悪魔の優雅な休日〜メギド72短編集〜   作:シベリアの騎士

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一部メギストのネタバレあり。注意


ダゴンとシトリー お礼のショートケーキ

 

 ダゴンは悩んでいた。シトリーとの焼肉を経て、それなりに料理はまともになってきた。フルフルもダゴンの料理を止めなくなってきたし、ダゴンが食事当番でもみんな普通に食べてくれるようになった。

 

 しかし、ダゴンはいまだ高く分厚い壁に阻まれていた。フルフルの店の厨房を借り、今日も料理の練習をする。

 

「また、こうなるのね・・・」

 

 粘り気を持った、もそもその塊を前にダゴンはうなだれる。なぜパンはいつも失敗するのだろう。ダゴンの原点であるこの「パン」という料理に、彼女はいつも泣かされていた。

 

(あたしはなによりもお菓子が作りたいのに、パンも焼けないんじゃ絶対ムリじゃない・・・)

 

 かつて一度だけ、まともなパンを焼けたことがある。あの時なぜ成功したのか、ダゴンは思い出そうとした。

 

「そうだわ。確かあの時あたしは、人の為にパンを焼いたんだ」

 

 あのヴィータは、王都を出ようとしていた。だから二度と会えなくなる前に、そう思ったのだ。その時のパンはダゴンは食べていないが、フルフルいわくまともだったらしい。

 

 ダゴンは決心した。今こそあの日の力を取り戻す時だ。

 

 

「ねえ、シトリー。何か食べたいお菓子とかないかしら。あの日のお礼がしたいの」

「え、お菓子? そうね・・・」

 

 アジトの広場でくつろいでいたシトリーにダゴンが尋ねてきた。シトリーは驚きつつも、リクエストを考える。シトリーはあまりお菓子に詳しくない。だがひとつだけ、ふと頭に浮かんだお菓子があった。

 

「じゃあ、ショートケーキをお願いしてもいいかしら」

「ショートケーキ・・・。分かったわ! 必ず仕上げてみせるから、待っててよね」

 

 元気よく駆け出していくダゴンを見送っていると、ソロモンが通りがかった。

 

「シトリーって甘い物も好きだったっけ」

「ええ。そういえば前に頂いたテラケーキ、美味しかったわ。ありがとう」

「口に合ったようで良かったよ。たまには甘いのもいいかなと思ってさ。お菓子を食べてるところあまり見なかったから」

「あら、私はなんでも食べるわよ?」

 

 そう言いつつも、シトリーは甘い物を無意識に避けている自分に気付いた。過去の記憶、もう会えない友人との思い出や、ヴィータだった自分の意識といった物を思い出してしまう。シトリーにとって、甘味とはどこか切ない味なのだ。

 

「・・・どうしたんだ?」

「え?」

「いや、なんか寂しそうな目をしてたから」

 

 シトリーは「気のせいよ」と笑う。ソファから立ち上がり、伸びをした。

 

「ちょっと散歩に行ってくるわ。夕飯までには戻るから」

「ああ。気を付けてな」

 

 ソロモンと別れ、シトリーは外へ向かった。アジトの周りは何も無い。かつてハルマが拠点として残した砦であるここは、人の足で訪れるには恐ろしく辺鄙な所にあった。

 

「私は、未熟だったわね・・・」

 

 『シトリー』の意識を取り戻した時、ヴィータの親に礼を言っていない。酷いことを言って飛び出してしまった。今はもう生きていないだろう。そして、ヴィータとしての自分を成長させてくれた友人も、気付けば老人になっていた。まだ若かりし頃の彼女とかつて別れた時も、一方的にこちらが消えただけだ。

 

「やっぱり感傷的になってしまうわね。あいつが見たらなんて言うかしら」

 

 シトリーは傾き始めた太陽を眺め、目を細めた。

 

 

 あれから数日、ダゴンはフルフルの店でショートケーキを練習していた。

 

「せんせー! やっぱり上手く出来ないよぉ〜」

「そんな訳ないだろ〜。ちゃんとレシピ通りやってる?」 

 

 ダゴンは頷く。フルフルはため息をついた。

 

「あのね、レシピ通りにやれてたとしたら、レシピ通りの結果しか出ないの。少なくともこんな霊魂ムースをかじってる方がマシだって思うような物体は出来ないの。わかるかい」

「ひどい〜」

 

 フルフルは冷却貯蔵庫、通称『冷蔵庫』の扉を開けた。こいつは周囲のフォトンを集め、内部を冷却し続けるというハルマ製の優れものだ。アジトから持ってくるにあたりフォカロルを説得するのは骨が折れたが、その甲斐はあった。生モノでも長期間保存することが出来るのはありがたい。

 

「これがショートケーキだよ。私が作ったんだけど、食べてごらん」

「いいの? いただきます」

 

 ダゴンはあっという間にショートケーキを食べ終わる。

 

「何が違う?」

「スポンジがふわふわだし、クリームも滑らかだし、何もかも違うわ」

「まあ、そこが肝だからね。君の料理の仕方は基本的に乱暴なんだよ。スポンジ生地を作る時は、力加減を変えつつ卵液をきめ細かく混ぜなきゃだめだし、クリームは一気に作っちゃダメ。クリームはまず緩く作っておいて、塗る用と飾る用で分けておく。塗る用は混ぜ固めていいけど、飾る用は使う時に改めて混ぜ固める。塗りは思い切りよく一回で塗る。あまり何回も弄らない方がいい。イチゴは力を出来るだけ入れずにナイフの切れ味だけで切る。押し潰しちゃダメ」

「はえ〜・・・」

「他にも細かい所は色々あるけど、慣れるしかないね」

 

 フルフルはクリームがついたダゴンの頬を拭く。

 

「手間をかけるのはちゃんと理由があるんだよ。逆に理由もないのに下手な小細工を仕掛けると味がめちゃくちゃになる。練習だよ」

「うん。わかったわ」

 

 ダゴンは改めて下ごしらえを始める。フルフルの指示を完璧にこなすため、神経を集中した。とにかく正確に。今はただ、レシピを崩さぬ事に専念する。

 

(なんか、いつもと違う)

 

 焼き上がるスポンジ、練り上がるクリーム、その一つ一つが、違う。なんというか、『本物』という感じだ。いつものどこか的外れな感じが無い。

 

 メギドとは『個』。つまり『自我』の塊である。ダゴンは料理をするには余りにもメギドすぎた。いつの間にか、自分のやりたい様にやっている。基本が身につき、理屈を知り、その上でアレンジを加えるのなら、そのエゴも武器となろう。しかし、今はまだその段階ではない。

 

 早い話が、ダゴンは身の程を知ったのだ。そして調和を知る。メギドには到底知りえない感覚。無我夢中で作業を続ける。クリームを塗る。いちごを並べる。スポンジを重ねる。

 

(これは・・・芸術ってやつなのかしら)

 

 音楽や絵、そういった物と同じ。そんな気がした。

 

「はい、完成だよ」

「・・・えっ」

 

 フルフルの言葉に、ダゴンは手を止める。確かにもうやることは無い。ケーキがいつの間にか眼前にあった。少々不格好ではありながらも、間違いなくショートケーキだった。

 

「時間、忘れてたわ。一瞬みたいだったのに、すごく疲れた」

「本当に根を詰めると疲れるものさ。そして良い物になる。ほら、シトリーの所に持っていきな」

「うん! ありがとう、先生」

 

 箱に詰め、ケーキを大事そうに抱えてダゴンが出ていく。フルフルはあくびをする。

 

「疲れた・・・片付け終わったら寝よう」

 

 掃除をしながらダゴンの動きを思い返す。フルフルの指示を全力でこなそうとする姿。凄まじい集中力だった。本人は気付いていないだろうが、一つ一つの工程で『正解』を続けていた。力加減ひとつで仕上がりは変わる。食材の反応を感じ取るセンスは、間違いなくある。

 

(大丈夫。そのケーキは、ちゃんと美味しいよ)

 

 フルフルは、満足そうに微笑んだ。

 

 

 シトリーがアジトを訪れると、広場のソファにダゴンが座っていた。なにやらそわそわしているが、こちらを見るなりとことこ駆け寄って来る。

 

「シトリー! お待たせしたわね。ついにケーキが完成よ!」

「あら、とても楽しみにしていたの。わざわざありがとう」

「こちらこそよ。おかげで色々学んだんだから。よし、さっそく食堂に行きましょ!」

 

 ダゴンに連れられ、シトリーは食堂に入った。テーブルの上には既に、銀色のドームが置いてある。料理に被せるあれはクロッシュと言うらしい。この間アンドロマリウスから聞いた。

 

「はい、座って座って」

 

 シトリーが席に着くと、ダゴンがクロッシュを外した。綺麗なワンホールのショートケーキが姿を現す。それをダゴンが切り分け、皿に盛りつけた。

 

「さ、召し上がれ!」

「ええ。それじゃ、いただきます」

 

 シトリーはフォークを取り、ケーキを切って口に運んだ。柔らかいスポンジが、滑らかなクリームを舌に運んでくる。爽やかないちごの酸味と香りが刺激となり、より一層クリームの甘味を求めさせる。とても美味しい。驚くほど美味しいケーキだ。

 

 シトリーはケーキを食べる。黙々と食べる。ダゴンはわくわくと見守っていたが、シトリーの顔を見て驚いた。

 

「な、なんで泣いてるの!?」

「・・・え?」

 

 シトリーは気付いてなかったらしく、フォークを持ってない方の手で顔をなぞる。

 

「驚かせてしまったわね、ごめんなさい。とても美味しい。そう・・・このケーキ、とても美味しいの。だからかしらね」

「・・・・・・」

 

 ダゴンは目をぱちくりさせていたが、深くは聞かなかった。というより、聞くまでもなかったのだ。シトリーに頼まれ、ホールからおかわりを切り出す。いつの間にかケーキは全て無くなっていた。

 

「すごいわね・・・」

 

 シトリーが「ごちそうさまでした」と言った。立ち上がり、ダゴンの手を握る。

 

「ありがとう。本当に、美味しかったわ・・・!」

 

 そう言って笑うシトリーの顔は、とても明るく、あどけない少女の様だった。ダゴンも笑った。なんだか無性に嬉しかった。

 

 

 ダゴンとシトリーは並んでテーブルに着き、紅茶を楽しんでいた。アリトンがどこからともなく現れて持ってきてくれたのだ。

 

「ショートケーキはね、思い出があるの」

「そうなのね。もしかして悲しい思い出だったりしないよね」

「もちろんいい思い出よ。愛されていたんだって気付いた・・・いえ、思い出したの。それを思い出させてくれたのが、友達の作ったショートケーキだった」

「ふうん・・・?」

 

 シトリーが紅茶をすする。

 

「もう、私がそのケーキを食べる事は出来ない。両親が私にくれるケーキも、友人が作ってくれるケーキも。ある意味、『私』が初めて食べた料理の味・・・。それがショートケーキだった」

「色々あったのね。あたし、ちゃんと作れたみたいでなによりだわ。きっとそのケーキ達、とても美味しかったでしょうから」

「ええ。私が食べさせてもらったケーキは、ほんとにどれも最高のケーキね」

 

 紅茶も飲み終わり、二人は食堂を出た。アリトンは食器はそのままにしておいてくれればいいと言っていたので、甘えることにする。

 

「今日は本当にありがとう。あなた、最高の料理人ね」

「えー! まだまだだよぉ〜」

 

 そうは言いつつも喜びを隠せないダゴンである。シトリーと別れた後、フルフルの所に報告に行こうと考え、「あっ!」とダゴンは声を上げた。

 

「あたし、結局ケーキ食べてないじゃない・・・」

 

 またしても『完成品』の味を知ることの出来ないダゴンであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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