何というか、少し変な人だなと思う。失礼かもしれないが、あの人と一緒に戦車道を始めて数か月が過ぎた今、その認識は確信へと変わってしまった。
私自身、周りの人達から色々な目で見られていることは自覚しているつもりだし、どう思われていようが気にするほどのことではない。大体、戦車道をやっている人は何処かしら変なところがあるというのが、私なりに導き出した結論だ。戦車道は乙女の嗜みのはずだが、その実、変人育成の武道なんじゃないかと疑ってしまう。
変な人、といっても別に悪い意味じゃない。不思議な人、と言い換えてもそれは同じことだと思う。戦車道をやっているときはあれだけ冷静で、瞬時に物事を判断して、柔軟な思考で対処するような人なのに、日頃はどこかずれているというか、ちょっと頼りないくらいに気が弱いところもあって。よく分からないクマが大好きで、何とかランドに行ったときのはしゃぎようは、まるで小さな子どもみたいだったな。
かと思えば、ふとした時に何処か遠い目をしていることもある。色々な葛藤があってこの大洗女子に来たのだから、心の整理みたいなものが全部片付いたというわけではないのだろう、というのは私でも想像できる。お姉さんとは、大学選抜戦が終わったあとに、どんな話をしていたのかは聞こえなかったし聞こうとも思わないが、たぶん和解できたのかな。人と人との関係は、ちょっとしたことでずれてしまうくらい不安定なものだ。友達でも、家族であっても、そのずれは、きっかけさえあれば戻ることだってあるし、永遠に元に戻せないこともある。それを、私は
それでも、時々あの人が見せる、私たちの……私の知らない表情を思うと、よく分からない気持ちになってしまう。マニュアルを読めば大抵のことはすぐに理解できるが、私にも理解できないことはある。たとえば私自身の気持ち、とか。
素で言うには少々気恥ずかしいことだが、私は今の生活がとても楽しいし、それは戦車道を通して出会った人達のおかげだと思う。沙織はともかく、五十鈴さんも、秋山さんも、皆ちょっと変でとても面白い。大洗女子戦車道のメンバー皆が、私にとって大事な存在になったというのは、否定のしようがない事実だ。早起きは今も慣れないが、戦車道を始めてから、低血圧も少し良くなった。思わぬ副作用だったな。
失ってから後悔するなんて、もう二度とごめんだ。廃校なんぞにならなくて本当に良かったし、そうならないように、私にしては柄にも無く頑張ってしまった。
元々は、あの人に借りがあるだとか、単位修得とか遅刻取り消しとか、自分のために始めた戦車道だ。それは今も変わらないが、気付けば戦車道そのものが楽しくなって、あんこうチームの絆……なんて言うとやはり気恥ずかしいが、今は戦車道の最中に、五十鈴さんや秋山さんが何をやりたいのか、あの人が何を望んでいるのか、口に出さなくても分かるようになるくらいに、意思疎通ができてしまう。沙織は何だか不満そうにしていたけど。
勿論、戦車道をやっているときでなくても、皆のことが大事だ。大切な友達だ。とはいえ、言葉にして確かめたりはしない。何故って? だから、恥ずかしいと言っているだろ。
でも、あの人は面と向かって言うには少々恥ずかしいことも、さらっと口にしたりする。沙織が彼氏がどうのこうのと言ってたときも、沙織や五十鈴さん、秋山さん、そして私に向かって、「大好き」だから、とか言い出したり。
そういえば、秋山さんが教えてくれたことがある。あの人が、以前私に対してこんなことを言っていたと。
――一見クールに見えるけど、本当は優しい人。
「はい、クリームソーダ」
「ん」
ごく短い返答ではあったが、カトラスお手製のクリームソーダ―の登場に、冷泉麻子は満足気な表情を浮かべている。そど子救出作戦以来、麻子は時折、学園艦最深部にあるBAR『どん底』に足を運ぶようになっていた。2人のこうしたやり取りも、既にお馴染みの光景となっているくらいには。
「すっかりここの住人みたいじゃないか」
「薄暗さがちょうどいい。カトラスの作るクリームソーダも美味しい」
「そうかい」
ぶっきらぼうに返しつつも、カトラスは満更でもなさそうに軽く微笑んだ。麻子が遊びにくるとき、いつも作るクリームソーダのアイスは通常の3倍盛りになっていることは、麻子には秘密にしているカトラスであったが、麻子は当然そのことに気付いている。可愛い奴だな、というのが麻子の密かなカトラスに対する評価であった。
「今日はカトラスだけなんだな」
「ああ、皆は野暮用でね。しばらくは私一人さ」
「静かでいい」
麻子の素直な言葉に、カトラスはそうだね、と同調するようなことを言った。船舶科の荒くれ者たちの中でも、カトラスは口数も少なく、割合一歩引いているように見える。バーテンダーという立ち位置が、そうさせるのかもしれない。
「戦車道は楽しいか」
「さあね。私らは、桃さんのためにやってるだけだから」
「そっか」
麻子こそ、戦車道は楽しいの。グラスを丁寧に拭きながら、カトラスは言った。ああ、と麻子はやはり素直に答えた。不思議と、カトラスの前では日頃あまり口にしないような本音も、気にせず言えると麻子は感じている。戦車道を通じて出会った大切な仲間たちの中でも、麻子にとって特に気が合う友人は、あんこうチームの面々を除けば、そど子とカトラスなのだ。そど子に関して言えば、遅刻常習犯と取り締まる風紀委員という関係から始まったものであるが。
「私を誰だと思ってる。鈍亀操縦士の冷泉麻子だぞ」
「今は私も、鈍亀砲手」
「だな」
秋山さんが聞いたら怒るだろうな、と思いつつも麻子は笑い、カトラスも静かに笑った。フリントが戦車を鈍亀みたいなどと評したのは、勿論良い意味では無かったはずだが、今となっては会話中のジョークの一環として、麻子の中では昇華されているのだ。
「楽しいから、麻子は戦車道を?」
「それもあるけど」
「お友達のため、とか」
「まあそんなところだ。勿論自分のためでもあるが」
そう、とだけカトラスは言った。バーテンダーは聞き上手というが、深く追求することはしないのが、彼女なりの流儀であるらしい。
――誰のための戦車道、か。黒森峰戦の時に、五十鈴さんが言っていた。あの人の戦車道が間違っていないことを証明するんだって。それも、きっと理由になっているのだろうと麻子は思う。信念を貫いて、勝つ。戦車道は勝ち負けだけが大切なわけではないが、勝ち続けることで、あの人の戦車道の正しさをより強固なものにできるというのなら。
だったら、私も勝ち続けてみせる。あの人のためにも。
「麻子のとこのリーダーは、なかなか怖い人だね」
「怖い?」
予想していなかったカトラスの言葉に、麻子はほんの僅かながら、虚を突かれたような思いがした。
「人畜無害そうな顔で、無茶な作戦を当たり前のように言ったりするだろう? 仲間想いなんだか、冷徹なんだか」
「そんなに無茶なことかな」
不思議そうに麻子が言うと、カトラスは呆れたような顔つきになった。
「麻子は天才ってやつだから、そんな風に思えるのさ。そういう言われ方は、好きじゃないかもしれないけど」
やや気遣うような視線を送ったカトラスに、麻子は軽く首を振って応えた。天才、という呼称で自身を表現されることに、麻子は慣れていた、というよりも、麻子にとってはそのような評価などは、あまりにもどうでもいいことなので、気にもしていないという方が正しい。
「私がどうとかよりも、あの人の戦い方を皆が信じて、私たちはこれまで勝ち続けてきたからな」
「ふーん、本当に信じてるんだね」
「ああ」
ならいいけどさ、とカトラスはここでも自分の流儀を優先させて、あっさり引き下がった。同時に、2杯目となるクリームソーダを作り始めている。やっぱり可愛い奴だ、と麻子は気付かれないように笑った。
「あの人は、ちょっと変わってるんだ。そこがいい」
「麻子に言われたくはないだろうな。ま、うちのリーダーも変だけど」
「お銀さんも、こんな所でバーテンダーをやってる女子校生には言われたくないだろうな」
これはオフレコにしておこう、と2人は再び笑い合った。
変わり者同士、穏やかで少し奇妙な時間は、ゆっくりと過ぎていった。炭酸の弾ける音が、バニラアイスの冷たさと溶け合って、女子高生の甘やかな一時にそっと彩りを添えていく。
『どん底』を後にした麻子を、すっかり日が落ちた世界が迎えた。彼女にとっては、夜は親友であり、今から更なる覚醒を促される時間だ。少し遅くなってしまったな、と感じながらも、麻子の足は自然と
戦車ガレージの中は真っ暗で、夜を愛しながらも、暗闇から生じる恐怖に弱い麻子は、やや青ざめながらも照明を付け、自らが操縦士を担うIV号戦車の元へと駆け寄った。
毎日のように整備を続けている自動車部も、今日はいないようだ。麻子は何か意味を求めるでもなく、戦車のキューポラ付近で腰かける。途端、あんこうチームの5人が集まってランチを共にしている光景が、麻子の明晰過ぎる頭脳によって呼び覚まされた。
大げさなモーションで場を盛り上げる沙織に、手厳しい言葉をさらっと口にする五十鈴さん。目を輝かせて、戦車の話をしている秋山さん。皆といることが、嬉しくてしょうがないといった顔をしているあの人。それを見ている、私。
やっぱり思う。もう二度と、大切な人も時間も手放したくはないって。
「あれ、麻子さん?」
思わぬ声に、麻子は心底驚いたが、極力落ち着いたようなふりをして、自然体を装って、いつものように気だるげに、ゆっくりと声のする方へ振り向いた。
あの人は、こんな時間にこんな所で私と出会ったことに、ちょっとだけ驚いたような、戸惑っているような、私には読み取ることのできない、あの人らしい表情を浮かべてこちらの様子を伺っている。
「気付いたら寝ていたんだ」
適当な理由を、麻子は口にした。さて、どのような反応をするのだろう。
「なーんだ、麻子さんらしいね」
あの人は、そう言って穏やかに笑った。試すようなことをした自分が馬鹿馬鹿しくなるくらいに、屈託のない笑顔で。その瞳に、声に、しなやかな肢体に、何らかの理由で惹かれている自分自身を
「西住さんは、やっぱりちょっと変な人だな」
「えええー!?」