織田信奈の野望~飛将伝~   作:Mk-Ⅳ

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第二話

早朝、布団の中で目を覚ました翔翼。隣で腕に抱き着いて寝ているねねを、起こさないように離しながら起き上がる。

 

「ん~兄様…」

 

寂しそうにするねねの頭を撫でると、穏やかな寝息になっていく。

住居を出ると、眠そうに目を擦っている利家と出くわす。

 

「おはよう犬千代」

「おはよう翔…」

 

利家はテクテクと近づいてくと、腰に抱き着いて顔を犬のように擦りつける。その愛らしさに頭を撫でると、嬉しそうに目を細める。

その後、眠気が取れずふらつく足取りの利家を脇に抱えて馬小屋に移動する。

 

「おはよう赤兎」

『――』

 

翔翼が声をかけながら撫でると、赤兎は喜びを表すように尻尾を振りながら鳴く。

愛馬の手入れや餌やりをすると、翔翼と利家は互いに鍛錬用の棒を手にすると一定の距離を取って向き合う。

 

「では、往くぞ」

「ん」

 

互いに駆け出すと突き出した棒がぶつかり合う。

 

「ぬんッ!」

 

翔翼が力を込めると、小柄な利家は軽々と押し出されるも。すぐに体制を立て直した利家は駆け出しながら棒を地面に立ててそれを支点にして跳ぶと、落下の勢いを乗せて棒を振り下ろす。

 

「てい」

「ムッ」

 

翔翼が棒を水平に持ち受け止めると、利家は勢いそのままに頭上を越えて背後に回り込み、棒を突き出す。

翔翼は振り返ることもなく上半身を僅かに反らし、左の脇を広げて棒を通すと挟んで抑えると、右手に持つ棒の石突を犬千代の喉元に添える。

 

「惜しかったな」

「むぅ…」

 

翔翼が僅かに口角を吊り上げると、利家は悔しそうに頬を膨らませる。

 

「兄様、犬千代様!朝餉の用意ができましたぞ!」

「ああ、今行く」

 

ねねの呼び声に答えると、翔翼は利家を連れて長屋に戻る。

翔翼の住居には、ねねの他に銀髪の忍び装束を着たねねや利家と同年代の少女がおり、翔翼を出迎えるように跪いていた。

彼女の名は蜂須賀五右衛門、翔翼に仕える忍びである。

 

「戻ったか五右衛門。首尾はどうだ?」

「はっ。大空(うじ)のご推察通り、この清洲城下に今川の間者が多数忍び込んでごじゃる。幾人始末致しましたが…」

 

翔翼の問いに、五右衛門は淡々と報告する。彼女は幼いながらも、忍びとして優れた手腕を持っている。ただし、長台詞は苦手であるが。

 

「そうか…」

「大空氏、やはり今川は…」

「その辺りは、この後信奈達と考えるさ。とにかくご苦労だった、まずは朝餉にしよう。冷めてしまうからな」

「犬千代もお腹空いた…」

利家がお腹に手を当てると、腹の虫が鳴った。

ふらつく彼女を支えながら席に座ると、ねねが朝餉を運んでくれる。

 

「「「「いただきます」」」」

 

食卓を囲んで料理に料理に舌鼓(したづつみ)ながら。ねねの世間話に翔翼が興味深く反応し、利家は掻っ食らいながらも適度に会話に混ざり、五右衛門は黙々と箸を動かす。そんないつもの大空家の日常が彩られるのだった。

 

 

 

 

朝餉後、出仕するため翔翼と利家は清州城へと向かっていた。

 

「お、翔に犬千代。おはようさん」

「うむ、可成おはよう」

「おはよう」

 

門前で同じく出仕してきた可成と挨拶を交わすと、共に城内に入っていく。

 

「あー胃が痛い…」

 

入り口の端で、信盛が袋に入った粉薬を飲んでいた。

 

「よお、信盛おはよう」

「おはようございます皆さん」

 

筆頭家老相手にも気軽に挨拶する翔翼。他の2人もそれぞれ同様に挨拶をする。対する信盛も気にした様子もなく対応していた。当主である信奈が奔放なこともあり、彼ら若い世代は比較的身分を気にせず接するようになっているのだ。

 

「今日も好調だな」

「ええ、もう帰りたいです」

 

朝っぱらからお腹を押さえて顔色を青くしている信盛に、冗談めかして話す翔翼。彼はかなり気弱であり、地位からくる重圧等に耐え切れず、常に胃痛に悩まされているのである。

 

「相変わらずだなお前は…」

「へなちょこ」

 

そんな頼りない筆頭家老に、可成と利家がやれやれ、と言いたそうな目を向ける。

言ってしまうと彼が筆頭家老なのは、佐久間家が長年織田家に仕えているからであり。当人は退却戦が得意なこと以外は至って平凡であった。

 

「隙ありじゃ」

「む」

 

いつものやり取りをしていると、不意に天井から降ってきた一益が翔翼の肩に乗る。

 

「おはよう一益。そして、降りなさい」

「おはよう翔(にい)に皆の衆も。そして嫌じゃ、姫は疲れたからもう歩きたくないのじゃ」

「朝っぱらから信盛みたいなことを言いおって…」

 

頭に顎を乗せてぐでー、と寛ぎだす一益に、呆れた様子を見せる翔翼。

 

「ちょっとお待ちを。僕はお腹が痛いから働きたくないだけなので、怠け者扱いは止めて下さい」

「対して変わらねぇだろ…」

 

しょうもない弁明をする信盛に、可成が呆れながらツッコミを入れる。

 

「おはよう皆。何の話をしているんだ?」

「おはよう勝家。信盛が胃を痛め過ぎて今際の際(いまわのきわ)なので、最後の言葉を聞いていたのだ」

 

遅れて姿を現した勝家にそれぞれ挨拶している中、翔翼がとんでもないことを言い放つ。

 

「あれ!?僕死ぬことになってる!」

「え!?そんな、地味だけどいい奴だったのに!」

「いや、信じないでもらえます!?後、地味は言わなくてもいいですよね!?」

 

疑う様子もない勝家に、全力でツッコム信盛。

 

「ホントに勝家ちゃんは純真じゃのう」

「将来悪い男に引っかからないか心配だよな」

「ある意味手遅れ」

「そこで何故俺を見る犬千代よ?」

 

ジト目で見てくる利家に、困惑する翔翼。

 

「こんな所で皆揃っていつまで話しているのですか。もう評定が始まりますよ、信盛と勝家は筆頭家老なのですから遅れたら他の者に示しがつきません。そんなことになったら大幅減点です」

 

評定場の方から長秀が、やれやれといった様子でやってきた。

 

「ん、もうこんな刻限か。信奈に鉄砲をぶっ放されてもかなわんし行くか」

「兄様の場合殆ど照れ隠しじゃがの」

「そうか?苛立ちの発散がしたいだけだろう」

 

翔翼が肩を竦めると、その場にいる者達に呆れた様に息を吐かれるのであった。

 

 

 

 

評定で議題に出たのは、暫し前から上洛の動きを見せる今川への対処であった。

今川が京へ進出するためには、地理的に尾張は避けて通ることができず。昨年より織田家に臣従を迫ってきていたが、信奈はこれを拒否した。それからというもの、こちらを威嚇するように小競り合いを繰り返すようになり。また、織田領内への間者の数が増えていることと、武具兵糧を買い込んでいることから、そう遠くない内に武力行使してくるのは時間の問題であるとの見方が織田家内で強くなっていた。

今川は隣国である武田、北条と同盟を結んだことで後顧の憂いがなくなったため、全戦力を投入可能であり、織田家との戦力差は5倍はあると見られていた。

 

「今川と真正面から戦っても勝ち目はない!ここは籠城すべきだ!」

「だが、援軍の見通しがない以上、立て籠もったところでどうにもならん!ならば、一か八か打って出るべきだ!」

 

家臣内では野戦か籠城かで意見が二分されており、一向に纏まる様子はない。

織田家は現在、隣国である美濃を治める斎藤家と同盟を結んでいるも。現当主である斎藤道三の長男が不穏な動きを見せており、他国に十分な援軍を送る余裕がなく。最悪、織田家単独で今川と対峙する必要があった。

 

「まあ、打って出るより籠城して敵の兵糧切れを狙うのが安全でしょうかねぇ」

「待て、それでは領内が荒らされ放題になってしまう!民を守るためにも野戦で迎え撃つべきだ!」

 

更に、筆頭家老である信盛と勝家の意見が真っ向から対立していることも、この事態を招いてしまっていた。

本来であれば、当主である信奈が早々に方針を纏めるべきなのだが――

 

「くぁ…」

 

湯帷子(ゆかたびら)を肩脱ぎにし、腰と足を覆う袴の上に虎の皮を腰巻のように巻いた『うつけ』と言われる所以となっている大名らしからぬ恰好をした信奈は、上座で胡坐をかきながら退屈そうに欠伸をしていたた。

 

「もういいわよ、あんた達帰っていいから」

「信奈様!?」

 

立ち上がると右手で頭を掻きながら、左手で追い払うように手を振ると、信奈は城主の間から去ってしまった。

長秀ら付き合いの長い者達以外の家臣がざわつく中で、翔翼は席を立つと信奈の後を追うのであった。

 

 

 

 

「情報が漏れるのを防ぐためとはいえ、少しは安心させることでも言ってやったらどうだ」

 

清州城本丸にある信奈の部屋にて。翔翼は縁側にある柱に寄りかかりながら座ると、上座で胡坐をかく信奈に話しかける。

部屋には南蛮商人から買った地球儀の他に、象やパンダと呼ばれる動物の牙や毛皮があり、室内の構造こそ日ノ本式だが、置かれている家具等は異国のものが大半という独特な雰囲気を醸し出していた。

 

「私は『うつけ』よ?あれくらいでいいのよ、どうせ勝てるって言っても信じないでしょ」

 

南蛮商人から買った地球儀を手で回しながら、フンっ、と鼻を鳴らす信奈。

彼女がまともに評定をしないのは、やる気がないのではなく既に今川に勝つ算段が整っているからなのだ。

そのことを悟りなおかつ疑うことなく信じているのは翔翼のみであり、長秀ら側近辺りは感づいてはいるだろうが半信半疑といったところだろう。

ならば敵方に悟らせないために、敢えてやる気のないように装うべきと彼女は判断したのだ。

 

「(才があるというのも考えものだな)」

 

寂しさを漂わせながら地球儀を回す信奈を見て、そんなことを考える翔翼。

これまでのつき合いで、信奈には日ノ本を変えられるだけの才能があることを彼は感じ取っていた。伝統や常識といったものに縛られず、効率性を求める柔軟性。南蛮の商人を通じて海の向こうにある国々が、遠くない将来に日ノ本を支配しようとしていることを感じとれる先見性。いずれもどの大名には持ちえないものだろう。

だが、余りにも優れたその才は人々に理解されることはなく『うつけ』としか見られなかった。

本人は敵を油断させるためにそのことを利用しているが、内心では寂しさを感じているのだ。

 

「…お前のことを理解してくれる奴が、織田家にいてくれれないいんだがな」

 

開け放たれた戸から広がる青空を見ながら、思わず呟いてしまった。

翔翼含め、家臣達は信奈を慕ってはいるものの、その大志を十全に理解できているものはいないのだ。

彼女と同じような思考をできるものが1人でもいれば、孤独を感じることもないだろうに。

 

「…いい」

「む?」

 

掠れるように呟かれた言葉に視線を戻すと、地球儀を回す手を止めた信奈が、顔を赤くしながら俯いていた。

 

「あんたがいるから、別にいいわよ」

「俺はお前なら、戦のない世を作れると信じてついて行っているだけだぞ」

「私の話を聞いた奴は、笑って馬鹿にしたり変な目で見るか、よく分からないって顔をするわ。でも、あんただけは本気で信じて理解しようとしてくれる。だから、あんたがいれば私には十分なのよ」

 

最後の方はかなりボソボソと話していたので、余り聞き取れなかったが。しおらしい今の彼女は年相応で、翔翼は自然と口元に笑みが浮かんでいた。

 

「まあ、俺よりも光秀の方が話が合うだろうがな」

 

そういえば最近彼女の料理食べてないなぁ、と天井を見ながら漏らす翔翼。

光秀とは、明智光秀という斎藤家に仕える女武将である。

信奈と同い歳だが、当主である道三に才能を見込まれ側近として用いられており。特に鉄砲の扱いについては斎藤家はおろか、近隣諸国で最も重視している織田家にも並ぶものはいない程である。

信奈に負けず先見の明があり、彼女の思想に誰よりも理解を示してくれる人物でもあった。

また、家事等も得意であり。斎藤家と同盟を結ぶ場で知り合ってからは、時折翔翼の家を訪ねてきて料理を振舞ってくれることがあるのだ。

加えて容姿は信奈に負けず劣らず美人であり、彼女と違って粗暴な言動もない淑女の見本と言えるのだが、何故か未だに嫁の貰い手がおらず、翔翼は世の中不思議なことがあるものだと思っていた。

 

「ってなんで鉄砲を手にする!?」

 

大人しくなった信奈に不審に思い視線を向けると、何故か鉄砲に弾込めを行っているではないか。

 

「あんたねぇ。なんでこの流れで光秀の名前が出るのよ!!」

「何故怒る!?というか、銃口をこっちに向けるな!危ないだろうが!?」

「うっさい!あんたなんか、一変死になさい!このアンポンタンッッッ!!」

「おぉおおう!?」

 

信奈が引き金を引くと、轟音と共に弾丸が発射される。翔翼は彼女の視線と引き金を引く指の動きから、弾道と発射のタイミングを見極め、発射される前に顔を横に逸らす。弾丸は彼の顔面があった空間を通過していった。

 

「せめて、急所は止めろと言っているだろうが!」

「どうせ避けるからいいでしょうが!」

「良くないわ!」

 

いつの間にか信奈の側に控えていた小姓が弾込めした鉄砲を彼女に渡し、再び翔翼へと銃口が向けられ発射される。

それを先程と同様に回避する翔翼。それを信奈の気が済むまで繰り返されるのであった。

ちなみに他の家臣らは、連続で響く鉄砲の音を、いつもことかと慣れた様子で聞いていたのであった。




先にお伝えしておくと、光秀は原作通りでなく戦極姫(初代版)という作品の容姿やキャラになっております。個人的にそちら方が好きなので。
なので、原作好きの方はお許し下さいませ。
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