夢は、いつも苛烈な砲撃戦の最中から始まる。耳をつんざくような音、激しく揺れる戦車の内部、何が起きてるのか全然分からない。さっきまで、トランプで大富豪をやっていたはずなのに。これが安心安全な戦車道? これが乙女の嗜み?
砲弾の音は鳴りやまない。正確に、無慈悲に、私たちを狙ってくる。怖い。どうしよう。皆が、泣きながら逃げていく。私も、皆を
戦いが終わって、気付けば大きな木によじ登って避難していた私たちが目にしたのは、最後の最後まで諦めなかった先輩たちの姿だった。たった一両の戦車でも、勝つために戦っていたのだ。
先輩たちに謝ろう、と私は言った。全員、何度も何度も頷いた。逃げたときとは違う種類の涙が、皆の瞳からこぼれ落ちる。
優しい先輩は、こんな私たちを笑顔で迎えてくれた。それが申し訳なくて、とても悔しくて。その日の夜、私たち6人は約束を交わした。次は、絶対に逃げないと。
そうだ。私はもう、絶対に逃げないんだから。
――乱暴な目覚まし時計の音が、部屋中に鳴り響いている。澤梓はまだ気怠い目をこすりながら、手を伸ばして不機嫌な音の主の機能を停止させた。
また、あの夢。もう何回見たか分からない夢。私はよっぽどあの時のことを後悔しているらしい、と梓は何度となく……もう数え切れない程……再認識して、大きなため息をついた。ふとカレンダーに目をやると、今日は日曜日だ。休日であるにも関わらず、目覚まし時計を平日仕様の朝早い時間にセットしたままだった自分に対して、梓はもう一度ため息をつくのであった。
熱い夏を駆け抜けた、第63回戦車道高校生大会における初の公式戦。大洗エキシビションマッチでは名手ノンナの一撃に沈み、廃校の命運を賭けた大学選抜チーム戦を、自分たちにできることで戦い抜いた。ようやく大洗女子学園に平穏が訪れた今、季節はいつの間にか夏に別れを告げて、9月半ばに差し掛かっていた。
秋の気配が色濃くなってきた日々の中で、成長著しいウサギさんチームのリーダーにして戦車長の梓は、休みの日でも用事がないときは、出来る限り戦車道の勉強や訓練をするように心掛けている。今日も、午後からはウサギさんチーム全員で学校に集まる予定であった。
今はまだ、午前7時前。カーテンを開けると、眩しいくらいの日差しが梓を包み込む。昨日の天気予報通り、今日は爽やかな秋晴れのようだ。再び眠ってしまうには、何だか惜しくなるような天候を前に、梓は予定外の朝を楽しむ作戦が良さそうだな、と結論付けた。
――お散歩作戦です、なんちゃって。
甘い卵焼きを若く活動的な胃袋に収め、動きやすい服装に着替えた梓が外に出ると、日差しはあれど、つい数日前のような暑さはすっかり和らいでいることに気付き、秋がやって来たんだと梓は改めて実感した。
人通りの少ない道を歩きながら、梓は夢の中の自分の姿を何となく思い出していた。聖グロリアーナ女学院との練習試合があったのは、まだ梓たちウサギさんチームが高校生になってそう間もない頃。そっか、もう5ヶ月くらい経つんだ。
梓の人生において、文句なく一番濃厚な月日を過ごしている高校生活は、そのほとんどを戦車道が占めている。たとえば休日に遊びに出掛けるのも、大抵ウサギさんチームの誰かか、もしくは戦車道のメンバーであり、同じ一年生が3人所属しているアヒルさんチームの面々である。時折、戦車道の先輩たちと会うこともあるが、どちらにしても、学生としても、プライベートでも、梓の生活は戦車道を中心に回っているといっても過言ではない。
そんな毎日を過ごせることを、とても嬉しく思っているのが梓の嘘偽らざる本音だ。仲間内のノリのようなもので、何となく始めた戦車道は、いつしか自分の人生を変えたのかもしれない、そんな風に梓は考える。真面目で慎重、なんて言われているが、割合に流されやすい性格だと自覚している梓にとっては、ここまで真剣になれることを見付けたのは、どうあれ生まれて初めての経験であったのだから。
歩き慣れた道も、見慣れた街並みも、潮風の香りも、波の音も。何処までも蒼く、純潔の美によって保証された少女の輝かしい青春を、温かく見守っているかのようだ。
――この学園艦が、大洗女子学園が、ウサギさんチームの皆が、戦車道のメンバー全員が、本当に大好き。絶対にからかわれるから、皆には言わないけれど。
海が見える場所まで辿り着いた梓は、いつもそうするように、腰を下ろしてぼんやりと海を眺めていた。改めて、5ヶ月前の自分がフラッシュバックする。
トラウマ、などという大層なものではない。単に後悔が消えずにいるだけのことなのだろう、と梓は思う。日頃は思い出すようなことはないし、自分たちなりに、あの時の悔しさをバネにして、ほんの少しは成長できたんじゃないかという自負もある。まだまだ、全然追い付けはしないけれど。あの人の背中には。
もしかしたら、あの夢を見なくなるときが、私なりの最大の成長の証なのかもしれないな、と梓なりに分析してみる。でも、夢を見なくなったとしても、あの時のことは絶対に忘れないし、忘れてはいけないんだということも、また。
澄みきった秋空に向かって、梓は右手を伸ばした。意味はない。何かに届きそうな気がした、というわけでもない。眩しい朝の日差しの心地良さと、遠い遠い理想の背中と、いつも見守ってくれている眼差しと、梓が一番好きだなと感じている優しい声とに、包み込まれるような感覚を、梓は味わっていた。ほんの一瞬だけ。
――わ、私ったら何を考えているんだ。
梓は大げさに頭を振って、あまりにも純粋過ぎるが故に、
「へい彼女、こんな朝からどうしたの?」
聞き慣れた声がして、梓は頬を紅潮させたまま、慌てて振り返った。