織田信奈の野望~飛将伝~   作:Mk-Ⅳ

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第二十八話

美濃の統治を安定させた織田家は、信奈が新たに掲げた『京へ上洛し天下統一の意思を世に示す』という方針に邁進していた。

そんな中、南近江を納める浅井家当主長政が信奈の元を訪ねてきたのであった。

 

「婚姻同盟、ね」

「左様。我が浅井家が織田家と盟を結ぶならそれしかないと父や家臣が譲らず…。私の力が及ばず申し訳ない」

「ま、同盟なんてそんなもんでしょう」

 

心の底から謝罪している様子の長政に、信奈は特に不満を感じている様子もなく話す。

乱世より以前から、同盟を結ぶ際の信頼の証として当主の親族同志を婚姻させる、所謂婚姻同盟は珍しいことではないのである。

ただ、美濃を取り勢いを増す織田家との同盟は、浅井家にとって有益ではあるものの。長政の父である先代当主久政を始め多くの家臣は野心的な信奈を危険視しており、何より浅井と長年同盟を結んでいる越前の朝倉家は織田家との関係が悪く、朝倉家の機嫌を損ねることを恐れ反対意見が多く出ていた。

そのため、長政は同盟の条件として織田―浅井間で婚姻関係を結ぶことでどうにか反対派を納得させたという背景もあったのである。

 

「別にこっちとしても願ってもない話よ。この話受けるわ」

 

即断する信奈に、翔翼を除く家臣団からどよめきが起こる。

現在の織田家と浅井家で婚姻同盟の条件をみたす者は、信奈と長政しかおらず。つまり、信奈は長政と夫婦になると宣言したのだから当然だろう。

 

「ええ、そんな!翔のことはいいんですか姫さあいたッ!?」

 

余計なことを言う勝家に信奈が扇子を投げると、見事にの額に命中した。

 

「あたしが嫁ぐなんて一言も言ってないでしょう。嫁がせるのはあたしの()よ」

「「「「「妹?」」」」」

 

信奈の発言に、翔翼を除くその場の者達が疑問符を浮かべた。

 

「失礼ながら信奈様。私の記憶が正しければ妹君らは今だ幼く、嫁がせるのは難しいのでは?」

 

信盛が困惑を隠せない顔で問いかける。

確かに信奈には妹が幾人かいるも、皆まだ余りに幼くとてもではないが嫁に出すのは不可能な年齢であった。長政もそのことを把握しており、故に自分と信奈が婚姻するしかないことに責任を感じていたのだ。

 

「大丈夫よちゃんと適任なのがいるから。てな訳でよろしくしてやってね長政」

 

長政は事態が呑み込めていないも、これまで沈黙している翔翼に視線を向けると。まるで自分を安心させようとするように、そして主君を信じて欲しいと目で訴えていた。

 

「…承知しました。よしなに」

 

長政彼を信じ、提案を吞むことにしたのであった。

 

 

 

 

「姉上」

「何?お市」

「信澄です。…僕はどうして花嫁衣装を着ているのでしょう?」

 

岐阜城城門前にて、花嫁衣装姿(・・・・・)の織田信澄は、隣に立っている姉に困惑を隠せない様子で問いかけていた。

朝起きて今日も新作ういろう作りに精を出そうと意気込んでいたら、いきなり姉が小姓らと共に部屋に乗り込んできたかと思えば、無理やりこのような恰好をさせられれば当然と言えよう。

 

「…信澄、今日からあなたはあたしの()お市としていきるのよ」

「すみません。流石に意味がわからないんですが」

 

両肩に手を置き、真面目な顔で意味不明なことを言ってくる姉に、思わず怪訝な目を向けてしまう信澄。

そんな彼を無視し、何かを合図するように手を振ると、どこからともなく現れた翔翼が信澄を抱え籠の中に放り込むと、籠は北近江へ向けて出発していった。

 

「いや、駄目だろこれは…」

「あ、あはは。大丈夫、ですよきっと」

 

とんでもない策を繰り出して来た主君に、可成は白目を剥きながら辛うじてといった様子でツッコミを入れてくる。

そんな彼を励まそうとするも、不安を隠せていない光秀。

 

「大丈夫かなぁ信澄様」

「信澄様の身も色々な意味でそうですが、こんなことすぐに露見して浅井家と戦になりますよ論外です」

 

勝家は純粋に信澄を心配し、長秀はこの先起きうることを想像して頭痛を堪えるように額を抑える。

 

「上手くいく?」

「あ、あのお二人ならきっと、上手くいくと思います」

 

ういろうをかじりながらの利家の問いに、何故か自信ありげに答える半兵衛。

 

「…本当に問題ないんでしょうねぇ、オイ」

「俺に聞くな。天にでも聞け」

「君が何か吹込まなきゃ、こういた話題で姫様がああも冷静なわけないだろうが」

「さて、知らんな」

 

凄んでくる信盛に、空を見上げながらしらばっくれる翔翼。

こうして後に、織田家の明暗を大きく分けることとなる同盟が結ばれるのであった。

 

 

 

 

浅井家との婚姻騒動から日が経ち。上洛への道筋を整えて行く織田家だが、とある問題に直面していた。

京への途上にある近江の北部を治める浅井家を味方に引き入れることには成功したものの、南部の六角家――そして京一帯を支配する三好家は織田と徹底抗戦する構えを見せており。戦は避けられぬ情勢となっていた。

 

「とはいえ、大儀名分がないのが辛いところだな」

「ん~まぁねぇ」

 

岐阜城下にある茶屋で、翔翼が茶を啜りながら愚痴を零すと、隣に座る信奈は団子を特に気にした様子もなく頬張っている。

 

兵を挙げ他国に攻め入るにはそれ相応の理由――大儀名分がなければ国内の賛同は得られず、特に最も負担を強いられる農民からの反発は免れないだろう。

それだけでなく、仮に領地を奪いとろうともその土地の者達から『不義の輩』といった敵意を抱かれ。流民となって他の地へ逃れられるか、一揆となって敵対され統治もままならなくなることだろう。

そして、周辺国からも批判を受け『野蛮の徒から自国を守るため』という大義名分を与え攻め込まれる恐れさえあるのである。

現状いくら天下泰平のためというお題目を掲げようとも、それを証明できるものが織田家にはなかった。

 

「光秀が朝倉家に身を寄せている『足利義昭』に親族を通じて働きかけてるから、それ次第ね」

「前将軍の弟君だったか。果たして織田家のような田舎大名の元に来るかどうか」

 

暫し前に足利幕府13代将軍であった足利義輝を、三好家が討ち取るという事件が起きていた。

これは幕府を傀儡にしようとしていた三好家に対し、義輝が強く反発し幕府の権威を復活させようと敵対していたことが発端であり。この事件は武家を統括すべき将軍が下克上されるという、乱世が混迷を極めていることを象徴するできごとであった。

 

「義輝公殺害後、三好家は公の従兄弟である義栄(よしひで)公を、次期将軍にしようと画策しているそうです。それに義昭公が『前将軍の弟である自分が後を継ぐべき』と反対し、各地の大名に味方になるようを要請しています。ただ…」

「どこも手を貸す気はないと、世も末だな」

 

もう隣に座る光秀の説明に、翔翼はどこか嘆くように団子を頬張る。

 

「一応、現当主が熱烈な親幕府である越後の上杉家は早々に協力を表明していますが。何分京まで遠すぎますし、宿敵とさえ言われている隣国の甲斐武田家に阻まれ動くに動けないようです。その甲斐武田家は既に幕府を見限っていて協力する気がなく、他の大名も似たような理由で消極的で、今身を寄せている朝倉家も義昭公のために動く気はない様子。ですから、京に近く桶狭間から勢いのある当家が支援を申し出れば、義昭公が頼りにしてくる可能性は低くないでしょう」

「といっても、朝倉家がそう簡単に手放すとは思えんが」

「当主である朝倉義景は優柔不断で臆病者であり、領土欲も持ち合わせず、上洛を促す義昭公を疎ましく思っているそうです。存外容易く事が運ぶかもしれませんね」

「上手くいくならそれにこしたことはないが。それはそれで、面倒なことになりそうだがな」

 

さらりと不吉なこと言う翔翼の肩を、信奈がちょっとやめてよ!と小突くのであった。

 

 

 

 

「早く早く将軍になりた~~い!!」

 

越前の国を治める朝倉家本拠である一乗谷城にて、一人の二、三十代の男性が年甲斐もなく駄々をこねていた。

そして、男は狐のような顔つきをした男性に詰め寄ていく。

 

「義景殿!!いつ余を将軍にしてくれるのだ!?」

「い、いつか必ず…」

 

物凄い剣幕の男に、狐のような顔つきをした男性――朝倉家当主の義景は困惑しながら応じる。

 

「いつかっていつなのだ!!何年何月何日何刻日ノ本が何周期を迎えた刻なのだ―――」

「(前将軍の弟だから匿ってるけど…。こいつうぜぇ…)」

 

この男と関わったことがある人間なら、誰もが感じることを一人愚痴る義景。

 

「義景殿ッ!!早くしないと、余の特製花押(サイン)を贈呈する期間が過ぎてしまうぞい!」

「(本ッ当にうぜぇ…)」

 

やたら達筆に『将軍義昭』と書かれた花押をドヤ顔で見せつけてくる男に、渦巻く負の感情を必死に押しとどめる義景。

そう、この碌でもなさそうな男こそ、前将軍足利義輝の実弟――足利義昭なのである。

この男が、後に織田家――ひいては天下に多大な影響を与えることになるとは、この刻は誰も思いもよらなかったのであった。


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