしろよ、数は力だから』

『分かっています。戦術人形ですので』

 

 お察しの通り彼女は非常にドライだった。

 初日の慌てぶりは何処へやら、指揮官はカラビーナを副官に据えていたものの、その関係性や桃色浮き上がるどころかモノクロ写真へ直行中の始末。

 

 指揮官も指揮官であまり深く考える性格でもなく、「まあ嫌われているのだろう」という安易な繋げ方をしたせいで勿論相互理解は進展しない。前門の虎、後門の狼、どちらを解そうにどちらも駄目な状況下だった。

 

 さて、今回は理論だった用が有る。

 

「Karがもうすぐメンテナンスを受けるって言ってたんですけど、何処でやってるのか忘れちゃって」

「それはまず此処を出て曲がり角を――――」

 

 執務机のシャープペンシルがさらさらと四角四面な順路案内を開始する。

 四角四面だがその線は人の息遣いが感じる僅かなブレが残っていて、指揮官はやはり人間と見分けがつかないと感嘆してしまう。

 

 距離が近かったのか、髪がさらりと目の前に落ちるなりスプリングフィールドが少し耳を赤くして後ろに下がる。

 

「――――ご、ごめんなさい。これで分かりますか?」

「はい、流石に此処まで丁寧に書かれたら――――――ところで」

 

 指揮官が目を丸くして尋ねる。

 

「何でしょうか?」

「香水変えました?」

 

 スプリングフィールドが少し驚きつつも頷いた、ちょうど今日新しいものを試していた所だった。

 人形は香水については気を払うことが多い。というのも血や硝煙、臭いがつくものは数多く有るからだ。スプリングフィールドの場合は”趣味”の方も幸いして臭いについては敏感だった。

 

 女性であると言うよりも、戦地から外へ踏み出してまで人形の役目を背負うのは疲れるのだろう。

 与えられた役割に嵌まるばかりの存在であるなど、誰でも許容できることではない。

 

「やっぱビンゴか。いやーこういうの得意なんですよ!」

「そういうの、Karさんも気づいてもらえると喜んでくれると思います」

「そんなまさか!?」

 

 

 

 

 

 

 

「スプリングフィールドさんは何言ってんだ…………? どう思うよ、えーっと…………一〇〇式ちゃん」

「えっ!? その、どうでしょうか…………」

 

 一〇〇式の傾げられた首に嘘はない、指揮官は同意と見るべきか困惑と見るべきか頭を抱えてしまう。

 彼女は職員を手伝って物品運びを手伝う道すがらで彼に出会ってしまったのだが、1週間経ってもあまり多く会話している人形とは言えなかった。

 

 指揮官も顔を見るだけで精一杯で名前までは把握できていない。

 

「普段はどんな感じなんですか?」

「無愛想だなあ。あんまり感情の起伏は見せないし、ただ仕事はめっちゃ速い」

「速いですか」

「速いですよ」

 

 元々Kar98kは事務仕事に関しては大抵のものが口論すら起こせない程度に優秀だ。

 人形の仕組みを考えればミスが少ないのは当然のこと、彼女の場合はデスクワークにつく時間が長く、最も融通が利く所が大きい。

 

 彼だって現状はおんぶにだっことしか形容しようがなく、というよりそんな彼女の辣腕が余計に距離感を惹起させているかもしれない。

 指揮官が一〇〇式の抱えたダンボールを一瞥して尋ねる。

 

「…………人の役に立つのは楽しいか?」

 

 左眼だけが、妖しい光を放った。

 指揮官は原則として仕事をやりたがらない、という点と、もう一つを除けば優良な指揮官だ。

 

 そのもう一つが、今の視線。一〇〇式は特にそうだが、彼の左眼には多くの人形がぞわりとさせられる。悪意でもなく、敵意でもなく、害意ですら無く、ただ――――――恐ろしい。

 意味がないのだ。その放つものに指向性はなく、勝手に人形が怯えるだけ。きっと指揮官だってその理由は知らない。

 

 それでも、それは怖い。

 真実を語らざるを得なくなる。

 

「楽しい、というか。習慣です…………そうするのが、一〇〇式達ですから」

 

 存在意義、だとか深く考える時代はもう終わってしまったのだ。

 

 息をするだけで辛く、働く事すら困難、その先などもう靄の遥か彼方。世界はそういう方向にやってきてしまった、そういう中で人形は完成してしまった。

 彼女達が夢を見ることはない。存在意義を省みる日もない。戦いを忘れる日もない。

 もう此処で、機械以上で在り続けるのは辛いだけだ。

 

 辛いだけだが。

 

「人の役に立つと、気分が良いか?」

「…………? まあ、はい」

「じゃあ良いんだ」

 

 止まっていた足が動き出す。

 

「ただまあ、人形だからご奉仕だけが幸せとかそういうのもない」

「つまらんことなら手伝うから。もっと色んなものを見てみると良い」

 

 辛いだけだが、だからと機械に押し止めるのは彼にとってはエゴなのだ。

 

 そうあるべしと叫ぶなら良い。

 そうあれかしと叫ばれてはならない。

 

 万物は道を選ぶ。その過程に介入があったとしても、その決定は真実でなくてはならない。

 それが例え人類に到底出来なかろうと、それを彼は何と言う気もない。問題はそこに有るのが真実であるか、人の思惑であるかだ。

 彼はそれだけが気になる面倒な性分なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「俺は何故部下の私室に侵入しているんだ…………ッ!?」

 

 それが指揮官という職業の難儀さを全て端的に表すことは判明している。

 

 人形の部屋には原則として鍵がかかっていない。それは人間と人形が一時としてその服従性を伴う関係性を損なわない証明でもあり、末恐ろしいことにそれは基地の誰もが疑問を持たなかった。

 むしろ彼は正常で――――――いや正常ではなかった。

 なにせ今、彼はKar98kの服を漁っているのだから。

 

「ええっと…………うわっ、アイツたかそーな服ばっかじゃん」

 

 理由があるとは言え、ところどころ物色している彼はやはり申告次第で罪を申し立てられる。きっとグリフィンの傾く一大訴訟に出来ることだろう。

 

 何故こんな一発退職ものの行動に打って出ているのかと言えば、カラビーナは基本的に「人に服を着せる趣味」を持ち合わせているからだった。

 厳密には彼女の性格構成は近世及び中世の貴族――――を付け焼き刃の知識と想像の補完で作り出したような中々にアバンギャルドなものであり、その中の一つに「使用人に何でもやらせる」という厄介な癖があるのだ。

 

 そして今日、今日は哨戒でお世話役は居ない。スプリングフィールドも、G36も居ない。

 結果的に彼が使われていた。指揮官とはそういうものだ、権限を持つ故に威厳がない。

 

「えーっと…………これだな」

 

 彼が取り出したのは藍と白の印象的なチャールストンに、ファーの五月蝿いコート。切り込みの深いオープン・ショルダーはひと目見ては理解できない構造で、複雑な女性心理に指揮官は数十秒ほど唸った。

 まあ女性心理も何も人形だが。そこはそうと割り切らないのが彼の味と人は言う。

 

 ついでに帽子も手に取って、罪悪感はドアノブ捻ってサヨウナラ。

 

「というかアイツ、服も着れないとはな…………」

 

 冷たい背中のシルエットが靄のように切り払われる感触。

 

 彼は常日頃から、自分を注意するカラビーナの横顔ばかり見ていた。

 燃えるような真紅の瞳は常に冷たく、機械のようにミスを追っていて、そして彼の顔に焦点を合わせない。引き結ばれた口元も、距離を感じる長いまつげも、人間離れした色のない髪も彼には全てが遠い。

 

 最初に出逢った日以来、彼の中でMauser Karabiner 98 kurzは「人形」だった。

 球体関節でいつも冷たい部屋から取り出したようで、そしてその息遣いは生々しい。そんな不思議なイキモノ。

 

「まあ、”アイツ”だしな」

 

 ふとあの喚き散らした女の顔を思い出す。もう死んだも同じ、赤い瞳の少女。

 

 途端に慣れた彼女の匂いが服から漂うのに気づいて、ちょっとばかり服を顔から遠退ける。

 

「うぇ…………女ってのはどいつもこいつもいい匂いばっかさせやがる。服だぞ、タダの服」

 

 柔軟剤とも香水とも知れぬ甘い香りに指揮官はしばらく正体の掴めぬ葛藤を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます」

「はいおはよう、カラビーナ嬢。不備はないつもりだけども、体の調子はどうだい?」

 

 軽くジャンプをしたり、伸びをしたり、片足立ちしたり。ヒールを履いてないからだろうか、小さな体躯で跳ねる姿は何だか小さな子供のようだ。

 技師がカーテン越しにその息遣いにケラケラ笑う。

 

「良い感じです、何だか軽くなりました!」

「そりゃ良いことだ。今回は人形の体重移動に中々な革新が有ったらしいぜ、戦闘でも実感できるだろうさ」

「成程…………あの人にもわたくしの有用性が証明できますね」

 

 

 

 

 

 

 

「だってよ、指揮官殿?」

「えー、別に有用性とかどうでも良いわ」

 

 

 

 

 

 

 

「――――――ッ!?」

 

 カーテンをバッと開いたカラビーナが固まる。

 そこには見慣れたニヤけづらの技師と、唸りながら技師を見つめる指揮官の姿。

 

 小脇に抱えた自分の服に思わず顔を真赤にしてカーテンを閉める。

 

「し、指揮官しゃん!?」

「あ、噛んだ」

「噛んでましぇん!」

 

 噛み噛みも甚だしい言動に指揮官は破裂したように笑い出す。

 

「いや、お前が服も着れない箱入り娘とは俺は初耳なんだが…………」

「自己申告制なんですっ!」

「つまり事実と?」

「ち、ちがっ! 着れますからね!」

 

 ひったくるように服を奪うとカラビーナは目に涙を浮かべながら着替え始める。閉じられたカーテン越しのシルエットがもたつくのを見るたびに、指揮官が力も抜けていかんばかりに笑い倒す。

 

 残念ながら彼女の服は人の手伝いが必要な程度には凝っているし、それを覚える気など今までの彼女には毛頭なかった。

 もたつく声が重々しさを帯びてくる。

 

「えっ!? こっちが襟…………?」

「…………これ俺がマジで手伝ったほうが良いやつ?」

「いいヤツ。いつもはG36が手伝ってたから」

 

 冗談だろ、と聞き返さんばかりの指揮官の表情には沈痛に振られた首の動き。

 

 頭を抱え、片手で目を覆って指揮官が中に入っていく。

 

「はーいお嬢さん、一緒にお洋服着ましょうねー」

「ちょっと指揮官さん!?」

「男は度胸も此処まで来れば犯罪者だな…………」




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