織田信奈上洛の軍を挙こす!!――この報は瞬く間に近隣諸国へ伝播し、各国がその動向を注視していた。
「では、行って来る。ねね、定留守は頼んだぞ」
「はい!!行ってらっしゃいませ兄様!!」
「お気をつけて翔様」
留守役であるねねと定に別れを告げると、翔翼は赤兎に乗り待機している配下の元に向かう。
「お前達用意はいいかッ!!いよいよ上洛だ!!俺達の名を天下に轟かせるぞッ!!!」
主からの掛け声に、天地を響かせんばかりの歓声あ湧き上がり、それぞれにこの上洛にかける意気込みを見せる小六ら。
「進軍ッ!!」
号令と共に、翔翼を先頭に移動を開始する大空隊。本隊と合流する道中、翔翼は側にいる半兵衛に声をかける。
「結局六角はこちらにはつかなかったか」
「六角家は、前将軍義輝公を暗殺した三好と手を組んでいますからね。義輝公の弟君である義昭公を奉じる信奈様とは相容れないのも仕方がないかと」
京と美濃を繋ぐ南近江を治める六角氏に、幾度も使者を送るも、当主六角
「それに鎌倉時代より続く名門だからな、田舎者に頭を下げるのは誇りが許せんのだろう」
「それもまた人というものか」
半兵衛の側に控える重矩も交えて話をしながら本隊と合流すると、織田家の家紋である織田木瓜以外に三つ葉葵――同盟国である徳川家を示す旗が掲げられていた。
上洛には織田家だけでなく、同盟国である徳川、浅井も参加する合同事業でもあり、信奈がいかに本気であるかを表していた。
総勢一万を超える兵を率い岐阜を発った信奈は、北近江の国境沿いまで兵を進め新たな同盟国となった浅井家と合流するのであった。
「お久しゅうございます義姉上。此度の上洛、我ら浅井家全力を持って支援させて頂きますぞ」
「ええ、頼りにさせてもらうわ長政」
和やかに挨拶を交わす信奈と長政。そんな様子に、翔翼を除く織田家の面々は密かに胸を撫で降ろしていた。
「はて、信澄様の正体がバレてキレられるかと思ってましたが、これは予想外ですねぇ」
「まだ男だと気づかれてないだけじゃないのか?」
「いや、輿入れしてからかなり経ってるんだぞ、それはねぇだろ」
「…男色家だったとか?」
あれやこれやとヒソヒソと話している信盛らの傍らで、翔翼はいつも通りの様子で二人のやり取りを見守っていた。
そんな彼に、長秀が得心がいったという様子で話しかける。
「…あなたが意味のないことをするとは思っていませんでしたが、なる程、そういうことでしたか」
「まあな。…悪かったな黙っていて」
「こればかりは仕方ありませんね。今回は減点しないであげましょう」
「そいつはありがたい。冗談抜きで俸禄に響くからなお前の採点は」
おどけた口調で話す長秀に、辟易したようにジト目を向ける翔翼。
実は織田家の俸給制度では、彼女の評価も反映されていたりするのである。
浅井軍も加え、倍増した兵力を持って南近江へと侵攻開始した上洛軍。これに地元の豪族らが次々と傘下に加わっていき、六角氏と対峙する頃には5万にものぼる規模にまで膨れ上がっていた。
対する六角軍は5千にも満たない程度であった。長きに渡る浅井家との戦に敗れてきたことが影響し、その勢力は既に弱りきっており、もはや名門としての権勢は見る影もなくなっていたのである。
それでも本拠である観音寺城は岐阜城に匹敵する堅城として名高く、六角軍は籠城して徹底抗戦の構えを見せていた。
「姉上。六角承禎が籠る観音寺城は難攻不落とも言われる名城、ここは支城を落としていき兵糧攻めにすべきかと」
軍議の場にて、六角家との戦の経験が豊富な長政が信奈に進言する。浅井家も織田家同様下克上で大名となった新興勢力であり、その過程で六角家と敵対し。以後幾度も刃を交えることとなったのである。
「それだと戦が長引くわ。六角と同盟している三好からの援軍が来ると面倒になる、だから速攻で片を付けるわ。信盛!」
「はっ」
「先陣を任せるわ、翔と長秀を連れて行きなさい」
「――恐れながらながら姫様、最前線である和田山城には相当数の兵が詰めており、恐らく甲賀忍軍も控えさせているかと。更なる戦力の投入が必要と愚考しますが?」
甲賀忍軍とは、南近江南端の甲賀に住む忍び集団であり、古来よりこの地を治める六角家に仕え。過去には『
ちなみに、伊勢攻略のため別行動中の滝川一益の出身地でもある。
「安心しなさい信盛。狙うのは和田山城じゃないわ」
懸念を示す家臣に。信奈はニヤリと得意気に笑みを浮かべると、机に広げられていた地図にある箇所を指さした。
「和田山城は無視して、その奥の
彼女が示したのは、敵の本拠である観音寺城と支城郡を繋ぐ要所であった。
「敵の急所を刈り取り、動揺を誘い総攻撃で片づけるわ。あんた達、時勢に疎き六角の者共に、新たな時代の力見せてやりなさい!!!」
『『『『はッ!!!』』』』
主君からの激に、各々応じると行動に移っていくのであった。
満を持して攻勢を開始した織田軍。定石どおりに最前線の城から攻略してくと見ていた六角軍は、本拠である最前線で和田山城と本拠である観音寺城に兵力を集中させていた。
だが、信奈はこれらの城を無視し、手薄となっている後方の拠点を強襲させたのである。
「流石翔ですね。こうも簡単に防衛線を抜けられるとは、敵も思わないでしょうねぇ」
「向こうの動きが鈍かったからな。さして苦労もせんかった」
「ですが、油断は禁物です。援軍が来る前に迅速に攻略しましょう」
直感で敵の守りの隙を見極めた翔翼によって、難なく敵地に侵入した信盛、長秀ら三隊は箕作城へと攻めかかかかった。
だが、寡兵ながら箕作城を守る六角軍は奮戦し、苦戦を強いられてしまう。遂には日が暮れてしまい、一時後退を余儀なくされた。
今後の方針を決めるべく開かれた軍議の場にて、半兵衛が提案する。
「――想定外の奇襲を防いだ敵は、敵の出鼻を挫いたと安堵しているでしょう。今日の内に再度攻めてくるとは思っていない筈、ここは夜襲をしかけるべきです」
城内の大半が寝静まった夜半。見張りに立つ兵の一人が、気の抜けた様子であくびをかいていた。
半兵衛の予想通り、誰もが日が出るまでは敵襲はないと決めつけていた中。不意に、眼前の城下にぽつんと光が灯る。
「何だぁ?」
錯覚かと目を凝らしている間にも、光は点々と広がっていき。それが松明の火だと理解した頃には、光に照らされた無数の織田兵が暗闇から姿を現し列をなして押し寄せていた。
「て、敵しゅ――」
度肝を抜きながらも、味方に報せようと開いた口は背後に忍び寄っていた五右衛門の手によって塞がれた。
「――――!!!」
驚愕に目を見開き、くぐもった悲鳴を上げる見張りの喉元を、五右衛門は苦無で掻っ切った。
傷口から血を噴き出しながら膝から崩れ落ちていく見張り、彼が最後に見たのは自分と同じように自らの血の池に沈んでいる同僚らの姿であった。
「火を放て!!この城の陥落を敵味方に報せろッ!!」
城内に乗り込んだ大空隊によって、炎上していく箕作城。
その火の手を確認した織田軍は総攻撃を開始。想定外の事態に混乱の極みに陥った六角軍は総崩れとなり、前線の支城はさしたる抵抗もできず陥落するか降伏していく。
この事態に、総大将である六角承禎はなすすべなく観音寺城すら捨てて逃亡。こうして名門六角家はあっけなく滅亡と相成るのであった。
「あの六角をこうも容易く打ち倒すとは…」
三代にも渡って近江の実権を争い、先代の時代には臣従を強いられもした宿敵を赤子の手を捻るように蹴散らした織田家の、信奈の力に長政は感動さえ覚えていた。
「義姉上ならこの乱世もきっと…」
戦乱なき新たな世の到来を実感した彼は、その実現のために力を尽くそうと誓うのであった。
観音寺城へと入った信奈は、暫しの間だけ留まり戦後処理を終えると。再び京目指し進軍を再開し、以後の道中の豪族など地方勢力は全て傘下に加わっていき抵抗を受けることなく、遂に京の都へと到着するのであった。
「…尾張を統一した際に、幕府に信奈を新たな統治者に認めてもらうために来た頃と変わらない――いや、更に荒れているか」
「応仁の乱より百年近く戦火に晒されていますからね…」
町並みはを見た翔翼は悲哀の籠っった声を漏らし、光秀もそれに同調するように頷く。
花の都と呼ばれた面影は失われて久しく。見渡す限りに荒廃しており、この地で暮らす人々は戦火と略奪に生きる活力を奪われてしまっていた。
そんな彼らは、新たな統治者である織田家にも懐疑的な目を向けており。それに対し信奈は次なる布告を発するのだった。
・民らから一銭たりとも盗むなかれ
・乱暴狼藉を働くなかれ
・女子に手を出すなかれ
・これらを破る者は即座に処刑す
この布告に対し信奈直轄の本軍は厳格に守るも――
「へへ、流石都だいい女が揃ってやがるぜッ!」
「もうここはワシらのもんなんじゃ。ちょっとくらい良い思いしたって…」
上洛開始後に新たに傘下に加わった者達の中から、これを破ろうとするものが出てきてしまう。
「や、止めて下さい!!」
「恥ずかしがんな、顔だけでも見せいッ!」
二人の足軽が、通りすがりの女性にちょっかいをかけていると、その背後から馬に乗った信奈が姿を現す。
「の、信奈様!?」
「へ!?」
冷めた目で見下ろす信奈に、足軽らがたじろぎ後ずさる。そんな彼らに馬を降りた信奈は馬から降り刀を抜きながら近づいていく。
「お、お助け――ッ!!」
慈悲を請う間も与えず、信奈は首を刎ねていくのだった。
「迷惑をかけたわね」
「い、いえ。ありがとうございました」
ちょっかいをかけられていた女性に謝罪すると、刀に着いた血をふき取り鞘に収めると再び馬に跨る。
「長秀、こいつらの首は晒しなさい」
「はっ」
処刑された者達は見せしめに晒され、信奈自ら手を下したことは瞬く間に都中に広まり。織田軍には厳格な規律があり、略奪者などではなく、京の人々を守る治安維持軍であると宣伝されるのだった。
「なんでも信奈様は、前将軍様の弟君を新たな将軍に奉じるそうだが…」
「やっほー皆の衆!余が新将軍足利義昭なのだー!新将軍足利義昭をよろしくなのだ~!」
「義昭様ッしたないのでお止め下さいッ!!」
神輿から顔を出し、民衆に呑気に手を振っている義昭を、側近の細川藤孝が必死に窘めていた。
「…あれが…」
「新しい将軍様???」
一抹の不安を覚えながらも、新たな時代の到来を感じる京の人々なのであった。