誰よりも近くで、その愛らしい寝顔を眺めている。これほどの至福を、これほどの喜びを、永遠のものとしたい。そんな馬鹿げた願い事などは、恐らく叶うはずもないだろう。それでも、願わくば。永遠にこのままで。
小さな指先。小さな手足。小さな身体。慎ましい胸。汚れなど知る由もない肌。決して揺らぐことのない鉄の意志を秘めた瞳は、今は穏やかに閉じられて、この瞬間に他者に与えるものは、小さな暴君と言われるような傍若無人の振る舞いではなく、ましてや畏怖などでもない、あまりにも無邪気な、無垢な、言葉を失わせるほどの安らぎである。天使的輝き、触れてはならないほどの純潔の象徴である。
その全てを、この3年間ずっと見続けてきた。彼女に頼りにされているという、限りない幸せを噛み締めながら、彼女のために、そして自分自身のために、戦車道を続けてきた。今思えば、長い道のりだったような気もするし、あっという間に過ぎ去った年月に、多少なりとも感傷的になってしまっているような気もしている。
2人で始めた、我が校の戦車道改革。私なんぞが辛い思いをした、などと口走ってしまったら、最前線で戦い続けた彼女に申し訳が立たないというものだ。どれほどの困難を乗り越えてきたのか、どれほどの辛苦と対峙してきたか。そんな彼女の見ている世界を信じた同志たちも増え続け、有望な人材も集まって来た。
勝利の栄光を味わった時も、敗北の苦みを味わった時も、彼女はいつだってへこたれることはなかった。ウラル山脈よりも高い理想と、バイカル湖のように深い思慮を秘めたその姿に、ずっと魅せられてきたのだ。今も、ずっと。そしてこれからも。
寝返りを打つ彼女の横顔に、そっと手を置いてみた。触れてはならない、などと言っておきながら、決して褒められたものではない人間的欲求には、どうしても抗う事はできなかった。まだまだ、修業が足りないといったところか。
少し冷たい頬。午後のまどろみは、彼女をどのような夢の世界へと連れて行っているのだろう。そのような詩情が、私の中に存在していること自体に、正直自嘲気味な笑いすら込み上げてくる。ブリザードなどという異名で呼ばれ、他校の戦車道チームに恐れられているらしい、この私に。
小さな小さな寝息が漏れ、僅かに体を震わせた彼女は、再度寝返りを打った。私に背を向ける形になったことに、ほんの少しだけ、いやそれなりに、もしかしたらかなり、寂しげな気持ちになってしまう。こんなことで? 仕方ない、どうあれ人間は正直が一番なのだと、素直になることが一番大事なのだと、この1年間の戦いで学んだのだから。
私たちを破った大洗女子の隊長は、黒森峰との決勝戦で、少しでも判断を間違えるようなことがあれば、即敗退に繋がるであろう、あの緊迫した状況下で、自分たちの勝利への可能性よりも、仲間の救出を選択した。それがあの人の戦車道なのだと、誰かが言った。事実、その戦車道を貫いて、大洗女子は奇跡とも言える勝利を手にした。
その姿に大いに感銘を受けるほど純粋ではない私ではあるが、あの人の抱えているものを考えれば、常人ならば耐え切れないほどの重圧の中で、自らの意志を仲間と共に貫いたことは、賞賛せざるをえないだろう。
しかし、この無防備な寝顔を見せる彼女だって、決して仲間を見捨てるような真似をしないことは、私だけでなく、同志全員が知っていることだ。普段はあれほど無理難題を喚き散らしていても、いざという時に誰よりも早く動き出すのが、彼女である。
だからこそ、守らねばならないのだ。私たちが。全員が盾になるのだ、彼女の為に。プラウダの為に。勝利の為に。
三度、彼女は寝返りを打って、今度は私の元に帰って来てくれた。嬉しく思う、こんな事で。きっと今の私の顔は、とても見れたものではないだろう。鏡があったら、戦車に乗り込み破壊してしまいそうだ。
「……ノンナ……今、何時……?」
私だけの喜びを与えてくれる、偉大な同志。その目覚め、その大きな瞳に最初に映し出されるのが、私であるという事実に、身震いするほどの歓喜を味わっている。
私の愛する、小さなангел(天使)。
「よだれが垂れていますよ、カチューシャ」