鬼よ、己が道を往け   作:息吹

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 まだ熱があったのでとりあえず書き上げました。

 本当は個性把握テスト書こうかなとは思っていたんですが、一話で入学試験終わり、二話で個性把握テストも終わるのはちょっと急すぎ……? となったので休憩。二話目にして早くも休憩? うせやろ?

 入学試験は二話に区切る予定だったんですが、キリの良い所がなかったので長くなっただけなのです。本当は私はあの半分以下がデフォ文字数なのです。

 それでは、どうぞ。


合格通知

 突然変異、と言うらしい。

 

 生まれた時から額に小さな角があり、すぐに両親から個性が遺伝していないことは分かった。少し誰の子供なのかで一悶着あったそうだが、遺伝子検査と、突然変異に付いての説明のお陰できちんと俺は両親の子供であると確定したらしい。

 と言っても、もう十年以上前の話だ。母親から聞いただけの話だし、そもそも自分の出生話にそこまでの興味はない。

 

「ただいま」

「……ン。おかえりー」

 

 約一週間ぶりの我が家。ごく一般的な一軒家だ。

 リビングに入り声を掛けると、ソファから間延びした声が返ってきた。姿は見えないので、寝転がっているのだろう。

 雄英という国内最難関レベルの受験を終えた息子に対し少々冷たくないかと思わないでもないが、この母親は普段からこうなので特に気にすることもない。

 個性『代替睡眠』。

 睡眠時間が増え、いつも眠そうという個性。睡眠が必要なのではなく、本当にただ眠いだけらしい。

 この個性との付き合いも長いからか、きちんと仕事はこなすし、日常生活に支障は出ていないのだが、ややうっかりが多いらしい。今も姿は見えないが、寝落ち一歩手前みたいな顔で何をするでもなくぼーっとしているのだろう。

 挨拶はしたし、部屋に戻って長旅と受験の疲れを取るかと思っていると、そんな母親から声が掛かった。

 

「……どうだったー?」

「……受験の話?」

 

 そー、と肯定の返事があった。

 

「筆記は大丈夫の筈。実技は微妙……って感じかな」

「珍しー。或鬼なら実技こそほんりょー発揮のとこでしょー」

「内容が内容だったんだよ」

 

 一度会話の区切りかと思い、荷物を置き、着替え、手洗いうがいをしてまたリビングに戻ってくる。

 母親が寝てるソファの向かいに座ると、ちょいちょいと手招きされたので溜息を一つ溢して近くに座り直す。

 

「ン。お疲れさん」

 

 頭を撫でられた。

 ……昔からこの人はこうだ。中学卒業を目前にした今でも、俺をどこか子供扱いしている節がある。流石に思春期の男子としては気恥しい。反抗期らしい反抗期は俺にはまだないみたいだが、それとは話が別だ。

 だが、それも仕方ないのだろう。

 

「――約束、果たせそう?」

「果たさなきゃいけないんだ。出来る出来ないの話じゃない」

「そっか」

 

 俺がヒーローを目指す理由を知っている数少ない人間。

 俺の、原点を知っている人間。

 それが俺の母親だ。

 お陰様で俺はいつまで経っても子供扱いされるままな訳なんだが。

 

「よーし、今日はこの母がご馳走を振るってあげましょー」

「止めてくれ。それでこの前火事になりかけただろ。個性があるんだから家事は俺がする」

「だいじょーぶ。或鬼がいないこの一週間何もなかったし、よゆーよゆー」

「マジで何でこの一週間無事なんだろうこの人……」

 

 先の通り、個性の関係か『うっかり』が多いこの母親は、ふとした瞬間に何をやらかすか分かったもんじゃない。

 テレビやエアコンの消し忘れならまだ可愛い。包丁を落としたり椅子やテーブルの足に引っかかるのもケガで済む。両手が塞がった状態で階段を使ったり、料理の際に揚げ物をしたりするのは本当に止めてくれ。

 俺も疲れていたので、ご馳走は一週間後、合否が判明してからということで話は落ち着いた。受かっていたら合格祝い、落ちていたらドンマイ会だ。

 

 

 

 

 ――ね? 約束。

 

 今でもたまに夢に見る。

 

 ――君は、ヒーローになって。

 

 あの日の記憶。

 あの日の痛苦。

 

 ――世界で一番強くて格好いい、そんな、最高のヒーローに。

 

 俺はあの時何もできなかった。

 壊すことしか出来ない俺は、あまりにも無力だった。

 俺には、誰かを救ける力なんてなかった。

 

 ――だから。

 

 だから。

 

 

 

 

     ◇◆◇◆

 

 

 

 一週間後。入試要項では、そろそろ通知が届くはずだ。

 この一週間、これといった変化はなかった。精々、学校で友人達から揶揄われたり、教師と少し話した程度。

 俺は変わらず筋トレ等の日課をこなしつつ、受験前と変わらない生活を送っていた。

 だがまあ、これが届いていたら多少は緊張する。

 

「或鬼ー、通知届いてたよー」

「通知……? ああ、雄英の」

 

 休日、夕飯も終えゆっくりしていた時分、唐突に母が一枚の封筒を手渡してきた。

 見れば雄英の校章のようなものが入った封鍼印があるから、まあ間違いなく合否の通知が入ったものの筈……なんだが、小さい。

 書類が入っている様子でもなく、少し揺らすと何やら硬質なものが入っている感じ。何だコレ。

 

「先に一人で見てみる?」

「ん……そうする」

 

 一旦自室へと向かい、その封筒を開ける。

 中から出てきたのは小型の機械装置。いやマジで何だコレ。

 イマイチ操作方法が分からず手で弄んでいると、何かを押した感触と同時、急に中心部分から光が漏れ出し俺の網膜に直接攻撃してきやがった。

 

「眩しいんじゃオイ」

『私が投影された!!』

 

 机の上にポイと投げ出すと、何やら空中にテレビとかでよく見る画風の違うナンバーワンヒーローの映像が投影……成程。映写機(プロジェクター)、というよりは立体映像(ホログラム)に原理は近い機構を持った装置だったらしい。

 

『びっくりしたかい? 実はこの春から私は雄英に教師として勤めることになってね……え? 巻きで!? むう、仕方ない……』

 

 なにやら撮影側から急ぐように言われてる。くるくるしてる手が映っちゃってる。

 しかしオールマイトが教師か……いや驚くことなんだろうけど、割とそうなのかー、で終わってしまってる自分がいる。

 

『早速だが総評だ! 筆記試験は九割以上の点数を叩き出して勿論合格圏内! そして実技試験な訳だが……実はあの実技試験、見ていたのは敵Pのみならず!!』

 

 大きく腕でバツを作りながらオールマイトがドアップで映し出される。

 敵Pだけではない、つまりは撃破した点数だけじゃない? いや確かに、あの試験内容だと戦闘向きじゃない個性の奴はどうしたらいいのか、とか思わないでもなかったけども。多分あの仮想敵達は0P敵を除いて戦闘系の個性じゃなくても倒せるように設計されてたのではなかろうか。確認はしてないが、じゃないとあまりに不平等だし。

 そして、敵Pだけが合格基準ではないというのなら、何を見られていた? 戦闘行為以外の点が見られていたのだろうから、可能性としては……

 

救助活動(レスキュー)P! 戦闘だけでなく、人として、ヒーローとして、どれだけ正しいことができたか! 綺麗事? 上等さ! 命を賭して綺麗事実践するお仕事なんだからね! 審査制のこの救助活動Pと、仮想敵の撃破Pを合算した点数が今回の合格基準って訳さ!!』

 

 考えが纏まるよりも先に投影されたオールマイトが答えを言ってしまった。

 しかし、それもそうか。例えば全然敵Pを稼げていない人がいたとして、その人が誰かの手助けの為に会場を奔走していたら。誰かを救ける為に自分のポイントやもしかすると個性による反動等を犠牲にしていたら。そんな奴がいたとして、そいつが不合格だなんてのは、ヒーロー科じゃ考えにくい。

 

『とまあ大袈裟に言ったのは良いんだけどね。実際の君の点数配分を見るとあまり意味がないと思わない訳でもない』

 

 いやそれは思ってても言っちゃ駄目な奴では?

 

『相間少年、敵P――57P! だが君は途中から積極的に仮想敵を倒しに行ってなかったからね。君のペースや他の受験生の撃破状況を鑑みるに、70ないし80Pも狙えはしただろう! そして救助活動P――』

 

 撃破点数は俺が数えていた数値と一緒。だが、救助活動Pの方は? 正直、審査制ということは審査員の感性次第で点数が変動するのだろうし、そもそも大雑把にヒーローらしいこと、と言っても何がどのくらいなのか判然としていない。

 これはあまり期待しない方がいいかもな……。

 

『――18P! うん! 実のところね、そこまで高くない! むしろ平均より下だったりする!』

 

 だから言うなて。

 

『……君、0P敵を撃破しただろう? あれは本来逃げるべき敵、圧倒的脅威って奴なんだが、君はそれに立ち向かってみせた。それだけならもっと点数は高かったんだ。意味がないと分かっていても、それに向かう勇気を、我々は評価する。だけど相間少年……アレ、大分私怨入ってただろ?』

 

 ……まあ。そんなことは、ない。ことも、ない。

 いやうん、そうだよな。思いっきり私情であの巨大敵殴り飛ばしてたからな。やられたらやり返す的な思考で。だがヒーロー的に、敵との戦闘に私怨を混ぜる、仕事に私情を挟み込む、なんてのは基本的には御法度なのかもな。

 それこそ、何か強い因縁でもない限り。

 

『確かにあの場に居合わせた少女、耳郎少女を救けた形にはなっていたが、それも結果論としての側面が強い。ついでに言うと、あの時一度は逃げ出すも君を手助けする為、そして0P敵を倒すために立ち向かった彼女の方が救助活動Pは高い』

 

 それはそうだ。だから俺はあの女生徒のそんな行動を好ましく思ったんだ。

 耳郎と名乗った彼女が合格してるかどうかは分からなかったが、オールマイトの口振りからして合格してる可能性は十分あるみたいだな。

 

『だが、合計75P! 文句なし、全生徒中次席合格さ! 喜べ少年!!』

 

 いや、素直に喜べる雰囲気じゃねえんだけど……。

 

『……そして、これは君の合否に直接関係しない話なんだけどね?』

 

 小さく、耳元に話しかけるような仕草でオールマイトがカメラに寄った。

 なんだなんだ。

 後ろの方でオールマイトがなにやらリモコンを操作すると、背景にあったモニターに電源が付き、なにやら二人の男女が映し出された。

 見飽きた角と、見覚えのあるプラグ。

 これは……俺と耳郎?

 

『すまない。本当はプライバシーに関わると思ってはいたんだが、どうしても訊いておきたい、言っておきたいと思ってね』

 

 聞こえるのは、あの時の会話。

 

〈まあ無理もない。こんな奴、立ち向かう方がどうかしてる〉

〈だがそれでも、お前は逃げることを選ばなかった。立ち向かうことを選択してみせた。そんな狂気こそ、ヒーローの素質だろうよ〉

〈自慢してるつもりはねえんだが……しかし、ふむ。それもそうか。狂気という言い方はアレか〉

 

『正直、こんな台詞が君のような少年から出てきたのに皆驚いたんだ。世間一般的にはヒーローは栄えある職業、耳郎少女の言う通り、勇気ある職業と称されることが多いけれど、その本質に君の言ったような狂気が存在しているのも確か。なんたってヒーローは、見知らぬ誰かのために無二の友人や家族を蔑ろにしかねないのだから』

 

 そんなことは、分かっている。

 俺が彼らヒーローに最初に抱いた感想は、『凄い』でも『格好いい』でもなく、『怖い』だったのだから。

 何で他人の為にそんなに動ける? 何で自分の命を擲ってまで誰かを救わんとする?

 あまりにも、狂気的。

 だが、俺は、ヒーローになりたいと願ったんだ。

 ならなくちゃ、いけないんだ。

 ヒーローになりたいという思いに偽りはない。俺にだって、いっぱしにヒーローになりたいという願望はある。恐怖を覚えたのも幼い頃であって、今はなんともない。

 だがそれ以上に、義務感、使命感があるだけ。

 約束を、守らなくては。

 

『――なんてね! しがないおじさんの独り言さ! どうであれ君はヒーローになるために雄英に来たんだろう? ならば我々は君達に数多くの試練を課すまで!』

 

『Plus Ultra!!』

 

『君なら乗り越えられる。――来いよ。雄英(ここ)が君の、ヒーローアカデミアだ!』

 

 

 

 

 

 その後は書類等は後日配送されるだとか、いくつかの注意事項を伝えると映像は切れた。先程押してしまったらしき箇所を弄っているとまた網膜を攻撃され、もう一度押すと消えたので、やはりスイッチ的なものだったらしい。

 暫く、ぼーっと考える。

 そうだ。後半の話だったり、救助活動Pが低いとかの話であまり盛り上がらなかったが、合格したんだ。

 天下の、雄英に。

 それ自体は誇っていい筈だ。喜んでいい筈だ。

 うむ。そうだ。近所迷惑も頭の隅に追いやって、大声で喜んでやろうじゃないか。

 

「い……よっっっしゃあああああああ!!」

 

 うん。少しすっきりした。

 迷う必要なんてない。悩む必要なんてない。誰が何と言おうと、俺はヒーローを目指す。その為の一歩を踏み出したことに間違いはないのだから。

 よし、次は母さんに報告だな。

 階段を降り、リビングに入ると、珍しく母の姿が見えていた。扉の開閉音に気付いたか、緩慢な動きで振り返る。向かいのソファに向かう俺を視線で追いながらいつもと変わらぬ間延びした声で話しかけてくる。

 

「ン。合格だったんだ」

「ああ。そりゃ下にも聞こえてるか」

「あんなに大きな声ならねー。君にしては珍しー」

「色々考えることがあった。嬉しかったから、というよりは叫んでスッキリしたかった感じ。ストレス発散みたいな」

 

 ふーん、と興味があるのかないのか、聞く気があるのかないのか分からない返答があった。

 まあいつもの事なので、気にしない。こういう場合は大抵、色々考えてるだけ。個性のせいかその時間が少々長いだけだ。

 

「……ン。おめでとう。流石私の息子だ」

 

 ……。

 

「……はあ。わざわざキメ顔するためだけに個性使うなよ」

「いいじゃないか別に。私は君の母親だ。偶には親らしくいさせてくれ」

 

 先とは打って変わってハキハキと喋る母親。眼もしっかりと開き、心なしかいつもは寝癖のようにぼさぼさの髪も整ってる気がする。髪は流石に気のせいだ。

 個性、『代替睡眠』

 睡眠時間が増える代わりに、覚醒時における記憶力や思考速度といった、所謂頭を使うと言われるタイプの脳の活動にブーストがかかる、という個性。覚醒タイミングは任意。ただし、覚醒時間は睡眠一時間に対し三分。二十分の一。非覚醒時間かつ非睡眠時間一時間に対し一分。らしい。

 俺は突然変異の異形型個性なのでこの個性の性質は出ていないが、なんとも生活しにくい個性だとは思った。先の通り『うっかり』が多いから必然家事も俺がこなすようになったし。

 そんな個性を、わざわざ俺に『おめでとう』と言う為だけに使うなんて……。

 友人からは若干マザコン気味と言われたりもするが、どちらかと言うとこの人の方が息子離れできていないだけだと常々思う。

 

「なんだか、感慨深いよ。君が、ヒーローか」

「悪いか。俺は最高のヒーローにならないといけないんだよ」

「分かっているさ。私はそんな君を手放しで応援するとも。でもね――」

 

 ゆっくりと俺の隣に座った母親は、俺の顔を抱き寄せた。

 いくら小くなっていようとそこにある以上、決して痛みなど無い筈がない角を、無視して。

 

「あまり、過去に縛られ続けるのもよくない。或鬼は或鬼なんだから、君の思う道を、進みたい道を歩きなさい」

「俺は俺の道を自分で決めたよ。確かにアイツとの約束もあるけど、俺は俺の意思で、ヒーローになることを選んだんだ」

「いや、君のその意思も、ヒーローになるという選択肢も、彼女の影響だ。それが悪いとは言わない。それが君の糧と、君の原動力になってるのは確かなんだから。だけど、この機会だから言うけど、こんな機会に言うのもあれだけど、あの日から君は、とても苦しそうに見える」

「そんなこと、」

「ある。言っただろう? 私は君の母親なんだぞ」

 

 撫でる手は止まらない。

 あの日から苦しそう? そんな訳ない――当たり前だ、あの日から何かに追われるように焦っている実感はある。

 進みたい道を歩け? そんなの、言われるまでもない――あの日から俺は、俺自身の選択をしたか?

 アイツの影響が強い? そんなの――そんなの、当然だろう!

 

「……俺は、俺の道を往く。アイツの影が足を引っ張ろうと、アイツの影を一生背負うことになるとしても」

「……君がその選択を後悔しないのなら、私は止めない。だけど忘れないでくれ。私は君の背中を押すけれど、それと同じように、君の前に立って君を止めもすることを。親というのはそういうものだと」

 

 そして母は、個性を解いた。

 そのまま彼女は寝落ちするまで、俺の頭を撫で続けた。こんな空気では、以前言っていたご馳走の気分にもなれやしない。

 俺はただ何をするでもなく……ただ、いつかの記憶に思いを馳せていた。

 

 

 

 

 その記憶には熱があった。

 

『はぁ……はァ……ッ』

 

 その記憶には痛みがあった。

 

『大丈夫、大丈夫だから……!』

 

 その記憶には轟音があった。

 

『うわっ。あぶな……』

 

 その記憶は、赤に満ちていた。

 

 ――その全てを感じていた少女が居た。

 

「熱い、熱いよ……」

 

「苦しい、痛い……」

 

 熱い。辛い。痛い。苦しい。

 

 俺は何度この言葉を聞いただろう。

 

 熱い、辛い、痛い、苦しい。

 熱い、辛い、痛い、苦しい。

 熱い、辛い、痛い、苦しい。

 熱い辛い痛い苦しい。熱い辛い痛い苦しい。熱い辛い痛い苦しい。

 熱い辛い痛い苦しい。熱い辛い痛い苦しい。熱い辛い痛い苦しい。

 熱い辛い痛い苦しい。熱い辛い痛い苦しい。熱い辛い痛い苦しい。

 熱い辛い痛い苦しい熱い辛い痛い苦しい熱い辛い痛い苦しい熱い辛い痛い苦しいい辛い痛い苦しい熱い辛いい苦しい熱い辛い痛い苦しい熱い辛い痛い苦しい熱い辛イ痛い苦シイ熱い辛い痛いクルしい熱い辛い痛イ苦しい熱い辛い痛い苦シい熱い辛いイタい苦しい熱い辛イイタい苦しイアつい辛いイタいクルシいアツ辛いイタイ苦シいアつイツらいイタいくるイアツいツライいタイくルシイアツイツライイタイクルシイ――――

 

「――あき君だけでも、にげて!!」

 

 

 

 

 

 

「…………クソが」

 

 夢見、寝覚めの気分共に最悪だった。

 普段はあそこまでの夢は見ないんだが、昨日の母親との会話の所為か、やけに鮮明な夢を見る羽目になってしまった。腹いせにあの人の嫌いな食べ物でも朝食にぶち込んでやろうか。

 ほぼ無意識に、枕元に置いてある木箱へと手を伸ばし、中の指輪を握り締める。

 俺は痛みを感じにくい。

 俺は熱を感じにくい。

 俺は苦しみを感じにくい。

 だから、あの感覚はきっと、

 

「アイツは、どれだけ辛かったんだろうな……」

 

 当時は無自覚だったが、個性をある程度制御できるようになった今なら分かる。俺の個性は力だけでなく、あらゆる攻撃的なものへの耐性も持っているらしい。流石に矢鱈と試すようなことはできないが、相当な防御力はある。実技試験の時にあの0P敵に殴られても平気だったんだし、多分そう。

 だがそれ故に俺は、他人の傷に多少無頓着な所があるらしい。

 幼い頃はそれで何度かいざこざがありもしたが、今となってはいい思い出……ではないな。あまり良くはない。

 ……そろそろ逃避も限界か。

 今日も休日だが、もう一度眠る気にはなれない。あの夢の内容は忘れてはならないことだが、何度も見たいものではない。そんな何回も見せられたら俺はそのうち心が死ぬ。そんな未来が見える。

 チラリと時計を見れば、まだ四時。カーテンの隙間から覗く外の風景も、まだ黒一色だ。

 

「……飲みもん」

 

 そろりそろりとリビングの扉を開ける。

 一度ソファを覗くと、あれから寝落ちしたまま起きていないのか、掛けておいた布団が上下する毛布団子がまだいた。

 寝室に運んでもいいんだが、布団をこっちに持ってくる方が楽だったのでそうした。どうせいつも寝落ちして殆ど寝室のベッドは使ってないんだ。別に構わんだろう。

 冷蔵庫からお茶を取り出し、グラスに注ぎ、呷る。物足りなくて、結局日本酒を取り出す。

 本当は個性に関係しない分、つまりは個人的に飲みたいからという理由での飲酒はあまり褒められたことではないのだろうが、結局は個性なので必要ですで押し通せてしまう。俺の個性の特性はそんなものだ。

 

「そういや、俺の個性をオールマイトみたいだー、なんて言ってたなアイツ」

 

 角の生えた異形型と言えど、子供にとって他よりも純粋に力が強いっていう個性なら、大体はオールマイトに行き着くだろう。あの頃は俺も、俺の個性は単純な増強系だと思っていたし。

 ただ、とある事件というか事故の所為で他の子供の親御さんから悪い意味で警戒されていた俺は、あまり周囲には馴染めなかった。

 そりゃ当然だ。どんな親だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と遊ばせるのは避けたがるだろう。多分、その子供は親から言い聞かされていた筈だ。俺とはあまり関わらないように、と。

 この個性社会、個性が発動したのなら誰だって誰かを傷付ける可能性はあるのにな。

 だがそれが人間心理というか親の心理というか。可能性の話か、実際にあった話かで感覚は違うのだろう。むしろ時代が時代なら、俺は園に入ることはできなかっただろうさ。

 そんな中でも、アイツは俺にやけに構ってくる奴だった。

 悪戯好きなやんちゃ少女。年齢を考えればやんちゃ幼女かもしれない。

 だがそれ故に、親の言うことを殆ど聞かなかったのかもしれない。当時の俺でも、その様は易々と想像できた。

 実際には親御さんが俺のことをそこまで危険視していなかっただけなのだが、それを知ったのはもっと後の話。

 

「……いや、もう止めよう」

 

 夢の所為か、ちょっと昔を思い出していたが、もういい。どうせこの思考の先にはあの事件しか待っていない。結末の分かっている追懐など、面白くもなんともない。

 使ったグラスを洗い、リビングを後にした。寝る気はない。眠気もない。仕方ないから本でも読んでいよう。

 中学卒業までもう一か月を切る。

 雄英にだって受かったんだ。

 今更、何を恐れる必要があるんだ。

 俺はただ進むのみ。

 己が道を、駆け抜けるのみ。




 特殊タグで遊びたかった。

 デアラと東方は特殊タグ使わないorまだ使ってないので、ちょっと使ってみたかった感はある。少しはホラーチックにできてたらいいな。そこまでの意図はないんですが。

 まあ何となくで母親を書いていたらやけにキャラが立ってしまった。名前も出てないのに。普段はぐーたらなのに時折めっちゃかっこよくなる大人キャラっていいよね。
 個人的にはまた書いてみたくなるキャラではある。予定はないけど。

 それでは、次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 主人公の個性の詳細と過去を明かすタイミング、どこだ……?

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