織田信奈の野望~飛将伝~   作:Mk-Ⅳ

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第十五話

光秀と護衛の五右衛門を連れた翔翼は美濃へと入ると、道中にある村々を回りながら斎藤家の本拠である稲葉山城下へと辿り着いた。

 

「ここも活気がない…」

 

城下を一通り見て回った光秀が、寂しそうに呟いた。

町民から活気がなく、商店に並ぶ品物は少なくどれも高価である等、道三が納めていた頃に比べると寂れてしまっていた。

道中に寄った村々も重い税によって苦しんでおり、笑顔で溢れていた頃を知る光秀にとって受けた衝撃は大きかった。

 

「戦が長引いていることが、かなり響いているにょうにごじゃるな」

「海上貿易ができる織田と違って、陸路しかない斎藤家は物流が多い訳じゃないからな。織田と同盟していた頃は物の入りも良かったが、それを切ってしまったのも大きかろう」

 

光秀同様に着物姿の五右衛門の言葉に、翔翼が説明を加える。

 

「どうだい旦那、最近の商売は?」

 

翔翼が通りかがった商店の店主に話しかけると、商人はうんざりといった顔をする。

 

「織田との戦がいつまでも終わらないから、税の取り立てが厳しくなる一方で誰も買ってくれなくなっちまったよ。それに…」

 

一度言葉を区切ると、店主は周囲を注意深く見回し顔を近づけてきた。

 

「新しくなった当主の悪口言ったりした奴は、誰彼構わずしょっ引かれちまって下手すりゃ晒し首にされるから、皆ビクビクしながら暮らしてるのさ」

 

小声で話す店主。彼からは統治者への不満がありありと感じ取れた。

 

「だから、あんまり長居しない方が身のためだよあんちゃん達」

「心遣い感謝する」

 

それぞれ礼を述べると、店主と別れる翔翼達。

 

「義龍殿…」

 

憂いを帯びた顔で、義龍がいるであろう稲葉山城を見上げる光秀。

彼女の知る義龍は粗暴な面こそあれど、ここまで圧政を敷く人物ではなかった。敵対したとはいえ、兄のように慕っていた人が別人のように変わってしまったことに、言いようのない悲しみが胸中から湧き上がった。

 

「…大丈夫か?」

 

そんな彼女を慰めようとしてか、頭を撫でる翔翼。

 

「はい、ありがとうございます」

 

笑みが戻った光秀を見て、手を離す翔翼。

 

「あ…」

「どうした?」

「い、いえ、何でもありません」

「ならいいが…」

 

どこか名残惜しそうな光秀を不思議そうに見る翔翼。

そんな二人に聞こえるように、蚊帳の外に置かれていた五右衛門がわざとらしく咳払いをした。

 

「お二人方、此度の目的をお忘れなきよう」

「す、すみません」

「なんで不機嫌なんだお前は…」

「なってござらん!」

 

不貞腐れてそっぽを向く半身に、翔翼が困惑していると。往来が騒がしくなる。

 

「稲葉様方がお通りになられるぞ!」

 

翔翼達は、端へ寄って道を開けていく町民へと紛れる。

人々の視線を集めながら、騎乗した三人の武士が往来の中心を進んでいく。

 

「『美濃三人衆』か」

 

顔見知りである光秀を陰に隠しながら、武士らを観察する翔翼。

美濃三人衆は稲葉一鉄、氏家卜全、安藤守就ら斎藤家重鎮の総称である。

戦場で何度か相対したことがあり、その隙のない連携は賞賛したくなるほど見事なものであった。

 

「1人ならば首を取れますぞ?」

「お前の首を対価にしたくはないな。それに事を荒げたくない」

 

暗殺を示唆する五右衛門を制する翔翼。殺気に気づかれたかと危惧するも、運良く三人衆はそのまま去っていってくれたのであった。

 

 

 

 

城下を出た翔翼達は、人里離れた森を目指していた。

 

「…本当に、このような所に竹中半兵衛の住まいがあるので?」

「そのように聞いているのですが…」

 

訝しんだ様子で問いかけてくる五右衛門に、余り自信が持てないように答える光秀。彼女自身訪れたことは無く、人づてに聞いただけであるからだ。

 

「行けば分かるさ――む?」

 

気楽な様子で歩く翔翼の耳に、何か聞こえてきた。

 

「野良犬か」

 

進路上に一匹の犬がおり、何かに吼えているようであった。

 

「翔翼殿、女の子が!」

 

光秀の指さす先には、犬の前で怯えた様に蹲る少女がいるではないか。

 

「うむ」

 

翔翼は目にも止まらぬ早さで少女に駆け寄ると、守るように立ちながら犬と対峙する。

犬は新たに現れた翔翼に威嚇するように唸るが、翔翼はただ犬に視線を向けるだけであった。

 

『グゥゥゥウウウ!』

「……」

 

暫くすると、犬が怯えた様に後ずさると逃げ出していった。

 

「大丈夫かねお嬢さん」

「あ、ありがとうございます…くすんくすん」

 

翔翼が屈みながら手を差し出し、少女がその手を取ると立たせる。

少女は五右衛門より少し年上程の年齢と見られ。長い銀色の髪を左右の中央で纏め、両肩に掛かる長さまで垂らした髪型をし、木綿筒服を身に纏っていた。

余程怖かったのか泣きべそをかいてしまっており、どうにも放っておけない雰囲気があった。

 

「よしよし怖かったな。もう大丈夫だからな」

 

そんな少女をあやすように頭を撫でる翔翼。その姿はやけに生き生きとしていた。

 

「ああ、露璃魂(ろりこん)癖が…」

 

手で額を抑えて嘆きだす五右衛門。

 

「ろ、露璃魂?」

 

初めて聞く単語にキョトンとする光秀。

 

「幼子特に女性を愛でる心を拗らせる病にごにゃる。ほんにゃいはひちょにしりゃれないにょうにすにゅにょでしゅが、たいきゅううちはこうちぇんとしゃらしゃれちぇいにゅちゅうぴょうちゃにこしゃる」

「すみません、私にはちょっと解読が…」

「本来は人に知られないようにする、のですが、大空氏は、公然と、晒されている、重病人、にござる」

「ありがとうございます。…そういえば翔翼殿は五右衛門殿や、ねねさんと触れ合っていると本当に楽しそうにされていましたね」

 

拙者を幼子扱いしないで頂きちゃい!と抗議してくる五右衛門を宥めながら翔翼を見る。

 

「い、いじめなさいですか?」

「しないさ。水飴食べるか?」

「あ、ありがとうございます」

 

懐から手の平に収まる大きさの壺を少女に手渡す翔翼。その姿はやはり生き生きとしていた。

 

「(本当に幼子がお好きなんだ。きっと将来は素敵な父親になられるんでしょうね)」

 

ふと思い描いたのは、我が子を抱きかかえて幸せそうにしている翔翼――そして側には共に幸せそうな自分が――

 

「(って何考えてるんですか私は!?そこは信奈様じゃないと!!)」

 

顔を真っ赤にして首を激しく左右に振る光秀。そんな彼女を、五右衛門は同情するような目で見ていた。

 

「ほう薬草を取りに」

「はい、お友達が…怪我を、していて…」

 

おずおずと話す少女が持つ籠には、薬草が僅かに入っていた。

 

「家の近くにあるのは、取りつくしてしまって…だから…」

「離れた場所まで取りに来たという訳か」

 

翔翼の言葉に頷く少女。すると翔翼は何やら考え込む。

 

「よし、ならば俺も手伝おう」

「大空氏、それでは我らの目的が…」

「それほど急ぐものでもあるまい。この子を一人にして、また先程のようなことがあったら後味悪かろう」

 

翔翼の言い分に反論できず五右衛門はむぅ…と押し黙る。

 

「お前達は宿に戻っていてくれ、日が沈むまでには戻る」

「いえ、私もお手伝いします」

「…氏を置いていく訳にはいかぬ。拙者もお手伝い致す」

「悪いな」

 

そんな話をしていると、少女は申し訳なさそうにオロオロとしている。

 

「あ、あの…私のことは、気になさらなくて、大丈夫なので…」

「遠慮しなくていい。必要な時に甘えるのは子供の特権だ、そして大人は迷わず手を差し伸べる。これこそが子供の健全な成長をもたらすのだ」

 

遠慮している少女に、拳を握り締めて力強く主張する翔翼。そんな主を、五右衛門はやれやれと言いたげに見ていた。

 

「えっと、ではお願いします」

「うむ、任された」

 

ぺこりと頭を下げる少女に、胸を張って応える翔翼であった。

 

 

 

 

「うむ、こんなものかな」

 

日が傾きかけた刻に。籠に大量に納められた薬草を見て、満足そうに翔翼は頷いた。

 

「ありがとうございました。こんなに手伝ってもらって」

「構わんさ、こちらも良い息抜きになったからな」

 

な?と翔翼が話題を振ると、同意する光秀と明確に肯定こそしないも、否定はしない五右衛門。

 

「それでは、私はこれで失礼します」

「良ければ家まで送るが?」

「いえ、大丈夫です。今日は本当にありがとうございました」

 

頭を下げると歩き去っていく少女。翔翼らは、その背中が見えなくなるまで見送る。

 

「…そういえば、あの娘どこから来たのでござろうか?ここらには人里はない筈でござるが」

「そういえば…」

「知られていない集落でもあるのだろうよ」

 

ふと湧いた疑問に、一同は首を傾げるしかなかったのだった。

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