織田信奈の野望~飛将伝~   作:Mk-Ⅳ

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第二十六話

墨俣における戦いにて、義龍が降伏したことを知った稲葉山城は無血開城し。信奈は織田家念願の城へと入城することとなる。

そしてすぐさま戦後処理に入り、城主の間に当主である義龍とその息子である龍興が引き連れられてくる。

 

「……」

「さて、斎藤義龍。何か言うことはあるかしら?」

「――儂はそなたと蝮に敗れた。約束を守ってくれるのならそれで良い」

「…命乞いするのなら命までは取らないわよ?」

「儂にも大名としての意地がある。かくなる上は潔く腹を切ろう」

 

正座したまま堂々と言い放つ義龍に、僅かに眉を顰める信奈。その様子はまるで、義龍の死を拒ばもうとしているようにも見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遠慮はいらん信奈殿。その男を生かせば後々の災いとなろう。始末なされよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不意に襖が明けられると、清洲にいる筈の道三が姿を現す。

 

「何よ蝮、呼んでなんかないわよ?」

「そなたのこと、儂にいらん気を回して義龍と龍興を生かそうとすると思い駆け付けて参った。才のない龍興はともかく、義龍は顔に似合わぬ知恵者。放逐などすれば天下統一の妨げとなるぞ!」

 

さらりと孫に酷いことを言いながら道三が睨みつけると、義龍は静かに口を開いた。

 

「戦国の世において、血の繋がりだけを見た我が眼は節穴であった。こうなったのも自業自得、これまで世話になった、親父殿」

 

そういって深々と道三に頭を下げる義龍。

 

「…義龍は斬らないわ。こんな男私の敵じゃないもの。何か間抜けな顔している龍興もついでに放逐しておいて」

「信奈殿ッ!!」

 

むっとしたままの顔で首を横に振る信奈に、思わず怒鳴り声を上げる道三。

 

「義龍の目を見よ。まるで屈服しておらん!今逃がせば、虎視眈々とそなたを狙うであろう!その甘さ、いずれ命とりになろうぞ!!」

 

道三は必死に説得しようとするも、信奈は頑として考えを変える様子はなく、険悪な雰囲気は室内に漂うも。そんなものどこ吹く風といった様子の翔翼が義龍を縛っていた縄を解いた。

 

「うっしと、これ以上面倒臭くなる前に早く行っちまいな」

「翔翼!」

「あんたの顔を立ててこいつを逃がすってのも、美濃の領民の受けが良くなっていいだろうさ。それに斬れって言うくらいなら、謀反される前に自分で始末すれば良かっただろ。親の情を捨てきれない奴に言われても説得力ないぞ?」

「ぬぅ!?」

 

痛い所を突かれどもる道三。そんな彼にしてやったりといった笑みを浮かべる翔翼。

義龍が謀反を企てていると知っても、騙し討ちすることもなく、信奈に我が夢を託したいと、どうか許してくれと、義龍に頭を下げて説得することしかしなかったのだ。

若き頃であれば己の手を血に染めることも厭わなかったが、老いた影響もあり、力ずくで我が子を排除することに無意識に躊躇いが生まれていたのだ。

 

「もしもまた刃を向けてくるのなら、へし折ればいいだけの話さ。そのための俺達なのだからな」

 

なあ、と翔翼が視線を向けると、その場にいる家臣一同笑みを浮かべたりと同意を示す。

 

「そういうことだから、さっさと行きなさいよ義龍」

「親父殿の言う通りだ。必ず後悔するぞ。往くぞ愚息」

 

フンッ、と鼻を鳴らしながら立ち上がると。連れてこられてからというものの、何を言うでもなく、ポカーンとした顔で信奈を見ていた息子に声をかける。

 

「……」

「どうした愚息?」

「う、美しい…」

「はぁ?」

 

不意に放たれた我が子の言葉に、思わず間の抜けた声が漏れる。

 

「まるで天女のような美しさに、爺ちゃんにも怖気つかないその気の強さ…。あんたこそ俺が求めていた運命の人だぁぁぁぁああああ!!」

「は?何言ってんのこいつ?」

 

突然感極まった顔で叫び出す龍興を、怪訝な目で見る信奈。

 

「あんたに惚れた!一目惚れだ!!俺の嫁さんになってくれぶェッ!?!?!?」

 

迫って来た龍興の顔に信奈の蹴りがめり込む。予想外の事態に、一部を除いたその場にいる者らは唖然としていた。

 

「ふっっっっっっっざっけてんじゃないわよ!誰があんたみたいななよなよした奴なんかとッ!あたしが嫁ぐとしたら、その…えっと…」

 

勢いに任せて口走るも気恥しくなったのか、口ごもりながらチラチラと翔翼を見る信奈。――当の朴念仁は何事もないかのように、成り行きを見ているが。

そんな信奈の様子に、龍興は察したように衝撃を受けて崩れ落ちる。

 

「そうか、そうなのか。これが俺のですてぃにーって奴なのか…」

「ねぇ、ホントに頭大丈夫なのこいつ???」

 

信奈が引きまくった顔で父と祖父に問いかけると、扇子で顔を隠した道三は末代までの恥よ、と嘆いておており、義龍はもう知らんと言いたいばかりに一人で出て行ってしまっていた。

 

「大空翔翼ッッッ!!!」

 

勢いよく立ち上がると、何かを決意したように翔翼に指を突きつける。

 

「何だ?」

「テメェには、テメェにはゼッタイ負けねぇかんなァァァァアアアア!!!」

 

一方的に宣言すると、俺は今日から生まれ変わるッ!と叫びながら走って去っていく龍興。対する翔翼は意味が通じず、疑問符を浮かべて首を傾げることしかできなかったのであった。

 

 

 

 

その後は、義龍の処分に納得がいかない道三が憤慨して出て行ってしまうも。

稲葉一鉄ら先の戦にて織田家に味方した一同、そして義龍と共に降伏してきた諸将らの処遇を取り決めると戦後処理は終わりとなり。そのまま、休むことなく今後の方針を検討するための評定が開かれ、信奈はまず初めに半兵衛を呼び出すのであった。

 

「あんたが本物の竹中半兵衛?へえ、女の子だって噂は本当だったのね」

「はっ。病弱な我が身に代わり、これまでは兄に代わりを務めて貰っていたのです。あ、あの虐めないで下さい…」

 

平伏しながら少し怯えた様子で体を震わせている半兵衛に、信奈はそんなことしないわよ、と胡坐をかき握りこぶしを頬に添えながら呆れ気味に言う。

 

「ま、そんなことはどうでもいいわ。大事なのは、あたしの天下取りに役立つ才があるかどうかなんだから。その点あんたなら文句ないわ、半兵衛参謀としてあたしに仕えなさい。さすれば臨むだけの報酬を与えるわよ」

 

瞳を爛々と輝かせながら、身を乗り出すようにしながら勧誘しする信奈。

彼女が家臣に求めるのは才能を第一とし、それさえあれば出自や経歴に関係なく任用・抜擢するのである。芸術とさえ言える用兵で自身を幾度も退け、腹心である翔翼が信頼を寄せている半兵衛は是が非でも欲しい人材であった。

 

「恐れながら、信奈様は参謀などに頼らずとも、万事を採決なされるだけの才をお持ちです。私ごときが出る幕はないでしょう」

 

先程と打って変わって凛々しさを持って拒絶の意思を見せる半兵衛に、一部を除く家臣らがどよめき立つ。信奈の出した提案はこれまででも破格であり、日の出の勢いを見せる当主にこれだけ求められて断ること等普通は考えないであろう。

しかし、信奈は予想通りといった様子で落胆するでも腹を立てるでもなく、それどころかデ、アルカと笑みさえ見せていた。

 

「だったら、そこの男ならどうかしら?」

 

ニッと笑いながら信奈が親指で翔翼を指さすと、当人は渋い顔をしている。

 

「おい、信奈」

「ちょと黙ってなさい、私は今半兵衛と話してるの」

 

翔翼が口を挟もうとするも、正論を言われむう、と引き下がる。

 

「翔翼殿は人徳に溢れ豪胆不敵で勇猛果敢ですが、己を顧みらず強引に物事を押し通そうとするきらいが見られます」

「そうなのよ、こいつ死ななきゃ何でもいいって人の話聞かないの。だから常々お目付け役が必要だと考えててね。あんたなら適任だと思うんだけど、どうやってみない?」

「私めでよろしければ。喜んで務めさせて頂きます」

「お願いね。ってな訳で翔この子今日からあんたの寄騎ね」

「…お前ら初対面なのに意気投合し過ぎていないか?」

 

とんとん拍子に話を進めた両者に、思わずツッコミを入れてしまう翔翼。

 

「いいじゃない、かの天才軍師が自分から配下になるって言ってんのよ。何か文句あるっての?」

「別に文句ではないが、本当にいいのか半兵衛?お前は優し過ぎる。才があるからと言って、戦場に立つ必要はないんだぞ?」

 

歩み寄ると片膝を突き肩に手を置きながら、思いとどまるように話す翔翼に、半兵衛は向き直りながら手の手を取り両手で優しく包む。

 

「それは、それはあなたにも言えることではないでしょうか?」

「俺にか?」

「はい、共に戦う中で感じました。あなたはお味方だけでなく、敵対する者の死さえ心を痛める人であると」

「……」

 

涙ぐみながら語る半兵衛の言葉に、翔翼は否定も肯定もしなかった。

 

「そんなあなただから、お側にお仕えしたいのです。共に戦いお守りしたいのです。どうかお許し頂けませんか?」

 

揺るぎない決意を宿した目で見つめてくる半兵衛に、翔翼も意を決した様子で空いている方の手で涙を拭うと頬をそっと撫でる。

 

「そうか、ならば俺という翼を羽ばたかせるための風となってくれ」

「はい!我が殿ッ!」

 

感極まったように、満面の笑みを浮かべる半兵衛。その姿は出会ってから最も輝いたものであり、自然と笑みを浮かべる翔翼。

 

「…何だか祝言あげてるみたい」

 

そんな二人を見ていた勝家が、無意識漏らした一言に場が凍りついた。

 

「あ、あくまで側に置くのは、寄騎としてだかんねッ!そういうつもりで言ったんじゃないわよッ!!」

 

と激昂して鉄砲をぶっ放し始める信奈。

 

「ふぇえ!?わ、わわわわわわ私はそんなつもりじゃー―きゅう…」

 

顔を真っ赤にし慌てふためくと気絶してしまう半兵衛。

 

「イダダダダダダ!?おい犬千代噛むなァッ!」

「翔はホントに見境なさ過ぎるッ」

 

ムスッとした顔で翔翼の頭に噛り付く利家。そして、天井から五右衛門が無言でズッコケ落ちてくる。

 

「あは、あハハハハハハハハハハ――」

 

光を失った目で、壊れた様に笑い始める光秀。

 

「これくらいのことで慌てふためいてどうするのですか皆さん。大幅減点です」

「…扇子逆だぜ長秀」

「……」

 

そんな面々に呆れ果てたようにしている長秀だが、可成にツッコまれると、何事もなかったのように扇子を持ち直す。

 

「おい、これ誰が収集つけるんだよ。え、僕?ですよねー」

 

信盛は現実逃避しようとするも、周りからの圧力から許されず。事態の収拾に奔走し胃に甚大な損害を受けるのであった。

 

 

 

 

それから暫しの刻が経ち。美濃の豪族・国衆を取り込み、民優先の政策を告知し、焼き討ちや略奪を固く禁じていたこともあって、民衆からの支持も得られたことで統治が軌道に乗ると。信奈は稲葉山を『岐阜』と改名することを宣告したのだった。

そんな中、道三は信奈と仲違いしたまま、一人稲葉山改め岐阜城の建つ金華山の山頂に佇んでいた。大名だった頃に、茶をたしなむために建てさせた草庵(そうあん)の縁側に腰かけ、城下町を眺めていた。

半生を賭けた夢、美濃を奪って京へのぼり、そして天下統一。

一度は灰燼に帰した夢を、義娘の信奈が今、再び現実のものにしようとしている。

しかし――義龍を逃がしてしまう甘さは、利点ではあるも実に危ういものであった。

 

「(翔翼はああ言っていたが。優し過ぎるあの子には、これから次々と苦難が襲い来るであろう。じゃが、儂の役目はもう終わったのかもしれん…このままどこか遠くの国へ消えるか)」

 

自分がいなければ、信奈は義龍の首を取ることもできただろう。自分の存在が、あの子にとって弱点になってしまっているのではないかと不安に襲われることがあった。

それに、近頃は妙な咳が出ることも増えた。老いたこの身で、後何年生きていられるか。死に目に立ち会わせることになれば、信奈を光秀を、娘達を悲しませるだけだろう。ならば、彼女らがあずかり知らぬ所で朽ち果てるべきではないだろうか?

 

「よう、こんなところで腐ってるのか爺さん。信奈達が今宴会やってるぞ」

「そうですぞ!皆様、美濃の先代国主をお待ちかねですぞ!」

 

肩に妹のねねを乗せた翔翼が、山を登って来ると道三の隣に腰かける。

 

「いや、儂はここでいいのじゃ」

「いつまで拗ねている気だよ?らしくないぞ」

 

信奈殿の甘さが苛立たしいのよ、と道三は思わず本音を漏らした。

 

「別に無条件で義龍を助けようとするほど、信奈も甘くはない。あんたが「義龍を斬るな」とでも言えば、あいつは迷わず斬っていたさ。それなら、あんたに息子殺しの罪を背負わせずに済んだからな」

 

無論道三は信奈にそのような悪名を負わせる筈がなく、彼女もそのことを理解していることから。元より義龍を斬るつもりなどなかったことになる。

 

「愚かな、儂は死に損ないの老いぼれ、それも”美濃の蝮”じゃ。今更どのような悪名を背負っても何とも思わぬ。甘すぎるわ」

「鑑見てみろ。尾張に来てから、あんた坊さんになれるくらい穏やかな顔しているぞ。だから信奈もこれ以上あんたを悪者にしたくなかったんだよ」

「…それでも儂という存在はあの子の枷となっているのも事実、内心では儂の存在を疎ましく想っておるやもしれん」

「はぁ?おいおい本当にもうろくしたか?この城と町の新しい名前を、声に出して読んでみな」

 

翔翼はおしっこしたくなってきましたぞ、を肩の上でもじもじしているねねを少し我慢してくれ、とあやしながらじゃあな、と山道を下り始める。

その後ろ姿を見送ると、道三は麓の城下町に視線を下ろした。すると闇の中、無数の松明が町のあちこちで灯り始めた。

最初はばらばらに灯っていたその松明の群れが、ゆっくりと、ひとつの形を作り始める。

やがて浮かび上がったのは、蛇であった。恐ろし気な蝮などではなく、『鳥獣戯画』にでも登場しそうな、滑稽な顔をしたかわいい蛇だった。

信奈に命じられた家臣や町民が、信盛の指揮の元松明で絵を描いているのだ。この山の山頂にでも佇まなければ、この大きな松明の蛇を見ることはできないだろう。

道三は、腹の底から込み上げてくる感情に狼狽えながら、新しい城と町のその名を、思わず、喉元から漏らしていた。

 

「ぎふのしろ、ぎふのまち」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――義父の城、義父の町

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の他には誰もいない、山頂の草庵で。道三は震える手で懐から扇子を取り出すと、己の顔を伏せて隠した。

月が、見ていたのだ。




翔翼「ところで犬千代。その鎧と虎の皮はどうしたのだ?」
利家「皮は山で出会った虎を狩って剥いだ。それで、それを見ていた通りがかりの異国の商人が張飛とかって英雄を見た様だって鎧をくれた。後翔翼によろしく伝えてくれって言ってた」
翔翼「ああ、赤兎とかをくれたオッサンか。相変わらず元気そうだなぁ」
信盛「てか、その虎昔姫様が南蛮の商人から買ったはいいけど、逃げられたやつじゃないですか。あーあーあの刻は大金をはたいて苦労して手配したのにな~頑張ったのにな~」
信奈「♪~♪~(口笛吹いて誤魔化そうとしている)」
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