「どけィ!無駄に命を散らせるなッ!」
半兵衛のいる城主の間を目指す翔翼は、立ち塞がる斎藤兵を斬り伏せながら突き進んでいく。
「ヒッ!な、なんだこいつは!?化け物か!?」
「強すぎる…!」
翔翼の通った道には彼に倒された者達が転がっており、その数は十数人になろうかというものであった。
刀が折れるか切れ味が落ちるとそれを捨て、携えた刀を抜くか敵の持つものを奪い剣戟を繰り広げていくその姿は、悪鬼羅刹のように斎藤兵に映った。
「や、やぁぁああ!」
「ぐぁ!」
翔翼の背中を守る信澄が、彼の背後を狙おうとする斎藤兵を斬り倒す。
「ハァハァ」
息を乱しながら額を流れる汗を拭う信澄。初めて戦場に立ち、そして人を斬ったことに手が震えてしまう。
「おのれェ!」
「うわッ!」
自分に振るわれた刀を受け止めるも、床に流れる血に滑り転倒してしまう信澄。無論敵がその隙を見逃す筈もなく刃を突き立てようとする。
そこに光秀が助けに入り敵を斬り伏せる。
「ご無事ですか信澄様!?」
「あ、ああ。ありがとう光秀」
光秀の手を借りて起き上がる信澄。無理を言ってまで参加させてもらった言うのに、足を引っ張てしまっていることに情けなさを感じてしまう。
「ハァァァアアア!」
その間にも、屍の山を築いていく翔翼。圧倒的なまでの力を見せる彼に斎藤兵が浮足立つ。
「お前達は退がれ!奴は儂が相手をする!」
「一鉄様、卜全様!」
駆け付けてき稲葉一鉄と氏家卜全に斎藤方が湧き立つ。
「!貴様は織田家の、何故ここに…!」
一鉄は戦場で見覚えのある顔がいることに眉を顰める。
「それに光秀殿も…。まさか、かの噂は誠であったのか!?」
謀反を起こした集団の中に、織田家の者がいることに困惑する卜全。
「美濃三人衆の2人か、面倒なのが出てきたな」
「ここは私にお任せを、翔翼殿は先に行って下さい」
光秀の提案に思案する翔翼。斎藤家の猛者らを相手に、彼女を残すことには不安があった。
「足止めをするだけでのでご心配なく。あなたは早く半兵衛殿の元へ」
「…分かった頼む。信澄、煙幕張れィ!」
「う、うん!えっと、こうして――よいしょ!」
五右衛門が用意していた煙幕を、たどたどしい手つきながらも点火し床に投げると。発せられた煙によって周囲の視界が塞がれる。
その間に翔翼は一鉄ら目がけて駆けだすと、跳んで彼らの頭上を超えて行く。
「!しまったッ!」
それに気がついた一鉄らが追いかけようとすると、城外から法螺貝や太鼓の音と気勢の声が響き始める。
「な、これは…!」
「あれは、守就の手勢か!?」
城の外へ視線を向けると、同じ三人衆であり友でもある守就の軍勢が城下に押し寄せていた。これを見た城内の混乱は増し逃げ出す者まで出始めていた。
「まさか、守就殿も謀反を!?馬鹿な、何故…!」
「半兵衛殿を守るため、そしてこの国の明日のためです」
卜全の困惑に光秀が答える。
「あなた方も気がついている筈です。今の義龍殿のままでは、この国に待っているのは悲劇だけだと。だから…!」
「…それでも、我らは主を裏切りあの方を新たな主と仰いだのだ!今更…!」
慟哭のような叫びと共に振るわれた一鉄の刃を、刀で受け止める光秀。
「道三様はあなた方を怨んではいません!過ぎたことに縛られず、明日のために生きて下さいッ!!」
力の限り叫ぶと、光秀は一鉄を押し返すのであった。
「ぬぅぅ。何奴名を名乗れィ!」
「織田家家臣大空翔翼だ」
義龍が威嚇するように叫ぶも、翔翼は気にした様子もなく淡々と名乗る。すると、室内にいる義龍の家臣らがざわつく。
「大空翔翼とな!?』
「桶狭間で今川義元を討ち取ったという…」
「半兵衛が織田家と通じているのは誠であったか!」
「…今回件は俺が勝手にやっていることだけどな。ま、信じろってのが無理な話だが」
翔翼はとりあえず言っておくといった様子で話す。聞き入れられるとは思っていないが、可能な限り半兵衛が非難されることは避けたかった。
そして、やはり義龍らは聞く耳も持たず刀を向けてきた。
「これ以上こちらに争う気はない。半兵衛を見逃してくれるのなら、こちらも手は出さない」
「戯けたことを!構わん斬れェッ!』
義龍の号令に護衛役の2人が襲いかかると。翔翼は連携を取られる前に、1人に片手の刀を投げつけながら接近し身を逸らして回避した隙にもう片手の刀で斬り伏せ。敢えて晒した背に斬りかかってきた者の片手を斬り落とし、苦痛に悶えている間に首を斬り落とした。
「これで分かっただろう。これ以上は城をお前達の血で染めるだけだぞ」
選び抜かれた精鋭である主君の護衛役が、瞬く間に倒されたことで側近に動揺が走る。そんな中義龍は冷静さを保ったまま翔翼を見据えていた。
「五右衛門、半兵衛を連れて先に行け」
「御意」
五右衛門は半兵衛の手を取るも、半兵衛はその場から動こうとしない。
「待って下さい!私は…!」
「御免!」
五右衛門は半兵衛の鳩尾に拳を打ち込み気絶させると、彼女を肩に担ぎ走り去っていく。
側近らが慌てて追いかけようとするも、翔翼が睨みつけるとその圧に押されて怯む。
「…貴様らは退がっておれ。こやつは儂が始末する」
義龍が刀を抜くと翔翼と対峙する。
すると翔翼は、携えていた刀の内から最後に残っていた1本を新たに抜き取り構える。
「斎藤義龍。テメェが目指す国ってのは何だ?」
「何?」
翔翼の突然の問いに、眉を潜ませる義龍。
「道三の爺さんを追い落としてまで、テメェは何を成し遂げたいんだって聞いてんだよ」
「知れたこと。儂が織田信奈よりも優れていると、蝮の考えがいかに愚かだったかを証明するためよ!!」
咆哮と共に振るわれた刃を、体を捻りながら片方の刀で受けながすと、翔翼はその勢いを利用して背後に回りながら背中へともう片方の刀を振るおうとする。
義龍は巨体ながら素早く反応すると、翔翼を蹴り飛ばす。
「ッ!」
床を転がりながら素早く起き上がるも、蹴られた腹部に激痛が走り僅かだが顔を顰める翔翼。
「(やっぱ一撃が重いな。受け流した手も痺れが残ってやがる…)」
「ぬぅぅん!」
追撃してきた義龍が次々と繰り出す斬撃を、翔翼は後退しながら避けるも。すぐに壁際に追い詰められてしまう。
「終わりだァ!」
確実に仕留めるべく、渾身を力を込めて刀を振り下ろそうとする義龍。
「(刀で受ける――いや纏めて斬られる、なら!)」
まともな手段では防げないと判断した翔翼は。両手の刀を捨て両手を突き出すと、振るわれようとする刀を両掌に挟んで抑えた。
「なんと!?」
予想外の展開に驚愕する義龍。その隙を逃さず、翔翼は刀を奪い取ると義龍を蹴り飛ばす。
「やっぱ、小せぇな」
「何だと!?」
「自分が誰より優れてるだなんだ、んなもんテメェだけでやりやがれ。他人を苦しめてまでやることじゃねぇだろうが。そんなことで大名やってる奴ばっかいるから、いつまで経っても争いが続くんだよォ!!」
義龍を睨みつけながら吼える翔翼。普段は感情を余り見せないその顔には、明確なまでの怒りが浮かんでいた。
「貴様に何が分かる!蝮に、父に否定されたこの俺の惨めさがッ!あんなうつけに負けた俺の悲しみがァ!!!」
あらん限りの声で叫びながら、握り締めた拳を震わせる義龍。
「テメェこそ信奈の何を知っている!あいつは本気でこの国を変えようとしてんだ!そこに生きる奴らが戦や賊に怯えることなく、笑って暮らせる世の中にしようと自分を犠牲にしてまで戦ってんだよ!自分のことしか考えてねぇ奴に負けるわきゃねぇだろォ!!」
負けじと言わんばかりに叫びながら、拳を握り締めながら振りかぶり踏み込む翔翼。それに応えるように義龍も同じ態勢になる。
「「うぉぉぉらアアアア!!!」」
互いに渾身の力を込めて振るった拳が頬に叩きこまれ、衝撃が全身を駆け巡る。どちらもその状態のまま暫く固まっているも、やがて義龍の巨体が揺れると膝から崩れ落ちた。
「……」
『ヒッ!?』
互いの圧力に沈黙していた側近らに翔翼が視線を向けると、怯えた様子で情けない声が漏れる。
「こいつを連れてこの城からさっさと失せろ。そんでもって、テメェの生きかたってのをもう一度考えてみろって目が覚めたら伝えな」
『は、はィィィイイイ!!!』
数人がかりで慌てて義龍の抱え上げると、猛烈な速さで去っていく側近ら。
「…ッテェな、いい拳打ちやがって」
殴られた頬から走る激痛に翔翼は顔を顰めると、口腔内に溜まった血を吐き出し光秀らと合流しに向かうのだった。
稲葉山城本丸にある広間にて、城を占拠した重矩らが城内から亡骸となった者を運び出したりと後始末が行われていた。
それを眺めている翔翼らの傍らには、半兵衛が地面に蹲って顔を伏せていた。
「一応言っとくがよ、安藤殿や竹中重矩らはお前に生きてほしいかったから行動したんだ。例え汚名を被ることになっても、な」
「…それは理解できます。でも、そのせいで多くの人が亡くなりました、皆さん帰りを待つ大切な人がいたのに」
翔翼の言葉に、そのままの姿勢で答える半兵衛。その言葉はどこまでも沈み込んでいた。
「なら忠義者としてあのまま死ねば良かったってか。甘えんのもいい加減にしろや」
「ッ!」
「翔翼殿!?」
苛立ったように低く威圧感のある声に、怯えた様に体を震わせる半兵衛。厳しく当たりだした翔翼に、光秀が咎めるような声を上げる。だが、彼は気にした様子もなく言葉を続ける。
「なあ半兵衛、忠義ってのはただ従うことじゃなくてよ。その相手が過ちを犯してんなら、例え命をかけてでも止めてやることなんじゃねぇのか?」
「!」
「それで誰かが傷つき血を流すことになってもよ、背中を支えてこそ家臣ってもんだと俺は平手のおっさんに教わったよ」
「平手のおっさん、さんですか?」
「平手政秀って人で、信奈の教育係をしていた人さ。その人の息子らが信奈を裏切ろうとしたことがあってな、それを止めるために自分の腹を切って責任を取ったのさ。だから、信奈も息子らを許しそいつらも忠誠を誓ってくれたんだ」
顔を上げた半兵衛に、寂し気に語る翔翼。沢彦同様彼も恩師と言える人物であり、その死に深い悲しみを抱いていた。
「言わせてもらうがな。何も変えようとしねぇで、ただ忠義だなんだ言って死にゃいいってのは自己満足に酔ってるだけにしか見えねぇよ」
「……」
翔翼の言葉を噛みしめるように聞いていた半兵衛は、立ち上がると広場に運ばれていた亡骸となった者らの元へと歩み寄る。
「…私が間違えなければもっと強かったら、この方々は死なずに済んだでしょうか?」
「かもな」
膝を折って許しを請うように手を合わせる半兵衛。
「私はどうしたらいいでしょうか?どうすればこの方々に報いることができるのでしょう…」
「そんなこたぁ自分で考えろ。己の生き方なんざ、テメェにしか決められねぇもんだろ」
「…そうですね。私は今まで叔父上や兄上に甘えていました。これからは自分にできることを探してみます」
立ち上がって振り返った半兵衛は、今までよりもどこか力強さを感じさせる目をしていたのだった。
「…あの翔翼殿」
「ん?どうしたよ光秀?」
話がひと段落すると、光秀がどこか遠慮がちに話しかける。
「いえ、その…」
「なんだよ、何遠慮してんだ」
彼女にしては歯切れの悪い様子に、翔翼は首を傾げる。
「…口調が戻っておりませんぞ大空氏」
やれやれといった様子で五右衛門が話すと、ハッとした顔になる翔翼。
気まずそうな様子で冷や汗を流し、拳を握り締めると自分の顔面を思いっきり殴った。
「しょ、翔翼殿!?大丈夫ですか」
「ああ、大丈夫だ。気にするな光秀」
「いえ、鼻から血が出てますからね!?」
顔を逸らそうとする翔翼の顔を掴んで、光秀は無理やり自分の方に向かせると取り出した布で鼻を抑える。
「これくらい問題ない、気にするな」
「いいからジッとしてて下さいッ!」
「ア、ハイ…」
遠慮しようとする翔翼だが、光秀の気迫に押されてい大人しくなる。
そんな主を、五右衛門は呆れた様な、どこか冷ややかな目を向けているのであった。
この後、半兵衛は義龍に城を返すと重矩と共に野に降ることで斎藤家を去り。謀反に加担した守就は隠居し一線から身を引く引くこととなる。
この一連の出来事は。半兵衛含め謀反側は真実を語ることはなく、義龍側も真実が漏れることを良しとしなかったため。どこからか流れた『竹中半兵衛が、主君である斎藤義龍を戒めるべく謀反を起こした』という噂が真実として語られるようになり、稲葉山城を僅か十数名で乗っ取るという偉業として近隣諸国を驚かせることとなるのであった。
そして、翔翼ら織田家の者がこの件に関わったことは隠されることとなり、後の世に語られることはなかったのであった。