織田信奈の野望~飛将伝~   作:Mk-Ⅳ

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第十三話

三河を治める松平家はかつては勇猛な家臣団を従え名をはせるも、現当主松平元康の祖父松平清康が家臣に暗殺されて以降弱体化し、今川家の庇護下に置かれた。

しかし庇護とは名ばかりで、実際は、松平家は家臣同然の扱いを受けることとなり、長らく辛酸を嘗めさせられることとなる。

そんな松平家に転機が訪れる。桶狭間での戦いで敗北後、当主を失った今川家が内部分裂を起こしたのである。

現当主元康は、最早今川に自分達を守護する力は無しと判断し関係を断絶し。織田家との同盟を結ぶことで生き残る道を選んだのだ。

この松平家の動きに信奈は喜んで同調した。松平家と同盟を結べば背後の守りが盤石となり、かねてから描いていた京への上洛へ専念することができるようになるからである。

そして、翔翼が復帰してから暫く経ったこの日。清州城にて、両国の当主が対面し正式に締結するための場が設けられた。

 

「久しぶりね竹千代!」

 

大広間にて、織田家臣団と元康が連れてきた松平家臣団が並び座る中。上座に座る正装姿の信奈がご機嫌な様子で出迎える。

うつけ姿と違い、髪は降ろしており最高級の着物を纏ったその姿は、正しく大名と呼ぶに相応しいものであった。

そんな信奈の姿を見た家臣団は、勝家のように姫様お美しい…、と見とれたり、普段からそうしてもらえませんかねぇ、と愚痴る信盛に同意したりといった反応を見せる中。翔翼は信奈は信奈だろ、といつも通りに見ておりそんな彼に信奈はどこか不満そうであった。

 

「はい~、信奈殿もご健壮でなによりです~。あ、それと今は名を家康へと改めましたので~」

「へえ、今川との手切れの証明って訳ね」

 

対する正装した元康も嬉しそうに応じる。ちなみに竹千代とは元康の幼名である。

そして、元康の元とは今川家から賜ったものであり、それを変えるということは今川への宣戦布告にも等しいことなのである。

 

「その通りです~。これからは織田家と共に歩ませて頂ければと…」

「固っ苦しくしなくていいわよ。今川と違ってあたし達は対等なんだから」

「そう言って頂けると幸いです~」

 

にこやかに話す信奈に深々と頭を下げる家康。家康としては、国力で劣る自分達は一歩後ろを歩くべきと考えたのだろう。それと本人の性格からして、姉ののように慕う信奈に遠慮してしまっているのかもしれない。

そんな幼馴染に相変わらずねぇと微笑むと、誓書をしたためていく。

 

「そうだ。ねえ、竹千代この誓書を灰にして酒に混ぜて飲むってのはどう?」

「名案ですねぇ~、この同盟が永遠に違えることのない証になるでしょう~」

 

信奈の提案を家康は快諾し、灰とした誓書が混ざった酒で盃が交された。ここに『清州同盟』と呼ばれることになる織田・松平家の同盟がなされるのであった。

 

 

 

締結式を終えた後、信奈は家康と翔翼を連れて津島の町へと繰り出していた。ちなみに、目立たぬようそれぞれ一般的な服装に着替え笠を被っている。

 

「ん~いい天気ねぇ」

 

空を仰ぎ見ながら体を伸ばす信奈の言葉通り、空には雲一つない快晴であり。まるで、両国が手を取り合うことを祝福しているようにも見えた。

 

「それにしても、津島は昔に比べて益々発展していますね~。いえ、ここだけでなく尾張全体がと言うべきですか~」

 

街並みを見回しながら感嘆の声を漏らす家康。

彼女は織田家で人質となっていた頃、信奈に連れられ良くここらに遊びに来ており。その頃から貿易の拠点であったこの津島は、三河はおろか今川の本拠である駿河よりも栄えていたのだ。

数年の月日が経ち、再び訪れた街並みは更に発展しており。三河から清洲までの道中に見た土地も乱世でありながら十分に栄えており、織田家が小国でありながら、鉄砲を始め最新の武具を取り揃えられるだけの経済力の証左となっていた。

 

「関所を撤廃して人の出入りを自由にしたり。楽市・楽座とかってやつで、商人が自由に商売できるようになったから競い合うように発展していったのさ」

「なる程…当家でもやってみましょうか…」

「まあ、代わりに商人同士のいざこざの仲裁が多かったり、間者が入りやすくなるから情報の取り扱いが難しくなるけどな」

 

ムムム、と思案している家康に、翔翼が制度の欠点を述べていく。彼自身仲裁役をしたり、間者対策に五右衛門を駆り出されたりと苦労しているのだ。

 

「そこは当主の腕次第よ、竹千代なら上手くやれるわ。なんなら色々必要なこととか教えて上げるわよ?」

「そうして頂けるとありがたいです~」

 

本当の姉妹のように和やかに話す2人を見て、再び同じ時間を過ごせることに、翔翼は自然と笑みを浮かべていた。

親兄弟でさえ殺し合うのが珍しくない今の世で。家康が今川家へ送られることとなった時に、もう同じ道を歩むことはできないと覚悟していただけに、その喜びは一際大きかったのだ。

 

「…ところで、やけにういろう屋が多い気がするのですが?」

 

家康の言う通り目につく所にういろう屋があり、どれだけ歩いても見切れる気配がなかった。

ういろうとは、米粉などの穀粉に砂糖と湯水を練り合わせ、型に注いで蒸籠で蒸して作る尾張を代表する菓子である。

 

「ああ、信勝――信澄の奴が『ういろう大臣になって、日ノ本中にういろうを広めるのだぁ~』とか言って張り切っててな」

「ういろうお好きでしたからね、あの方…」

 

やれやれと言いたそうに息を吐く翔翼。

人質時代に出会った頃から、信澄に関する記憶といえばういろうを食べている姿しか思い浮かべられず、家康は思わず苦笑いを浮かべてしまった。

 

「信奈が止めんから調子に乗って、この有様よ」

「ちゃんと利益出てるんだからいいじゃない。それに、ういろうが広まれば尾張――ひいては織田家の名も広がるし一石二鳥よ」

「そうやって甘やかすからだなぁ――」

 

往来でギャーギャーと口論を始めてしまう二人に、昔の姿がそのまま重なり、家康は楽しかった日々が戻ってきたのだと実感できた。

 

「お二人とも往来の邪魔になってしまいますからその辺で…」

 

そして、そんな二人の仲裁に入るのが自分の役目であるのだ。

家康に言われ、それもそうかと口論を止める二人。懐かしいやり取りに気づけば三人で笑い合っていた。

 

「あら、あなたもしかして竹千代ちゃん?」

 

不意に、近くにあったういろう店の女将に話しかけられた。

この店は古くから営業しており、人質時代に良く利用していた店であった。

 

「覚えていていて下さったんですか?」

「そりゃあんなにおいしそうに食べてくれていたからねぇ。って失礼今は大名でしたね、申し訳ありません」

「いえ、今はお忍び中なのでお気になさらず~。女将さんがお元気そうで良かったです~」

 

女将の手を取って再会を喜ぶ家康。彼女は人当たりが良く、子供には何かとおまけをしてくれたりと可愛がってくれるので人気があり、彼女らが良くこの店を利用していた理由でもあった。

 

「あなたも大きくなって、それにこんな美人さんになって良かったわねぇ翔ちゃん」

「いい加減ちゃんは止めてもらいたいし、何が良いのか分からんが。美人になったのには同意する」

「ふぇ!?」

 

予想外の言葉に、顔を赤くして激しく狼狽する家康。

 

「わわわわぁっわわわわ私なんてそんな…」

「そうか?つぶらな瞳やあどけない感じの顔がいいと思うが」

「はわわ…!」

 

家康の顔が、まるで梅干しのように真っ赤になっていき、隠している耳がピョコピョコと動いている。

ちなみに彼女の家系は、たぬきを始祖と崇め女性には狸を模した耳と尻尾をつける慣習があるのだ。

 

「……」

「ッテェ!?」

 

そんなやり取りを見ていた信奈が、無言で翔翼の足を思いっきり踏みつけた。

 

「何をする!」

「フンッ」

 

翔翼が抗議するも、信奈は頬を膨らませながらそっぽを向いてしまう。

 

「わ、私何かよりも信奈さんの方がずっと綺麗になられてますよね!」

「ん?まあ、こいつはいつでも綺麗だからな」

「ッ!」

 

家康が出した助け舟に、翔翼は言うまでもないかのように言い放ち。今度は信奈の顔が赤くなっていく。

 

「ああ、でも先の戦で舞を踊った時は特に綺麗だったな」

 

顎に手を当ててしみじみとしている翔翼。対する信奈は、家康以上に顔を赤くし俯いている。

 

「む、どうした信奈?体調でも悪いのか?」

「あ、あ、あ、あんたは、どうしてそういうことを平然と言うのよぉぉぉぉおおおお!!!」

 

顔を覗き込もうとしてくる翔翼から逃げるように、全速力で走り出す信奈。

 

「オイこら、勝手に行くな!危ないだろうがァ!!」

「わわわ、待って下さい~!私そんなに早く走れないです~!」

 

護衛を置いていった主君を急いで追いかける翔翼。そんな二人をなけなしの大量を振り絞って着いて行こうとする家康。

 

「あらあら、青春ね~」

 

慌ただしく去っていく若者らを、女将は微笑ましく見送るのであった。

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