鬼よ、己が道を往け   作:息吹

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 タイトル通り、USJ編です。

 前回の後書き通り、委員長決めは軽く流しています。それよりも早くUSJに行かせたかった。
 今回でようやく主人公の個性を大々的に書けます。やっと。

 それではどうぞ。


USJ編Ⅰ

 戦闘訓練から数日が経ち、オールマイトが教師を務めるようになったというスクープが連日世間を賑わすようになった。学校にもマスコミが押しかけてきていて、通行中邪魔な事この上ない。

 ああいう手前は無視するに限る。チラッと見えた飯田はクソ真面目に応対していたが、時間が食われるだけだろうに。

 すこし前に行ったクラス委員長決めの時も昼休みの時間にマスコミが何やらやらかしたようだが、詳細は知らない。その日は偶々コンビニで買ったサンドイッチやおつまみを酒を片手に教室で食ってた。

 いや美味さも値段も食堂のランチラッシュの料理の方が格段に上ってのは分かるんだけどな……あの人数を並ぶのが俺には無理だ。普段は確かに食堂で済ませるが、時折こうして嫌になるよね。

 結局、委員長は飯田に決まった。本来なる筈だった緑谷が飯田に譲り渡す形だ。非常口という渾名が少しばかり気になるが、多数決で決まったんだからいいだろう。因みに俺は飯田に投票した。何故って? 眼鏡だから。

 ……まあ無記名投票の自分への投票有りって時点で無茶苦茶だとは思ったが、別に俺は委員長に拘ってはいないので正直どうでもよかった。

 ともかく。

 今は昼休みも終え、午後一番の授業。ヒーロー基礎学。

 

「今日のヒーロー基礎学だが、俺とオールマイト、そしてもう一人の三人体制で見ることになった」

「ハーイ! 何するんですか!?」

 

 少々言い回しが気になったが、相澤先生の言葉に瀬呂が手を挙げて質問する。

 

「災害水難なんでもござれ。人命救助(レスキュー)訓練だ!」

 

 いつかのオールマイトのように掲げるのは『RESCUE』と書かれたカード。

 ふむ、救助訓練か……俺の個性は救助活動にも使えるだけで、やっぱ主に戦闘面に傾いてんだよなあ。

 

「レスキュー……今回も大変そうだな」

「ねー!」

「バカおめー、これこそヒーローの本分だぜ!? 鳴るぜ、腕が!!」

「水難なら私の独壇場ケロケロ」

「おいまだ途中」

 

 盛り上がる切島や蛙吹達が先生の言葉で大人しくなった。

 静かになったのを見計らって、相澤先生が小さなリモコンを操作して壁に埋められた皆のヒーローコスを取り出す。

 

「今回コスチュームの着用は各自の判断で構わない。中には活動を限定するコスチュームもあるだろうからな。訓練場は少し離れた場所にあるからバスに乗って行く。以上、準備開始」

 

 

 

 

「皆さん、待ってましたよ。早速中に入りましょう」

『よろしくお願いします!』

 

 訓練場の入口で待っていたのは、宇宙服のようなコスチュームを着たプロヒーロー、スペースヒーローこと13号。

 緑谷の言う通り、災害救助で大活躍しているヒーローだ。個性が似ているからか、麗日は大興奮している。

 そして案内される訓練場。

 中央に広場があって、取り囲むようにいくつかのドームや、ウォータースライダーのようなものがあるプールみたいな場所、崩れた建物や瓦礫が散らばる場所に、瓦礫の代わりに土砂が傾斜を付けて敷き詰められたゾーンまである。切島の言うUSJって言葉にも肯ける。

 

「水難事故、土砂災害、火災に暴風、エトセトラ……あらゆる事故や災害を想定し、僕が作った演習場です。その名も、〈ウソの 災害や 事故ルーム〉! 略して――〈USJ〉!!」

 

 USJだった。

 相澤先生が小声で13号と話す。今日の授業の相談でもしているのだろうか。

 ? そういや、来るって言ってたオールマイトは? ……案外、その辺りの話でもしているのかもな。

 

「……仕方ない。始めるか」

 

 あ、オールマイト抜きで始めることにしたらしい。

 

「えー、始める前にお小言を一つ、二つ、三つ……四つ……五つ……」

 

 増える増える。

 

「ゴホン……皆さんご存知だとは思いますが、僕の個性は『ブラックホール』。どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます」

 

 おーすげえ。麗日が残像レベルで頷いてる。

 個性『ブラックホール』。その名の通り、何でも吸い込む個性。瓦礫の除去から障害物の排除、出力を調整できるのなら、チリにせずにこちらに近寄せることもできるだろう。まさしく救助活動でこそこの個性は輝く。

 緑谷の称賛と解説が混じった台詞に13号は首肯する。

 

「ええ。しかし、簡単に人を殺せる力です。皆の中にも、そういう個性がいるでしょう」

 

 ……ン。

 

「超人社会は個性の使用を資格制にし、厳しく規制することで一見成り立っているようには見えます。しかし、一歩間違えれば容易に人を殺せる、”いきすぎた個性”を個々が持っていることを忘れないでください。相澤さんの体力テストで自身の力が秘めている可能性を知り、オールマイトの対人戦闘訓練でそれを人に向ける危うさを体験したかと思います。この授業では心機一転! 人命の為に個性をどう活用するかを学んでいきましょう。君達の力は人を傷付ける為にあるのではない。救ける為にあるのだと心得て帰って下さいな――以上! ご静聴、有り難うございました」

 

 そう締め括った13号に、生徒達から興奮気味の称賛が送られる。

 そんな中で俺は一人、自分の個性を思い返していた。

 力に善悪は無い。力は力。善悪を決めるのはそれを振るう者だ。

 だが。それでも。

 ――俺のこの個性(ちから)は、誰かを傷付ける為にあるのだろうか。

 この個性は破壊しか生まない。破滅しか道はない。誰かを守る為ではなく、自分を守る為。誰かを救ける為ではなく、誰かを壊す為にあるのではなかろうか。

 ふとした時に頭に過る。

 俺には他人を救けることなんてできないのではなかろうか。あの日何もできなかった俺には、そんなこと不可能なのではないのか。

 弱気になるつもりはないが、それでも考えずにはいられない。

 

「……?」

「……ン。どうした?」

「いや、何でもないけど……」

 

 なんだか耳郎に見られていた。何なのだろう。

 首を傾げていると、不意に施設内の照明が消えた。

 皆が不審に思っていると、続くように中央広場の噴水が断続的なものになる。

 何か異変に気付いたらしい相澤先生が振り向く先、噴水のすぐ前。

 突如現出し、拡大する黒い靄。

 そこから顔を覗かせる、不気味な人間。

 ……あれは。

 

「一塊になって動くな! 13号、生徒を守れ!」

 

 切迫した先生の声が届く。

 続々と現れる謎の輩達。数はどんどんと増え、二桁を超える。

 アイツらは。

 

「何だアリャ!? また入試ん時みたいなもう始まってんぞパターン?」

 

 違うなァ、違うんだよ切島。

 いや仕方ないところもあるだろうよ。ああいった手合いと直接対峙したことなんてこの中じゃいるか怪しい。書く言う俺でさえ直接的にこうして相見えるのは初めてだ。

 だけど、なんだろう。

 血が騒ぐ。

 どうしても、

 

「動くな! あれは――敵だ!」

 

 口角が上がる。

 

「やはり先日のはクソ共の仕業だったか……」

 

 視線を悟らせないようにするためだろう。ゴーグルを装着し、臨戦態勢へと移行する相澤先生。

 広場の黒い靄からはぞろぞろと何人もの敵が今尚出てきていて、先頭集団はもう入口に続く階段まで半分を切った。

 成程、あの黒靄は移動系個性か。厄介な。実際の所は分からないが、溜め込んだものを吐き出すタイプではなく、地点間を繋ぐタイプの個性と見てよさそうだ。

 となると最初に処理すべきはあの黒靄。入口にも出口にもなりそうなんだ。先に潰さないと。

 だが一番警戒すべきは誰だ? こちらに向かって来ているのは有象無象と切り捨てて構わない。真に警戒すべきは、無数の敵の後ろで佇む二つの影。

 片方は腕や肩、顔を謎の手で覆った男。もう片方は、脳が剥き出しになった、黒い肌と巨躯を誇る怪物。

 ……見た目だけなら、後者か。

 そう、自然と『立ち向かう』ことを考えてる頭に一切の違和感も、疑問も無かった。

 

「ハァ!? 敵ンン!? 馬鹿だろ! ヒーローの学校に入り込んでくるなんてアホすぎるぞ!」

「先生、侵入者用センサーは!?」

「勿論ありますが……!」

「反応しねえってことは向こうに電波や電気に関する個性がいるってことだ」

 

 それでも予め雄英のセキュリティシステムについて把握していなければ対策のしようがない筈。

 ……いや、向こうには黒い靄の個性がいる。アイツならバレずに敷地内に侵入するのも容易か? だが侵入したところでセキュリティ自体は何重にも掛けられている。入っただけで警報が鳴ったっておかしくはない。

 

「校舎と離れた隔離空間。そこに少人数(クラス)が入る時間割……馬鹿だがアホじゃねえ。これは何らかの目的があって、用意周到に画策された奇襲だ」

 

 数少ない冷静なままの轟の言葉。俺も同意だ。

 だが淡々としている故に、今この状況がどれくらい危険なのかも、皆が理解できてしまう。

 

「13号、避難開始! 学校に連絡試せ。センサー対策も頭にある敵だ。今尚妨害中かもしれん。上鳴、お前も個性で連絡試せ」

「っス!」

 

 相澤先生もまた冷静に指示を出すが、それでもクラス内のざわめきは収まらない。

 だがそれも雄英。13号先生に従って避難を始める。

 

「先生は!? 一人で戦うんですか!? あの数じゃいくら個性を消すって言っても!」

 

 緑谷が堪らずといった様子で相澤先生に話しかける。

 

「イレイザーヘッドの戦闘スタイルは、敵の個性を消してからの捕縛だ。正面戦闘は……」

「一芸だけじゃヒーローは務まらん」

 

 確かに先生の個性を最大限活かせるのは、緑谷の言う通り正面戦闘ではなく奇襲だ。

 それでも相澤先生は、いや、イレイザーヘッドは止まらない。

 

「任せた、13号」

 

 飛び出す。

 先頭組は遠距離型の個性なのか、各々構えるが、先生の個性によって発動を止められ、動きが止まったところを自前の包帯みたいな捕縛武器で捉え衝突させる。

 集団の中にイレイザーヘッドのことを知ってる奴がいたのか、今度は異形型の腕が四本ある敵が突っ込んでいく。

 その敵の拳を避け、顔面を殴り飛ばし、脚を捕縛。後ろから襲い掛かった敵の攻撃を避けて膝蹴りでさらに後ろの敵にぶつけた後、追い打ちをかけるように捕縛した多腕敵を投げつける。

 凄いなあ。

 最も得意な戦法は推測通り奇襲なのだろうが、だからといって多対一が苦手な訳ではない。むしろ連携を崩せるといった意味では、そちらの方も得意なまでありそうだ。

 

「何やってんの相間! 早く避難しないと!」

 

 ……俺はそれを、一切動くことなく見てた。

 血が騒ぐ。腕が痙攣する。自然と表情が笑みに変わる。

 耳郎が何か叫んでいるが、届かない。

 脚に力を込める。腰を落とし、突撃準備。

 

「ッ!? ちょ、相間!?」

「悪ィな耳郎。どうにも抑えきれねェわ」

 

 そうだなァ……大義名分として、それでも近接戦闘が得意な俺がイレイザーヘッドに加勢する、なんてどうだろう。

 プロヒーローとヒヨコにすらなれていない卵じゃ実力差なんて天と地ほど離れているだろうが、止まらない。

 理性は逃げろと叫んでいる。先生の指示や、耳郎の言葉に従って避難すべきだと言っている。

 だが、個性(ほんのう)がそれを拒絶する。

 そういや、さっき13号は力の善悪について語っていたか。

 なら。

 ――俺みたく、闘争を求める個性ははたして善だろうか。

 

「狂襲――」

 

 そして、

 

「――伍式!」

 

 俺もまた、身を投げ出した。

 

「っ、先生、相間が!」

「えぇっ!? 何しているんですか、早く戻ってきなさい!」

「チッ、アイツ……!」

「何してんだ爆豪! 俺らは避難だって!」

 

 その声が俺に届く頃にはもう、俺は広場の前に着地してしまっている。

 無意識に作られる笑顔のまま、周囲の敵を確認。相澤先生との戦闘を見る限り、やはり警戒すべきは後ろの二人。こいつらは大した奴らじゃない。

 

「何だあ!? ガキが一人のこのこやってきたぞ!」

「な――ッ!? 何故ここにいる相間! 俺は避難しろと言った筈だ!」

「すいませんイレイザーヘッド。でも、どうにも止まらない!」

 

 殴りかかってきた異形型個性の拳を左手で受け止め、右の拳で殴り飛ばす。宙に浮いた状態の敵に追撃し、顔面を横から蹴り抜く。

 着地したところを襲ってきた遠距離攻撃の個性を身をさらに低く沈めることで回避し、最短距離で近付く。下手に蛇行するより、俺の場合は真っ直ぐ突っ切った方がむしろ向こうは標準を合わせ辛いだろう。それだけの速度を持っている自身はある。

 目の前にやって来た俺を見て遠距離個性の敵は一歩下がろうとするが、させない。

 

「なんだコイツ、速……!?」

「オメェが遅ェんだよ」

 

 足払い。傾いた方に下から蹴り上げ。顔面を掴んで横から迫った敵の攻撃の盾代わりにする。悲鳴が響くが気にしない。

 そのまま盾は別の敵に向かって投げつけ、俺を見て呆然としている他の敵に向かう。

 慌てて構えるが、遅い。

 顎を打ち抜き、膝から崩れ落ちたとこをを爪先で蹴り飛ばす。

 一息の間。

 その間にポーチからスキットルボトルを取り出し、一気に呷る。これでもう暫くは保つ筈だ。

 口の端から溢れた酒を拭いながら、嗤う。

 駄目だなァ。

 

「お前、どうやって……」

「さあ、何でしょうね。俺にも分かりません。でも身体は動く。今はそれで十分でしょう」

「……帰ったら説教だ。だから――死ぬなよ」

 

 背中合わせに立った先生が声を掛けてくれる。お小言を言う余裕は流石にないか。

 だが、発破は掛けられた。

 なら俺は……死ぬわけにはいかねェなァ。

 

「多分一番ヤバいのは後ろの手だらけ男と真っ黒筋肉。黒い靄もそうですね。先生はもしもの時、そっちの相手をお願いできますか」

「言われずとも分かっている。お前こそ、下手に突っ込むような真似はよせよ」

「俺の個性は近接戦闘でこそ真価を発揮します。突っ込むなと言われましても」

「……この数だ。お前をカバーする余裕はない。隙を見て逃げろ」

「逃げる、の一点以外は了解しました」

 

 何か言われる前に飛び出した。さっきから身体が疼いてしょうがないんだ。

 何故だ? 理由を考える。

 個性が闘争を求めるのは間違いない。俺の隠れた願望などではなく、意識しないと個性の出力がどんどん上がっていくから、多分それは間違いない。

 地面を抉り飛ばしてきた奴に、投げつけられた塊を殴り飛ばして返す。

 今まで抑圧されていた分がここにきて爆発してんのか? 確かに以前の戦闘訓練の際は暴れ足りないと思いはしたが……。

 何やら驚愕の表情をして何をしているか分からない敵を取り敢えず殴り飛ばして別の敵の妨害をする。

 まだだ。まだ足りない。更なる闘争を。

 ……いけない。無意識に出力が漆式まで上がってた。意識して少し出力を下げる。

 暫く、攻防が続く。

 

「おいおいガキにまで負けんのかよ……ま、やっぱ寄せ集めじゃこんなもんか」

 

 声がした。すぐ後ろ。気配はあった。

 

「なあガキ、威勢よく飛び出すのは良いけどさ、まさか全員が全員この程度だとは思ってないよな?」

「お前は要注意人物の一人だ。少なくともお前に関しては他とは別だと思ってたさ!」

 

 裏拳。

 避けられる。

 追撃。回し蹴り。

 屈まれた。

 迫る腕を掴もうとする。打ち払われた。

 

「パワー、スピード共にガキにしてはずば抜けてる。だけど、それ程じゃない。角と模様が目立つけど、要はただの増強系と変わらないだろ? その個性」

「お前もお前でよく俺についてこられるこられるよなァ……これでもそれなりに出力は高いと自負してたんだが」

「強いだけ、速いだけだ。今回の目的であるオールマイトに比べたら、ただの無個性と大差ない」

 

 五指が迫る。

 先程から彼は拳を握らない。引っ掻くという動作にしても、ぱっと見ただけでは爪に関する個性には見えない。

 となると可能性は二つ。

 一つは毒。芦戸のように皮膚から何か分泌する系の個性。

 もう一つは、掌、もしくは指で触れることが条件の個性。

 手を伸ばす時に手を叩き付けるような動きではなく、指全体で掴むような形をしているから可能性としては後者の方が上か。

 何にせよ、直接触れるのは避けた方が良いか。

 

「……なあお前」

「あァ?」

「今この状況、()()()()()()()?」

 

 動きが。

 止まった。

 

「その様子じゃ図星か? まあその顔見れば分かるよ。オールマイトのような気色悪い笑みじゃない。お前の笑顔(ソレ)(コッチ)側だ」

「……だからどうした」

「いやいや! 可笑しくてね! ヒーロー志望のお前が、敵に襲撃され、先生は戦い、お仲間さん達は逃げ惑うこの状況で、それでも愉しんでるその精神がさあ!……もっとも、お仲間さん達はもう黒霧の個性でバラバラにされてるだろうけど」

 

 最後の言葉に、バッと入口を確認する。

 チッ、駄目だ。高低差の所為で様子が分からない。だが確かに、周囲に黒靄の姿は無い。相澤先生の立ち回りを見れば、あの黒靄を先生も警戒していたのは見て取れる。でも先生の個性は常に発動し続けることはできない。その隙を突かれたのか。

 ……相澤先生はどこだ?

 

「おいおい余所見すんなよ。悲しくなっちまうぜ」

「クッ……」

 

 地面を蹴る音。違和感を覚えたが、もう一度周囲の状況を確認する余裕はない。

 そうだ、違和感だ。

 俺と相澤先生は互いに目の前の手だらけ男をマークしていた。だというのに、何故俺がまだ相対している?

 警戒していたのは二人。となると相澤先生が対応しているのはもう一人? なら、どこにいる? やはりもう一度しっかり確認したいところだが……まさか。いや、でもプロヒーローだぞ?

 悪い想像を証明するように影が落ちる。

 ……嘘だろ?

 

「相間……逃げろ……っ」

「……気付いたか」

「ッ! 狂襲・拾――!」

『フルルルルルォォォアアアア!!』

 

 衝撃。

 破砕音。

 そして、暗転。

 

 

 

 

    ◇◆◇◆

 

 

 

 視界の先で相間が吹き飛んだ。

 一周回ってコミカルに映る程に簡単に殴り飛ばされ、激突した壁に大きなクレーターを作る。

 かろうじて挟み込んだ防御用の腕はあらぬ方向に捻じ曲がり、それでも激突ではなく拳の衝撃で片腕は失っていた。撃ち抜かれた胸部は凹み、段々と彼の周囲に紅い液体が溜まっていく。

 誰がどう見ても致命傷……いや、ここに来て遠回しにする必要もない。それ程までに直接的な致死。なんとか即死は免れているかもしれないが、その命がもう風前の灯火なのは違いない。

 がたがたと震える身体が、水面に波を生み出していた。

 

「…………」

「ケロ……」

 

 絶句。

 何よりも鮮明な死の匂い。吐き気を催す程の命の色。

 これまで感じたことのないほどの悪意。

 水難ゾーンで自分達の力が通用したから、なんとか突破できたから。それが勘違いだった。

 相間が飛び出していったのは見えていた。それからすぐに黒い靄の敵が現れ、皆をバラバラに転移させてしまった。

 相澤先生の邪魔をするつもりはなかった。でもせめて相間を逃がす隙くらいは作れればと思って迂回せずに広場の方に来たが、その思考がまず間違いだった。

 相澤先生の動きは確かに下手に加勢はできなかった。それ程までに洗練された動きだった。プロヒーローなのだから、それは当然だ。

 だが相間も相間で、明らかに自分達とは動きが一線を画していた。相澤先生のように無駄の無い、という訳ではないが、一生徒の動きではないのは明らかだった。

 そんな二人でさえ。

 

「何だよあの黒い怪物はよお……なんなんだよ……」

 

 峰田はもう涙を隠すことすらしない。逃げなきゃいけないというのは分かっていても、身体が動かない。

 そこに、皆をバラバラにした黒い靄が手だらけの敵の傍にやって来る。

 何言か話した後、苛立ちを抑えきれない声色で、首を掻きながら手だらけの方の敵がぼやく。

 

「黒霧、お前……お前がワープゲートじゃなかったら粉々にしたよ……」

 

 溜息交じり。その様子はまるで、失敗は失敗として流しているようにも見えた。

 だが苛立っていたことを考えると、失敗するのは嫌だけど、したらしたで仕方ないと受け止めているようにも思える。

 どこか、歪。

 

「流石に何十人ものプロ相手じゃ敵わない。ゲームオーバーだ。あーあ……今回はゲームオーバーだ……帰ろっか」

 

 くるりとこちらに背を向ける敵。

 声色は軽い。

 

「……? 帰る? カエルっつったのか今?」

「そう聞こえたわ……」

「やっ、やったぜ! 助かるんだ俺達!」

「ええ、でも……」

 

 どさくさ紛れに蛙吹の胸を触った峰田は水に沈められた。

 

「気味が悪いわ、緑谷ちゃん」

「うん。これだけのことをしておいて、あっさり引き下がるなんて……」

 

 相手の考えが分からない。黒霧と呼ばれた敵の言葉では、今回の目的はオールマイトの殺害。

 だと言うのにこのままあっさり引き下がってしまっては、雄英の危機意識が上がるだけだ。プロヒーローが一人重体、生徒の一人が瀕死。既に引き下がるには遅きに過ぎるだろう。

 確かに死んではないかもしれない。今すぐに適切な処置をすればまだ間に合うのかもしれない。

 それでも。

 命に優劣など無い。オールマイトでも、相間でも、命は命だ。

 それでも人を殺すレベルのことをやっておいて、そんなに簡単に引き下がるのか?

 その思考の歪さに困惑、混乱してしまう。

 ――――――パキ。

 

「……?」

「どうしたの、緑谷ちゃん」

「今、何か音が……」

「俺にはボゴボゴ、聞こえなかったぜブググググ……」

「峰田ちゃんは単純に水音だと思うわ」

「じゃあその手離せよ!?」

 

 周囲を見渡す。

 音の発生源は分からない。残っている主犯格の敵二人と黒い怪物からではない。

 敵の様子を見ても、先程の音は向こうにも聞こえていないらしい。

 ――――パキパキ。

 

「ほら、また」

「今のは私にも聞こえたわ」

「オイラにも聞こえたぜ」

「何だ、何の音だ……?」

「――その前に、平和の象徴としての矜持を少しでもへし折って帰ろう」

 

 訝し気に音源を探していると、手だらけの敵が目の前に迫って来ていた。

 一瞬で思考が切り替わる。

 敵が狙っているのは蛙吹。右手を伸ばし、顔面を掴もうとする動き。

 相手の個性は分からない。だが、その動きが個性を発動する為に必要な動作だというのは分かる。

 

「っ、蛙吹さん!」

 

 咄嗟に庇うように腕を突き出す。同時に蛙吹を敵から離すが、余裕が無くて突き飛ばすようにしてしまった。後で謝らなくては。

 

「……お前も中々」

 

 腕は掴まれていた。

 掴まれた個所から崩れていく手袋を見て、相手の個性の内容と、そして自分の行動が決して良い手ではなかったことを悟った。

 マズい。どうする?

 ヤバい。次の一手は?

 咄嗟にもう片方の拳を握る。卵が爆発しないイメージ。敵の実力は遥かに上、腕を壊す訳にはいかない。いや、調整はまだ上手く行ったことないのにそんなことを考えてる余裕なんてない。

 とにかく、最優先は腕を離させること――!

 

 ――パキパキパキパキ!

 

「ああもう五月蠅いな――っ!?」

『…………』

 

 笑み。

 

「脳無ッ!」

『クルルルルル!』

 

 手だらけ男に襲い掛かった影から庇うように、脳無と呼ばれた黒い巨体が立ち塞がる。

 影の拳が振るわれる。

 衝撃で水面が波打ち、掴まれていた腕も離れた。

 

「……おい、どういうことだ」

『…………?』

 

 言葉に反応はない。

 ただ首を傾げたのみ。それはむしろ、自分の拳を受け止めた脳無に対してのようだった。

 跳び、距離を取る。

 

「お前、さっき脳無に殴り飛ばされて死んでたよなあ? 即死でなくても、ものの数分で死ぬような怪我だった。見間違いなんかじゃない」

『…………』

「何か言ったらどうなんだよ、なあ、おい、化物!」

 

 そこに立つのは一人の少年。

 額の角は今まで見たことがない程に巨大化し、血に汚れた白髪と相まって、その様態はまさしく童話に出てくる彼の怪物そのもの。

 ヒーローコスチュームは上半身部分は喪失し、肌を晒している。心臓の上から伸びるような鮮血色の模様は全身に行き渡っているのか、顔や指先、ちらりと覗く脚にまで及んでいて、最早肌色よりも紅い部分の方が多い。額に伸びた模様は縦長の瞳のような形になっており、まるで第三の眼がこちらを見つめているかのような気分になる。

 浮かべる表情は笑み。どこまでも凄絶な、獰猛な、激越な、そんな笑顔。

 パキパキと何かが割れるような音が、彼の無くなっていた筈の指先から小さく鳴った。

 失われた腕はそこに在る。心臓を穿つような凹みはそこには無い。

 五体満足にて、健在なり。

 

 ――その姿、まさしく〈鬼〉

 

 ――彼の者の名を敢えて言うのならば、〈或る鬼〉と

 

『GA,AAAAAAAA――――!!』

 

 その時、その咆哮を聞いた誰もが一様に同じ感情を得た。そこに所属の善悪は無かった。

 その感情の名は、恐怖。

 誰もが身を竦ませる。心臓が引き絞られるような感覚。

 強制的に喚び起こされる本能的な恐怖。

 そして敵は知るだろう。自分達の大きな誤算を。

 オールマイトの不在? ああ、それもあるだろう。だがそれ以上に。

 

 ――〈相間或鬼〉という少年を。恐怖の化身たる、或る鬼の存在を。




 大々的に書く(書くとは言ってない)

 主人公のムーブがただただ問題児な件について。
 ・先生の言うことを聞かずに飛び出す
 ・まあ戦えてはいたけど、言うてチンピラが相手
 ・挙句脳無に瞬殺
 ……こいつ何したかったんだ?

 まあ今回のメインは主人公の覚醒というか個性の真価の発揮なので、仕方ないよネ。
 そのうち主人公の全身図を描きたいと思わなくもない今日この頃。

 それでは次回も読んでいただけることを願いつつ、ここらで終わりとさせていただきます。

 あー耳郎を出したいんじゃあ~

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