織田信奈の野望~飛将伝~   作:Mk-Ⅳ

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第二十二話

尾張にある妙心寺にて、美濃の蝮こと斎藤道三と、元今川義元馬廻衆筆頭の岡部守信が縁側で囲碁に興じていた。

 

「墨俣への築城、道三殿は上手くいくと思いますかな?」

「やれんこともないが、支払う代償の方が高かろうな。本来であれば、だが」

 

碁を打ちながら会話をする両者。話題は織田家が取りかかっている墨俣への築城であった。

 

「翔翼殿であれば、その常識を打ち破れると?」

「儂がこうして生きている、それが何よりの証拠であろう。義龍が儂に刃を向けた時、この首は落ちていた筈だからな。それに…」

 

道三が本堂へ視線を向けると守信も続く、その先には本尊仏へ祈祷をしている定がいた。翔翼が出陣している間はこうして彼の無事を祈っているのだ。

 

「彼女もああして生きている。あやつは自分を過少に評価するきらいが、奴は間違いなく天下に通じる器を持っておる。信奈ちゃんと同じくな。そうでしょう?沢彦和尚」

 

そういって道三が、庭で箒で掃除をしている沢彦へ問いかけると。彼はははは、とおおらかに笑う。

 

「そうですね。あの2人を評するとするなら『未知数』でしょうか」

「未知数、ですか?」

「さよう。飽くなき好奇心と、何があろうと決して諦めることのない強き心。それらを併せ持つ彼女らは、我々が思いもよらない遥かな高みへ昇っていくでしょう」

 

そういって空に爛々(らんらん)と輝く陽を見上げる沢彦。その顔は、どこまでも楽しみだと言わんばかりに期待に彩られていた。

 

「ですが、『両雄並び立たず』という言葉もあります。信奈殿と翔翼殿が互いに天下の器を持つのなら、お二方が共に歩み続けることは叶うのでしょうか?」

 

二人の将来を危惧するように話す守信に、沢彦と道三は互いに顔を見合わすと、愉快そうに笑いだす。

 

「それは問題ないでしょうな」

「ああ、なんせあの小僧、信奈ちゃんに――」

 

 

 

 

西美濃にある美濃三人衆筆頭である稲葉一鉄の居城にて、城主一鉄は自室にて瞑想に耽ていた。

 

「(儂らは、取り返しのつかない過ちを犯してしまったのだろうか…?)」

 

自分が死ねば、美濃を実子義龍ではなく、縁のない他国の者――それもうつけと名高い信奈に譲るという前例のない相続を行おうとした主君に着いていけなくなり。これまでの習わしを守り、勇壮な義龍を新たな主君と奉じ彼の下克上を手助けしたが。そのうつけの信奈は道三を救うのと同時に、東海一と呼ばれた今川家を打ち破るという快挙を成し遂げ、逆に義龍はその彼女への対抗心に囚われ民を顧みない悪政を行うようになってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――あなた方も気がついている筈です。今の義龍殿のままでは、この国に待っているのは悲劇だけだと。だから…!

 

――過ぎたことに縛られず、明日のために生きて下さいッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

処刑されようとしていた半兵衛を救うべく、同志であった守就らが起こした謀反の中。再会した光秀にかけられた言葉が一鉄の心に響く。

 

「(織田信奈に美濃を民を託すことこそ、我らが選ぶ道であったというのか?)」

 

あの事件以来、義龍を信ずることに明確な疑問を持ってしまったため。参集の呼びかけに応えることもできず、こうして自分の城に篭ることしかできなくなっていた。それは卜全も同様なようであり、彼も自分の城から動こうとしなかった。

 

「(大空翔翼…。あれ程の男を従える彼女には、この乱世に変革をもたらすべく天が遣わせた存在なのか…)」

 

敵である半兵衛を、身命を賭して救い出した翔翼。その器の大きさに、一鉄は深い敬意さえ覚えていた。それと同時に、そんな男が忠を尽くす織田信奈という存在に心惹かれ始めている自分がいたのだった。

 

「迷っておるな一鉄」

「お前は――」

 

不意に襖が開けられると。姿を現した人物に、一鉄は意表を突かれたような顔をするのであった。

 

 

 

 

墨俣での築城を開始し2日が経つ頃には、完成まであと一息と言える段階まで到達していた。

 

「……」

 

櫓から稲葉山城を見据える翔翼。今のところ敵に気取られた様子はなく、予定通りに計画は進行しているのであった。

 

「大将!客人ですぜ!」

「客人?」

 

部下からの報告に、翔翼は訝しみながら梯子を滑りならがら降り、半ばで飛び降りる。

自分がこの墨俣にいることを知っているのは織田家の重臣のみであり、その誰もが訪ねてくる余裕などなく、思い当たる人物がいなかった。

 

「へえ、それが竹中半兵衛と名乗る女の子が郎党を引き連れて来てまして」

「何、半兵衛だと?」

 

出てきた名前に眉を潜ませる翔翼。彼女が訪ねてきた理由に当たりをつけると、顎に手を添え会うべきか思案する。

 

「どうしやす?追い返しますか?」

「いや、会おう。連れて来てくれ」

 

その様子から意を組んで提案してくれる配下に、敢えて反する指示を出す翔翼。仮に門前払いにしても、彼女の性格からしてそのまま居座るだろうと判断したからだ。

へい、と配下が離れるて暫くすると、半兵衛を連れて戻って来る。彼女の後に続くように、兄である重矩を始め稲葉山城乗っ取りに参加していた者らを含む数十人が付き従っていた。

 

「お久しぶりです翔翼さん」

「ああ、元気そうだな。良く俺がここにいることが分かったな」

「ここ最近の織田家の動きから、この地に城を築くだろうと予測しました。そして、あなたならこの時期に動くだろうと」

「…流石道三の爺さんも認めるだけあって、見事な洞察眼だな。俺達が束になっても勝てない訳だ」

 

見事なまでにこちらの動きを把握している半兵衛に、舌を巻きながら頭を掻く翔翼。

かつて、大陸でその名を轟かせた天才軍師の再来として『今孔明』とも呼ばれる才覚を再び目の当たりにしたのだった。

 

「それでどうしたんだ、こんな戦地まで」

「あなたから受けた御恩をお返ししたく、参陣することをお許し頂きたいのです」

 

そういって半兵衛は片膝を突き頭を垂れると、重矩以外の従者らもそれに続く。

 

「……」

 

そんな彼女らを、翔翼は複雑そうな様子で見ており。どうすべきか逡巡している様であった。

 

「恐らく、明日にでも稲葉山の斎藤勢に気づかれるでしょう。翔翼さんがここにいることを義龍殿が知れば、討ち取ろうと躍起になって攻めてきます。そうなればここにいる手勢だけでは守り切れません」

「問題ない。ここに来る前に、信奈に明日中に全軍を率いて来いと言っておいたからな。それまではどうとでもなる」

「ですが、戦場では不測の事態が起こりえます。このまま帰ったとして、あなたにもしものことがあれば私は自分を永遠に許せなくなります。ですから此度だけで構いません、どうかあなたのお側でお守りさせて下さい!」

 

深々と頭を下げて懇願してくる半兵衛。それでも翔翼は首を縦に振ろうとうはしなかった。

 

「いいじゃねぇか、せっかく手を貸してくれるって言ってんだから甘えちまえよ。こっちだって余裕がある訳じゃないんだからよ。万が一にもしくじりたくないだろ?」

「……」

 

そんな翔翼に肩を組みながら、小六が半兵衛へ助け船を出した。

 

「この子を心配する気持ちは分かるがよ。こんだけ慕ってくれる女の想いを無下にするような男は、俺が惚れ込んだ大空翔翼じゃねぇな。もしもこの子を泣かせて帰すってんなら、お前との兄弟の契りを切るぜ」

「…分かったよ」

 

観念したように歩み寄ると、片膝を突き半兵衛の肩に手を置く翔翼。

 

「本当にいいんだな半兵衛?戦場に立つということは、人が死んでいくことを目の当たりにするということだ。今までのように、叔父や兄に守られていたようにはいかないんだぞ?」

「はい、覚悟はできています。もう自分の弱さから逃げません、私のために散っていった方達のためにも悔いのないよう精一杯生きたいんです!」

 

顔を上げて力強く見据えてくる半兵衛に、翔翼も覚悟を決めた様に頷いた。

 

「そうか、ならお前のお前達の力を貸してもらうぞ」

 

翔翼の言葉に、半兵衛と重矩以外の従者がはいっ!と力強く応える。

 

「言っておくが、俺は半兵衛を守るためにここにいる。お前のために戦う気はないぞ」

「それでいいさ。お前は自分の守りたい者のために戦え」

 

念のためといった様子で言ってくる重矩に、翔翼は文句はないというように頷く。

 

「大将!信奈の姫さんから書状ですぜ!」

 

差し出された書状を広げると。労いの言葉や信奈側も予定通り行動していること、そして『大将と親分の愛の巣城』の名前を即刻・直ちに・適切に・適宜に変更するようと、ここだけやたら達筆にしたためられていた。

 

「おい、これどう転んでも俺死ぬんじゃないか?」

「何故あのふざけた名前をちゅちゃえにゃあああああ!!!」

「「「「「あああああ!!激おこ親分も可愛いいいいいいい!!!」」」」」

 

渡された書状を見た五右衛門は。憤怒の形相で忍び刀を振り回しながら、子分らを追い回し始めるのであった。

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