「ダゴっち、居る〜?」
オリエンスは暇になると必ずダゴンの屋敷を訪れる。気心知れたふたりは他愛もない雑談をしたり、ダゴンがオリエンスのメイクの練習台になったりと平和に過ごす。議席持ちの軍団長同士とは思えぬフランクな関係に、旧世代のメギドは眉をひそめたりもしている。だが、ここはメギドラル。力持つ者が正義であり、彼女達にとっての正義がこの時間と言うだけである。
「あ、オリエンス。いい所に来たわね!」
「あはは、ダゴっちいつもそう言うじゃん」
「いつもいい時に来るからよ。あのね、もうご飯は食べた?」
時刻はちょうど昼前だった。オリエンスは首を振る。
「一緒にご飯でも食べようと思って誘いに来たの。『あっち』にすごい美味しいお店があってさ。焼肉っていうやつなんだけど」
「あ・・・それ実はこの間シトリーと行ったかも」
「ありゃま」
オリエンスは肩を落とす。その肩をダゴンがぽんと叩いた。
「たまには外食じゃなくて、あたしの料理食べてみない?」
「えっ・・・」
オリエンスの顔がほんの少し強ばった。頑張って平静を保とうとしたがそれでもだ。ダゴンのパンの様な何かや、よく分からない物体を間近で見てきたオリエンスとしては、ダゴンが作った料理と呼ぶ物を食べる気にはなかなかなれなかった。友人だからこそ、知っている地雷がある。
「そ、そんな・・・悪いじゃんいきなり来て作ってもらうなんてさ〜。あはは」
「遠慮しなくていいのよ! あたし達の仲でしょ」
真っ青な顔をしたオリエンスの肩を抱き、ダゴンはのしのしと厨房へ向かった。
※
「どんな料理が食べたい?」
テーブルに着いたオリエンスにダゴンがにこにこと尋ねる。オリエンスは「まともな物」と思ったが口には出さなかった。
「そうね、野菜とか好きかな・・・美容にも良いし。でも野菜料理ってサラダとかばっかりになっちゃって、ガツンとくる奴が食べたいかも」
「ふむふむ。野菜料理でガツンと来る奴ね」
ダゴンがむむ、と唸りながら腕を組んだ。しばらく考え、ぽんと手を叩く。
「よし、決まったわ! 最近来たニスロクってのが言ってた『アヒージョ』ってやつを作ろう」
「ああ、あの料理人の・・・」
オリエンスは偏屈そうな顔のメギドを思い出す。腕は確かだし、舌も毒舌なことを除けば信頼出来る。とはいえ、ダゴンにその天才料理人から聞いただけの料理が作れるのだろうか。
「ねえ、ダゴっち。なんか手伝おうか・・・? 待ってるだけじゃ暇だし、せっかくだから一緒に作ろうよ」
「だめだめ! 今日のオリエンスはお客さんとして待ってて」
こうなるとダゴンは譲らない。オリエンスは介錯を待つ侍のような顔でテーブルに戻った。
「じゃあまずは下ごしらえね」
にんじん、ブロッコリー、じゃがいも。様々な野菜を洗って、鍋にぶち込んでいく。ダゴンがにんにくを取りだしたのを見てオリエンスが慌てた。
「にんにくはちょっと」
「あ、もしかして苦手?」
「いや、くさくなるじゃん」
ダゴンが不敵に微笑みながら指を振った。
「にんにく臭くなるのは熱を通す前に刻んじゃうからなのよ!」
「え・・・? 何か違うの」
「酵素? とかいうのがにんにくを傷付けると染み出して、栄養素と反応しちゃうんだってさ。だから切る前に熱を通すと酵素が壊れるから臭くならないの」
オリエンスは衝撃を受ける。ダゴンが賢そうな事を言っている・・・。いや、バカにしている訳では無いが、ダゴンは基本的に理屈が通用しない。そんな彼女が理論に基づいた知識を蓄積している。その事実にオリエンスは驚愕した。
「へえ〜・・・。ダゴっち、もうすっかり料理人じゃん」
「まあ、ニスロクが言ってたんだけどね」
半日ほどぶっ通しでニスロクに料理を作らせて喰らいまくったダゴンが得たのは腹の肉だけではないという事か。オリエンスはちょっと期待しつつあった。
「アヒージョは素晴らしいのよ。オリーブオイルってパンチも与えてくれるけどヘルシーだし美容にもいいし、肉にも野菜にも魚介にも合うの。この間よく分かったわ。なによりも・・・」
「なによりも?」
オリーブオイルで満たした野菜鍋をダゴンが火にかけた。
「とっても簡単!!」
「なるほどね」
しばらくすると、香ばしいにんにくの香りが漂ってきた。ダゴンが火を弱め、煮込む間に別の作業に取り掛かる。
「次は何を作ってるの?」
「凍らせたトマトを潰してジュースにするの。はちみつとレモンで味付けするだけでとっても美味しくなるのよ〜」
「ああー、たしかに美味しそう。油っこい料理に合う感じがする」
シャクシャクと凍ったトマトを潰す涼しい音が響く。鍋がぐつぐつと煮える音と相まって、オリエンスは空腹を感じ始める。早く食べたい。そんな風に考えている自分に気付き、驚く。
(ダゴっち、変わったな・・・)
そういえば、ダゴンとの出会いはなんだったか。そうだ、確か王都に初めて訪れた時に・・・。
「出来たよっ。『野菜たっぷりアボカドアヒージョ、トマトフローズン添え』」
「おおーっ」
金色のとろりとしたオイルの中で野菜達が輝いていた。ガラスのコップに注がれた深紅のジュースが雫を纏っている。
「この雑穀パンを最後にオイルにひたして食べると美味しいのよ。雑穀パンはパサパサしてるから相性がいいの。栄養もあるし」
「考えてあるのね・・・。早速頂くわ!」
「うん。召し上がれ!」
オリエンスはスプーンをとり、アボカドをすくった。少し冷ましてから口に入れると、とろとろの食感とにんにくの風味が広がった。野菜なのにとても満足感がある。にんじん、ブロッコリー、きのこ、どれも違った食感、風味を伴って味覚を楽しませてくれる。
熱くこってりした料理の合間に、キンキンに冷えたトマトジュースを飲み干す。爽やかな甘みと酸味がシャリシャリした果肉の中で弾けて、冷涼な波となって喉を流れ落ちていく。
「これは・・・美味しいっ」
オリエンスは夢中になって食べた。皿に残ったオリーブオイルも全部パンに吸わせて食べ切った。トマトジュースをおかわりして、最後にぐっと一息にやった。ぷはっ、と満足気な吐息と共にオリエンスがコップを置く。
「ごちそうさま〜! 凄いじゃんダゴっち、めちゃめちゃ美味しかったよ!」
「ほんと!? よかったあ」
オリエンスの惜しみない称賛に、ダゴンも最高の笑顔を浮かべる。ようやくダゴンは自分一人の力で、誰かに美味しいと言って貰えることが出来た。それが友人なら尚更嬉しい。二人は今、とても幸福だった。
※
ダゴンの屋敷のバルコニーで、二人は外を眺めていた。美しく、寒々しい景色。この景色に飽きてオリエンスはヴァイガルドに飛び出し、ダゴンは豊かな食に魅せられてヴァイガルドに飛び出した。跳ねっ返り同士の同盟。
「ねえ、ダゴっち。初めて逢った時のこと覚えてる?」
「ほえ?」
「あ、いまアヒージョ食べてるのね・・・」
もぐもぐと口を動かすダゴンに呆れつつ、オリエンスはふふっと笑う。
「そうそう、そんな感じであの時もダゴっちはずっと何かを頬張ってたの」
「そだっけ」
「うん。あたしがまだヴァイガルドのこと何も知らない時に、色々教えてくれたでしょ」
※
何年か前のことである。何度かヴァイガルドを訪れる内、王都にたどり着いたオリエンスはその街の規模に圧倒されていた。ヴィータの規律など何も分からずただうろうろとさまよっていた時、異彩を放つ少女が居た。その少女は飽きること無く出店や料理屋の食べ物を買いまくっていた。食べて、次。食べて次。オリエンスは興味を持ち、なんとなくその後を尾けていった。
「ねえ、あんたさっきから着いてきてるけど、何か用?」
「えっ」
突然ダゴンが振り返り、尋ねてくる。とは言え警戒している素振りはない。ただ興味本位といった様子だった。その証拠に今も何かをかじり続けている。
「別に、たまたまよ。ヴィータに用なんて無いわ」
「ん、ヴィータ? ああ、あんたもメギドね!」
「えぇ!?」
驚くオリエンスにすっと近付き、何かを差し出してくる。それは小さなマフィンだった。
「ヴィータが作る食べ物って美味しいのよ! あんたが料理を気に入るかどうかは知らないけど、なかなかヴァイガルドって捨てたもんじゃないわよ。んじゃね」
「え、ちょっと待って。あんた名前は?」
ダゴン〜、と適当に答えながら少女は去っていった。オリエンスはマフィンをかじる。
「あまくて、美味しい・・・」
まるで施しを受けたようで癪だった。だが、オリエンスは感謝をしていた。この世界に興味が湧いた。色々とヴァイガルドについて学びながら、オリエンスはメギドラルで勢力を拡大していく。なにより、ヴィータの軍隊というものはオリエンスに鮮やかなインスピレーションを与えてくれた。統一された組織の強さ。これはメギドラルでも使える。
そうしてメギドラルで戦いを続けるうち、ある圧倒的な敵の前にオリエンスは倒れる事になる。メギド体を維持出来なくなり、敵の目前で彼女は非力なヴィータ体になってしまった。死を覚悟したその時だった。
「あれ。あんたあの時の」
「は・・・?」
戦っていた相手が突然ヴィータ体に戻る。ダゴンと名乗った少女がそこにいた。
「ああ〜っ!?」
※
「ああ、そうだった、かな」
首を傾げるダゴンにオリエンスは頷く。
「あの時のお菓子、美味しかった。そしてあのお菓子があたしの命を救ったし、ダゴっちとあたしの仲を繋いだ。あたしはヴァイガルドと、ヴィータの作った料理ってモノに感謝してる」
神妙な顔をしたオリエンスの顔をダゴンはぽかんと眺める。
「おかげであたしも可愛い物探しとかオシャレとか、好きな物を見つけられたし。今日みたいに美味しい物も食べれた。ありがとね」
「どうしたのよオリエンス。いきなり」
心配する様なダゴンの様子にオリエンスは顔を赤くする。
「なんでもないわよ! ちょっと、感動しただけ。ダゴっちずっと頑張ってたんだなって分かったから」
「そうだよぉ、とっても大変だったんだから!」
ダゴンが胸を張る。オリエンスは正直ゲテモノを食べさせられると思った自分を恥じた。だが胸にしまっておくことにする。
「またダゴっちの料理、食べさせてね。あたしも何かお礼考えとくから」
「うん。また食べて!」
オリエンスはダゴンと別れ、自分の屋敷に戻る。その日の夜、オリエンスは自分の部屋で銃の手入れをしていた。分解、清掃。油膜の引き直し。逆の順序で正確に組み上げていく。
「銃を使ってメギド体に頼らない戦い方を考えるきっかけをくれたのも、ダゴっちなんだよ」
元の姿を取り戻した愛銃を撫で、オリエンスは呟く。
「ダゴっち。あんたはいつかメギドラルから狙われる。その時は・・・」
銃を構え、空撃ち。かしゃんっと小気味よい金属音が響く。異常無しだ。
「あたしが一緒に戦ったげる。最後まで一緒なんだから」