本隊の来援により、南門における形勢は完全に逆転し龍興ら奇襲部隊は包囲される形となっていた。
「もう駄目だぁ…おしまいだぁ…」
「龍興様!?」
その光景を見た龍興は、早々に心が折れて両手と膝を突いて項垂れていた。
「諦めてはなりません!ここは血路を開いて脱出を…!」
「こんな状況でできるわきゃねぇだろうがああああ!!」
最後まで抵抗しようと提案する配下に、龍興は一部の隙もなく展開されている織田勢を指さしながら叫んだ。
「…分かりました。では、介錯致しますので腹を召されよッ…!」
「いやじゃぁぁぁぁアアアア!!痛いのは嫌だし、死ぬのはもっといやじゃァァァァアアアア!!!」
「えぇ…」
切腹は嫌だと泣き喚く主に、思いっきり引く配下。そうこうしていると、利家が護衛を突破して迫って来た。
「お命頂戴」
「ひェ!?こ、降参!降参します!だから、殺さないでええええ!!」
「龍興様ァ!?!?!?」
槍を突きつけてくる利家に、どこからともなく取り出した白旗を振る龍興。
余りの呆気なさに、思わず拍子抜けした顔になる利家。
「…切腹するなら見届けるけど?」
「死にたくねえ!オラ死にたくねえだ!運命の人と出会えてないし、侍女ら
必死の形相で命乞いをしてくる姿は、清々しいまでの生への執着を感じさせ。ある意味で関心させられるものであった。
墨俣城を包囲すべく、東側に展開していた斎藤勢。そこに勝家率いる部隊が襲い掛かる。
「進めェ!蹴散らせェ!!」
戟で敵の脳天を叩き割りながら、激を飛ばす勝家。
想定よりも早い来援に、奇襲を受ける形となった斎藤勢は、陣形を乱し押し込まれていく。
「(翔!あんたはやっぱり凄いよ!あたしらができない、姫様だって無理だ諦めてしまおうって考えることをやり遂げるんだから!)
墨俣城を見上げながら、勝家は友が為したその偉業に最大限の敬意を払う。
「でもォ!」
戟を大振りに一閃すると、立ちはだかる敵を纏めて投げ飛ばし、他の敵に叩きつけて盛大に吹き飛ばす。
「あたしらだって、負けてられないんだァ!!」
彼に頼るだけでなく頼られるようになるべく、ひたすらに前へ進み続けるのであった。
西側では可成率いる部隊が対応しており、こちらも優位に戦を進めていた。
「どうしたどうしたァ!?この人間無骨の錆になりたい奴はいねぇのかい!」
片手で十文槍を振り回しながら、もう片手で挑発すると、敵は慄くようにして後ずさりしていく。
彼の周りには討ち取った者達の屍が散乱しており、二の舞となることを恐れているのだ。
「来ないのかい?なら、こっちから行くぜェ!!」
槍を突き出すと配下が一斉に敵に襲い掛かり、勢いに押されて後退していく斎藤勢。
「おのれェ!」
破れかぶれとなった敵が可成目がけて槍を繰り出すが軽々と躱し、反撃で振るった槍が袈裟懸けに敵の鎧を肉体をそして骨すらも紙のように断ち斬った。人間無骨とは人の骨すら難なく断つ切れ味を持つことが名の由来なのである。
「(俺達も一緒に行くぜ翔!あの日誓った『夢』のために天下目指してどこまでもよ!)
友との夢をかなえるため、立ち塞がる敵を打ち倒していくのであった。
龍興の早々な降伏により、然したる抵抗も受けずに南門の奪還に成功した本隊は、城内に入ると守備隊に合流する。
「よう、助かったよ」
利家に支えてもらいながら、信奈と対面する翔翼。傷だらけのその姿に信奈は悲痛な声を漏らしそうになるのを堪える。
「よくやってくれたわ翔。後は任せなさい」
「おいおい、ここまで来て仲間外れにするなよ。最後まで付き合わせろ」
そういって駆け付けてきた赤兎に乗る翔翼。
「いや、医師連れてきてやったからもう寝てろよ」
「何言ってんだ。まだ動けるぞ俺は」
呆れた顔でツッコミを入れる信盛に、ほれ、と右手だけで軽々と戟を振り回す翔翼。
「桶狭間でもそうやって死にかけてたやんけ。てか、僕が医師手配してなかったら死んでたからな?」
「感謝してるよ親友。お前がいてくれるから遠慮なく戦えるんだ。ありがとうな」
「爽やかな顔でクサいこと言うなぁ!僕には妻子らがいるんじゃあ!!」
傍から見れば口説いてるようにさえ見える翔翼に、顔を赤くして悶える信盛。
「……」
「おい犬千代、槍で突っつくな!?」
「翔は見境なく口説き過ぎ」
「全くです。いつか痛い目に会いますよ三点です」
不満そうに槍でツンツンしてくる利家に抗議すると、長秀にまで冷たい視線を向けられてしまった。
「…どうせ言っても聞かないし好きになさい。犬千代、この馬鹿お願いね」
「うん、任せて姫様」
呆れと諦観が入り混じった顔をしながら、渋々といった様子で命じると。利家は胸を叩きながら応じると、長秀に預けていた愛馬に乗る。
「いや、子供かよ俺は」
「はいはい、さっさと行きますよ~」
翔翼が扱いに不満を漏らすも、信盛始め全員に見事に無視されてしまう。
「さあ、この戦終わらせに往くわよ!!」
刀を天に掲げながら信奈が号令を発すると、ウォォォォオオオオ!!!と天地を揺るがさんばかりの咆哮が巻き起こる。
信奈を先頭に北門目がけて前進を始める本隊。元から属していた尾張者と新たに加わった一鉄ら美濃者、各々が発する熱気が纏まり、彼らをまるで一つの生物のように見せていた。
「!」
北門で指揮を執っている半兵衛は、その熱気を感じ取り振り返ると。こちらへ向かってくる本隊を視認すると同時に、即座に為すべきことを理解し言葉を発する。
「開門!急げッ!!」
門を守備していた者達が慌てて門を開くのと同時に、本隊が城外へと飛び出し門を攻撃していた斎藤勢を蹴散らしながら突き進んでいく。
「……」
「殿!西と東側へ派遣した部隊は敗走!打ち破った敵は、こちらの左右に回り込んで来ております!」
「龍興様は降伏し、稲葉、氏家の離反によって将も足軽も動揺して士気が地に落ちました!これ以上は被害が増すばかりです!ここは稲葉山城へ退却しましょう!」
「左様!かの堅城に籠城すれば、敵が勢いに乗じて攻めよとも十分に防ぐことができましょうぞ!」
こちらへと向かってくる信奈らを冷静に構える義龍に、側近らが退却を促す。
「……」
だが、当の義龍は何の反応も示すことなく。まるで何かを悟ったように織田勢を――それを率いる信奈を見据えていた。
「(織田信奈の速さは把握しているつもりであったが…)」
電光石火を誇る織田家の速さであっても、本隊が到着するよりも前に、墨俣城を落とせると踏んで義龍はこの戦に臨んでいた。
「(この進軍速度、落伍者が出ることも厭わず駆け付けてきたのだろう…。なのに、あの士気の高さは何だ!誰もが疲れを知らぬが如く戦っておるわ!!)」
義龍の見立て通り、信奈は速度のみを求め、脱落者が出ることも承知で軍を進めていたのだ。下手をすれば、戦場に到達する前に軍が瓦解しかねない用兵であるが。信奈が直々に長年かけて鍛えてきた馬廻は元より、勝家ら優秀な諸将が各々部隊を見事に鍛え纏め上げることで、最低限の損失で成し遂げたのである。
「殿!背後より軍勢がッ!」
「あれは、安藤守就の手勢か!?」
義龍の本隊の背後を塞ぐように、守就率いる軍勢が姿を現した。
「我、安藤守就も織田家にお味方いたすッ!義龍よこれ以上の抵抗は無意味ぞ!大人しく降伏せよッ!!」
守就によって退路を断たれた斎藤勢は、戦意を失った足軽が武器を捨てて逃げ出し、独断で降伏する将も出始めていた。
「ッ!こうなれば殿、背水の陣を敷き敵本隊に突貫をかけましょう!!織田信奈は自ら陣頭指揮を執っております、我ら一同玉砕の覚悟で挑めば、奴の首さえ取ることもできましょうぞ!!」
「…いや、そのようなことあの男がさせまいて」
どこか諦観したように語る義龍の視線の先には、最前線にいる信奈を護らんと口で手綱持ちながら、右手だけで戟を振るい敵を薙ぎ払う翔翼の姿があった。利家が援護しているとはいえ、片手が扱えない程の重傷を負っているとは思えない奮迅に、進路上にいる斎藤勢は蜘蛛の子を散らすようにして逃げて行く。
「これまで、か…。楽隊戦闘停止の合図を出せィ!!」
「殿ッ!?」
「皆すまぬ。儂は織田信奈にの足元にも及ばなかったようだ」
諦観したように己を嗤う義龍。側近らは、主君にそのような顔をさせてしまう己の不甲斐なさに顔を伏せ涙を流す。
陣太鼓と法螺貝が鳴り響くと、斎藤勢は最初は意味が理解できず何事かと困惑の色を浮かべる。
「戦を止めよッ!!この戦我らの負けぞ!!これ以上争うことは無益なり!!武器を捨て投降するのだッ!!」
馬を進めながら叫ぶ義龍の声が伝播するように響き、斎藤勢は次々と武器を捨て、ある者は戦が終わること涙を流して安堵し、ある者は敗北を受け入れられず膝を折る。
その様子を見た信奈はすぐさま長秀に命じ、戦闘停止の合図を出させた。
戦闘による喧騒が止み戦場が静寂に包まれる中、義龍は信奈の元へ馬を進めて行き、その後を側近らも続こうとすると手で制止される。
だが、誰もがそれに従わず着いて行こうとし、そんな彼らに義龍は口元に笑みを浮かべ、馬鹿者共めらが…と漏らしながら共に馬を進める。
「織田信奈よ!儂の負けじゃッ!!美濃の民草や儂の配下らに無用な危害を加えないのなら、お主に降ろうッ!!!」
「受諾する!抵抗しないのであれば、家臣領民に危害を加えないことを誓うわ!!」
「相違ないか!!」
「この命にかけてッ!!」
胸に手を当て声高らかに宣言する信奈に、義龍はフッ、と満足そうな笑みを浮かべると、馬を降りて胡坐をかき、側近らもそれに続く。
「儂の力及ばず、皆の者すまぬッ!斎藤家はこれより織田家に降伏致すッ!!」
義龍は宣言を終えると、信奈に促すような視線を向け、その意を読み取った彼女は勝鬨を上げるよう号令を発し。織田勢からは歓声が沸き上がる。
こうして美濃の覇権をかけた織田家と斎藤家の戦いは、織田家の勝利で幕を閉じるのであった。