「貴方は何を考えているのかしら!? 女性の着替えを覗こうなんて非常識極まりないわ!?」
「服も着れない箱入り娘に大いに責任がありますね?」
言うまでもなく団栗の背比べは否めない。さっきからずっとこんな調子で押し問答を繰り返していて、やり取りの喧しさたるや基地内の人形の過半数が状況を察したほどだ。
厄介なことにカラビーナはこの後に仕事が差し迫っておらず、指揮官はこんな機械作業のようなQ&Aの挙げ句に執務室まで侵入を許してしまっていた。
どかりと椅子に座り込むなり、彼が耳栓をする。
「あ、ついでだから副官変更な。この書類に書いてある部署、普通に分かんなかったからついでに頼むわ」
「はい勿論――――――――じゃなくて!」
人形なので命令には逆らえない。目を腫らしてカンカンな彼女も手ばかりは当然のように書類を受け取ってるし、指揮官を睨みながら書類概要にも手を通している。言葉にならない動作の忙しさに指揮官が笑って――――――次に真顔になった。
「あー、何か人形に命令するのヤだわ。取り消し取り消し、自由行動でどうぞー」
カラビーナの手がピタリと止まると、今度は机をバンと叩かれる。
「お仕事はしないと駄目ではありませんか!?」
「コイツ面倒くせえな!? 俺は人形に命令とかそういうの嫌いだからしたくないの!」
しっかり聞こえてる。耳栓は何だったのだろうか。
指揮官は着任して一週間、一度たりとも”命令”をしたことがなかった。彼がするのは基本的に質問で、相手に何かをさせようという口調は敢えて使っていない。
そもそも”どういう文面が命令として処理されないか”も把握していて、特にそういう言葉遣いが好きではないからだ。
カラビーナの追撃の手が緩まない。
「無茶を仰らないでください、命令の一つも出来ずに指揮官が務まるものですか!」
「喧しい! しねーつったらしねーからな俺は!」
聞く耳を持たない、と言わんばかりにそっぽを向く指揮官。仕草がまるで子供だ、とても基地一つを背負う男のそれではない。
とはいえ彼の指揮官らしからぬ態度は今に始まったことでもなく、慣れたと言えば慣れたと言えなくもない所は有る。
カラビーナが語調を荒くする。
「命令しない指揮官なんて何処を探してもいません」
「だーかーらー俺は指揮官にならねえって言ったんだよ、ヘリアンが話を聞きやがらねえから」
指揮官が両手を振って困り果てたように椅子を回す。
そもそも一週間を過ごしてしまったせいで勘違いをされているところがあるが、彼は別に指揮官になることを容認した訳ではない。
だからと此処を離れられないのは彼の事情ではなく、”監視”に都合がいいから。
というより彼は指揮官という概念があまり好きでもない。抵抗を持って仕方なかった。
「いい加減にしてください、貴方は指揮官としての自覚が無いのではなくて!?」
「使う側だから尚更頭使ってんだろうが…………」
そう言いながら指揮官が席を立つなり何処かへと歩いて消えていく。
閉まる扉の音がとても大きく聞こえて彼女には仕方なかった。
「訂正、やっぱりあの人嫌いです。指揮官だなんて認めませんから」
「あらあら…………何があったんですか?」
抱き枕を抱きながらカラビーナがベッドの上に腰掛ける。ダイオウグソクムシという形容し難い抱き枕のセンスは紛れもなくモーゼルカラビーナ嬢その人のセンスなのだが、それはそうと扉越しの返事の機嫌はよろしくない。スプリングフィールドも苦笑いした。
元々フリーだったのも有ってカラビーナは私室に引きこもっていたのだが、いざ人形達が巡回から戻れば指揮官は不在。直前に話題にしたのが彼女とあっては自ずと原因は見えてくる。
カラビーナが抱き枕に一際強く抱きついて口を尖らせる。
「指揮官として此処に居るのに、責務である命令が嫌だと仰るんです。そんな事って有るかしら」
指揮官のくせに。それに尽きた。
彼は人間で、彼女は人形だ。線はどう見たって引かれていてきっと消えることもない。法的に男は人権を持ち、女は所有権で争われる。
法も世間も人形はパートナーと呼ぶけれど、最後はそう扱っている。
戦場に出る道具にお世辞は要らない。道具には道具らしく命令を下すべきだ、明快で、簡潔で、機械的な文を提示するのがある種礼儀と呼んでいい。
今更そんな事を言われても困るだけだ。
彼女はそうやって諦めようとしたのだから、もう触れないで欲しかった。
「…………彼は人形を人形と割り切れないからこそ、指揮官を続ける気になれないと仰っていましたからね」
「それでも席についたのなら、求められたものに答えるしか無いではありませんか」
「無理やり抑えつけられた役割にはめ込まれろだなんて、横暴な要求ですよ」
誰だって出自は決められない。
そう言おうと扉を開いた直後に、カラビーナの顔が固まる。
スプリングフィールドの表情はいつもどおりの柔らかいもので、視線も決して鋭かったわけでもない。本人だって何ら普段と変わりないつもりで立っているのだろうが。
笑顔に彼女は気圧されてしまった。
「彼にとっては人形は対等で、私達には”命令を選択する権利”を持ったものとして此処に立つことを望んでいます」
最後まで言わなくても意味がわかる。そうでなければ気圧されたりするわけがない。
「人間がそう”命令”しているのだから、従わない理由がありましょうか。Kar98kさん」
「そ、それは…………」
逃げようとした手首を掴まれたような、嫌な感覚。
「逃げ道はもうありませんよ。ロジックエラーの言い訳に感情論を述べるのは、人形には些か安っぽすぎる言い訳ではないかしら」
「違います…………」
「貴方は感情から逃げたいだけ。”指揮官と人形”のカタチに逃げておけば、抑え込めると思っているのでしょうけど」
「違いますから」
「ああいう方はそういう人形にこそ真剣に迫ってくるでしょう――――――――いえ、もしかすればそれが望みかもしれませんが」
「だからそれは違います!」
何が違うのか、カラビーナは自問自答しても答えが出なかった。スプリングフィールドの顔が見れないという事実だけが本心の全てを映し出している。
潤む瞳を袖で拭う。
スプリングフィールドがゆっくりと背中に手を回して、あやすようにぽんぽんと叩き始めた。
「怖がってもいいんです」
「違いますよ…………」
押し殺した嗚咽に釣られるように二人の肩がするりと地面に落ちていく。カラビーナが彼女の袖を掴む力はとても弱々しい、スプリングフィールドがもう少しだけ強く抱き寄せた。
「彼もちょっぴり怖くて、Karさんもちょっぴり怖いんです」
「怖くなんてありません…………」
「毎日、誰にでも上手になんてなれません。今日はちょっとだけ、温かいのが怖かったんですよね?」
返事もなく、そっと抱き返してきたのを無抵抗で受け止めた。
「大丈夫。一歩ずつ、一歩ずつ向き合っていきましょうね」
「おいおい、人形ってのは俺のサボりスポットまで計算で分かるもんか?」
「まさか。虱潰しよ」
冗談だろ、という表情で横を向いてグローザの顔色を窺った。虚偽の情報ではないらしく、指揮官は思わずため息をつく。
非常階段が誰も来ないと勤務初日で気づいた彼は、事ある毎に此処で珈琲を飲むのが習慣づいていた。何せやりたくもない仕事を強要されているものだから、肩書を忘れたくなる瞬間も人一倍多い。
もう一つ言えば、彼がつい最近まで社会性のある生活をしていなかったからか息が詰まるというのも。
「何だ、仕事に戻れって説教かい?」
彼が皮肉げに笑って珈琲をグイグイ飲む瞬間、グローザも横に来たかと思うと手すりに掛けながら持っていた珈琲を煽り始めた。
意外な行動にきょとりとするとグローザがニヤリと返す。
「いいえ? 貴方、面白そうだからお喋りがしたかったの。雑談は嫌いだったかしら」
「見目麗しいお方なら喜んで」
手のひらにキスでもしそうなセリフ、言葉遣いだけがそれらしく彩られて当人の声色にはとても心が篭もっていない。
ぐちゃりとした味付けの口説き文句を笑い飛ばして突っ返す。
「意外と下手ね。声が硬いわよ、もっとプレイボーイなのかと思ってたのに」
「そんな事出来るほどコミュニケーション能力高くないもんで、顔だけだよ」
何故自分の顔には妙に自信を持っているかさっぱりだ。
実際に黙って歩いていれば後ろ髪は引く男であるのは事実だろうが、とはいえ性格とはあまり噛み合わない。軽薄な顔に比べておかしな生真面目さを持ち合わせている。
「顔で損してるわね」
「損はしてない。苦労はしてる」
妙な返しをしながら紙コップを覗き込む。中途半端に残った珈琲が輪を描いていて、見るなり念入りに煽る。
随分と几帳面で品のない飲み方にグローザが変わり者を見つける目付きで顔を覗き込む。
「変な飲み方」
「まあ半年ぐらいに人間に会ってなかったからそういうのもあるかもな」
彼が顔を逸らして逃げるのを追いかける、自然と身体が密着する形になった。押し当てられた肩が異様に細くて指揮官は緊張より先に栄養状態が気になる。実際どうなのだろうか。
それはそうと男の齢は実のところ二十を超えたばかりで現状は気が気でない。つい数週間に書き殴って売りに出せるほど経験した事態ではあるのだが、それでも慣れてしまえるものではない訳で。
もちりとした不躾な肉感の暴力を押しのけようと藻掻きつつ、息のかかる距離のグローザに向かって警告を吐き散らす。
「くっつきすぎだ、俺はお前の名前も知らん!」
「グローザ14。グローザでいいわよ」
「よし名前はわかった、離れろ」
「気になること言うからじゃない。どういうこと?」
更にのしかかってくる柔肌に指揮官が思わず払いのける。
「だーっ! 話題変えよう話題、普通にあんま山のねえ話だからよ!」
えー、と言わんばかりに機嫌の悪そうに頬を膨らませたがどうにかこうにか離れてはくれたようだ。指揮官は嫌な脂汗から開放されてつい一息ついてしまう。
しかし息をつけたのも束の間のこと、グローザはまた別の爆弾を口元に投げ込んでくる。
「じゃあ何でKar98kと喧嘩してるのか教えてくれる?」
「ブーッ!」
矢継ぎ早に降り注ぐナパーム弾にもう顔は火傷だらけだ。
振り返ってみれば恐らくそれが本題だったので当然と言えば当然の流れには違いないが、さっきまでの状況から一転別所から飛び出す鉛玉を避けきれない。
手すりの向こうにひたすら咳き込んだ後、がばりと振り返る。
「予定調和でしょ?」
「そうだけどいきなり過ぎる…………」
面倒くさい、ボソリと呟かれる。彼の自尊心は密かに粉々に砕けて消えていった。
咳き込むのを叩き潰すように胸を叩く指揮官にグローザが追撃の手を緩めない。
「まあ粗方業務のことでしょ、貴方真面目にしないから」
「もっとおセンチな話だ。命令したくないつったらめっちゃキレられた」
「…………そう、本当に些細な話ね」
この時代では些細な話だ、指揮官も同意せざるを得ない。
迷う時分はとうに過ぎた。何せこれはターミネーターの世界ではない、人形は生活の一部となった”地続きのSF”の中に彼は居る。
葛藤するならばそれはもっと若くして終わるはずのこと、”その程度”に悩めるほど時代は猶予をくれないだろう。
とはいえ悩みも悩み。
「で、何が引っ掛かるの」
「何がというか、いやまあ…………俺は信頼関係を持って仕事したいというか、何かそんなの」
そんな事なの、と随分呆れた仕草で指揮官の方へ向き直す。
「信頼関係があるから服従を強いれるのよ。日系人なら御恩と奉公ぐらい知ってるでしょ?」
「武士が土地貰う代わりに従うみたいなそんな奴だっけ」
「それ。何百年も前からしてることじゃない」
身もふたもない事を指揮官は率直に嫌な顔を返答に代えた。
グローザの顔は至って平然としていて、何だ細かい意図が無い。それが彼女達の中で当然だからだろうか、と少しだけ考えたが答えに意味がないので諦める。
「貴方が人形と人間に勝手に壁を作るからそう思うだけ。むしろ例に則るなら、殊更に躊躇しない側であるべきよ。遠慮は極東出身の悪いクセ、わだかまりなくお互いの関係に従事できるように計らうのが信頼づくりだと思わない?」
「…………」
いやしかしその通りな部分もある。
極端な話ではあるが人形だろうが人間だろうが仕事はするしか無い。問題なのはその関係性に不満が出るか出ないかくらいのもので、どうしようもないことを論じるのは時間の無駄。
組んだ腕の隙間からぴしゃりと、細い人差し指が彼を貫く。
「指揮官。結局怖がってるだけよ、仕事から逃げているのと同じ。私達から逃げてる」
「うーん…………言い返すところもないのが悔しいところだな、そうかもしれん」
今度は一人でうなり始める指揮官に、何だか変なものを見ているような視線をぶつけながらグローザが手すりから背を向ける。
「そうそう。用事はそっちじゃなくて、今度貴方の歓迎会をするみたいで。時刻、紙に書いてあるから――――――ちゃんと来てね」
「逃げねえよ。仕事から逃げても自分の問題からは」
「カッコつけてないでしゃきっとしてよね」
言い返すところもねえ、と指揮官がへにゃりと笑った。
後半一日200文字とかで疲れました。褒めちぎって。
今回の話はどっちが正しいと言うかそういう話をしたい訳ではなかったので、どちらにも異を唱える人形をお呼びした形になってます。
上辺だけの対等か、気持ちいい服従関係か。どちらが良いかというのはもう全く、個人の問題ですからね。