4人しかいない体育館に響く、バレーボールが弾む音。シューズの擦れる音。あの人の吐息と大きな声。それに応える私たち。外は雨が降っていて、音楽のフォーメーションに彩りを添えていく。そんな時間が、とても好きだ。
「あゆみ、付き合わせちゃってごめんね」
「ううん、ついでだったから」
大量のカツサンドを手に持った山郷あゆみは、さっぱりとした表情で笑った。あゆみは大洗女子の戦車道メンバーの中でも、比較的背が高いほうなので、近藤妙子としては、視線をそこまで下げる必要はない。鉄の結束を誇るバレー集団の面々を除けば、妙子にとって一番気の合う同級生が、あゆみであった。
「しっかしよく食べるね。太らない?」
「これくらい食べないと身がもたないよ」
それもそうか、戦車道とバレーをやってるんだもんね。納得したように、あゆみは頷いた。ダイエットグッズ収集が趣味という身からすれば、4人分どころかその倍くらいはあるのではないか、と思しきカツサンドの量に、若干尻込みしたことを口にはしなかったが。
「そういえばさ、この前のプラウダ高校の試合。アヒルさんチーム凄かったね!」
「ウサギさんチームだって。守ってくれてありがとう」
うちら1年生、頑張ったよねと2人は顔を見合わせて笑った。共に未経験から戦車道を始めて数か月、極めて優秀な隊長の指導もあって、1年生が中心メンバーの両チームは、著しい成長を見せていた。妙子からすれば、バレー部復活のために始めた戦車道であったが、今は自分の生活の中心となっていることに疑問すら感じなくなってしまった。あくまで心にバレーボールを、それは決して忘れはしないにしても。
「最初の頃は、西住隊長に迷惑ばっかりかけちゃったから。今もだけど」
意味も無く傘を回していたあゆみが、ふとそんな事を口にした。水滴を弾く傘に問いかけているようにも見えたが、勿論答えは無い。2人の足音と、雨音だけが鳴っている。少しだけ。
「もう梓なんか、最初にグロリア―ナと練習試合した時からずっと反省してて。すっごく張り切ってるもん。妙子たちは、最初から活躍してたじゃん? 凄いなって思ってたよ」
「そんなことないよ」
謙遜ではなく、ごく素直な気持ちで妙子は答えた。そう、私たちだって1年生だけだったら逃げていたかもしれない。あの人がいたから、何とかやってこれたのだから。きっと、あけびと忍も同意してくれるに違いないと、妙子は確信していた。
「梓ちゃんは……真面目な性格だし、最初に逃げちゃったことをずっと後悔してるんだろうなって。きっと今は、ウサギさんチームの車長として、西住先輩の背中を追いかけてるって感じがする。目標にしてるというか、物凄く尊敬しているというか」
「妙子が言うと、説得力あるね」
「だって私も、
同じだから。最後の言葉を妙子はあえて口にはしなかった。それを知ってか知らずか、あゆみは軽く首を傾げて、やや上目遣いで妙子を見つめた。雨の音は、少女たちの瑞々しい感情のやり取りに呼応しているかのように、不規則なリズムを奏でている。妙子は何となく、あゆみの幼さが揺れるそばかすに目をやった。子どもっぽいから、とあゆみが嫌がっているのを知っていても、妙子にとっては山郷あゆみという少女を形成する、立派なチャーミングポイントの一つであった。
なあに、とあゆみが言う。ううん、何でもない、と妙子は返す。
「ま、とにかく皆頑張ってるよね。先輩たちも凄く努力してるし」
「だよね。あとは根性、かな?」
出た、根性発言。茶化すようにして、あゆみは声を上げて笑った。つられて妙子も笑う。妙子にしてみれば、それこそ神託の如き価値を持った言葉ではあるが、嫌味が全くないあゆみだからこそ、冗談のネタにされても一緒になって笑えるのだ。
「今のご時世、根性論って悪者扱いみたいだもんね。でも、妙子たちを見ていると、無敵の理論に思えてくるから不思議」
「無敵……そうかな」
「褒めてるんだよ?」
「そっか」
褒められているのなら、悪い気はしない。友人からの最大限の賛辞として、妙子は受け止めることにした。時に冷静な突っ込みを入れるときもある妙子とはいえ、やはりアヒルさんチームの一員である。
つまり、良い意味で単純明快なのだ。
「じゃあ、あゆみもバレーボールやろう?」
「何でそうなるの」
「――体育館着いたね。ここで大丈夫? 私は梓たちに呼ばれてるから」
「うん。ありがと」
それじゃ、また明日。あゆみと別れた妙子は、靴を履き替えて、両手いっぱいにカツサンドを抱え、誰よりも大事なメンバーの、誰よりも大事なあの人の待つ場所へと向かった。自分の足音と、3人の奏でる音が、少しずつシンクロしていく。音が近付いてくる。耳慣れた、バレーボールが弾む音。あの人の、声。
「近藤! 根性でカツサンド買ってきたか!!?」
「はい、キャプテン!!」