織田信奈の野望~飛将伝~   作:Mk-Ⅳ

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第二十四話

「やりおったか龍興!!」

 

馬上で指揮を執っていた義龍は、墨俣城から上がる黒煙を見て歓喜の声を上げる。

半兵衛が敵に加わっている可能性も考慮し、敢えて別動隊による奇襲を見抜かせ、彼女でさえ無意識に下に見ていた龍興を本命とすることで見事に裏をかくことに成功したのだ。

 

「総攻撃を始めよ!南へ援軍を送らせるな!!」

「ハッ!!」

 

下知を飛ばすと、側近らが陣太鼓を鳴らさせ攻勢を強めさせる。

 

「(親父も織田信奈も関係ない、儂は儂のままであれば良い。こんな簡単なことに気づかなんだ…。儂も大うつけであったわ…)」

 

稲葉山での事件後、義龍は己を見つめ直すようになり。己と他者を比べ優劣をつけること、ましてそれに固執することの愚かさを知るに至る。

 

「(感謝するぞ、大空翔翼)」

 

彼を変えるきっかけとなったのは、事件で翔翼で放った言葉であった。

父に刃を向けてまで下克上を為したのは、裏切られたことへの怒りもあったが、それと同時に美濃の民の行く末案じてのことでもあった。それが信奈が桶狭間での奇跡的な勝利を得たことで、周囲から彼女と比較され下に見られるようになり歪んでいってしまったのだ。

そのことに気づかせてくれた翔翼には恨みの念などなく、感謝の念さえ抱いていた。

それと同時に1人の男として、あの男に勝ちたい超えたいと想うようになり。彼が出陣してきたと聞いた際は、機械を与えてくれた神に思わず感謝してくなった程だ。

そして、全力で打ち倒すことが最大の返礼になるとして手を緩めることなく采配を振るうのであった。

 

 

 

 

「南門が攻撃されているだと?」

「ハッ斎藤龍興率いる隊とのことです!」

「確か義龍の子だったな」

「はい、後継者たる資格がないと冷遇されていた筈なのですが。まさかこのような用い方をするとは…」

 

翔翼からの問いに、想定外といった様子で答える半兵衛。

斎藤勢が移動できる範囲で、察知されずに南門に接近することは不可能だと考えていただけに、この奇襲は完全に意表を突かれることとなった。

 

「すみません翔翼さん。お力になりたいと無理を言ったのに、私…」

「気にするな、戦なんて全てを見切ることなんてできんさ。お前は良くやってくれている、責められるべきは敵を甘く見てしまった俺だ」

 

責任を感じて落ち込んでしまっている半兵衛の頭を、優しく撫でる翔翼。

 

「大将ッ敵の攻めが激しくなりやした!!」

 

迎撃していた配下が声を荒げて叫び、城下に視線を向けると、敵の攻勢が強まっており南門への援軍を阻もうという義龍の意図が読み取れた。

 

「翔翼さん、今ならまだ退くこともできます。包囲される前に脱出を…」

「いや、もうじき信奈の本隊が到着する筈だ。逃げるよりも耐えた方が生き残れるさ。南門には俺の隊だけで向かう、お前は引き続きここを守ってくれ」

「分かりました。必ず守り切ってみせます」

 

健気に付いて来ようとする少女の頭をもう一度撫でてから離れると、彼女に気づかれないように重矩を呼び寄せる。

 

「これ以上どうにもならないと判断したら、あの子を連れて脱出しろ」

「言われるまでもなくそのつもりだが、あの子に恨まれたくはないのでな。そうなる前にどうにかしてみせろ」

 

不敵に笑いながら重矩は前線まで歩き出し。梯子で城壁を超えようとしてきた敵を、槍で突き落すと梯子を蹴り飛ばす。

そんな彼に思わず口元に笑みを浮かべると、翔翼は手勢を引き連れて南門へ向かうのであった。

 

 

 

 

翔翼が現場に駆け付けた頃には、既に南門周囲は殆ど占拠されており、辛うじて城門を死守している状態であった。

 

「ッ!もう突破されているか!敵の頭を叩く!往くぞォ!!」

 

守りに入るより、攻めるべきと判断した翔翼は、龍興目がけて突撃していく。

 

「ぎゃあああああああああ!!親父を殴り倒した奴が来やがったぁ!?!?お、お前ら俺を守れェ!!」

 

自分に向かってくる翔翼に、完全に腰が引けている龍興は、悲鳴を上げながら配下の背後に隠れる。

 

「ウオォ!!」

 

立ち塞がる敵を戟で打ち倒しながら龍興まで迫る翔翼。血に塗れながら押し寄せるその姿に、龍興は涙と鼻水に塗れた顔で腰を抜かして座り込む。

 

「ハァッ!!」

「イヤァァァァアアアア!!」

 

突き出された戟を、龍興は横に跳んで躱し地を転がる。

 

「!」

 

躱されたことに驚きを感じるも、すぐに横薙ぎに派生させて追撃するが、龍興は四つん這いの状態から蛙のように跳んで躱す。

 

「!?!?」

 

必中を確信していた一撃を避けられ、流石に動揺を隠せない翔翼。それでも、体は反射的に戟を振り上げて更に追撃していた。

 

「うォォォォオオオオ、燃えろ俺の何かァア!!!」

 

死に物狂いの顔で刀を盾にして受け止める龍興。刀は粉々に砕けるも、衝撃で体は吹き飛ばされ地を転がっていく。

 

「(こいつはッ!?)」

 

一見すれば無様に逃げ回っているだけに見えるが、その実的確に耐え凌いでいる龍興に眠れる才能を感じ取る翔翼。そんな彼の左腕に衝撃は走った。

敵の放った鉄砲が貫通しており激痛と共に血が噴き出す。

 

「大将ォォオオ!!」

 

配下らが援護に向かおうとするも、押し寄せる敵に阻まれてしまう。

 

「よぉし良くやったァ!囲んで一気に仕留めろ!!」

 

最早まともな抵抗ができなくなったと見た龍興は、勝ち誇ったように激と飛ばすと。四方から斎藤勢が翔翼目がけて襲い掛かる。

 

「オォッ!!」

 

右手だけで戟を振るい。更にまともに動かなくなった左腕を強引に叩きつけてまで、迫りくる敵を薙ぎ払いながら、翔翼は龍興へと一歩ずつ進んでいく。追い詰めている筈なのに、逆に追い込まれている錯覚を覚えた龍興は思わずヒエっ!?情けない悲鳴を漏らして後ずさる。

 

「やらせんッ!」

 

歩みを止めない翔翼に、敵将の1人が意を決すした顔で駆け出すと、滑り込みながら刀を振るう。

 

「!」

 

それに反応した翔翼は、戟で股下から頭部まで両断するも、片脚を斬られ膝を突いてしまう。

 

「今だ止めを刺せェ!!」

 

他の敵将が号令すると、敵勢が翔翼一斉に襲い掛かってくる。

翔翼は諦めることなく頭突をかまし、喉元に噛みついてまで抵抗するも、遂に押し倒され刀を突き立てられそうになってしまう。

その瞬間。城壁にかけられていた梯子から人影が飛び出してくると、翔翼を囲んでいた斎藤勢を手にしていた朱槍を一閃して豪快に吹き飛ばし、彼を守るようにして降り立つ。

 

「犬千代!」

 

窮地に現れたのは、桶狭間での戦いの後に出奔していた前田利家であった。

だが、その姿は今までの甲冑姿と違い。軽装の南蛮風の甲冑の上に虎の毛皮を装飾し、背中にはマントと呼ばれる南蛮人が好む外套はためかせ、顔には赤い塗料でまるで歌舞伎役者のような隈取が施されており。優等生といった印象が完全に様変わりしているが。こちらに見せる横顔は、見間違うことのない戦友のものであった。

自分を鍛え直すべく山籠もりをしていた彼女は、長秀から翔翼が墨俣への築城を行うことを知らされると、それを手伝うよう頼まれ。墨俣へ向かっている途中で、龍興率いる奇襲部隊を偶然発見し、後を着けていると彼らが墨俣城へ襲い掛かるのを目撃した彼女は。城外に展開していた龍興隊を強襲し、立ちはだかる敵を蹴散らしながら駆け付けたのである。

 

「良かった間に合った。もう大丈夫、今度こそ翔は犬千代が守るッ!」

 

意気込むように声を張り上げると、突然の援軍に動揺している斎藤勢に突撃し。五右衛門には及ばないものの小柄さを活かし敵を撹乱し、勝家や翔翼にも並ぶ剛腕から繰り出される槍は、複数人を纏めて軽々と薙ぎ払い縦横無尽に暴れ回る。

これまでの力任せの粗さが残るものと違い、どこか野生動物のような荒々しく変化した動きに、敵は翻弄されていた。

 

「な、なんだあのちっこいのは!?早く何とかしろお前ら!」

「龍興様あれをッ!!」

 

ただ叫ぶだけで完全に人任せにしている龍興に、配下が城壁の外を指さしながら叫ぶ。

南側――織田領のある方角から無数の土煙が上がっており、徐々にこちらへと迫ってきていたのだ。

 

「ゲッ!?あれって織田の本隊かぁ!?!?」

 

その土煙を上げているのは信奈率いる織田軍の本隊であり、想定よりも速い到着に斎藤勢に動揺が走る。

そして、本隊の先陣切る武将には龍興も見覚えがあった。

 

「美濃三人衆筆頭稲葉一鉄、これより織田家にお味方致す!!者共翔翼隊を救い出せィ!!!」

「同じく三人衆氏家卜全も織田家に加勢致す!かかれィ!!かかれィ!!」

 

織田家の旗を掲げた稲葉・氏家隊は城外に展開していた龍興隊へと突撃していく。

味方の離反、それも中核であった両者から攻撃された龍興隊は大混乱に陥り次々と敗走していく。

 

「い、一鉄、卜全!お前らも親父を裏切るってのかよ!?」

「恥知らずは重々承知!しかし、それでも信奈殿こそ美濃を託すに相応しいと確信致した!最早我らに迷いなし!!」

 

龍興からの非難を一鉄は迷うことなく受け止める。そのうえで、自らの決意を声高らかに叫ぶのであった。

 

 

 

刻は遡り、墨俣へ急行している織田本隊。機動性を重視する信奈の方針もあり、従来の常識を覆す進軍速度を誇っていた。

 

「城自体は殆ど完成しているのね五右衛門!」

「ハッ!この速度なら十二分に間にゅあいまちょう!」

 

信奈からの問いに、噛みながら答える五右衛門。彼女は翔翼の命で本隊の誘導役として送られていたのだ。

 

「…流石あんた達の『愛の巣城』ってところかしらねぇ」

「※〇§×※〇§×!!」

 

冷めた目で皮肉ってくる信奈に、顔を真っ赤にして否定しようとするも、焦り過ぎてまともに喋れていない五右衛門。

そんなやり取りをしていると先陣の勝家と可成の軍が足を停めてしまう。

 

「何事か!?」

「それが、前方に敵軍が展開しており…」

 

配下が言い終わるよりも先に、信奈は先陣へと馬を走らせていた。

 

「六!敵はッ!」

「どうやら稲葉一鉄と氏家卜全の手勢のようです!」

 

勝家の報告に、信奈は何ですって?と眉を潜ませる。どちらとも最近は義龍の命に従わず、自分の城から動こうとせず。今回の戦にも参加しないだろうと見られていたからだ。

そうしていると、長秀ら側近も集ってくる。

 

「はてさて困りましたねぇこれは…」

「どうなってんだ信盛?あの2人は動かないんじゃないのか?」

「その筈だったんですがね。何か心変わりでも起きたのでしょう」

 

話が違うと言いたそうな可成に、顎に手を当て、怪奇そうな目で斎藤勢を見据えながら答える信盛。

 

「姫様!ここは強引にでも突破しましょう!このままだと翔が…!」

「お待ちください勝家殿」

 

今にも勝手に突撃してしまいそうな勝家に、光秀が待ったをかけた。

 

「なんだよ光秀!?」

「あのお二人は、戦いに来たのではないのかもしれません」

「どういうことさ?」

 

勝家の疑問に答える間もなく、相手を監視していた長秀が敵が動きました、と告げる。

軍事自体は動かないも、敵陣から将である一鉄と卜全のみが馬を進め織田勢と対峙する形となる。

 

「織田信奈に問う!多くの血を流してまで、そなたは何故美濃の地を手に入れんとする!?何がために戦っておるか!!」

 

突然の問いに、織田勢に動揺が走る中。信奈は迷うことなく単身で馬を走らせた。

 

「(守就。お前が耄碌しているかいなか。それを確かめさせてもらうぞ…!)」

 

臆することなく向かい合おうとしてくる新しい時代の風(信奈)を見据えながら、一鉄は友の言葉を思い浮かべていた。

 

 

 

 

己の城で瞑想に耽る一鉄の前に現れたのは、先の謀反の責任を取り隠居した安藤守就であった。

 

「…何をしに来た守就?」

「そう邪険にしてくれるな。お前に話しておきたいことがあってな」

「帰れ。義龍様に刃を向けた貴様とは話すことはない」

 

突然押しかけて来たにもかかわらず、何食わぬ顔で対面に座り込む守就に、一鉄は冷めた視線を向けるも。彼は気にした様子もなく、持参してきた扇子を広げて扇ぎ始める。。

 

「然り、今の儂には最早斎藤家への忠誠はない。故に織田家へ味方することに決めた」

 

その言葉が発せられると同時に、一鉄は守就の胸倉を掴んでいた。だが、守就は気にした様子もなく憤怒に燃える彼の目を見据える。

 

「貴様ッ…!」

「一鉄。例え主君に刃を向けようとも、儂に義の心がなくなった訳ではない。故に織田に着くのだ」

「何だと?」

 

凛とした声で話す守就の言葉に、訝しむ一鉄。

 

「半兵衛がな、今墨俣にいるそうだ」

「墨俣に?」

「うむ、あの子を救ってくれた大空翔翼が、墨俣で築城に当たっているそうだ。重矩が教えてくれたが、半兵衛はそれを手助けするために彼の元に向かうそうだ。儂には何もいわずにな、これ以上迷惑はかけたくないのだろう。そんなことを考えずとも良いのに」

 

どこか寂しそうに話す守就。実の娘同然に想っている彼女に、遠慮されたことを気にしているらしい。

 

「戦をあれ程嫌っていたあの子が、自分から駆け付ける程に想える相手にようやく巡り合えた。だから儂は彼を死なせたくないのだ。そのためなら如何なる汚名も被ろう」

 

確かな決意をそのめに宿す守就に、一鉄は最早止めることは不可能と判断し手を離す。

 

「…それで、わざわざ話に聞たということは、この儂にも織田に着けと言いたいのか?」

「如何にも、話が早くて助かる」

 

一鉄は暫し腕を組んで目を伏せ思案する。このまま義龍に仕え続けたとて国のためになるとはいえず、かといって織田信奈が託せうる誠の英傑であるという確証も持てず、それが彼の迷いの原因と言えた。

 

「踏ん切りがつかぬと言うのなら、実際に織田信奈に会ってみれば良かろう」

「簡単に言ってくれるが、どのようにだ?」

「実は翔翼殿からこのような書状が届いておってな」

 

懐から出された書状を受け取り目を通す一鉄。そこには、信奈の本隊をどの経路から墨俣へ誘導するかが記されていた。

 

「恐らく彼も、お前達を信奈殿に引き合わせたいのだろう。ここに来る前に既に卜全には話は着けてある。どうだ、この話乗ってみんか?」

 

まるで、悪戯小僧のようにな笑みで誘ってくる守就。そこまで根回しが済んでいるのなら一鉄としても断る理由はなくなっていた。

 

 

 

 

「姫様!?」

「待ちなさい勝家。ここは姫様にお任せしましょう」

 

慌てて後を追おうとする勝家を長秀が制止した。

信奈は一鉄らの元まで向かい対峙すると大きく息を吸い込む。。

 

「この織田信奈が目指すは日ノ本の平穏なり!同じ国に生まれた者同士が争うことなく、天下万民が笑顔で暮らせる世を作ること、それが私が戦う理由よッ!!」

 

この場にいる者全てに聞かせるように力強く語る信奈。威風堂々という言葉を体現したが如きその姿に、斎藤勢はおろか織田勢からも感嘆の声が漏れる。

 

「そして、そのためにはどうしても美濃の地が必要なの!稲葉一鉄、氏家卜全ッ!今度はこちらがに問うわ、あなた達は何がために戦うか!?」

「我らが願うは美濃に住まう者達の平穏なり!そのために我らは戦っておる!」

「ならば何故稲葉山城での変の後、何もせず己が城に閉じ籠るか!?戦いもせずかといって何者にも従おうとしない戦国武将などそれだけで罪であるぞ!!」

「「!!」」

 

その言葉に一鉄と卜全に衝撃が走る。そんな彼らに信奈は畳みかけるように言葉を続ける。

 

「美濃の民を想うなら、あなた達がとるべき道はただ一つ!この織田信奈に仕えなさい!さすれば、あなた達の守りたいもの全てを守ると誓うわ!!!」

 

大地を震わせるかの如き覇気を纏った声音に、一鉄と卜全は己の血が湧き立つのを感じる。彼女から発せられる気迫が、かつての主君(道三)の若き日の――当時まだ弱国であった美濃を盛り上げ、共に天下に覇を唱えようと誓い合った日の姿と重なって目に映るのであった。

気づけは2人は馬から降り、信奈の元まで歩み寄ると臣下の礼を取っているのであった。いや、彼らだけでなく、配下ら全員が同様に彼女を新たな主として仰ごうとしていた。

 

「承知いたしました。これより我ら一同あなた様を主君として仰ぎ、全身全霊をかけてお仕えすることを誓いましょう」

「デ、アルカ」

 

そんな彼らを満足げに見回した信奈は、号令を発する。

 

「これより墨俣にいる翔翼隊の救援に向かうわ。着いて来なさい!」

「ハッ!是非とも我らに先陣をお申しつけ頂きたい!」

「いいわ!存分に働きなさい!」

 

信奈からの下知を受けると、おおうッ!と湧きたつ配下を連れ、一鉄と卜全は若き日に戻ったように意気揚々と進軍していくのであった。

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