実験体29号「織斑チナツ」   作:地味子好き

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少女は父を語る。

少女を『確保』した町からほど近いケンプテン。

 

そこにはドイツ連邦軍病院が()()()存在していた。

 

既に閉鎖になった廃病院…しかし、そこは完全に潰されたされたわけではなかった。

 

軍が確保した特殊な…検体と呼ぶべき生命体。それらを閉じ込めておくための改装を施し、極秘裏に運用されていた。

 

 

「どうだ、彼女の様子は…?」

 

 

織斑千冬は現在、その廃病院にいた。

 

 

「はッ、意識はあるのですが…如何せん、状態が状態でして…。」

 

 

人形のように美しい金髪に、宝石のような碧い目…そして私の事を「姉」と呼んだあの少女は今、最新設備のそろった病室に監禁されている。

 

担当についた軍医は黒うさぎ隊直属であり、いわば遺伝子強化兵に最も精通しているといっても過言ではなかった。

 

上は当初、『近隣の町から誘拐された少女』と言う見立ての元で医師他各種検査技師を手配した。

 

いわばメンタルケア関連を中心とした医師団だったが…こちらの意見を聞けばよかったものを。その手配された医師団は逆に()()()()()()()()()()()

 

偶然、少女のメンタルが不安定であったこと。そして部下のラウラ・ボーデヴィッヒが護衛についていたことからそれ以上の被害の拡大は免れたが…。

 

少なくとも二人が精神病院での本格的な治療が必要になった。

 

ぎりぎり病院行きを免れた奴からの証言では、『いきなり少女の腕が異形のものに変わり、次の瞬間、頭に走馬灯が流れた』と言っていた。

 

その後、少女には特殊な麻酔薬が投与され精密検査へかけられたのだが…。

 

 

「彼女は錯乱状態へ陥っていると思われます。…ブリュンヒルデ。貴女の名前をしきりに呼んでいます」

 

 

まだ私には結果が聞かされていない。あの薄気味悪い施設の調査報告も同じくまだ私の元へ届いていない。

 

 

「入っても?」

 

 

「10分でお願いします」

 

 

少女が軟禁されている部屋の前に立つとまるで壊れたラジオのようにしきりに金切声が聞こえる。

 

私をここから出して。千冬姉様に合わせて…と。私は意を決し、その扉を開けた。

 

 

「…あ、ああ。千冬姉様…」

 

 

改めて、少女には惹き付ける容貌であった。

 

しかし、彼女を確保したあの施設のあの部屋、そこに描かれていたマーク…それを思い浮かべると少女のその容貌には別の意味があるように思えた。

 

金髪、碧眼の優秀人種(アーリア人)。『生命の泉』…。それはすべてあの崩壊した『帝国』を思わせるものだった。

 

私は彼女が括り付けられているベッドへ近づき、隣へ腰を下ろした。

 

 

「君は…」

 

 

「あ、申し訳ございません。千冬姉様。私とあなたはまだ一度も実際にあっていませんでしたね…」

 

 

彼女が私の事を一方的に知っているという事実はどうやら彼女の理解のうちである。

 

 

「私の名前はノイン・ウント・ツヴァンツィヒ(2 9 号)と言います。姉様の事は先生から聞きました。遠い、妹である…と」

 

 

「先生…?」

 

 

「はい。研究所で私やほかの皆にいろいろなことを教えてくださった方です。」

 

 

…恐らく、あの部屋にあった老齢な男性の事だろう。しかし、私の妹か…。それに29という単調な名前…

 

 

「君のことを教えてもらえるか?両親や、生まれなんかは…」

 

 

「勿論。年齢は15歳です。生まれは…覚えていません。昔から研究所(あそこ)で暮らしていましたから。でも、父様と母様の事は先生が教えてくれました。」

 

 

彼女は純粋な視線で私の顔を見つめる。

 

 

「私の父様は、とても偉大な方でした。今でもその御威光は消えることを知りません。政治、軍事、思想、美術、すべてにおいて完全なお方でした。子供と、女性と、動物に優しい紳士であり、酒も煙草もたしなまず、さらには菜食主義であられた」

 

 

そして私は見た。彼女の顔が、過去幾度となく見た()()()()()()と同じになる瞬間を。

 

 

「ああ、何と素晴らしい父なのでしょう。私はなんと幸福な娘なのでしょう。結ばれたエヴァ・ブラウン(母様)どれほど幸せでしょう!父様が残した第三帝国の威光と我らの印たるハーケンクロイツは永遠に消えることはないのです。そしていつか再び全世界でこの言葉が叫ばれる日が来るのです!」

 

 

彼女はその腕を、体を異形のものさせ、拘束衣を破った。

 

 

「何を!?」

 

 

そしてその異形の右腕を前方に突き出し、叫んだ。

 

 

ハイル・ヒトラー…ハイル・ヒトラー…ハイルヒトラー!」

 

 

私は信じられなかった。アレからもう数十年以上たっているというのに、彼女の言い放った言葉はこの国の暗黒にして栄光の時代の古き遺物であった。

今、そのような狂信であの男をたたえるものはネオナチにすらいなかった。そして彼女は言葉を言い終わった時、静かに眠りに落ちた。

 

 

「教官!ご無事ですか!」

 

彼女の叫びは外まで聞こえたのだろう。護衛として部屋の外で待機させておいたラウラが部屋に突入してきた。

 

「私は無事だ…。ラウラ、すぐに医療班を呼べ。彼女をもっと詳しく知る必要がある…。」

 

私は先ほどの狂った姿とは打って変わり、美しい寝顔を見せる少女に唯、恐怖した。

 

 

同時に、彼女を生み出した者を、果てしなく憎んだ。

 

 

 




次回、一気に情報を開示と言うか報告書と言う形の設定回を入れます。

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