悪魔の優雅な休日〜メギド72短編集〜   作:シベリアの騎士

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ソロモンとサキュバス 夢のまた夢を

 ソロモン誘拐事件の実行犯であるアガリアレプト達が仲間になってからひと月が立った。サキュバスは今日もソロモンや他のメギドと幻獣退治に勤しんでいた。

 

「もぉ〜、お兄ちゃん働きすぎィ! ちょっとくらいお休みの日があってもいいじゃん」

 

 文句を言いつつもしっかり幻獣を退けるサキュバスにソロモンが頷く。

 

「そうだな。みんなにも休んでもらわないと」

「休めるのは歓迎だが、今じゃねえ。相談は後にしろ」

 

 ブネが大剣を構え、幻獣が投げてきた石を防ぐ。ベリアルが石の飛んできた方へ射撃する。離れていても分かるくらい幻獣が派手に弾けた。辺りから剣呑な気配が消える。ポータルに戻る途中、たわいもない雑談をするのがお決まりだった。ベリアルがいつも噛んでいるお菓子を取り出す。

 

「この『ふうせんかむかむ』はいいぞ。いつでも食べられる。飲み込んではいけないらしいが」

「なにそれ、おいしいの?」

「マズい」

「えぇ・・・」

 

 ベリアルが差し出してくる『ふうせんかむかむ』をサーヤが迷惑そうに受け取る。仕方なく噛んでみたが、別に不味くない。少し辛いが、爽やかな香りがした。鼻がすっと通る感じがする。

 

「いい香りするじゃん。おいしいよ?」

「そうか、ならよかった。おまけもやろう」

「いや、もういいわ・・・」

 

 ベリアルがお菓子を風船のように膨らますのを見て、真似しようとしたが難しい。練習がいりそうだ。

 

「オマエもいるか? ブニ」

「ブネだ・・・まあお前にしちゃマシな間違いか。俺はいらねえ」

 

 ブネが首を振る。ソロモンがベリアルの肩をつついた。

 

「良かったら俺もひとつくれないか? ちょっと気になってきた」

「ああ、いいぞシャックス」

「シャックスは居ないよ・・・」

「ん・・・知ってた」

 

 ベリアルが言うと途端に怪しい。ソロモンの手にベリアルが菓子を渡そうとした時だった。ベリアルが落とした菓子はソロモンの手のひらではなく、地面に落ちていく。

 

「おい、大丈夫か!?」

 

 急に力無く倒れかかるソロモンをベリアルが支えようとするが、身体が小さいせいでよろめく。

 

「コイツ、重い」

「お兄ちゃん!」

 

 サキュバスとブネが駆け付け、ソロモンを支えた。ブネがソロモンを背負う。

 

「何だか分かんねえが一大事だ。大至急で近場のポータルまで走るぞ」

 

 

 

 

 アジトに着いた時、サキュバスとベリアルはぜえぜえと肩で息をしていた。

 

「ソロモンは俺が医務室に連れていく。解散だ。ゆっくり休んでな」

 

 ブネは涼しい顔で医療系メギドが居る医務室へソロモンを運んでいく。

 

「私も・・・筋肉もりもりに転生したかった・・・。もう歩けん」

「サーヤは、今の身体、気に入ってるけど、こういう時困るね・・・」

 

 ポータルの見張り当番をしていたマルコシアスが心配そうに声をかける。

 

「ブネは特別鍛えてますから。お疲れ様でした。彼の言う通りゆっくり休んでください」

「そうしよう・・・湯浴みがしたい」

「私もお風呂入りたいけど、お兄ちゃんが心配・・・」

 

 医務室に行こうとするサキュバスをベリアルが呼び止める。

 

「どうせやる事はない。ユフィールやバティンの邪魔になる。そんな事より湯を沸かすのを手伝え」

「えぇ〜」

 

 やっとの事で入浴に十分な湯を用意し、サキュバスは身体を洗い終える。

 

「やっぱり心配だなあ・・・お見舞いくらい良いよね?」

 

 サキュバスが医務室の扉を開けると、ユフィールが居た。

 

「ねえ、お兄ちゃん居る?」

「お兄ちゃん・・・、ああ。ソロモンさんですね。一時的なフォトン中毒ですが時間経過でなんとかなるので、自室療養に致しました」

「フォトン・・・中毒?」 

「ようするに、戦いすぎですね〜。あくまでソロモン王はヴィータですから、我々のようにフォトンが溜まったからと言って消費したり出来ないんですよ」

「なるほどね。ありがとう、ユフィール」

 

 サキュバスは礼を言い、医務室を出る。ソロモンの部屋にたどり着き、扉を小さくノックする。返事が無い。

 

「お邪魔しまぁす・・・」

 

 部屋に入り、ソロモンのベッドに近づく。意識は無いようだが、苦しそうだ。

 

(どんな夢見てるのかな。それとも夢なんて見られないくらいしんどいのかな)

 

 ベッドの脇に膝立ちになり、横顔を眺める。整った顔をしているな、とサキュバスはふと思った。しばらく眺めていると、疲労のせいか眠気がしてくる。ソロモンのベッドに突っ伏すような格好で、サキュバスは少しだけ目を閉じる事にした。

 

 

 

 

「頭、いて・・・」

 

 ソロモンが頭痛と共に目を開ける。窓の外は金色で、夕方頃だと分かる。森にいたはずなのに自分の部屋ということは、ブネが運んでくれたのだろうか。なぜ気を失ったのだろう。ソロモンは身体を起こそうとして、すぐ側にサキュバスの頭があるのに気付いた。

 

「えっ、サーヤ!?」

「んん・・・あ、お兄ちゃん起きた!」

「あ、ああ。おはよう・・・心配かけたかな。ごめん」

 

 ツインテールを揺らしながらサキュバスが首を振る。しかし彼女は嬉しそうな顔を引っ込め、頬を膨らませた。

 

「だから言ったでしょ、戦いすぎなんだって。フォトンちゅーどく? なんだってさ」

「そういうことか。なんとなく分かった気がする。身体が妙に重くて、熱っぽい。酷い風邪をひいたみたいだ」

 

 その言葉を聞いてサキュバスは何か考えているようだった。突然「あっそうだ!」と声を上げる。

 

「お兄ちゃん、ちょっとだけフォトンちょうだい」

「な、何をするんだ?」

「いいからいいから。サーヤ閃いちゃった♪」

 

 こうなるともう言う通りにしてあげた方がいい。ソロモンはそう直感した。そんなに量がいらないなら、大抵どうにかなる。フォトンを受け取ったサキュバスが大きな飴のような武器を取り出した。

 

「お兄ちゃん、(フォトンが)溜まってるんでしょ? だからぁ、サーヤが抜いてあげる・・・」

「えっ、ちょ、ちょっと」

「すぐ楽になるからね〜。サーヤの手にかかればあっという間なんだから」

 

 サキュバスの大きな飴がソロモンの胸に当たる。心臓の近くだ。ソロモンが息を詰めて見守っていると、だんだん楽になってくる。頭の中に詰まった焼けた砂が抜けていくような、優しい感覚だった。じっと目を閉じていると、サキュバスの飴が離れる。金色に輝きを持ったそれを、サキュバスが満足そうに見つめた。

 

「どう、お兄ちゃん? 気持ちよかったでしょ」

「確かにすごく楽になった。ありがとうサーヤ」

 

 サキュバスの得意技であるフォトンの吸収を応用したのだろう。さすが純正メギドだけあって能力を活かした機転が利く。サキュバスは大きな飴をぺろっと舐めた。

 

「んん〜! すっごく濃くて美味しい・・・。こんなに良いの、初めてかも」

「・・・・・・」

 

 ソロモンはなぜか落ち着かない気持ちになってきた。なんだろう。ただフォトンを取り出してもらって、サキュバスがそれを吸収しているだけだ。

 

「あの、サーヤ。今食べるのか・・・?」

「あまり長く貯めておけないの。すぐ食べないと消えちゃうから」

「そっか・・・」

 

 サキュバスが艶めかしく飴を舐め続けるのを、ソロモンはできるだけ意識しないようにした。

 

「どうしたのお兄ちゃん、顔赤いよ。まだ熱ある?」

「大丈夫。大丈夫」

「え〜?」

 

 サキュバスの手がソロモンの額に当てられた。柔らかい、ひんやりした感触。なんだかくすぐったい。

 

「やっぱりまだ具合悪そうだね。そろそろ失礼させてもらおうかな」

「ああ、わざわざ治療までしに来てくれたのに悪いな。今度なにかお礼をするよ」

「ほんと!? じゃあ〜・・・デートがいいなっ」

「わ、分かった。どこがいいかその時また教えてくれ」

「約束ね〜♪」

 

 サーヤは上機嫌でドアまで向かった。振り向いてソロモンに手を振る。

 

「じゃね、お兄ちゃん。美味しいのたっぷりくれてありがとうね!」

 

 サーヤが出ていく。ソロモンは見送ってから、腕を組んで考える。

 

「・・・なんか、すごく落ち着かなかった」

 

 陽はすっかり落ちて、窓の外は紺色になっていた。気分は良くなったが、長い夜をソロモンは悶々と過ごすことになった・・・。

 

 

 

 

「お兄ちゃんとデート、お兄ちゃんとデート」

 

 るんるんといった様子でサキュバスは部屋まで戻る。ベッドに飛び込んで転がり回った。

 

「私いま、すっごく幸せかも?」

 

 サキュバスは枕を抱きしめる。101年の夢を覚えていない彼女は、その来るべき現実の一日に胸を躍らせる。楽しい未来。確かな時間。

 

「どこに行こうかなあ。お買い物もいいけど、たまには海とか、なんにも無いところでのんびりするのもいいなあ。それで夕日を見ながらキスなんてしちゃったりして。これからもずっとそうやって二人で・・・」

 

 そこまで夢を膨らませ、サキュバスはふふっと笑う。

 

「な〜んて。夢のまた夢、かな・・・?」

 

 

 

 

  

 

 

 


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