鬼よ、己が道を往け   作:息吹

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 ヘヘッ


ヒーロー殺し

 体育祭後の振り替え休日も終え、次なる大きなイベントと言えば職場体験になるだろう。

 体育祭での活躍やその戦いぶりを見てプロからの指名が入ったり入らなかったりしてそこから職場体験先を選ぶ形だ。我らが1-Aは結果優勝と準優勝の二人に票が偏ったりもしたが、俺もその次くらいでそれなりの指名を貰えた。爆豪とほぼ互角の戦いを繰り広げたのは事実であるし、出来ることも分かり易い。逆にそれが指名が入らなかった理由にもなっているのだろうが、それでも十分量の選択肢はある。

 ちなみにそれに合わせてヒーロー名を決める時間が設けられたりした。

 皆洒落た名前を考えるもんだなあ。爆豪はシラネ。緑谷、飯田、轟は本名そのままだったけど。

 俺?

 ハハ、人の事笑えねェなァ?

 

「──ということで、折角来てもらったところ悪いけれど、すぐに移動だね。理由は、あー……目的地はー……」

「逆に怪しいですよ」

「うっ、本当は関わらせたくないんだけどね、『ソーマ』」

 

 偶然に偶然が重なった結果なんだから仕方ない。

 偶然、他のサイドキック達も出払う、もしくは指示できる程の経験がなくて。偶然、ある事件への救援要請があって。偶然、それがギリギリだったことで予定の変更や調整も難しくて、等々。

 時期と職場体験先のヒーローの世間からの評価を考えれば、自ずと何の事件かは見えてくる。

 ということで暫く時間が経ちまして現在、絶賛パトロール中でございます。白昼堂々厄介事を起こすのは相当の馬鹿か自信家のどちらだが、それでも抑止力としての効果はあるのだから疎かには出来ない。

 ちなみにこの事務所を選んだ理由だが、人気も評価も上位かつ、ある程度の偏りがあるのは仕方ないにしても活動内容も多岐にわたる。言い方は悪いが、所謂トップヒーローと呼ばれるヒーローやその事務所をそのままグレードダウンしたような立ち位置なのだが、そのトップヒーローの殆どが軒並み爆豪と轟に割れ、数少ない俺を指名してくれた方々も少し俺の求めるものと違ったので結果ここに落ち着いたという訳だ。

 別に荒事特化の場所でも救助特化の場所でも良かったのだが、俺はこの個性を出来る限り色々な場所で使えるようになりたい。そうなった時、俺への指名の中で一番経験として糧になりそうな場所がここだったのだ。

 

「ヒーロー殺し……随分とまた物騒な」

「具体名についてはノーコメントで……だけど、だからこそ、だろうね。ここ保須市は現在、残念ながら、脅威に対抗出来得るような力あるヒーローがいるとは言えない。もしもの時に備えなくちゃいけない」

 

 この地で活動するにあたって一度ヒーロー達が集まっての打ち合わせがあったが、来て早々だったため別室待機と言えど流れで着いてきた俺と違い、飯田の姿は無かった。その後も何度か話し合いの場は設けられているらしいが、俺が出席したのはその最初の一度だけで、それ以外は一緒に来たサイドキックの方に預けられたり、話し合いの方がサイドキックに任せられてたりで、それ以降も顔を合わせる機会は無かった。

 学校からの出発時、緑谷も心配そうにしていたし、声ぐらい掛けようかと思ったんだがな……。

 まあ折角外部からヒーローを呼んでの警戒態勢なのに、見回り場所が被ることもそうそうないのだろう。

 

「ごめんね、ホントはしっかり訓練とかも付けてあげたいんだけど」

「空いた時間で付き合っていただけるだけで十分過ぎますよ。それに緊急事態ですし、感謝こそすれ、文句など」

「その言葉に見合うだけの仕事はさせてもらうよ」

 

 これでも割とこっちは疲れがまだ残ってそれを感じさせないように頑張っているって言うのに、それを感じさせない、もしくは疲れてすらいないのはやっぱプロヒーローなんだと実感する。

 そういやまだ救援要請しているヒーローがいるらしいが……誰だろうな。

 ……うん?

 

「すいません、あの」

「分かってる。音がしたね。向こうの方の担当は確か――」

 

 微か、だが明確な破壊の音。硬質で、割れるような音はどこかのビルにでも被害が出たか。感覚を強化して耳をすませば遅れるように届いた多くの悲鳴。

 ビンゴだ。

 だが今追っているヒーロー殺しにしては派手だ。別件と考えるべきか。

 共に音の発生源へと走りつつ、考えを巡らせる。近づけば近づく程、その場所から離れようとしているのか逃げ惑う人々も増えてきた。

 

「落ち着てください! 焦らないで! ソーマ、避難誘導任せれるかい? ここから最も近い緊急時の避難場所とそこまでの地図は頭に入れているね?」

「押さないで! 避難先はこのまま真っ直ぐです!……了解しました」

「よろしくね」

 

 すぐに分かれ、向こうは現場に、俺の方はその場に残り必死に声を上げる。

 だが人が多いことに加えパニックが伝播しているのか、流れに呑み込まれるように皆が皆逃げ惑っており正直声が届いている気がしない。ドミノ倒しのようになってないだけまだマシといったレベル。

 向こうで更なる破壊音が響いた。

 あっちも気になるけど、今は任された仕事を……!

 音。影。気配。直感。

 周囲にはまだ多くの人が逃げ惑っている。動けるスペースこそあれど、余裕はない。ならば取るべきは、受け止めるか防ぐか。

 

「ぐお……っ!」

 

 迫る物体に対して咄嗟に迎え撃つが、そのスピードと威力に少し脚がアスファルトに沈んだ。

 どこからか飛んできた物体は白く、人に似ても似つかないシルエット。身体は筋肉質で剥き出しの脳……

 

「脳無!?」

『ぐぼあ』

 

 そこだけやけに巨大な嘴のような口が受け止めた俺に対して開けられた。嘴と言うよりは牙のような部分もあるし鰐の方が近いのかも。

 前のUSJ事件の時に見た脳無とは剥き出しの脳以外の共通点は見当たらないが、逆にその共通点のお陰でこいつを脳無と判断できた。

 だが、何故ここに脳無がいる? ヒーロー殺しと脳無、ひいては敵連合に繋がりがあるのか?

 一瞬の静寂。爆発するかのように溢れ出す悲鳴。

 ええい、来るならせめてもう少し人がいなくなってから来いっての!

 

「お、ラァッ!」

 

 両手同士で取っ組み合いするかのような体勢だったので、身を捻り、そのまま大地に叩き付ける。周囲に人がいないのは確認済みだ。というか我先にとこの場から離れていったからな。

 轟音と破壊音が響き、手も離れる。

 両の拳大きく挙げて、相手が起き上がる前に振り下ろす。

 再度、轟音。

 一般人が逃げた先に背を向けるようにして一度距離を取り、腕を引き絞る。今は土埃で視認性が悪いが、伝え聞いた限りでは脳無は耐久性能や回復力も高かったらしい。今ので決着がついたとは到底思えない。故に、その動きを確認した瞬間に追撃を撃ち込む。

 

「…………」

 

 風が、土埃を攫っていく。

 

「…………動きが、ない?」

 

 強化した感覚はまだ脳無が活動停止していないことを教えてくれるが、立ち上がる様子も、反撃をする様子もない。

 事実、土埃が晴れた先、白い鰐脳無は蠢きこそすれど、そこから先の動きが無かった。

 限界以上に込めていた力を一度抜き、蠢く脳無を掴み上げる。結構重いが……まあ軽く投げるくらいならできる。

 上に投げ、そのまま落下してきたタイミングに合わせ、

 

「散れ――砕月」

 

 脚が壊れる程に力を込め、回転するように放つ一撃。

 軌跡は弧を描き、綺麗に当たった脳無を再度地面へと打ち込んだ。今度は蠢くこともない、完全な沈黙である。

 

「……思ったより苦戦しなかったが……あれ、そういやこいつは白いのな。何か違うのか?」

 

 疑問は残るが、倒せはしたし、結果的に人も捌けた。ヒーローの応援に向かうべきか移動して避難誘導と救助活動に注力すべきか。

 どっちにしろ一度連絡を取るべき、ホウレンソウ大事ということで通信機を手に取った所で、携帯に通知が。

 通話を繋げつつ、中身を確認。

 緑谷から、クラスの全体グルに、位置情報だけ……? 場所は、保須市。ここじゃねえか。示す場所もそれなりに離れてはいるが、俺の個性なら時間らしい時間もかけずに着く程度。通話が繋がらねえ。

 んー、気になる。色々と訊きたい。何故全体グルなのか。何故無言なのか。そも何故保須市なのか。うむむむ……通話繋がらん。

 …………行けば分かる!

 ヒーローと通話が繋がらないのはちと気になるが、それだけ切羽詰まっているということだろうか。だが恐らく、緑谷側も似たような状況だ。位置情報だけしか送られていないのが証拠。

 そしてこれがただの救難信号、応援要請ではなく増援のための連絡なら。場所と時世を考えるに、今緑谷が敵と接敵しているとすれば相手はヒーロー殺し。次点で先程脳裏を過った敵連合。

 未だ破壊音と戦闘音が続くプロヒーローのいる場所と、詳細は不明だが無事かどうかすらあやしい緑谷。

 この二つなら俺が向かうべきはまだ後者だろう。

 

「が、コイツを放置すんのもなあ」

 

 気絶なんて機能が備わっているのか、未だに動きを再開することのない白鰐脳無を見下ろす。

 放っておいた間に動き出して被害を出したとなると洒落にならねえしなあ。

 

「……向こうから飛んできたよな」

 

 視線の先はプロたちが今だ闘っているらしい方向。

 脳無を見て、視線を移して、脳無に戻して、また移して。

 ……突き返してくるか。

 

 

 

 

     ◇◆◇◆

 

 

 

 白鰐脳無を砲弾としてまさかの複数いた脳無のうちの一体にぶっ放して暫く。

 

「ッ!」

 

 屋上伝いにショトカしながら示された場所に向かっていると、すぐ目の前で熱波に冷気。地図を見ても同じ場所。どういう因果か轟も来てるらしい。

 だがあまり楽観視もできないらしい。個性を使っている=使わないといけない状況だということ。そして救助のために炎を使うような状況はそうそう無く、その威力的にも考えにくい。

 酒を一口。

 

「狂襲・肆式……!」

 

 個性の出力を上げ、現場の上空に躍り出る。

 状況確認。

 所々砕けているが氷で壁や足場のようなものが作られている。居るのは轟、緑谷、飯田に、知らないヒーローらしき人物。そんでもって、全体的に赤黒く、刃物を持った男……敵。事前情報と一致。ヒーロー殺しか。

 倒れているのは飯田とヒーロー。緑谷は起き上がろうとしている。轟は負傷こそしているようだが、まだ立っている。

 まず最初に緑谷が気付いた。一番周囲を見渡せる状況だったのか。

 視線に気付いたのかはたまた気配でも気取られたか。一瞬遅れてヒーロー殺しが気付いた。

 最後に轟……は気付いているのかいないのか。しかしヒーロー殺しが目を逸らした瞬間を見逃さずに氷を放ち、彼の動きを止めようとした。

 

「また、ガキ……」

「相間君!」

 

 刃こぼれ、というよりは意図的に刃を欠けさせた刀を振るい迫る氷を砕きつつ、距離を取ると同時に上へと跳躍。俺へと迫る。

 空いている片手で小刀を逆手に抜きながらの接近。こちらもまたボロボロだが、それで氷を砕いたんだ。要警戒。

 投げてきた。掴む。振るわれる刀をそれで受け止める。ノータイムで抜刀された追加の一振りを届く前に一歩中空を踏み込んで肩から衝突。その勢いのまま距離を取られて再度小刀を振るってきたので、手にしたままの小刀で受け止めて、もつれるように落下する。

 小刀を投げ捨て体勢を整えると同時に駆け出すと、向こうは先端を尖らせたブーツを振り上げようとしてきたので、片手でその膝を抑え、もう片腕で――何かしようとしてるな。いつの間にか刀を手放した方の腕を掴む。

 そして地面か壁か、叩きつけようとしたが、手放していた刀が上から降ってきていた。遠くに殴り飛ばし、その場を離れる。

 

「お前……他と違って、動けるな」

「はン、お生憎様、近接戦闘にはそれなりに自信がある。ヒーロー殺しが相手でも、時間稼ぎ位はしてみせるさ」

 

 虚勢だ。今のほんの一瞬、少し気を抜いていれば、手を間違えていれば、斬られていただろう。

 俺の個性は対物理性も優れるが、残念ながらどの程度までいけるのかは試したことがないため不明だ。だがどのみち、食らわないに越した事はないだろう。

 緑谷は、まだ動けそうにない。飯田とヒーローも同様。

 

「相間、アイツに血を摂らせるな。動けなくなる」

「そういう個性か。オーケー。轟は皆を逃がせ……る隙もねえか」

 

 視線が外れない。戦意が衰えない。意識を逸らせばすぐそこに迫られるだろうという妙な確信がある。

 

「狂襲・陸式」

 

 さらに強化段階を引き上げ、酒を……飲もうとして止める。そんな隙はない。

 俺と轟、協力するにあたってこれ程分かり易い組み合わせもない。

 

「任せた」

「任せろ」

 

 前へ出ると同時に炎が吹き荒れる。

 この路地裏を覆い尽くさんばかりの一撃は、上へと跳ぶことで避けられた。俺が体勢低めに踏み出したのを見ての上への回避だろう。

 地面に伸ばされていた氷で足場を形成してもらい、そこから跳躍、壁を一度挟んで接近。

 

「俺と近接戦を望むか……面白い……」

「後ろには行かせねえ!」

 

 迫る刀をかち上げ、胴体に膝を打ち込む。怯むことなく振るわれる小刀を腕を掴むことで防ぎ、地面へと投げつける。

 そのまま氷結が拘束しようとするが、器用に身を回して勢いを付けられ失敗。

 拳を振り下ろすがこれもまた避けられる。地面と激突してしまうがその痛みが気になるような身体ではない。

 追う。

 

「まだ動けそうにねェか、緑谷!」

「いけ、る……! 段々動くようになってきた!」

「ならとっとと二人背負って離脱しろ! キツくてもやれ! 後ろばかり気にしてられる相手じゃねェ!」

 

 俺に接近する――と見せかけてそのまま抜き去ろうとするヒーロー殺しを氷の壁が一瞬その場に止まらせる。その隙に蹴りを入れるが避けられる。なんならそのまま仕込みナイフで脚斬られたわ。傷こそないが、コスチュームの方に切れ込みが。

 

「増強系に近い、異形型と思ったが……ハァ……防御も優秀か」

「危ねェなァ!」

 

 勢いのまま氷の壁に着地、両足で飛び出し、一撃、二撃、三撃。

 全部紙一重で躱された。迫る一刀。攻撃直後のせいで避けることも出来ない。だが直撃する気もない。

 刃が通らないはたった今確認できた。避ける体勢にはなれなくても、腕は動く。

 

「チィッ!」

 

 掴む。

 痛むが、思ったほどではない。

 

「くっ」

 

 ヒーロー殺しの方は掴まれた瞬間には刀から手を離し、膝蹴りに肘打ち、拳に裏拳に蹴りと、変わらぬ苛烈さで攻め立ててくる。

 掴んだ刀を投げ捨て、繰り出される攻撃を防ぎきる。単純な肉弾戦となれば、肉体面では此方に分がある。だが、隙を見て何度か攻撃に出てみるも、全て受け流された。

 ……何度目かの攻防の時、掌打を弾いて逸らせようとした直前、袖口から隠しナイフを取り出してそのまま突き出してきた。

 このまま肉弾戦闘が続くだろうと無意識下で思考が切り替わろうとしていたまさしくその瞬間だった。タイミングとしては完璧。一瞬対処が遅れた。

 

「マズ……っ!?」

「動きは良い。あくまで救助と時間稼ぎが目的なのも、良い。だが……」

 

 先と同様掴み返そうとしたが、弾こうとした腕狙いはフェイクだったのか、次に狙われるは顔面。恐らく、眼球。

 上体を反らして避けようとしたが、いつの間にか逆の腕を掴まれており、そのまま壁に投げつけられた。咄嗟だったことと狙われていた箇所が箇所だっただけに気付けなかった。よしんば気付いていたとしても恐らくそのまま切りつけられていた。激突の衝撃で息が詰まる。

 

「相間!」

「どけ」

 

 追い打ちを警戒してか俺とヒーロー殺しの間に氷壁を作ってくれるが、そもそも相手にとって俺は二の次だ。最優先は多分、倒れていたプロヒーロー。急いで立ち上がり、追いかける。

 視線の先、炎を避け、先程俺が捨てた刀を器用に飯田や緑谷達の方に一直線に蹴り飛ばし、ほぼ同時に牽制なのか脇の小刀を轟の方に投擲。

 どうにかヒーロー殺しを追い抜き、半ば巻き込まれる形で刀の軌道に無理矢理腕を捻じ込む。跳ね回って少々危なかったが止めることには成功した。が、既にヒーロー殺しは目と鼻の先。刀が再度どこぞへと飛んでいく前に掴みなおし、それが刃の部分であるのにも関わらず寧ろ間合いが同じで好都合とばかりにもう一本小刀を手にして二刀で迫る。

 狙われているのは、眼と、首。どちらも急所。刃が通る通らない、傷が治る治らないを置いといて単純に防ぐべき。

 常人なら必殺に成り得るその二撃をフェイントに使っての靴先のスパイクでの蹴り。

 ギリで気付いて防御は間に合ったが、また距離が開いてしまった。

 

「お前は……」

「あ、ああああ!!」

「緑谷!?」

 

 なんで、こっちに!?

 

「ごめん、相間君がピンチなのが見えて、つい!」

「心意気は買うが、愚策!」

 

 突然飛び込んできた緑谷に引き摺られヒーロー殺しとこちらとの距離は開いたが、肘打ちで体勢を崩されそのまま投げ捨てられてしまった。

 轟が氷で壁を作ってくれたが、事態は好転したかと言われれば、微妙な所だろう。ちらりと後ろを確認すれば、プロヒーローの方は見当たらないが飯田の姿はまだそこにある。まだ身体の動きは完全に回復していないのか、それとも何かやり取りがあったのかは知らんが、推定最優先の救助対象は逃がせたようだな。

 

「ったく、どうしたものか」

「ご、ごめん……」

「謝らんでいい。それより、お前さんが動けるのに、なんで他は動けねェンだ」

 

 いくつか可能性が考えられたが、ヒーロー殺し本人の口から血液型だと教えてくれた、教えてくれるんだ……。

 短くおおまかな作戦だけ決め、俺が前へ、轟は動かず、緑谷は後ろへ。結局逃がすべき存在が居る以上、この位置取りが最適解だ。

 

「止めてくれ……もう、僕は……!」

 

 緑谷に担がれた飯田の声がする。

 斬撃を避け、投擲を弾き、格闘を受け流し、追い抜こうとするのを阻止する。

 

「もう……」

「やめて欲しけりゃ立て! なりてえもんちゃんと見ろ!!」

 

 氷が足場を凍らせる。上ではなく、地を這うようにして距離を取り、そこを狙うように今度は炎。

 それすらも予測していたのか回避と同時に俺へと接近。

 

「何故、何故だ」

「あァ?」

「お前のようなヒーローの卵が、俺と互角に戦えるお前が、何故」

 

 何故。

 

「敵と同じ顔で笑う……!」

 

 頬が強張った。

 つまりはそういうことだろう。

 

「……前にも言われたよ、ソレ」

「この状況を楽しむその姿勢は正すべき歪みだ。だが、お前のヒーローとしての在り方に嘘は感じない。矛盾、二律背反……」

 

 お前は、

 

「……()()()()

「――――」

 

 どっち、どっちかなあ……。

 これでも自覚はしているんだ。戦闘を好むこの性質はヒーローとしては致命的だ。だが否定する気はない。これもまた俺の一つなのだから。

 何故このような性質を持つのか、その切っ掛けはなんだったのかは分からない。気が付けばこうだったし、こうなっていた。

 動きを止めた俺に、だが、ヒーロー殺しは武器を構えなかった。

 

「迷ってる間は見逃してやる。お前もまた、生かす価値がある素養を持つのは確かだからな……ハァ……だが、少しでも道から外れれば」

 

 鋭く、昏い眼差しで。

 

「この手で粛清する」

 

 横を通り過ぎていくヒーロー殺しを、俺は────

 

「好き勝手言ってくっっるじゃねェか、えェ?」

 

 そのまま行かせる訳ねェよなァ?

 成程成程、ヒーローとしての歪み、在り方、素養……つまりは、なんだ。

 ()()()()()()()()()()()()()

 同じ穴の狢。違うところがあるとすれば、ヒーロー殺しは自分が認めた正義以外の存在を認められず、俺はそういった様々なヒーロー像をそれもまた良し(所詮は些事)と割り切れたか。

 いや、もっと簡単な話だ。

 ヒーロー殺しは敵で、俺は英雄だった。ただそれだけの話なんだ。

 二人とも、眼が灼きつくような、光そのもののような、そんな輝きを持ったヒーローを求めているだけなのに。

 抑えの効かなくなってきた体が疼く。

 

「分かる、分かるぜ。そうだよな。誰だって、自分の信じた正義は貫きたいよな」

「そこらのヒーロー擬きが、そんな信念など持つものか……富、名声……自己満足に、復讐、果ては……ただ流されるままに……」

「だから絶望したんだろ、だから求めたんだろ」

「俺が認めるのはただ一人……」

 

「「オールマイト」」

 

 声が重なる。視線が交わる。戦意が衝突する。

 

「かか、何でかなァ。そうだと気付いた瞬間、流れるよォにアンタの思考が理解できちまう」

「根本的に……同類、なのだろう」

「……だけど」

「……故に」

 

「お前を止めるぜ、先輩」

「お前も粛清だ……後輩」

 

 

 

 

    ◇◆◇◆

 

 

 

 既に狂襲は接敵時の陸をとうに超え捌に至ったか至ってないか。強敵との戦いだからか、明らかに進行が早い。

 これは暴走へのカウントダウン。だが同時に強化でもある。

 即ち。

 

「......早い」

 

 迫る拳も脚も刃も紙一重で躱す。躱せるし、見える。

 

「......硬い」

 

 刀は既に全部叩き折った。各所に取り付けられた棘も時には掴み、時には打ち、時には正面から破壊した。

 

「――巧く、そして、重い......時間経過が条件か」

「半分正解ッ!」

 

 まずいなあ。テンション上がってきてる。

 既に意識して心の片隅に置いておかないと他の奴等のことを忘れそうになってる。

 ヒーロー殺しの方は徒に武器を振るっても無駄だと判断したのか、徒手空拳でこちらの相手をしている。

 本来の得物を使えないとなってもなお衰えることのない戦意や殺気は大変素晴らしいものだが、既に趨勢は決しているだろう。

 ......ん、なんか妙な思考が混じったか?

 そんな一瞬の思考の乱れを、それによる硬直を相手は見逃さなかった。

 

「フッ……!」

 

 どこにまだ隠していたのか、いや、仕込みナイフのように装備していたのか。

 刃を露出させた脚が迫る。

 だが、間に合う。確かに自分の思考に意識が移ったが、問題ない。

 ほら、刃ごと砕こうと既に腕は動いている。

 だというのに。

 

「レシプロ――バースト!!」

 

 白き脚甲。

 相殺する蹴撃。

 どの程度下がってしまって距離を詰めてしまっていたのか把握していなかったが、ほんの一瞬横切られる時に見えた姿とその速度には確かに目を見張るものがあった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 体を捻った追撃も、少なからず俺との戦闘に目が慣れているであろうヒーロー殺しにとっては反撃とまではいかずとも十分対応可能。

 だってほら、しっかり防がれてるじゃないか。

 速度が乗っているからこそ相応の威力になって吹き飛ばすことはてきたが、ダメージには殆どなっていない。

 だから、今の一撃は、その助太刀は、

 邪、

 

「皆には関係ないことで、申し訳ない……」

「飯田君、まだそんなことを……」

「だからもう、これ以上血を流させるわけにはいかない」

 

 ……今、何を考えた?

 

「感化され、取り繕うとも無駄だ。人の本質はそう易々と変わらない。お前は、私欲を優先させる贋物にしかならない!」

 

 言葉になる前の思考が俺を硬直させる。

 誤魔化しきれない苛立ちが俺を蝕む。

 

「それでも、俺が折れる訳にはいかない。俺が折れれば、インゲニウムは死んでしまう」

「論外」

 

 炎熱が迸った。

 ……ああ、今は、それどころじゃない、か。

 折角の機会だ。一口酒を含み、出力はそのままに個性を少し個性と衝動を落ち着かせる。

 炎を迂回して迫ってきた拳を受け止め、掴み、回して、地に叩きつける。

 追撃に蹴りを放とうとするも素早く復帰して距離を取られた。その後の一瞬の静止を狙った緑谷の攻撃は、見事に捌かれ切ってしまった。が、数秒の時間稼ぎにはなったか。

 後ろでは轟が飯田の脚の排気口のような部分を凍らせている。冷却代わりか?

 ヒーロー殺しの肘が綺麗に緑谷の腹に刺さって膝を付きそうになったところで、襟首を掴んで後ろに逃がし、次の一撃をすかす。

 俺が正面から相対しているところを、加速した飯田が後ろへと回り込んで空中で横蹴りを放つ。

 だがそれも、しゃがんで避けられ未だ抜かれていなかったナイフで斬り付けられる始末。緑谷と違い、そのまま刃を振るおうとしていたのでそれは防ぐ。その間に飯田の方は下がれたか。

 

「お前……」

「あァ?」

「……どこで身に付けたか知らんが、その戦闘技術、他のガキどもとは一線を画す。今この瞬間、この状況、アイツらは貴様にとって足手纏い、か」

「……だが、倒れてたあのヒーローは離脱させられた。人手があったからこそな」

「俺を足止めし続けるだけなら、お前一人で十分だ。先の一手、いや二手、あのガキがいなければ不要な手だった」

 

 ああくそ、見透かされてんなァ。

 会話の隙を突こうと思ったのか目の前を炎が埋めるが、しっかりと避けられている。なんならつい今しがた飯田を切ったナイフを投擲した。

 一応、飯田が身体を張って防いだか。代わりに片腕に刺さってしまったが。

 

「愚直に突っ込むだけじゃ、相間君の邪魔になる。致命的な隙、確実に当てられるっていうその瞬間じゃなきゃ……!」

「ぐっ……近接戦闘における僕達では比べ物にならないほどの巧さ! ただ速いだけでは、足りない……!」

 

 ……流石に向こうも気付くか。

 拳を、肘を、膝を、脚を、襲い来る一撃一撃を受け流し、受け止め、出を潰し、反撃にはその膂力を壊れない程度に。

 そうだな。確かに緑谷と飯田の二人じゃ、この戦いには入り込めないだろう。自分自身でも何故動けているのか不思議でならないんだが、勝手に動く、動けてしまうのだから仕方ない。

 だから、油断したな?

 今までの行動にそんな意図はなかっただろう。それはおよそ一般常識に当て嵌めれば当然のことだったから。

 その戦闘技術の差から、俺と、俺以外に分けたのも仕方ないのだろう。実際、アイツはその個性の特性故に、アイツ自身の動きは割と大雑把でそれ程の練度ではない。

 口角を上げる。

 

「俺ごと灼け、轟ィ!!」

「「ッ!」」

 

 轟、と。

 躊躇するような一瞬の間があったものの、腕を絡め取り逃げられなくしたヒーロー殺し諸共、俺の姿は炎に呑み込まれていった。

 

「馬鹿な!?」

「刃が通らなかった時点で思いつかなかったか!? 性質や物質を変化させている訳でもないのにこの防御力、当然、その範囲はもっと広いってなァ!!」

 

 耳郎の音の衝撃然り、爆豪の爆発然り、上鳴の電撃然り。

 当然、轟の炎も然り。

 俺の耐久力が発揮される範囲は広い。というか、凡そパッと思いつく攻撃といえる攻撃の殆どが含まれると思う。

 事実、この炎も俺にとっては『視界が赤いぜ』程度のものでしかない。ヒーロー殺しの方は苦悶に歪んでいるから、少なくとも俺に遠慮して火力を落とし過ぎたという訳ではないとは思うのだが。

 少し訂正。ちょっと息苦しいわ。

 この戦闘中、轟は自身の個性を俺に直接当てる、ないし巻き込むような攻撃はしなかった。それは単に轟側が当てないよう位置やタイミングを見計らってくれていただけだが、まあ実際はこの通りな訳で。地面に残った残り火程度なら踏み抜いたりもしたが、そこからまるで効いてないとまでは思い至らなかったのだろう。

 熱と酸欠で相手の抵抗が弱まったところで、上へと投げる。その姿が見えたか、炎も止まった。

 

「ッ! 今だ!」

 

 稲光のようなものを纏った緑谷が、脚から蒼炎を噴かす飯田が、空中で無防備な状態になっているヒーロー殺しへと迫る。

 確実に仕留めるための、とどめの一撃。

 それが姿が見えた故の咄嗟の反射的な行動だったとしても、炎に包まれたが故の弱った姿であると判断したからだったにせよ、それは間違いではなかっただろう。

 見誤ったとしたのならそれは、向こうの『執念』。

 

「舐 め る な」

 

 緑谷と飯田の攻撃を器用に受け流して身を回し、その勢いで姿勢制御や反動の為に伸びていた緑谷は片脚を、飯田はナイフが刺さったままの方の腕を、更に一振りずつナイフを突き刺す。

 これには流石に俺も驚いた。息があるのは分かっていた、というより寧ろある程度に抑えられるタイミングを見計らっていたのは事実だが、この数秒で復活するとは。あの弱った姿も別に演技という訳でもあるまい。

 それに受け流したとは言っても完璧ではないようで、その反撃を最後にもう体は脱力してしまっている。

 どさりと地面に落ちる音がして、緑谷と飯田の二人は轟が氷を滑り台のようにして受け止めていた。

 

「応急手当の道具くらいは入ってる。俺はヒーロー殺しの状態を確認する」

 

 ポーチからボトルを一つ取り出し、三人の方へポーチを投げ渡す。

 傷口の消毒を始めた三人を横目に酒を飲み、主力を玖から参へと落とす。危なかったな。もう少し長引いていたら暴走してしまったかも。

 

「……気絶しているな」

 

 息は僅かだがある。拘束は……どうしたものか。

 

 

 

 

     ◇◆◇◆

 

 

 

 

 短くも濃密な時間も終え、拘束したヒーロー殺しと簡単な手当だけ済ませた俺達が(まあ俺は怪我無いしあってもすぐ治るけど)路地裏から出てくると、轟がエンデヴァー経由で応援を要請していたプロヒーロー達がやって来た。

 その中には俺が白色脳無を突き返したときに見た覚えのあるヒーローも居たりして、どうやら脳無に対して有効手段を持たない人達がこちらに来たのだとか。

 あの黄色い爺さんは……緑谷と何やら縁ある様子。容赦なく顔面蹴られてら。

 

「三人とも……僕の所為で傷を負わせた。迷惑を掛けた。本当に、済まなかった……」

 

 何も見えなくなっていたと頭を下げる飯田。

 

「……僕もごめんね。君があそこまで思い詰めていたのに、全然見えてなかったんだ。友達なのに……」

「――……!」

「しっかりしてくれよ、委員長だろ」

「…………うん」

「ま、お前さんがいなきゃ少なくともヒーローが一人死んでいた。どうあれ、それを防いだのは事実だろ」

「…………ありがとう」

 

 あの時の俺の思考と感情については黙っておくべきか。

 怪我だとか拘束されたヒーロー殺しだとかで慌ただしくはあるが、戦意と殺意に曝され続けた緊張感からは脱した空気。

 そこに小さく届く、羽ばたきの音。

 気付いたのは、俺と、警戒を解いていなかったのか黄色の爺さんの二人。

 

「伏せろ!」

 

 視線の先、飛び掛かってくるのはデカい翼が特徴の脳無。逃げて来たのか、片眼がつぶれて血を流している。

 爺さんの声に反応できたのは同様に気付いていた俺だけ。他は咄嗟故か中途半端な体勢になっているか、そも突然の脳無の乱入に固まるばかり。

 俺が肆式まで出力を上げ、腹を蹴り上げ迎撃するが、

 

「チッ!」

「う、わあああ!?」

 

 最初から狙っていたのか、俺の一撃にふらつきながらもその腕で緑谷を掴み持ち上げてしまった。

 チッ、思ったより打撃が効かねえ。あの嘴脳無とはまた特性が違うのか?

 飛び去る脳無を追いかけ撃墜しようと脚に力を入れた瞬間、視界を過る赤黒い影。

 

「偽物が蔓延るこの社会も……」

 

 突然脳無が静止する。

 

「徒に力を振り撒く犯罪者も、粛清対象だ……」

 

 影はそのまま脳無に飛び掛かり、その露出した脳に小さなナイフを突き立てる。

 

「全ては……正しき、社会の為に」

 

 口角が上がる。まだ彼の執念は消えていないのだと。

 出力が上がる。戦意も殺意も衰えず、決着は付いていないのだと。

 落ちてきたヒーロー殺しに回し蹴りを放つ。

 だが、抵抗らしい抵抗もなく、頭部を撃ちぬかれ派手に吹き飛んでいった。

 

「え、相間君!?」

「まだ動けるとはな。と言ってもほぼ精神だけで動いている状態……はよ離れろ」

 

 慌てて離脱する緑谷と入れ替わるように、新たに現れる声。

 

「何故一塊でつっ立っている!? そっちに一人逃げた筈だが!?」

「エンデヴァーさん!!」

 

 どうやら、向こうも向こうで殆ど片付け、最後に逃げ出した奴――多分この伸びてる翼脳無――を追ってきたらしい。

 

「…………エンデヴァー」

「呆れた根性、いや、執念だな……」

「贋物……!」

 

 構える俺には目もくれず、後ろのヒーローに、エンデヴァーに、いや、もう焦点すら合ってない。見えているのか、見えていたとしても判別できているのかも怪しい。

 歩く姿ももう限界を超えているのか、一歩一歩をどうにか倒れずに堪えているような状態。

 それ程までに重傷。俺のような耐久力や回復力がある訳でもないのに、何故動けているというのか。

 だと言うのに。

 

「正さねば……」

 

 彼の纏う殺気が、覇気が。

 

「誰かが……血に染まらねば……」

 

 周囲のヒーローが息を呑み、動けなくなるレベルの『ソレ』。あのエンデヴァーですら、例外ではない。

 

「“英雄”を、取り戻さねば!!」

 

 ()()()()()

 

「来い、来てみろ、贋物ども……俺を殺していいのは本物の英雄(オールマイト)だけだ!!」




 特殊タグ大変だし、フォント変えるだけならもういいかなって感じ。

 原作完結と言うことで執筆途中だったものを引っ張り出してきました。単行本派なのでまだ最終話まで読めてはいないんですが。

 一度読み専になって執筆から離れるとなかなか再開しづらいなって話。逆か。体力や時間的に執筆から離れて読み専になるだけで、先は離れる方か。

 主人公の歪な部分というか、ヒーローらしからぬ部分を描写したかった今回。適宜原作の台詞をカットしつつでしたが、分けると文字数or展開的に中途半端になったので全部乗せ。お陰で文字数がそれなりの量に。
 まあUSJでも言われ通り、主人公の本質はどっちかというとソッチ寄りといいますか。出力の方向こそ違えどまんま彼と言いますか。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 ……次回、いつ?

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