悪魔の優雅な休日〜メギド72短編集〜   作:シベリアの騎士

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ダゴンとシトリー 焼肉の教え

 今日の戦いを終え、シトリーがアジトの広間で休んでいると、一人のメギドが話しかけて来た。頭の左右で編んだ小麦色の髪をドーナツのようにまとめた少女だ。確か名前はダゴンだったか。シトリーはあまり話したことがなかったので名前くらいしか思い出せない。

 

「ねえ、もし良かったら私の料理を味見してくれないかしら。誰もいまお腹が空いてないって言うのよ」

 

 活発な調子で喋るダゴンに、シトリーは何となく興味が湧いた。シトリーははるか昔からこのヴァイガルドで、独り幻獣と戦い続けていたメギドである。そして、大の食いしん坊であった。孤独で過酷な戦いも、ヴィータの笑顔と素晴らしい料理があるから続けられたのだ。

 

 対するダゴンは、強大な力を持つメギドの軍団長でありながらヴァイガルドの食べ物に惹かれ、全てを放り出してきた変わり者であった。シトリーはダゴンがこのヴァイガルドで戦う理由を知らなかったが、不思議な共感を抱いたのはそのせいだったかもしれない。ヴィータの文化に真剣に向き合おうとするメギドは少ない。同じ料理を愛するメギドとなれば同志である。

 

「ええ、喜んで。私、料理が大好きなの。ついでにお腹も減っているわ」

「ほんと!? 気に入ってもらえると嬉しいわ!」

 

 心底嬉しそうな様子にシトリーも釣られて笑顔になる。なかなかいい子じゃないか。そう思っていた。

 

 その『料理』を食べるまでは。

 

 数分後、場所を厨房へ移し、二人はカウンターを挟んで向かい合っていた。カウンターの真ん中には紫色の米を炒めたような物体。

 

「これは、なんという『料理』かしら・・・?」

 

 若干引きつった笑顔でシトリーが尋ねる。ダゴンは意気揚々と「『ちゃーはん』よ! お米をたくさんの具材と炒めたの」と答える。これは『傷めた米』の間違いではないだろうか。恐る恐るスプーンを取り、シトリーはひとくち料理を食べる。

 

「ごふっ」

 

 暖かい刺激臭が鼻腔を内側から貫き、シトリーはむせた。目をキラキラさせたダゴンの手前、吐くようなことはしなかったが正直匙を投げたい。手に負えない。

 

(みんなお腹がすいてないって・・・そういうことね)

 

 決して食べられない訳ではないが、食べ物の味ではない。タチが悪かった。どうしたものかとシトリーが悩んでいると、厨房の扉が勢いよく開いた。

 

「ああ〜、またやってるよ。ダゴン、勝手に人を実験台にしちゃダメだって言ったじゃないか」

「先生!? 起きてたのね・・・」

 

 蒼い髪をボブカットにした小柄な女性、フルフルである。彼女はひどいねぼすけメギドであり、大体寝ているか、王都にある自分の料理店を開けたりしている。彼女の料理は大層評判が良く、たまに起きて店を開けると瞬く間に完売御礼、閉店となるのである。そして寝る。

 

 そんな凄腕シェフの弟子が、こんな・・・。と、シトリーは首を傾げる。フルフルは『チャーハン』を取り上げ、少しだけ指でつまんで口に入れた。

 

「・・・運が良かったねシトリー」

「えっ」

 

 助けが入った事がだろうか? そう思うとフルフルは「まだマシだったよ」とカウンターに置いた。シトリーは苦笑いする。

 

「全く、今日は私が料理当番なんだよ。それで来てみればダゴンがシトリーと厨房に行ったって聞いたから。やな予感はしてた」

「うう・・・」

 

 なるほど、フルフルの料理が食べられるとなれば誰も他の食べ物など要らないだろう。ダゴンの実験体となれば尚更である。

 

「さて、せっかくだし手伝ってもらおうかな。ダゴンの勉強にもなるでしょ」

「えっ、いいの? 先生他の人に食べさせる物は手伝わせないのに」

「皮むきとか下ごしらえはさすがに大丈夫だろ。シトリーは予定とかないかい?」

「ええ。あなたの料理を手伝えるなんて、むしろ光栄だわ」

 

 数時間後、いつになく賑わう食堂を影から眺めるダゴンを見つけ、シトリーは声をかけた。

 

「お疲れ様。すごい盛況っぷりね」

「うん。先生の料理だもの。当然よ」

 

 尊敬と信頼、そして仄かな悲哀の響きにシトリーは顔を曇らせる。この子は本当に料理が好きだ。そして苦手だ。理想と現実のギャップに引き裂かれている。

 

「ねえ、ダゴン。もうご飯は食べた?」

「ううん。食べてないわ」

 

 声音からその気分でなかったことは容易に察せられた。

 

「なら、外に食べに行きましょう。私、いいお店知ってるの」

「え・・・」

 

 妙に意外そうなダゴンの顔にシトリーは眉を上げる。

 

「どうしたの?」

「あなたは先生の料理食べないの?」

「・・・そういう時もあるのよ。あなたに食べて欲しい物があるの」

 

 ダゴンはごしごしと目元を拭い、頷いた。

 

 

 三十分後、シトリーとダゴンはテーブルを挟んで向かい合っていた。テーブルの真ん中は円形の網になっており、下から火が出る構造になっていた。

 

「ねえ、このお店はなに・・・?」

「ここはね、王都で一番の焼肉屋さんよ」

 

 シトリーは軽く店についてダゴンに教える。生肉や野菜が運ばれてくるので真ん中の七輪で自分で焼くこと、網の使える面積や食材ごとの焼き上がる時間をよく考えること、生焼けで食べると危ないのでしっかりと火が通ったことを確認すること、などである。

 

「自分で焼くのね。面白そうだわ! それで、調味料はどこかしら」

「この小瓶の中から選ぶのよ。塩、胡椒、焼肉用のタレ。レモン汁とかもあるわ」

 

 ダゴンは子供のように目を輝かせて小瓶を見つめている。愛想のいい店員が盆を持って歩いて来た。

 

「はい、当店自慢の牛ロースでえす」

 

 深紅の宝石のような牛肉を見て、ダゴンが歓声を上げる。「焼いていい!?」と火箸を持つダゴンにシトリーは頷いた。

 

「四枚あるから、まず一枚ずつ焼きましょう」

 

 新鮮な肉を網の上にそっと置くと、炭火特有の心地よい音が響く。わくわくしていたダゴンの顔がふっと強ばった。

 

「シトリー、私こわいの。こんないいお肉、私が焼いて大丈夫かな・・・」

 

 シトリーはニヤリと笑い、肉をひっくり返す。ダゴンもそれに倣った。

 

「私が保証するわ。あなたは失敗しないってね」

 

 なぜか自信満々のシトリーを見て、ダゴンは納得するしかなかった。すごい説得力を感じた。そう、シトリーは食べる専門である。すなわち、どのような過程や技術が料理に存在するのか、あまり知らない。そんな自分でも間違いなく美味いものを作って食べられる。それが焼肉であった。

 

 焼肉はそのシステム上、食材を単純にしか調理できない。そして対面に座っているダゴンと一緒に調理できる。自ら調理した物を自ら食べる、そこには『自由』と『責任』があった。

 

(そう、焼肉は料理の真髄を誰でも味わう事が出来る・・・!)

 

 シトリーには勝算があったのだ。「そろそろね」と声をかけ、お互いに肉を取り皿に引き上げる。

 

「まずこの塩を振ってみて。私と同じように」

 

 シトリーは軽く塩を肉にかけ、ダゴンに渡す。ダゴンはシトリーと同じくらいの塩をかけた。店員が白飯を持って来て、二人の前にそれぞれ置いた。

 

 いただきます、と手を合わせて二人は肉をかじった。柔らかい肉が舌の上でとろける。噛むと旨みが染み出して、塩と絡み合って行く。芳醇な風味が熱と共に鼻を抜け、五感が歓喜する。ダゴンは目をまん丸にしていた。

 

「お、美味しいわ。美味しいわよシトリー!」

「ええ。こういう『料理』もあるのよ、ダゴン。あえてシンプルに。食材の力を信じる」

「食材を信じる・・・」

 

 ダゴンはシトリーの言葉を咀嚼しているようだった。腑に落ちたような、歯に挟まっているような、そんな顔だ。

 

「今はとにかく食べる事ね。あと、ご飯も忘れてはいけないわよ・・・」

 

 肉と米を一緒に頬張ると、これがまた美味い。なぜ米を一緒に食うと美味いのか、シトリーには分からない。難しい事は何も分からない。分からなくても美味い。それで良いではないか。見ればダゴンも夢中になって白ご飯をかきこんでいる。気持ちの良い食べっぷりに、シトリーは頬がほころんだ。

 

「ご飯も不思議なものよね。水を入れて炊いただけ。『だけ』なのにこんなにも美味しいのよ。これもまた、食材を信じるということ」

「・・・すごいわ。シトリー、あなたは私のもう一人の先生よ!」

「そんな大層なものでは無いわ。私は・・・そう。『仲間』よ。同じ料理を愛する者としてね」

 

 二人はとにかく食べた。肉を焼き、野菜を焼き、素材を堪能した。ひとつも食べられない物は無かった。ダゴンは初めて、『食事』を楽しんだ。作って、食べる。シンプルな行為を。

 

 帰り道、二人は果物のジュースを飲みながら歩いた。ダゴンはまだ不思議そうな顔をしていた。

 

「どうして私が焼いた物もちゃんと美味しかったのかな」

「あなたがどんな料理の仕方をしているかは知らないけど、多分理由がわかるわ」

「どんな理由?」

 

 シトリーは少し考えてから、ゆっくりと答える。

 

「あなたは『料理をしすぎた』の。食材は本来、そのままでも食べられるはず。でも食材を信じず、色々と弄りすぎてしまった。あのチャーハンはそんな味がしたわ。『迷い』、そして食材への『畏れ』・・・。神聖視するあまり、手をかけようとしてしまうのね」

 

 ダゴンは考えているようだった。思い当たる節があるらしい。少なくとも今日の経験は、ひとつの道しるべとなる。肉を焼き、塩をかけるだけであんなにも美味いこと。米もそう。ただ炊いただけで、あんなにもいい香りで、美味く、肉に合うこと。

 

「あなたの言う通りだわ。さすがヴァイガルドが長いことはあるわね・・・。料理はしたことあるの?」

「私は食べる専門よ。料理は出来ないわ。旅してた時も釣った魚は焼いただけ。採った獣も山菜も、焼いただけ、あるいは煮ただけとかね」

「だからこそ焼肉に私を連れてきたのね。食材の力を教えるために・・・」

 

 ダゴンは理解したようだ。料理とは食材に力を与える行為ではない。食材の力を引き出す行為なのだ。何もしないこと、それが最高の『調理』であることもある。

 

「分かってくれたようね・・・。料理は確かに深い道なのでしょう。でも食べるということは、本当はとってもシンプルなの。まず食べること、それが大事なのよ」

 

 実はシトリーは一度バラムが教えてくれたパスタのマヨネーズ和えを自分で作ってみたことがある。食べてみて、少しアレンジをした。茹でた卵とブロッコリーをいれ、マグロの身を煮てほぐした物を加えたのだ。それはどこか懐かしい味がした。冷たくしても美味しかったのを覚えている。今度ダゴンとアジトの料理当番にしてもらおう。そうシトリーは思った。

 

 その後、ダゴンが作った「マヨパスタ・ダゴン風」が人気を博すのは、また別のお話である。

 

 

  

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