織田信奈の野望~飛将伝~   作:Mk-Ⅳ

13 / 38
書いている内に、義元の性格が原作とかけ離れてしまいましたが。本作ではこのままいかせてもらいます。


第十二話

清洲城下にて、ねねは井戸から水を汲み上げていた。

桶狭間にて当主である義元を討たれた今川勢は撤退し、尾張には平穏が訪れていた。

だが、ねねの元に戻ってきた翔翼は度重なる無理がたたり、昏睡状態となっていた。

手当した医師曰く、生きているのが不思議な状態であるとのことだったが。懸命な処置の結果、どうにか峠を越えたものの、目が覚めぬまま数日が過ぎていた。

 

「よいしょ」

 

水の溜まった桶を引き上げると、ねねは我が家へと運んでいく。これだけでも幼い彼女には重労働であり、足元がふらついていた。

普段は小六ら翔翼隊の面々や、近所の人々が手伝ってくれるも。今は戦後処理や仕事等で誰もおらず自身で運ぶしかなかった。

 

「あっ!」

 

小石に躓き態勢を崩してしまい、前のめりに倒れそうになるねね。そんな彼女を受け止める者がいた。

 

「大丈夫かねね?」

「兄、様?」

 

受け止めたのは眠っている筈の翔翼であり。最初は事態が呑み込めずキョトンをしているも、彼に抱きかかえられている意味を理解し、ねねはギュッと抱き着く。

 

「兄様!兄様!!兄様!!!」

 

ポロポロと涙を流すねねに、戸惑いながらも頭を優しく撫でる翔翼。

 

「良かった、です…!もう、目を覚まして…くれないんじゃないかって、怖くって…!」

「心配させてしまったな、すまない。もう大丈夫だからな…」

 

翔翼は、泣きじゃくる妹を安心させようと抱きしめながら撫で続ける。そんな折、そうだと、何かを思い出す。

 

「ただいま、ねね」

「おかえりなさいませ、兄様!!」

 

微笑みを浮かべた翔翼の言葉に。袖で涙を拭うと、満面の笑みで答えてくれるねね。兄妹の日常が戻ってきた瞬間であった。

 

 

 

 

暫しの日が経ち、1人で外を歩けられるようになった翔翼は。久々に出仕しとにかく皆から休め、と言われ、知らせてもらえなかった現在の情勢を確認していた。

 

「今川家は内部分裂に陥ったか」

「ええ、最早かつての栄光はどこへやらですね」

 

清州城の一室にて、信盛が収集された情報を纏めた書状に目を通す翔翼。

義元を失った今川家は、後継者争いが勃発し内部抗争へ突入し、その力を大きく削ぎ落としていた。

そして、その間に三河の松平家は独立して織田家との同盟を申し出。信奈はこれを快諾し、近い内にこの清洲城にて両当主が対面して正式に締結されることとなる。

 

「斎藤家については?」

「徹底的にこちらとやり合う気ですね。準備が出来次第戦となるでしょう」

 

新たな当主となった斎藤家は完全に織田家を敵視しており、今後信奈は道三が用意した国譲り状を大義名分として美濃攻略に乗り出す方針と取っていた。

 

「伊勢方面はどうだ。味方にすることはできんか?」

「無理でしょうね。先に今川に勝てたのは、ただ運が良かっただけとどこの国も見ていて――まあ、事実なんですが、未だに信奈様の評価は『うつけ』ですから。下に見ている相手に与する理由がありませんから。精々中立が限界でしょう。こちらが不利になれば襲い掛かってくるかもしれませんが」

「ま、明確に敵対されるよりはマシか」

 

畳の上に広げられた地図と睨めっこしながら、今後の戦略について語る両者。

 

「それで、我々の内部で変わったことはあるか?」

「ああ、そういえば利家君が出奔しました」

「…………は?」

 

何気なく告げられた内容が理解できず、間の抜けた言葉を漏らす翔翼。

 

「待て待て待て!!どういうことだ!?出奔、犬千代がか!?」

 

今までにないほどに取り乱しながら、信盛に詰め寄る翔翼。

利家は信奈の馬廻に選ばれる程の忠節心を持ち、自身の待遇に不満も持たず出奔する理由が思い当たらなかったからだ。

 

「当人曰く『護る筈だった犬千代が逆に護られた。一度自分を鍛え直したい』だそうですよ。姫様も僕らも止めたんですがね、決意が固くて無理でした」

「そんなことを気にしていたのかあいつ…。馬鹿なことを考えおって…」

「彼女君に追いつこうと頑張っていましたからね。まあ、一時的なものですから遠くない内に戻ってきますよ。可愛い子には旅をさせよって言葉もありますし」

 

額に手を当てて困惑している翔翼に、お茶を啜りながら言う信盛。

 

「ま、今は間近に控えている松平家との同盟締結に専念しましょう」

「そう、だな」

 

釈然としないが、この件に関してできることはない以上、納得するしかない翔翼であった。

 

 

 

清州城を後にした翔翼は赤兎に乗り、ある寺を訪れていた。

下馬して寺院内に入ると、1人の僧が出迎えてくれた。

 

「よく参られた翔翼殿。無事回復されて何より」

「お久しぶりです我が師沢彦(たくげん)。ご健壮で何よりです」

 

にこやかな笑みを浮かべる沢彦に深々と頭を下げる翔翼。

彼はかつて信奈の教育係を務めており。下克上や楽市・楽座など軍事、政治、経済様々なことを教え大名としての彼女を形作った人物なのだ。そのため信奈からの信頼厚く、何かあれば相談に乗ったりと現在でも頼られることが多かった。

また、仕官したばかりの頃の翔翼を教育し、武士として育てた恩人でもあった。

 

「それで、彼女(・・)は?」

「ええ、良く働いてくれていますよ。楽しそうにね。(さだ)お客人ですよ!」

 

室内に招き入れた沢彦が呼ぶと、着物姿の女性が姿を現す。

 

「お待たせしました。!あなたは…」

「元気そうだな。今は定と名乗っているのだな」

 

現れたのは桶狭間で討ち死にした筈の今川義元(・・・・)であった。腰まであった髪は肩にかかるくらいになっており、身に纏っている着物は一般的に着られている安物となっており。知らぬ者が見れば、今の彼女が名門今川家の当主であるなど思いもしないであろう。

 

「ここでの生活はどうだ?不慣れのことが多いだろう」

「はい。ですが、沢彦和尚にはとても良くしてもらっていますし。毎日が新しいことばかりで楽しいですわ」

「そうか、ならば良かった」

 

今までとは真逆の生活に押し込めたことに、後ろめたさを感じていたが。微笑みながら話す淀に、安堵した様子の翔翼。

そのせいか、腹から空腹を告げる音が鳴った。

 

「おや、そういえば昼餉の刻ですね。良ければこちらで召し上がりますかな?」

「ええ、そうさせてもらおうかと」

「では、定用意を」

 

はい、と応えると、淀が席を外し。暫しすると、膳に乗せた料理を運んできてくれる。

いただきます、と手を合わせると、箸を手に取り口に運んでいく翔翼。

 

「味はどうです?」

「旨いですが」

「だそうですよ淀」

 

沢彦が控えていた淀に言うと、彼女は恥ずかしそうに袖で顔を隠した。

 

「む、これは君が作ったのか?」

「はい、その…こちらでお世話になってから始めたので、お口に合うか…」

「いや、普通に旨いが?」

 

この寺に来てからということは、そこまでの期間は経っていないことになるが、それでこの腕前なら素質があったということだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうね。旨いわねこれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不意に聞こえてきた、今一番聞いてはならない声に、翔翼は固まった体を無理やり動かすようにゆっくりと視線を向けると。うつけ姿の信奈が胡坐をかきながら、翔翼の分の食事を摘まんで食べていた。

 

「……」

 

定の件は翔翼の独断で行ったことであり、織田家中で知っているのは五右衛門と出奔した利家のみのため。彼女らから洩れたことになるが…。

 

「犬千代も五右衛門も話してないわよ」

 

考えを読まれたように話す信奈の言葉に、残された候補である沢彦へ翔翼は問い詰めるような視線を向けた。

 

「やだなぁ~あなたが信奈様の考えを読めるんだから、逆くらい当たり前じゃないですか~」

 

にこにこと話す沢彦に、反論できず沈黙してしまう翔翼。

 

「さ、なんで今川義元が生きてんのか話してよね♪」

 

満面の笑みを浮かべ、媚びるような甘ったるい声で問い詰めてくる信奈に、翔翼は底知れぬ恐怖を抱きながら素直に話すしかなかった。

 

 

 

 

刀を手に義元へと歩み寄る翔翼に。義元は恐怖の余り、守信に抱きつきながら目をつむる。

義元の首目がけ刀が振り下ろされ――彼女の後ろ髪が斬り落とされた。

 

「え?」

 

予想外の展開に、思わず間の抜けた声を漏らす義元。そんな彼女をよそに、翔翼がは刀を鞘に納める。

 

「利家、義元が討ち死にしたと宣言してこい。それで、この戦は終わる…」

「でも…」

「いいから行けェ!!」

 

翔翼のしようとしていることに利家は躊躇うも、気迫に押されて未だ戦闘が続く第二陣へ駆け出した。

 

「五右衛門!!」

 

次に半身を呼ぶと、彼女はすぐさま駆け付けてきた。

 

「大空氏ご無事で――こ、この状況は?」

 

主の無事を安堵するも、状況が呑み込めず困惑する五右衛門。

 

「説明している余裕がない。あの天幕を燃やせるか?」

「申し訳ござらんが、晴れたばかりで油でもにゃいと…」

 

天幕は豪雨のせいで湿気を帯びており、ただ火を点けただけでは燃え広がない状態となてしまっていた。

 

「ッ――!」

 

打開策を考えようとするも、出血が続いたため意識が朦朧としだし、まともに思考できなくなっていた。

 

「ならば、これを使え大空翔翼」

 

突如姿を現した半蔵は、配下に背負わせていた壺を降ろし蓋を開けさせる。

 

「油か、だがなぜ貴殿らが?」

 

壺の中身は油であり、都合よく彼らが用意していたことに、翔翼は思わず疑問を漏らした。

 

「姫様からの命だ。貴様のなすことを手助けしろとな、こうなることを予測されておられたのだろう」

「元康が…」

 

幼馴染の配慮に嬉しさもあるが、自身の立場を危うくしてまで、ここまで協力してくれることに疑問もあった。

 

「…貴様にはそれだけの価値があるということだ」

 

半蔵がどこか意味深に話すも、今の翔翼には気にかけていいる余裕はなかった。

 

「五右衛門」

「御意」

 

五右衛門が油を使い天幕を燃やしている間に、翔翼は少女一人が入れる大きさの葛籠(つづら)を義元の元へ運ぶ。

 

「義元公はこの中へ、岡部殿は彼女ともに尾張へ逃れられよ」

「尾張へ?」

「妙心寺の沢彦和尚に事情を話せば匿ってくれる筈です。そこで名を変えて新しい人生を…」

「何故、我らのためにそこまで?」

 

守信の疑問も最もだろう。織田家の人間である翔翼にとって、宿敵とさえ言える今川家の当主を助ける必要等ないのだ。こんなことをしても得るものはなく、寧ろ自分の首が飛びかねないことになるだろう。

 

「勝手な、自己満足さ。さあ、早く…ッ!」

 

体に力が入らなくなり膝を着く翔翼。そんな彼を、戻ってきた五右衛門が支え座らせる。

 

「大空氏!」

 

翔翼の体からは未だに血が流れており、顔からは血の気が失せ息も絶え絶えで、今まで動けていたのが不思議な状態であった。

五右衛門が手当てするも、衰弱が酷く焼け石に水としか言えなかった。

 

「俺のことはいい、それより…今川義元は、首を取られないよう、自ら炎に…焼かれたと、噂を広めて、くれ…」

「しかし…!」

 

命令に忠実な五右衛門だが、ここまで弱りきった主を見捨てることだけはできなかった。

 

「それは我らがやろう大空の忍よ。義元公と守信殿の尾張までの護衛もな」

「半蔵殿、かたじけない!」

 

五右衛門が礼を述べると、半蔵は配下に流言を広めさせるために散開させる。

 

「あの、ありがとう…!」

 

守信の手を借り葛籠へ入った義元が、蓋をされる直前に気遣うように礼を述べると、翔翼は彼女を安心させようと笑みを浮かべる。

 

「これからは、生きたいように…生きろ…」

 

振り絞るように語ると、蓋がされ義元の姿は見えなくなる。

 

「それと、これを使え」

 

半蔵は懐から入れ物を取り出すと五右衛門に投げ渡す。

 

「これは?」

「姫様が調合された傷薬と滋養強壮薬だ。そこらの医者の物より効果があろう。後はその男次第だ」

「何から何まで感謝致す」

 

深々と頭を下げる五右衛門に、気にするな、と半蔵は素っ気なく告げると。葛籠を背負った守信を連れて去っていくのであった。

 

 

 

 

「…というのが事の顛末だ」

「なる程ね。やっぱあんた馬鹿よね」

 

語り終えた翔翼に、信奈は辛辣な言葉を浴せる。ちなみに話している間に、信奈は翔翼から箸を奪い食事を勝手に平らげていた。

口元に着いた米粒を指で拭いながら、じとーとした目で淀を見る信奈。対する彼女は覚悟を決めた様に堂々とその視線を受け止めていた。

 

「お待ちくだされェェェェ!!!」

 

バァン!と襖が開かれると、淀と共に匿われていた岡部守信が飛び込むようにしながら信奈に土下座してきた。

 

「義元様には今川家のために生きる気はもうなく。仮に家に戻ったとしても、邪魔者として命を狙われるでしょう!私の首を捧げますので、どうかどうかこのまま定として、静かな余生を過ごさせて頂けないでしょうか!!」

「およしなさい守信見苦しい、こうなっては覚悟を決めるまで。僅かとはいえ、こうしてあなたと親子のように暮らせただけでも満足です」

 

頭を何度も畳に打ちつけながら懇願する守信を窘める定。そんな2人を、信奈はどうでもよさそうな顔で爪楊枝で歯に詰まった食べかすを取っていた。

 

「別にあんた達をどうこうしないわよ。今更生きてましたとか騒いでも、面倒臭なことにしかならないし」

「いいのか?」

 

あっさりと見逃すことを了承した信奈に、思わず確認してしまう翔翼。

 

「あたしの邪魔さえしなければそれでいいわ。今回の戦への褒美ってことにして上げる。あんた家宝とか銭だと喜ばないで子飼いにあげちゃうし」

 

与える方の身にもなりなさいよ、と愚痴る信奈にとりあえずすまん、と謝る翔翼。

 

「それに、ただ可哀そうだからとかで助けた訳じゃないんでしょう?」

「うむ、彼女が制定した今川仮名目録追加21条は知っていよう」

「ええ、悔しいけどあれは名法ね。ああ、そういうこと」

 

翔翼の意図を読めた信奈はなる程といった顔になる。

 

「そうだ。今後領地が増えれば、お前だけでは運営が難しくなるだろう。だから政治に秀でた人材を確保しておきたくてな。相談できる相手が多いほうがよかろう」

「…まあ、そうね」

 

翔翼の言い分に、何やら複雑そうな顔をしながらも頷く信奈。

 

「そういう訳で、可能な限りでいいので協力してもらいたのだが…」

「分かりました、あなた様(・・・)の頼みでは断れませんわね。必要とあればお力をお貸ししましょう」

 

そういうと、何故か翔翼の側に寄ると腕に抱き着く定。布越しに、勝家に劣らぬふくよかな胸が押し当てられん?と困惑した様子の翔翼。

 

「…やっぱり、首飛ばそうかしらこいつ?」

「それだけはぁ!それだけは何卒ご勘弁をォォォォォォォォォ!!」

 

挑発的な目を向けてくる定に。信奈が額に青筋を受かべながらこめかみをひくつかせると、再び土下座しだす守信。

 

「???」

 

そして、事態が呑み込めず首を傾げる阿呆(翔翼)

 

「いやぁ、やっぱりあなた達二人を見ていると飽きませんねぇ」

 

そんな喧騒を、沢彦はお茶を啜りながら愉快そうに眺めているのであった。




捕捉

・定の元ネタは今川義元の正妻から。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。