フロイスらとの出会いから暫しして。全ての手筈を整えた義昭の将軍就任が正式に決定。ここに室町幕府第十五代将軍に就任と相成ったのであった。
「うりょほほーい!!」
上座にて舞うように回転しながら、全身で喜びを表す義昭。『しょうぐん』という自筆のたすきをまで巻いておりかなりの有頂天になっていた。
そんな彼を窘めるように、細川藤孝がゴホンッと咳ばらいをする。
「義昭様、信奈殿の手前でございますぞ」
「おおっそうであったな!礼を言うぞ信奈殿、これも全てはそなたのおかげなのだーー!!」
「いえ。全ては義昭様の徳の賜物でございます」
「そんなーー。余をおだてたって――副将軍の位しかでないのだーー!!」
「(凄い適当に凄いもの出たーー!)」
手間賃代わりと言わんばかりに幕府第2位の地位を与えようとする義昭に、信奈の背後に控えていた光秀が心の中でツッコミを入れる。
「私を副将軍に…ですか?」
「そうだ!!管領でも良いぞ!!」
「お心遣いはありがたいのですが。どちらも辞退させて頂ければと」
「む?何故じゃ?そなたの働きにこれ以上の褒美はなかろうに、何が不満なのだ?」
「田舎者の私めには不相応な役目にございます。私めの望みはただ幕臣として義昭様をお助けし、天下の正道を正すことのみにございます故、平にご容赦を」
「そうか、そうか。そなたの忠義見事なり!これからもよろしく頼むぞ!」
「ははっ」
その後。今後についての話を纏めた信奈は、義昭のいる謁見の間を後にした。それに付き従う光秀が問いかけるように口を開く。
「よろしかったのですか信奈様?高位の官職を得られれば、今後何かと有利に動くこともできましたのに」
「構わないわ。私が義昭に求めるのは征夷代将軍という後盾だけよ。副将軍とかなんかに下手になったら『織田信奈はいずれ、将軍の位を簒奪しようとしている』なんて変な勘繰りされかねないわ」
「確かに野心ありと見なされれば、上杉ら親幕府勢力を敵に回しかねないですからね」
「(あるいはそれが狙いか…。あの馬鹿麻呂、思いのほか油断ならないわね…)」
納得した様子の光秀の声を背に聞きながら、信奈は今後を憂うように縁側から見える青空を見上げるのであった。
「ふーむ、信奈め。やはりそう簡単には飼いならせぬかぁ」
信奈が去った後、義昭は面白くなさそうに扇子をパタパタ、と仰ぎながらぼやいていた。
「義昭様。長年の苦労が実り、ようやく将軍の地位を手に入れたばかりなのですぞ。何卒、軽はずみな言動はお控え下さいませッ」
藤孝が平伏しながら諫言を呈すると、わかっておる、わかっておると、聞き飽きたと言った様子で眉を顰める義昭。
「まあ、良い。織田信奈の武力とことん利用させてもらうぞ」
ふははははッ!と、高らかに笑いながら、影のかかった笑みを浮かべる主君に、藤孝は冷や汗をかきながら不安を隠せないでいるのだった。
四国にある阿波国。三好家の本拠であるこの地に『三好三人称』と呼ばれる者達が集っていた。
先代当主三好長慶死後、その跡継が幼いため、後見役とし実質彼らが三好家取り纏めていたのであった。
「…織田家は強過ぎる。最早今の三好家ではとても太刀打ちできぬ…。一体どうしたものか…」
筆頭格である三好長逸が苦々しい顔で呻く。都を捨て摂津で抵抗を試みていた三好家だったが、内紛で弱体化しきっていた当家に、勢いに乗った織田家を止める力は既になく。瞬く間に畿内からの撤退を余儀なくされたのであった。
「阿波国が海を隔てた四国にあるため、追撃こそ逃れられたものの。最早我らだけで織田に対抗することは不可能であると、家内の誰もが諦めておる。最早、三好家もこれまでか…」
諦観した様子で項垂れる三好政康に、岩成友通も同意するように頷くことしかできないでいた。
そんな彼らの耳にフフフ…と、どこからともなく女性の声が響いてくる。
「…ありますわよ。三好家が生き残る術が」
「!その声、松永久秀かッ!」
彼らには聞き覚えのある声に、揃ってビクリッと、体を震わせ周囲を見回すと。夜間のため、灯された蠟燭以外の明かりがない室内の隅の暗闇から、一人の女性がゆらりと姿を現す。
「ぎゃああああああああ!!出たァァァァァァ!!」
「よ、妖魔めッ遂に我らの首を取りに来たか!?」
女性は褐色の肌に、銀色がかった短髪であり、唐風の出で立ちをしており、南蛮風の梵天丸とはまた違った異国人らしさを見せていた。
彼女を見た途端、三人衆は逃げるように反対側の隅まで這って固まると、抱き合って怯え切った様子でその身を震わせる。
彼女の名は松永久秀――三好長慶の寵愛を受け、その右腕として三好家最盛期を築いた功労者であり。彼女の死後は、その存在を危険視した三人衆らと対立し、幾度と刃を交えた宿敵と言える間柄となっていた。
織田家が上洛を始めてからは、静観の構えを見せ織田、三人衆どちらにも与していなかったが、織田に敗北したのを好機を見て討ち果たしに来たのだと三人衆は死を覚悟していた。
「落ち着きなされませ皆様方。申し上げたではありませんか、三好家が生き残る術があると。此度はあなた方にお味方するために馳せ参じたのでございます」
「そ、そんな話信じられん!裏切りこそ貴様の十八番ではないか!わ、我らの首を手土産に織田信奈に取り入るつもりであろう!」
友通が悲鳴じみた声で拒絶の意を示す。久秀は長慶存命の頃から暗殺、謀略といった陰の手を得意とし、反旗を翻した主君の弟らを暗殺したとも言われており、若かりし頃の道三と並ぶ梟雄と呼ばれ。果ては三人衆と共に義昭の兄義輝を襲撃し討ち取った事件も、主導したのは彼女であり、目的のために手段を選ばぬ冷徹非情の魔物として恐れられていた。
「確かにあなた方と争って参りましたが。それはそちらが一方的に私を除こうと戦を仕掛けてきたからであり、私めは三好家に弓引く気など毛頭ありませんわ。此度のことも全ては長慶様が愛した当家をお救いしたいが一心でございますのに…」
両手で顔を覆い、ううっ…と、すすり泣く久秀に。三人衆は顔を見合わせひそひそと話し合う。
「どう思う?」
「うーむ。確かに久秀がおっかないからと戦を始めたのは我らだしな…。奴の言い分も最もではあるが…」
「しかし、他にこの窮地を脱する手もない以上、毒を食らわば皿までくらいのことはせねばなりますまい」
良し、と頷き合った三人衆は久秀に向き合うと、纏め役である長逸が口を開く。
「あいわかった久秀よ。ここは、過去の遺恨を全て水で流し、共に力を合わせて三好家を守ろうぞ」
その言葉に、長秀は顔を覆いながら口元をにやり、と歪ませると。次の瞬間には真摯な趣で恭しく平伏していた。
「ありがとうございます。この久秀、改めて粉骨砕身三好家のために尽くすことお誓い致します」
「うむ。それで策あるとのことだが、いかにこの窮地を切る抜ける?」
「はっ。今織田家とまともに戦っても勝ち目はございません。ですので、まずはその力を削ぐべきですわ」
「そうしたいが、敵の守りは固い。朝廷は既に織田信奈を我らの後釜と認め、都の民衆も織田家を支持しておる」
扇動しようと間者を放ったが、あっけなく失敗したことを思い出し、苦虫を嚙み潰したような顔をする長逸。
「うむ。大空翔翼なる者が、あの荒れ果てた都を瞬く間に鎮撫してしまいおった。噂に聞く戦働きだけでなく、政の手並みも侮れん。付け入る隙が見当たらんぞ」
「実は、近く織田信奈は僅かな手勢を残し、岐阜に戻るとの情報を得てございます。その間隙を突くべきかと」
「なんとっ、それは誠か!?」
「京は元は三好の領地、我らに味方する者もおりますわ。その信頼できる筋から手にしたものです」
光明が見えてきたことに、おおっ、と歓声を漏らす三人衆。
「それで、どのようにして攻めるのだ久秀よ?」
「本國寺にいる新将軍足利義昭を襲撃すべきかと。上手く討ち取れれば織田信奈は後盾と、将軍を守れない無能者として天下の信を失いますわ。そして、京の防衛に当たるのは件の大空翔翼と明智光秀とのこと。この二人も討ち取れば、織田信奈から両腕を奪い取ったも同然…。そうなれば、再び畿内を取り戻すこともできましょう」
三人衆が、これならいけるぞ!流石久秀、見事よ!と褒め称える中。久秀は実は…、と言葉を続ける。
「この場に、三好家に加勢したいと申している者をお連れしておりまして」
「ほう、ならば会おう。通せ」
長逸が承諾すると、襖が明けられ大柄な男性が姿を現す。
威風堂々とした佇まいで三人衆らの元へ歩み寄ると、男性は平伏し臣下の礼を執る。
「そなたはから感じられる気風、さぞ名のある御仁と見受けられるが、何故我らに味方を
?」
「我はかつて美濃の蝮を継ぐべきでありながら、織田信奈に敗れし者。その雪辱を晴らすべく、三好家のお力をお借りしたく参上致した次第にござる」
そう告げて顔を上げた男の目には、激しく燃える闘志と執念の炎が宿っていたのであった。