尾張清洲――織田家の本拠である地に、戦を終えた織田軍は帰陣していた。
城下には庶民や商人等が集まり出迎えていた。勝利の報が既に届いていたためか歓声と共に賑わいを見せている。
「今回も今川に勝利したってな」
「流石信奈様じゃ。『うつけ』と呼ばれていたのが嘘のようだの」
「なんでもそれは、敵を油断させるために演じていたって話だぜ」
男らが当主である信奈を褒めたたえていると、織田軍の先陣が見えると群衆から黄色い歓声が上がる。
歓声を浴びるのは、鉢巻を頭に巻き無精ひげを生やしている25歳程の美男子である。
「森長可様じゃ。相変わらず女子に人気じゃのう」
「『攻めの三左』と呼ばれる槍の達人で常に先鋒を任される勇将。おまけに美男子ときたもんだ。世の中不公平だぜ」
歓声を上げる女性らに、長可がにこやかに笑いながら手を振ると、更なる歓声が上がる。
「ま、でも本人は妻であるえい様一筋だけどな」
その人気に世の男性からは嫉妬されることもあるが、長可が人柄がよく愛妻家であるためか、何だかんだで慕われている。
そして次は肩にかかるくらいの髪を、馬の尻尾のように纏めた信奈と同い年の女武将に注目が集まる。
「お、次は『鬼柴田』こと柴田勝家様じゃ」
「織田家1、2を争う武勇を持ち、長可と共に先鋒を任され筆頭家老も務められる方だな」
「そして、何より」
「うむ」
「ああ」
「「「胸がデカい」」」
男性の視線が、勝家の鎧越しでもハッキリと分かる豊満な胸に集中する。
すると、視線を避けようとしてか、勝家は顔を赤くして胸を両腕で隠しながら身を屈めてしまった。…最もその仕草によけいに男どもの視線を集めてしまっているが。
そんな中、軍の中心にいる信奈の姿が見えると、人々から一際大きな歓声が上がる。
「おお、信奈様じゃ。相変わらず凛々しくて美しいのぉ」
「当主になった頃はどうなるかと思ったが。数年で父君にも果たせなかった尾張統一を成し遂げ、度重なる今川の侵攻を退けられご立派だ」
「
信奈はかつてはその素行から『うつけ』と呼ばれ当主として疑問視されていたが、革新的な政策で尾張を発展させ、今では領民に愛される大名となっていた。
続いて話題は、信奈の隣にいる腰まで届く藍色の髪の20代の女武将へ移った。
「信奈様の隣に控える丹羽長秀様も美しいのぉ」
「でも何かと点数をつけたがる細かい性格のせいで、あの歳になっても嫁の貰い手がいないとか…」
そんな話をしていると、まるで聞こえたかのように、笑みを浮かべている長秀の持っていた扇子に亀裂が入り死期を感じさせる気配が放たれ始めたので、話題を変えることにした。
「滝川一益様は幼くて愛らしいのぉ」
鉄砲隊を率いている10歳程で、黒髪を
「鉄砲に詳しく、あのお歳で鉄砲衆を任されるのだからご立派じゃ」
「それに甲賀出身で忍術にも精通しているとか」
「にしてもホンに愛らしいわい。妹に欲しいくらいだ」
「俺は娘に欲しいな」
「ワシは孫に欲しい」
そんなしょうもない話をしていると、再び黄色い歓声が上がる。
「あれは?」
「お前さんは初めて見るかの。あれは
「へぇ、乗ってる馬は他よりデカいし毛が赤いな」
「あれは赤兎馬と言って、大陸から来た商人が信奈様に献上したものでな。一日に千里走ると言われる名馬だが、あの方以外乗りこなせる者がおらんそうじゃ」
老人が説明している間にも、翔翼は黄色い歓声を浴びるが、長可のように応えようとはしない。
「なんか、不愛想だな」
「まあ、そういうところはあって誤解されることがあるが、困っている者は誰であろうと見逃せない心優しい方なんじゃよ。ワシもこの前、往来で腰を痛めて動けないでいたところを、おぶって家まで送って下さってな」
「人は見かけによらねぇってか。後はどんなお人はいるんだ
「そうじゃのう。ああ!後は、『退き佐久間』こと佐久間信盛様じゃな」
思い出したように名が出たのは、翔翼と長可と同年代の武将であった。
甲冑こそ見事だが、どこにでもいるような外見の優男で、甲冑を纏い馬に乗っていなければ足軽と間違えられそうであった。
「あの方は何と言うか…特徴がないのが特徴って感じだよな」
「あれでも勝家様と同じ筆頭家老なんじゃよなぁ、地味だけど」
「あれ?泣き出しだぞ?」
そんな話をしていると、まるで聞こえたかのように、涙を流し始めてしまう信盛であった。
清州城に帰還した織田軍は解散となり、翔翼は主人である信奈に一言挨拶に向かったのだが困った事態となっていた。
「……」
「おい、信奈。何故ヘソを曲げている?」
そう、その信奈が不機嫌全開といった様子でそっぽを向いて話しを聞いてくれないのである。というか出陣して戻る度のこうなるのだ。
「別に曲げてないわよ。さっさと、さっきアンタのことを呼んでた娘達の所にでも行きなさいよ」
つーん、とした様子で突き放すように言う信奈だが。翔翼は頭に疑問符を浮かべて首を傾げている。
そんな彼の袖を藍色の髪をした少女、信奈の護衛や伝令を行う馬廻りの1人である前田利家――通称犬千代が軽く引っ張る。
「姫様はさっき往来で、
「な!?ち、違うから!そんなんじゃないから!」
利家の指摘に信奈は顔を真っ赤にして否定する。ちなみに翔とは翔翼の通称である。
「…む、あれは俺に向けてだったのか?長可にではなかったのか…」
ようやく理解した様子の翔翼にその場にいた者達は、体を傾けるか思いっきりズッコケた。
「いや、今頃気がついたんかィ!!」
「ああ、この後の
あっけからん言う翔翼に、部下である蜂須賀小六が全力でツッコミを入れる。
「はぁ、もういいわ。さっさと帰んなさいよ…」
「ん、ねねが待っているからな。その前に信奈」
「何よ?」
「何故、俺が女の子にモテると機嫌が悪くなるのだ?」
「うっさい!出てけこのアンポンタンがアアアアアア!!!」
不思議そうに問いかけてくる
信奈に城を蹴り出された後、翔翼は此度の戦で戦功第一として賜った褒賞を部下にあらかた与えて別れると、兄弟分である小六と共に帰路に着いていた。
「全く信奈の奴め。もう少しおしとやかさを身に着けても、罰は当たらんと思うが」
「いや、あれはオメェが十割ワリィよ」
ヤレヤレといった様子で息を吐く翔翼に、小六のツッコミが入る。
「女心ってのを理解しろってんだよ」
「だから聞いたというのに憤慨されたのだが…」
「直線過ぎんだよ!!」
まるで分かっていない兄弟分に、頭を抱えそうになる小六。この一点だけ非常に鈍いのがこの男の唯一の欠点とも言えた。
そうこうしている内に、彼らの住まう足軽用の長屋が見えてくる。
馬小屋に赤兎を入れ、労いの言葉と共に撫でると赤兎は喜びを表すように鳴く。
「今日はご苦労だったな小六。ではな」
「おう、お疲れ」
小六と別れると、翔翼は自分の住居の戸を開ける。
「たたいま戻った」
室内に入ると、中からドタドタと足音が聞こえてくる。
「お帰りなさいませ
利家より更に幼い少女が翔翼に飛びつく。彼女の名はねね、翔翼らが住む長屋の長老格の孫であり、世話係として共に暮らしているのである。また、翔翼と血の繋がりは無いが兄として慕ってくれており、翔翼も妹として可愛がっていた。
「留守番ご苦労だったな。今回は戦功第一で褒賞を貰ったぞ」
「それも嬉しいですが、無事に戻ってきて下さったことがねねにとって一番です…」
腰に腕を回すとギュッと抱き着くねね。彼女は生まれた時から長屋で暮らしており、父や兄のように親しくしてくれた者を幾人も戦で失っており、この歳にして大切な者を失う辛さが身に染みているのだ。
「…そうだな、いつも心配をかけてすまない。だが、俺は戦では死なん、必ずお前の元に戻って来ると約束しているからな」
翔翼はねねの頭を優しく撫でると、彼女は嬉しそうに目を細める。
「はい!噓をついたら針を5本飲んでもらいますからね!」
「…今思えば、やけに具体的な数字だな」
本来は千本なのだが、それよりも恐ろしく感じる翔翼。
そんなことを考えていると腹の虫が鳴った。
「腹が減った…」
「ふふ、もう兄様ったら。もう少しで夕餉ができますから、待っていて下さいね!」
速足で調理に戻る妹の背を、翔翼は腹の虫が鳴らしながらテクテクと着いて行くのであった。
前話で忘れていた捕捉
・騎馬突撃について
最近の研究で、当時の日本では体格の小さい馬しかおらず突撃に不向きであり。また、維持費がかかるため(馬は人の10倍は食べるため)大量に揃えるのが難しいので、
ドラマや漫画のような騎馬隊は存在していなかったという見方がされているそうです。
そのため馬は身分の高いものや一部の者が移動用にしか使わず、戦う際は下馬していたそうです。
有名な武田騎馬軍団も後の世の創作なんだそうな。まあ、この作品ではそこら辺は無視しています。理由は単にカッコいいからです。
今話の捕捉
・森長可と佐久間信盛
森長可は『信長の忍び』と呼ばれる作品のキャラと容姿を採用しています。というか大半の主要じゃない登場人物はこの作品のになると思います。
ちなみに、佐久間信盛は本作の完全なオリジナルになります。なんとなくその方が面白くなりそうなので。