織田信奈の野望~飛将伝~   作:Mk-Ⅳ

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第十六話

稲葉山城下の宿場で一晩過ごした翔翼らは、再び竹中半兵衛に会いに向かっていた。

 

「む?」

 

城下町を歩いていると、どこか聞き覚えのある声が翔翼の耳に響いた。

不意に足を止めた翔翼に光秀が声をかける。

 

「どうされました翔翼殿?」

「いや、まさかな…」

 

声した方へ向かうと。あるういろう屋の前で、両手を膝を地面につけてむせび泣いている男がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようやくようやく美濃に来たのに、潰れているなんてあんまりじゃないかぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

むせび泣く男――信澄があらん限りの声で叫んでいた。

 

「の、信澄殿、そんなに落ち込まないで…」

 

そんな彼を見慣れない男性が必死に宥めている。

そして翔翼は信澄の首根っこを掴むと、その男性も連れてその場から全速力で離れるのであった。

 

 

 

 

「義龍様、これ以上織田家と争うのは国のためになりませぬ。どうかこちらから和議を結ばれませ」

 

稲葉山城にある城主の間にて、美濃三人衆筆頭である稲葉一鉄は、当主である斎藤義龍に平伏しながら進言していた。

 

「和議だと?ふざけるな!何故負けてもいないこちらから、そんなことをせねばならんのだ!!」

 

巨漢と呼ぶに相応しい威容を誇る義龍は、一鉄の言を手にしていた杯を床へ叩きつけながら一蹴する。

 

「確かに負けてはおりませぬ、しかし勝てている訳でもないのです。戦が長引いているために国内は既に疲弊しきっております。このままで遠くない内に民心は完全に離れてしまうでしょう。一時でも良いのです戦を止め国内を立て直すべきです!」

「くどい!!」

 

なおも食い下がろうとする一鉄に、激昂したした義龍は立ち上がると、背後の刀掛けから刀を手にすると柄に手をかける。

 

「一鉄よもや貴様、織田に内通しているのではあるまいな!?」

「滅相もない!ただ私は国のためを思って…!」

「ならば大人しく俺に従っておれば良いのだ!」

 

本当に斬りかからんとする義龍に、一鉄やむなくといった様子で引き下がる。

そんな彼に義龍は不快そうに鼻を鳴らすと、共に諫言来ていた安藤守就へ視線を向けた。

 

「安藤!貴様や半兵衛に関する噂誠なのか!?」

「いえ、決してそのようなことはございませね!事実無根でございます!」

 

義龍の問いに、守就は額を床に擦りつける程平伏して答える。

噂とは竹中半兵衛は実は少女であり、義龍に手籠めにされることを恐れ男の影武者を立てており。更に織田家と内通し、敢えて戦を長引かせて国を疲弊させているいるというものであった。

守就は半兵衛の叔父であり、彼も半兵衛と共に疑惑の目を向けられているのだ。

 

「ならば何故半兵衛は俺の前に姿を現さぬ!すぐにでも出仕し釈明するのが筋であろう!!」

「恐れながら、半兵衛はただいま病を患っており、出仕すること能わず…」

「ええい、もう良い下がれィ!!」

 

怒りが収まらない様子で、追い払うように手を振る義龍。その姿からはどこか焦りのようなものが伺えた。

 

「…駄目でしたか」

 

外で待機していた氏家卜全が、部屋から出てきた一鉄らの様子から説得の失敗を悟る。

 

「ああ、義龍様は織田信奈への対抗心で冷静さを失ってしまっておられる」

 

元々義龍は血気盛んな面はあったものの、今のような横暴な人物ではなかった。

だが、道三が信奈に美濃を譲り渡すと決めたこと――即ち自身の後継者と選んだ日から彼は変わっていった。うつけと呼ばれていた信奈より、自身が劣ると父に見なされたことは、父に裏切られたとして心に深い傷を残すこととなる。

その傷は深い憎しみとなり、裏切った父へ復讐するために謀反を起こすこととなり。織田の介入で道三を討つことはできなかったが、下剋上にて国を乗っ取るという父と同じ手法で大名となり。今度は信奈を倒すことで己の力を証明しようと躍起になっているのだ。

その結果として民衆を顧みぬ政策を続けており、国は疲弊しきることとなってしまった。更に家臣団には彼の素質に疑問を抱き、道三が認めた信奈に従うべきはという考えを持つ者が出始めていた。

 

「道三様の見立ては正しかったのでしょうか…」

「まだそうと決まった訳ではない。我らは義龍様を信じ主と仰いだ以上、最後まで忠を尽くすのみよ。それより守就、半兵衛殿ことだが…」

「分かっている。そちらは儂に任せてもらいたい」

「頼むぞ、今家中で争っている余裕はないのだからな」

 

館を出ると半兵衛の元へ向かうため2人と別れる守就。

 

「(一鉄、氏家許せ。儂にはあの子(・・・)を見捨てることはできんのだ)」

 

守就は悲痛な面持ちで、友らの背中に心の中で詫びるのであった。

 

 

 

 

「敵地で何をしているんだお前は」

「少しでも姉上や皆の役に立とうと敵情視察さ!」

 

路地裏にて呆れた様子で問い詰める翔翼に、信澄はキリっとした顔で答えた。

 

「ほう、ういろう屋のか?」

「い、いや~せっかくだから競争相手の視察もしておこうかなぁって思ったけど、まさか潰れてるとはねぇ」

 

翔翼にジトーとした目を向けられると、冷や汗を流しながら頭を掻く信澄。

 

「とりあえずそこら辺は置いておいてやる。というか良くここまで1人で来れたな…」

「いやぁそれが賊に襲われたんだけど、彼に助けて貰ってね」

 

そういうと信澄は共いた男性を手で示す。

青年と呼べる年代で、衣服こそ翔翼らと同じ旅人姿であるが。長く伸ばした黒髪を勝家と同じく根本で纏めており、実に良く整った顔立ちをした色白の少年であった。

立ち振る舞いからしても、恐らくどこかの武家の出なのだろう。気配からして腕が立つことも感じ取れた。

 

「なる程な。友が世話になりました、礼を申し上げる」

「いえ、偶然通りかかっただけですのでお気になさらず。織田家の大空翔翼殿」

 

初対面であるのに名前を知ってい青年に、翔翼らの警戒心が上がる。五右衛門に至っては、懐に忍ばせている武器に手をかけている。

 

「そう警戒なさるな。あなた達のことは信澄殿から聞いているのです」

「…信澄」

「何だい翔兄?」

 

事態の重さを理解していないで、のほほんとしている阿呆(信澄)の頬を翔翼は全力で抓り上げる。

 

「ふぎゃ~!?」

「敵地に潜入しようとしているのに、自分のことを――あまつさえ潜入しちえる味方のことを馬鹿正直に話す奴があるかぁッ!!他国の間者だったらどうする!!」

ほめんなさ~い(ごめんなさ~い)!!」

 

信澄は痛みの余りに手足をばたつかせるが、容赦なく頬を引っ張っる翔翼。

 

「ご心配なく私は間者ではないので。それに、こうして織田家の者と知り合えたのは幸運でしたから」

「…失礼ながら、あなたは一体何者ですか?」

 

光秀は不信感を拭えない様子で青年に問いかける。

纏う雰囲気や所作から確かに彼は間者ではないのだろうが、只者でないのは変わりないことであった。

 

「申し遅れた私は浅井家当主(・・・・・)浅井長政と申す、以後お見知りおきを」

 

青年から放たれた言葉に、翔翼以外が驚愕で固まる。浅井家と言えば、美濃の隣国近江の北半分を統治する大名家であり、その当主がこうして目の前にいればと当然の反応と言えたが。

そんな彼らの反応に、長政は悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべている。

 

「確かに噂に聞く風貌通りですな。知らぬとはいえとんだご無礼を」

「いえ、こちらも身分を隠していた身故気になされるな。それにしても、貴殿はさして驚かれていないのだな?」

 

平然としている翔翼の反応に、長政は少し面白くなさそうであった。

 

「当家の当主は、お忍びであちこち頻繁に遊びに行っているもので、自然と慣れてしまいまして」

「ははは。なる程、噂通り自由な御仁らしい織田信奈殿は」

 

やれやれと言いたそうな様子の翔翼を見て、愉快そうに笑う長政。その目にはどこか羨望の色が見えた。

 

「…つかぬことを伺いますが、お供の者は?」

「いや、いない。当主というのも、たまには1人だけになりたいことがあるもので」

 

そう言って苦笑する長政。本人は隠そうとしているようだが、その顔からは疲労の色が滲み出ていた。

 

「少し風に当たりたくなったということですか」

「その通りで、それでせっかくなので美濃や尾張を見て見たくなりましてな」

「尾張を?」

「…実は、我が浅井家は最近ある問題を抱えましてな」

「問題――南近江を治める六角家ですかな?」

 

心当たりがあると言った様子の翔翼の言葉に、長政はええ、と頷く。

 

「当主が変わった斎藤家は、我らの宿敵である六角家と関係を深めていましてな。恐らく近い内に同盟を結ぶのでしょう。そうなるとこちらとしては都合が悪い、故に今後の美濃の情勢は当家にも無関係ではないのです。家中では先に我らが斎藤家と手を組むべきという考えも出ているのですが…正直今の斎藤家は信頼できる相手か疑わしかったので」

「それで、ご自身で確かめようと?」

「そうです、ですが民草の様子を見るに現当主の斎藤義龍殿は信頼に値しないようだ」

 

活気の無い城下の人々に目を向けながら、失望の混じった声音で話す長政。

 

「斎藤家と手を組めない以上、その斎藤家と敵対している織田家と手を組むべきと考え、尾張へ向かい――」

「賊に襲われていた信澄に遭遇したと」

「ええ、それでこのままお一人にしておくのも気が引けてしまい、ここまでお供させて頂いた」

「…それは、ご迷惑をおかけしました」

 

陽気一辺倒の信澄も、流石に申し訳なさそうにしていた。

 

「いや、お陰で良い気分転換になっているのでお気になさらず。それに貴殿から伺った話から織田信奈殿は信頼できる御仁と知れたのは幸いでしたよ」

「身内の評価を余り信用すべきではないと思いますが…」

「あれ程嬉しそうに語っているのを見るとね」

 

いやぁ、と照れくさそうに頭を掻いている信澄に、翔翼は示守魂(しすこん)めが、と呆れた目を向けていると。従者に同じような目を向けられていた。

 

「というか信澄よ、何でこんな危なっかしいことをする気になったんだ?信奈が心配するだろうが」

「それだよ!」

 

信澄は的を射たとでもいたいように指を突きつけた。

 

「僕だって織田家のために役に立ちたいのに、姉上は危険な役目をやらせてくれない!この前に桶狭間での戦だって戦場に出してくれなかったし、今回の斎藤家との戦でも何もさせてくれない!僕も『尾張の虎』と呼ばれた織田信秀の血を引いているんだ!いつまでも軟弱な男じゃないことを姉上に見せてやりたいんだ!!」

「それで、勝手に飛び出して来た、と」

 

溜まっていた鬱憤を吐き出すように話す信澄。今まで見たことのない気迫に翔翼はほう、と感心した様子を見せる。

 

「確かにお前への過保護は行き過ぎていると考えていたが、お前がそう考えているならいい機会かもしれんな。まあ、いいだろう、なら俺の仕事を手伝え。まずは小さなことでもいいから、実績を積み重ねることから始めてみろ」

「やったね!流石翔兄、話が分かるぅ!」

「喜ぶのはいいが、敵地なんで余り騒がんでくれよ」

 

余程嬉しいのか人目を気にせずはしゃぐ信澄。

そんな彼に聞こえないよう、光秀が翔翼に話しかける。

 

「よろしいので?ここは無理にでもお戻りになって頂くべきでは…」

「どうせ言っても聞かんし、男を見せたいと意気込む奴を止めるのもな」

 

どこか嬉しそうな様子で信澄を見る翔翼。その姿は、まるで弟の成長を喜んでいる兄のようであった。

 

「足手纏いにならければよいのでちゅが」

「大人なら、若者の成長を手助すべきだと思うがなぁ?」

「ムム」

 

やれやれと言いたそうに息を吐く五右衛門に、翔翼が意地悪そうに言うと。反論できずしてやられたといった顔をする彼女へ、まだまだだな青いなと言いたそうに主が笑みを浮かべると、拗ねた様に頬を膨らませた。

 

「長政殿もよければご一緒にいかがでしょうか?」

「ありがたいことだが、よろしいのか?何かと織田家の内情に関わる案件でしょうに」

「こちらとしても、浅井家と関係を深めることは益がありますので」

「そうですよ、一緒に行きましょう長政殿!」

 

懐いた子犬のような目で手を引いてくる信澄に、長政はどこか恥じらいを見せながら引かれていく長政。

そんな彼の背中を、翔翼は何か感じ取ったのか顎に手を添えて思案顔になる。

 

「どうかされましたか翔翼殿?」

「いや、何でもない。行こうか」

 

先に歩き出していた光秀が声をかけると、翔翼は思案を止めて後を追うのであった。


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