気品の欠片もないし、優雅の「ゆ」の字もない。
彼女に初めて会った時の、アッサムが抱いた嘘偽りない感想である。
そもそも、どうして我が聖グロリアーナ女学院に入学することができたのだろう。何かの間違いなのではないか?
――データで解析することのできない疑問は、彼女が新一年生として入学してから数か月が過ぎた今も、アッサムの明晰な頭脳に相応しい解答を用意してはくれなかった。
「あの子、またあんなところを走って……」
「ダージリン、楽しそうな顔しないで」
「ふふ、ごめんなさい」
拍子抜けするほど素直に謝ったダージリンを見たアッサムは、私はよっぽど不服そうな顔をしていたのだろうか、と心の中で呟いた。
「大体、貴女がいつもあの子を甘やかすから」
「だって面白いじゃない」
「ダージリン様、アッサム様を困らせてはいけません」
見かねたオレンジペコが、はっきりとした物言いでダージリンを牽制する。一年生という立場で、ダージリンに対してたしなめるような発言ができるのは、小さな身体に溢れんばかりの知性と胆力を秘めた、この装填手以外いないだろう。
「別に困らせているつもりはないのだけれど」
そう言って微笑む姿は、聖グロリアーナの魂そのもの、といった気品に満ちた佇まいではあるが、子供のような悪戯心が瞳の奥で主張していることを、アッサムもオレンジペコも知っている。そして、ダージリン自身も、信頼する仲間が自分のそんな一面も理解してくれている、ということをちゃんと知っているのだ。
「紅茶の一滴も零さない。あの子は今度こそ守れているかしら」
守れているわけがない、とでも言いたげなダージリンの口調である。いっそ守れていないほうが面白い……そんな風に聞こえるのだけれど、とアッサムは再び心の中で呟いた。
「アッサム、私はあの子を信じているわ」
「人の心を読まないでください」
「鋭い突っ込みね。アッサムにしては」
「紅茶をどうぞ」
絶妙極まりないタイミングで放たれたオレンジペコの言葉によって、淑女たちの不毛な駆け引きはフィナーレを迎えた。
戦車という武骨な――いや、淑女の象徴である鉄塊の中に、フォートナム&メイソンのロイヤルブレンドが持つ、豊潤な香りが満ちていく。これぞ聖グロリアーナの戦車道、これぞ優雅の体現。本来はこうあるべきなのだ、とアッサムは一人納得する。
「あら……あの子ったら見えなくなってしまったわ」
「だから、嬉しそうに言わないでダージリン……」
――校内練習試合が終わり、一人書類を整理していたアッサムは、ふと窓に目をやって、静寂が訪れたはずの校庭を見つめた。予感があったわけではないし、何の想定もしていない。ましてや事前にデータが用意されていたなどという事もないのに、校庭を走る一台のクルセーダーMk.IIIが目に入った瞬間、アッサムは奇妙な気分に襲われながらも、書類整理を中断して部屋を急ぎ出た。常日頃、彼女に対してアッサムが注意している、淑女らしからぬ駆け足で。
「こんな時間まで練習を?」
一人呟くアッサムの問いに答える者はいなかったが、眼前に現れたクルセーダーMk.IIIは、落ち着きなく走り回る彼女が憑依したかのように、己の役目を全力以上に果たしているように見える。
きっと、紅茶はいつものようにこぼれてしまっているのだろう。それでも、彼女は真っ直ぐに前を見ているのだろう。自分の信じる道を、無我夢中に突き進んでいるだけなのだろう。
そんなことを考えながら、アッサムは自分が笑っていることに今更気付いていた。まるで、今日のダージリンのようだ。何だか、彼女が乗るクルセーダーMk.IIIを見ているだけで楽しい気持ちになってしまう。いかにアッサムとて、そんな自分自身の心境の変化について自覚的になることに、わざわざデータに頼る必要もなかったようだ。
「ジイドが見たオスカー・ワイルドの笑い方って、こんなものだったのかしら」
英国的アイロニーを、何となく口にしてみる。今の私はダージリンの事を言えた義理じゃない、そんな小さな反省も込めて。
「――アッサム様! アッサム様もマジ居残り練習でございますの!!?」
ふと見上げると、いつの間にかアッサムの近くに停車していたクルセーダーMk.III。砲塔から顔を出した彼女は、勝ち気でいて何処か幼さの残る無邪気な顔で、声をかけられることを想定していなかったアッサムを見つめている。
風は吹いていなかったはずだが、黒いリボンで結った豊かな金髪が、アッサムの心の奥に咲いたほんの僅かの戸惑いと連動しているかのように、そっと揺れた。
「マジで一緒にしないで、ローズヒップ」