実験体29号「織斑チナツ」 作:地味子好き
少女を保護してから三週間がたったある日、織斑千冬はとある一人の女性医師のところへ赴いていた。
「一通り調査は終わったよ。ブリュンヒルデ」
年齢は40を少し超える女医は口元に皺を少し浮かび上がらせながらそう言った。
彼女の名はヨゼフィーネ・メンゲレ。黒うさぎ隊付の特務医師であった。だが、医師と言いつつも彼女の素性は研究者のそれに近い。
何事も根堀り葉堀りと自らが満足するまで追及をやめない、そう言う意味では彼女は「マッドサイエンティスト」の一種とも言えた。
「…その名前は、今の私には相応しくありません。」
「全くもってそうだ。ヤーパン人は気負いし過ぎなんだよ。カロウシでもしたらこっちが悪者にされちまう」
ヨゼフィーネの言葉の通り、織斑千冬は組織に対する憎悪と少女に対し何の施しも与えられないことに対する嫌悪で半ばノイローゼのような状態になっていた。
三日後、十日後、二週間後と日に日に弱っていく彼女を見て、軍からは休暇
「まぁ、上がアンタに休めと言ってくれたおかげでこっちはノンオフィシャルで話ができるんだ。」
ヨゼフィーネはテーブルに来客用の少し高価なコーヒーを置いた。
今二人がいるのは少女が監禁されている病院ではない。そこから約百キロほど離れた田舎町にあるヨゼフィーネの自宅だった。
二人はコーヒーを口に当てつつ、目の前に広がるアマー湖を見た。白鳥やガンが羽根を休めている。
「…忌むべきあの戦争から長い年月が経った。」
ヨゼフィーネはその一言から語り始めた。
「かのオカルティスト、ハインリヒ・ヒムラーはあの伍長にこういったと言う。『千年帝国には人を超えた、新人類が必要である』―と。」
「新人類…?」
「奴がアーネンエルベと呼ばれる特務機関の長だったことは周知の事実…だが、そのさらに奥の奥。彼の子飼いの特務組織を知るものは極めて少ない。そう、あの帝国は人為的な進化をさせようとしたんだよ。新しい支配者階級を確固たるものにするために、自らを神にしようとした。」
カチン―と震えながら織斑千冬がカップをソーサーに置く。その顔は彼女の話から何かを悟ったようだった。
「戦前よりヒムラーは古のアーリア、ゲルマン神話を信奉していた。…それに加え、東洋の神つまりヤオヨロズと形容される神を信じる国にも興味を持った。そしてその国と帝国が同盟を組む数年前、アーネンエルベ極東支部がその国に生まれた。そこからその国、日本のオカルティズムも彼はその秘めた意思に内包しようとした。」
彼女は本棚から数冊のファイルを取り出し、中の紙をめくり始める。
「だが、彼らの野望は果たされずに帝国は滅びた。…しかし、その灯が消えることはなかった。1948年11月。アーネンエルベ極東支部は政府から黙認された状態で…とある計画を始めた。」
バインダーから紙を一枚切り離し、それをテーブルの上に置く。
「プロジェクト・モザイカ…良く知ってるだろう?こうも呼ばれた。―織斑計画と」
織斑千冬の手はさらに震えを増す。
「責任者は…グスタフ・メンゲレ。死んだアタシの父親だ。」
ジョゼフィーヌ・メンゲレはさらに複数のファイルを出した。
「しかし…新人類創造計画はまた別のプランによって行われようともしていた。プロジェクト・モザイカが遺伝子改造による進化なら、こっちは機械と人類の融合だった。こっちのほうは…あの子の近くで死んでいた爺さんのパソコンに事細かに書いてあったさ。実験体29号について…もね。」
「……」
織斑千冬は何も言わない。
「その実験はドイツで続けられた。主任はヴィクトル・フランケンシュタイン。そう、不死身の兵士フランケンシュタインを作り出すってわけだった。…私が調べた限りでは、あの研究所では10歳で機械化手術を受けることになってた。だか彼女が7つの時、とある事件が起きた。」
「…白騎士事件」
「そうだ。…まぁ、一応隠しておくがどこかの誰かがISを使い、日本に向けて発射されたあまたのミサイルを切り捨て、日本を護った。それが起きたんだ。」
メンゲレはさらに写真を千冬に見せた。それはあの施設で回収された実験記録だった。
「既存の機械化兵士なんて、ISに比べればどれほど弱い存在だったか。ミサイルを迎撃する?バカ言うんじゃない。50口径のFMJを弾くこともできなければ40ミリのグレネード弾でただの人間と同じように四肢が吹き飛ばされる」
そこに映っていたのは機械と肉の塊。まだそれが人だったと分かるものもあれば、原型をとどめていないものも複数あった。
「だから、
そう言って今度はタブレットを開いた。パソコンの中のデータをコピーしてきたものだった。
「急遽計画は変更、20号からは全部ISの適合手術が行われている。28号までは全員コアに耐えれず、29号の手術は彼女の成長まで大幅延期…だがこれだ。コイツを見てほしい」
その文章データは日記のようだった。日付は今年の10月5日。彼女の改造手術の一カ月前とも記述してあった。
そこに書いてあったのは3つ。
1つは
そして2つ目はその改造担当者が次の手術を支援してくれること。
そして最後に―実験体29号は手術成功の後、
『彼女ら』、Sieと書かれたその組織がナチスの残党を支援していた。
その組織の事で千冬は心当たりがあった。
2年前の第二回モンド・グロッソにおいて、当時まだ11歳の弟―織斑一夏を誘拐した組織……。
千冬にはSieとその組織が同じものとしか思えなかった。
「まさか!」
「ああ。そのまさかだとアタシも思う。ま、今日はこれを見せるのも呼んだ理由ってワケだ。
「そうか。三月にはもう私は……」
ドイツ軍との契約期間は2年。その後はIS学園の教師として赴任することがもう決まっていた。
「あの娘は…ノインはどうなるんだ!?」
「アタシが最大限手をまわした。2年。2年間の特殊コールドスリープで疑似冬眠させボーデヴィッヒの嬢ちゃんと一緒にIS学園へ入学させる」
「コールド…スリープだと!アレは!まだ実験段階だったはずだ!まだ試験も十分に…ッ!そういう事か!」
「ああ。厄介なんだろうさ。上は。あの子でコールドスリープ装置の実験をする。死んでも惜しくはないからだとさ」
「そんな!そんなふざけたことが!上のやつらも所詮は…所詮あのナチス残党とやってることは変わらないじゃないか!」
千冬は激高した。許せなかった。上層部だけではない。彼女を助けられない自分が、悔しくて悔しくてたまらなかった。
「すまない…」
「いいさ。……アタシも同罪みたいなものさ。……コーヒーまだ飲むかい?」
そう言ってメンゲレは立ち上がった。
「……ああ」
千冬は短くそう答えた。あと4カ月半、自分がやれるだけのことはしよう―と。
「そうだ。忘れていたよ」
部屋の奥からメンゲレの声が聞こえた。手には新しくコーヒーが注がれたカップがある。
「あの子の遺伝子調査の結果をアンタに言うんだったね」
カップをテーブルに置いたメンゲレはファイルを取り出した。
「後天的に…金髪碧眼そして肌が白くなるように調整されている。……それ以外はアンタと同じだ。ブリュンヒルデ。彼女はアンタの……クローンさ」
久しぶりに余裕が出来たのでこっちも投稿します。