ガールズ&ガールズ   作:MIZUTAMARI

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百合の七束

 冬のある一夜。

 

 郊外に佇むモダーンな洋館の一室に、9人のうら若き少女(おとめ)たちが集いました。それぞれの瞳に輝く花々のような美しさと生命の強さとが、あまりにも短い少女という時代の価値を象徴しているかのようです。

 やや頼りない 床置電灯(フロア・スタンド)が、少女たちの影を揺らします。そこはかとなく怖れを抱いているような、不安を感じさせるような、不思議な気持ちにさせられたのは、一体誰でしょう。そう、それは過ぎ去りし思い出を歌うような――

 

 

 

「で? 誰が吶喊するんだ?」

 

 静寂を勢いよく破壊し尽くすような、そもそも静寂という言葉など知らんと言わんばかりの玉田の声を最後に、文学的夢想に耽っていた浜田は心の中で残念無念、と呟く。

 知波単の誇る勇猛果敢な鉄獅子たちに、やはり吉屋信子の『花物語』の如き世界観など似合うはずもない、か。日頃は江戸川乱歩を耽読し、皮肉屋なところもある自分自身をそれなりに理解しているつもりの浜田とはいえ、少女らしい夢物語への愛着がないわけではない。とはいえ、やはり適材適所というものがあるのだと実感し、浜田は一人納得したように微苦笑を浮かべた。

 

 今宵、学長の気まぐれで建てられたという、大正浪漫趣味が滲み出た洋館に模した、生徒が自由に出入りしても良いとされている学園の別館のような役割を担っている建物にて、知波単戦車道の中心メンバアが揃い踏みしていることには、当然理由がある。

 

「不肖池田、意見具申よろしいか」

「よし、言ってみろ」

「やはりここは、我ら全員での突撃が一番だろう。突撃に非ずんば人に非ず!」

「成程、どう考えてもそれが我ら知波単魂にとって最も適した戦略になるか。よし、善は急げと言うからな!」

「いや、ちょっと待て」

 

 窓を突き破って飛び出して行きそうな勢いを見せる、知波単きっての一番槍を軽く制止するように、知波単一のファッションリィダアを自認する細見が口を挟む。

 

「今回ばかりは、ある程度"たいみんぐ"を見計らってだな……」

「貴様、それでも知波単女子か?」

「玉田殿、恐れながら自分も細見殿と同じ意見であります」

「何ぃ!?」

 

 一年生ながら、数々の奇策奇想でもって先の『無限軌道杯』一回戦突破を果たし、知波単躍進の一端を担う福田の言葉に、玉田はますます熱くなっていく。きりりとした冬の寒さに似た、意外なほどに透き通るような白い肌が紅潮して、しっかりと結んだ黒髪が乱暴に揺れた。

 

「今回の作戦は、必ず成功させなくてはなりません。ここは、耐えに耐え忍び、ここぞという場面を狙う()()()()()が得策かと」

「成程、それならいいか」

 

 先程の剣幕などまるで嘘のように、玉田は何の迷いもないような顔で二度ほど頷き、一同が礼儀正しく正座していることなど何ら気にせず、そのまま胡坐をかいた。

 

 下級生の福田の意見も、ちゃんと受け入れる単純さが知波単女子の誇るべき美徳ですね、と熱い攻防戦にあえて参加しなかった浜田は、誰にも気付かれないように微笑む。

 

「うん、まあそれも突撃、だよな……?」

「馬鹿だなあ細見、何を疑う。突撃なんだから突撃に決まっているだろ?」

「それもそうか」

「やはり我ら知波単、こうでなくてはいかんな」

「うむ、玉田の言う通り」

 

 豪快に笑う玉田に、大きな白いリボンが特徴的な池田が大きく頷き、細見もそれに続いた。勇気を持って意見具申した福田も、ほっとしたように一息ついている。

 

 やや強くなってきた風が、乱暴に窓を叩く音がした。冬の訪れは、その厳しさを増しているようではあったが、大した暖房器具があるわけでもない部屋の中で、寒いなどという言葉を発する者は誰一人としていない。日頃の厳しい訓練の賜物であり、他の学園の生徒を圧倒するほどの精神力を持った彼女達からすれば、この程度の寒さなどは問題にするにも値しない程であった。

 

「寺本、景気付けに何か音楽でも流してはどうだ」

「了解であります!」

 

 長い沈黙などは、知波単学園の辞書には恐らく存在しない。細見に促され、何処からともなく寺本が取り出した蓄音機から流れ出た音楽に、玉田がにやりと笑った。

 

「随分と"ぶるうじい"な音楽だな」

「ああ、戦前歌謡は勿論最高だが、70年代の昭和歌謡も素晴らしいぞ」

「細見さん、これ……」

「お、浜田気付いたか」

「先日観た、活動写真に使われていた曲では?」

 

 いつの間にか全員にミックスゼリーを配り終えていた、名倉が思い出したように言った。ご名答、と細見が返す。細見小隊の誘いで、玉田小隊の2人も含めて活動写真の鑑賞と洒落こんだことを、浜田は思い出していた。活動写真の内容自体は、あまり自分の趣味ではなかったが、確かに60~70年代昭和歌謡の味わいも捨てがたい、そんなことを考えつつ。

 

「これは青山ミチの『恋のブルース』という曲でな。最近はズベ公ものが熱い……昭和歌謡が大量に使われているのが良い。70年代のモダンなファッションも参考になる」

「じ、自分には、このような曲の良さは分かりません」

「は、は、は。そうか福田、お前にはまだ早いかもしれんな」

 

 またも豪快に笑う玉田であったが、彼女一人が活動写真の鑑賞に誘われなかったのは、大抵開始5分で寝てしまうから、というのは玉田以外が全員知る公然の秘密であった。

 

「話を戻してもよろしいでありますか」

 

 知波単戦車道の面々において、福田と共に頭脳派と名高い久保田が声を上げた。その華奢な体つきや、幼さの残る面差しと比べるとやや不釣り合いな、凛々しい眼差しで全員を見据えている。

 

「すまん、確かに脇道に逸れてしまったな。久保田、何か意見があるのか?」

「は、恐れながら申し上げます。今回の我々の作戦、もしや気付かれているのではないかと」

 

 思いもかけぬ久保田の言葉に、一同は驚き、黙……るはずもなく。それが知波単女子の真髄であろう。

 

「根拠は?」

「女の勘はなしだぞ」

 

 細見と池田が立て続けに問い返す。勿論、久保田も負けてはいない。久保田とて、理論派でありながら、論より突撃などということを力強く宣言してしまう知波単女子の端くれである。

 

「根拠と言うには弱いかもしれません。ですが、昨日からずっと、()()()の様子がおかしいというか、そわそわしているというか。我々に対する態度が明らかに不自然に思えるのであります」

「……うむ、確かに」

「昨日など、自分は()()()()()()()()()()を聞かれたのですが……」

「そういえば自分も」

「右に同じ」

「右に」

「……」

 

 よもや、そのようなことが……万策尽きたかのような玉田に返答する者はいなかった。否、唯一返答したように思えたのは、レコード特有の雑音であった。慌てて寺本が針を戻し、レコードを裏面へと変える。

 

秘密裏に進めていた作戦ではあったが、やはりあの方には気付かれてしまっていたのかもしれない。誰かが悔恨の念を口にした。それは、一同の総意であった――否、

 

「いやいや、考えてみるとあの方は去年もそんな感じだったぞ。今年入学した福田や久保田は知らないだろうが」

 

 思い出したように、細見が呟いた。ふとした時に冷静さを取り戻せるのは、細見という知波単戦車道の二番槍と評される少女の強みでもある。

 

「確かに、去年もそわそわしていらっしゃったな」

「だろう? あまり気にしない方がいいのではないか」

「先輩殿がそう仰るのであれば……」

 

 これ以上自分から意見するようなことはありません、と久保田は言った。

 

「ま、そのようなところもあの方の可愛らしいところではあるが」

 

 玉田の言葉に、今度こそ全員が力強く頷いた。いやはや、全くその通り。知波単女子の心が一つになった瞬間であった。

 

「それでは」

 

 今宵の作戦会議において、初めて言葉を発した西原に視線が集まる。我慢強い性格で、職務に忠実な少女は何を言わんとしているのか。

 

「我々、一人ひとりが()()()()()()()ということでよろしいか。あくまで慎重に」

 

 勇ましくも大胆な西原の進言に、改めて一同は力強く賛同の声を上げた。その熱情、青春の煌めき、燃え上がる知波単魂に、冬の寒さなどは圧倒されるに違いない。

 

「西原殿の言う通りであります! あくまで慎重に、隊長に吶喊であります!」

「うむ、誰か()()()()()()などというのは、我ら知波単女子らしからぬ愚行であった。それぞれが、吶喊せねばなるまい。あくまで慎重に」

「ところで」

 

 穏やかな雰囲気で、大和撫子の装いでありながらも、心の奥底にペシミストを宿しつつ、同時に不退転の決意を持った浜田が口を開いた。

 

「皆さん、隊長に何を差し上げるのでしょう。自分はお気に入りの小説にしようと思っているのですけど」

 

 

 

 

 艶やかな黒い髪をたなびかせ、その人は洋館の一室にだけ明かりが灯っていることを確認していた。凛とした姿、冬の冷たい風さえも恥じらうであろう厳粛な美と、何処までも豪胆で快活な精神を誇るその人は、洋館の扉を開こうと一歩近付いて、迷ったような素振りを見せて、再び一歩後退した。

 

 仲間たちが何やら企みごとのような真似をしているのは気付いていたが、ここは知らないふりをしておくのが吉であろうか……賢明なその人は、少女たちが独自に動いていることを頼もしく思いつつも、自分がその輪に入れないことに、少しだけ寂しい気持ちにもなっていた。

 

 いかんいかん、私は皆を信用しているのだから。大げさに頭を振って、その人は洋館に背を向けた――

 

 

 

「よし、明後日の西隊長の誕生日に、全員が吶喊するぞ!!!!」

 

 外まで聞こえた玉田の叫び声と、それに続く知波単少女たちの万歳三唱は、西絹代の胸の奥に、温かな灯火を宿らせたのであった。

 

 

 嗚呼、さても美しい知波単女子の絆よ、決して枯れることのない心の華を咲かせ、その魂こそ永遠なれ。

 

 

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