織田家統治下となった美濃稲葉山改め岐阜城。
当主信奈は新たにこの地を本拠地とし、多くの家臣もそれに従い新たな地での生活を始めていた。
そんな一人である佐久間信盛の元に来客が訪れていた。
「それで、僕に尋ねたいことがあるそうで光秀さん?」
茶を啜りながら対面にいる来客――光秀に問いかける信盛。
「はい。信盛殿は『賊狩り』という言葉をご存じでしょうか?」
彼女の言葉に、ああ、と何か心当たりのある様子の信盛。
「ええ、知っていますが。どこでそれを?」
「子細は話せませんが、五右衛門殿が翔翼殿をそう呼ばれることがありまして。当人はそのことに触れて欲しくないご様子で…。信盛殿何かとお詳しいので、何か知っているのではと思い訪ねさせて頂きました」
お忙しい中申し訳ございません、と両手を床に着き深々と頭を下げる光秀に、信盛はそう畏まらなくてもいいですよ、とおおらかに笑う。
「なる程、事情はわかりました。賊狩りというのは、随分前に尾張で噂になったやつですよ。賊を皆殺しにして回る男がいて、余りに強くておっかないから、いつしか泣いている子供に『泣いていると賊狩りがやってきて喰べられてしまうぞ』ってな感じの怪談ができてましたねぇ」
「それが、翔翼殿だと?」
「本人は何も言ってませんが。賊狩りが現れなくなったのと同じ時期と、彼が織田家にやって来た時期と被るんですが。まあ、後は当人に聞いてもらうのが一番でしょう」
「え?」
そういって信盛が手で縁側を示すと、いかにも不機嫌といった様子の翔翼が立っていた。
「しょ、翔翼殿!?」
「…いい酒が手に入ったからと呼ばれたんだが、おい」
思いがけない登場に仰天している光秀に一言伝えると、元凶をギロリと睨みつける翔翼。
「いいじゃないですか、女々しく隠すほどのことでもないでしょう?今後のためにもスッキリさせておいた方がこっちも楽なので」
泣く子も黙るだろう迫力を前にしながらも、はっはっはっは、と悪びれた様子もなく笑う信盛。
「…外でいいか?」
「あ、はい」
言っていることは間違っていないため不満を押し殺しながら、翔翼は光秀を連れて屋敷を出ていくのであった。
岐阜城近くを流れる川のほとりにて、草原の上に寝ころんでいる翔翼とその隣に腰かける光秀。
「……」
「あの、話したくないであれば無理にお話頂かなくても大丈夫ですよ?私も今後このことには触れませんので」
どうにも尻込みしている様子の翔翼に、光秀は彼を気遣い話題から逸らそうとする。
「いや、癪だが信盛の言う通り隠していてもしょうもないことだしな。それでお前さんにしこりを残すのも悪いしな」
そういって上半身を起こすと、流れる川を見つめながら語りだす翔翼。
「俺が農民の出なのは前に話したな」
「はい」
「俺の家は猟師の家系でな。幼い頃は親を手伝いながら平和に暮らしていたよ。だが、ある日故郷の村が賊に襲われて俺を残して全滅したんだ」
「!」
「両親に守られて俺だけが生き残った。賊が去った後村に戻って見たのは物言わなくなった村の人々、そして両親の姿だった」
その時のことを思い出したのか、悲痛な趣を見せる翔翼に。今まで見たことのない姿に、光秀はどのように声をかけるべきか逡巡してしまう。
「すみません。辛いことを思い出させて…」
「いや、きにするな。今の世じゃ珍しいことではないしな」
そう、今は戦国乱世。戦によって生きる糧を失った者が、徒党を組み弱き者を殺め糧を奪う。あった筈の平穏が一瞬で崩れ去るのが日常となっているのだ。
「全てを失った俺はただ泣くことしかできなかった。そして、涙が枯れた後に残ったのは、ただ怒りと憎しみの感情だけだった」
「怒りと憎しみ、ですか?」
「そうだ。父と母を優しかった村の仲間を奪った者達への、な。それからの俺はその感情に囚われ『獣』に堕ちた」
「獣?」
言葉の意味がわからず思わず聞き返す光秀。
「ああ。俺は自分を理不尽な境遇に追いやった者達に復讐する道を選んだ。村を襲った者達を捜し出し、父から教わった狩り人としての技を駆使して皆殺しにしたんだ」
「それは仕方のないことなのでは?」
愛する人を奪われたのなら、その相手を憎く思うことは人として当然の感情であろう。
光秀も、もしも道三が義龍に討たれていたら、彼に憎しみの感情を持ち敵を討とうとしていただろう。
「そこまでだったならな。だが俺は敵を取った後も怒りと憎しみが晴れることはなく、やり場の無くなった感情を他の賊にぶつけることでしか生きれなくなったのさ。それに父は言っていた。『狩り人とは生きるためだけにその技を使い。手にかけた命に感謝の心を忘れるな』とあの刻、俺はその教えを一度捨てたんだ」」
吐き捨てるように話す翔翼。もしも過去に戻れるのなら、その時の自分をぶん殴ってやりたいと言いたそうであった。
「殺して殺して殺し続け。そうしている内に、いつしか賊狩りなんて呼ばれるようになってたよ。何のために生きているのかもわからなくなっていた刻に信奈と出会ったんだ。あいつは言ってくれたよ『あたしが天下を統一して乱世を終わらせて見せる。あんたのように涙を流しながら戦う者がいなくなるような、天下万民が笑い合える世を創ってみせる。だからあたしに仕えない、以後の生涯ずっと』とな。あいつは俺に生きる意味と居場所、
青空を見上げながら、これまでと一転して晴れやかに話す翔翼。彼女との出会いが彼にとってかけがいのない思い出なのだろう。
「っとすまん。話が逸れたな…」
「いえ。翔翼殿が信奈様を忠義を尽くされる理由をお聞きできましたので、お気になさらず」
気まずそうに頭を掻く翔翼に、優しく微笑む光秀。
「ならいいんだが。さて、何か話してたら小腹が空いたな。奢るんでういろうでも食いにいくか。信澄の奴が新作考えたって言ってたしな」
そういって立ち上がると軽く体を伸ばす翔翼。
「そんな、悪いですよ」
「構わんよ。こういう刻くらいしか格好つけられんのだからな」
いつも死にかけで情けないところしか見せてないからな、と溜息をつく翔翼。
「…いつでも格好いいですよ、あなたは」
「ん?何か言ったか?」
「な、何でもないです!さあ、行きましょう!!」
「お、おう?」
恥ずかしさを誤魔化すように光秀は急いで立ち上がると、