織田信奈の野望~飛将伝~   作:Mk-Ⅳ

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第三十七話

三好勢の奇襲により将軍窮地――岐阜でその報を受けた信奈は家臣らに出陣を伝達すると同時に軍勢を整えることもなく、利家ら馬廻衆だけを連れて即座に京へと飛び出していた。

そして、それを家臣らが慌てて後を追いかけて合流していくことで、織田軍主力は従来よりも短い日数で京へと道を踏破するのだった。

 

「申し上げます!三好勢は既に光秀様、翔翼様ならびに浅井家によって撃退!将軍様はご健在の由!」

「で、あるか」

 

完全勝利の報を受けるも、油断なく即座に諸将に都周辺を守りを固めさせると、自身は将軍御所である本國寺へと向かうのであった。

戦の後始末が行われている中、陣頭指揮を執っている翔翼が出迎える。

 

「よう、もう来てくれたのか。流石の速さだな」

「当たり前でしょ。それより良く守り通してくれたわね。助かったわ」

「光秀に言ってやりな。此度の勝利は彼女の功績だ」

「そうね。…で、あの娘はどこにいるの?」

 

その当人の姿が見えず辺りを見回す信奈に、ああ…、とどう言うべきかといった様子で頭を掻く翔翼。

 

「ぶっ倒れたので寝かせている」

「は?何、怪我でもしたの?」

「いや、そういうのではなくてな…」

 

本気で心配している主君を宥めながら、翔翼はある方を指さした。

 

「いやぁ皆にも見せてやりたかったのだ、迫る敵をちぎっては投げる余の獅子奮迅の活躍を!」

 

その先には、駆け付けてきた幕臣らに明らかな虚偽を吹聴しようとしている義昭の姿があった。

 

「主にアレの相手もさせられたことによる心労が原因だな」

「ああ…」

 

それだけで全てを察した信奈は、心の中で目一杯に光秀に謝るのだった。

 

 

 

 

本國寺に留まり、戦後の処理と今後の対応について協議を終え、翔翼と目を覚ました光秀を個人的に労っていた信奈の元に、小姓が現れ跪く。

 

「申し上げます。斉藤道三様が姫様へ面会を求めておりますが…」

「あら蝮が?ふーん、どうしようかしらねぇ」

「あの爺さんも流石に反省しただろうし会ってやったらどうだ?」

 

義父に対して冷めた反応を見せる信奈に、助け舟を出すように促す翔翼。

 

「仕方ないわねぇ。いいわ、通してちょうだい」

 

はっと小姓が下がると暫しして道三が姿を現す。

 

「ぜーっぜーっ。の、信奈ちゃん…」

「元気そうね蝮?その様子じゃ反省はしたみたいね」

「み、水…。取り敢えず、水をくれぃ…」

 

息も絶え絶えな様子で、崩れ落ちるようにその場にへたり込む道三。良く見ればその顔は泥やらでかなり汚れており、着物も何日も変えていないのくたびれてしまっており、まるで山中で遭難でもしたかのような有様であった。知らない者が今の彼を見て、梟雄美濃の蝮として名を馳せた男とは誰も思えないことだろう。

 

「光秀」

「はい」

 

スッと立ち上がった光秀が一旦退室すると、ひしゃくだけを持って戻って来ると、道三に手渡した。

 

「どうぞ」

「あの、光秀…。水は?」

 

縋るような目を向けてくる父に、にっこりと笑顔を向ける。ただ、そこから感じ取れるのは異様なまでの圧であった。

 

「自分で探してきて下さい」

 

そして冷え切った声音で突き放すように告げる光秀。父想いの心優しい娘からの仕打ちに青ざめた顔で涙目になる道三。

なぜ彼がこのような目に合っているのかというと、刻は信奈らが上洛を果たして間もない頃に遡る――

 

 

 

 

「…………何よ、これは…」

 

都に入ってすぐに現地の現状確認に奔走する信奈。住居となる屋敷にて報告が記された書状に目を通している彼女はその眉を顰めており、額の血管が浮き上がっていていかにも不機嫌であった。

 

「これは、酷いですね…」

 

補佐に当たっていた光秀も、彼女程ではないも不愉快を隠せない様子であった。

三好家先代当主の長慶がこの地を統治していた時代は、稀代の名君と呼ばれていたその手腕によって安定した運営が行われていたのだが。彼女が病によって若くして命を落とすと、三好三人衆始めとする身内らによる権力闘争が始まり、内部抗争にかまけるようになり経済も治安も破綻し、民を守るべき兵らによる略奪を横行するまでに情勢は悪化してしまっていたのであった。

 

「民あっての国だっていうのに、なんでそんなことが分からないのかしら…」

 

怒りで書状を握りつぶしそうになるまで手を震わせる信奈。彼女にとって統治者とは民を護り導く存在であり、己の利益だけを考え害しか与えない者は唾棄すべき悪であった。

そんな彼女の元に、何やら困った様子の長秀が顔を見せる。

 

「姫様」

「どうしたの長秀?何か問題でも?」

「はい。現地の者らが姫様に直訴したいと押し寄せておりまして…」

「あんたでも手に負えないことなの?」

「それが、皆道三殿を出せと騒いでいまして…」

「蝮を?」

 

思わぬところで出てきた父の名に、キョトンとした顔で互いに見合う信奈と光秀。

 

「いいわ、直接聞いてあげるから通しなさい」

 

そう命じると長秀は承知しました、と下がると。程なくして彼女に連れられて、10人は優に超える女性らが中庭に姿を現した。

 

「面を上げなさい。あなた達が蝮――道三に会いたがっている者達ね」

 

跪く彼女らに、信奈は優しく語り掛けると、先頭にいる女性がはい、と応える

 

「その通りですじゃ信奈様」

「用件はなにかしら?もしかして昔の知り合いとか?」

 

女性らは皆道三と同年代らしき、老婆と呼べる年代の者ばかりであり。道三はかつては都で暮らしていたことを思い出し、そう問いかけたのだった。

ところが、その言葉に彼女らはうう、とすすり泣きだしたではないか。予想外の反応にギョッとして彼女らに歩み寄る信奈。

 

「ど、どうしたの?一体蝮と何が?」

「じ、実はわしらは商人の家の者でして、皆あの男に騙されたのでございますじゃ…」

「…何ですって?」

「あやつ今では斉藤道三などと威張っておりますが、かつては松波庄九郎と名乗っておりました」

「してその庄九郎めは『いずれは美濃から京に上がってそなたを妻として迎えに来るから、銭を貸してほしい』などとわしらを口説いて軍資金を調達し――」

「あろうことか、そのまま姿を眩ませおったのでございます!」

 

おいおいと涙を流しながら口々に被害を訴える女性ら。

それに唖然としていた信奈だが、やがて顔を真っ赤に染めながら、鬼のような形相に顔色を変えて怒りで全身を震わせると、あらん限りの声で叫んだ。

 

「誰かッ蝮をここにひっ捕らえてきなさいッ!!!」

 

その話を示す証拠はないも、同じ女として彼女らの流す涙に嘘偽りはないと確信できた。何よりどうしても他人事のようには思えなかったのである。

 

「よう、邪魔するぞ」

「は、離せ翔翼よッ。後生じゃ!後生の頼みじゃぁっっっ!」

 

彼女に応えるように翔翼がひょっこりと顔を出してきたのだった。――その肩に件のジタバタともがく道三を担いで。

 

「何か塀をよじ登って出て行こうとしていたから、とりあえず捕獲しておいた」

「よくやったわ。その老いぼれをそこになおらせなさい」

「めっちゃ怒ってるやん。何したんだよ爺さん…」

「まあ、何と言うか若気の至りというやつよ」

「へぇ、この人達にも同じことがいえるかしらぁ???」

 

その言葉に合わせるように、女性らが揃って道三を囲んで詰め寄っていった。

 

「おお、おお庄九郎殿!!お会いしとうございましたぞッ」

「返せッ、銭を返せ~!」

「若さを返せ~!」

「ひいいいいい!!南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏!!」

 

情けなさ過ぎる悲鳴を上げながら、頻繁に腰痛に悩まされていたとは思えない俊敏さで、包囲を掻い潜ると信奈の足に縋りつく道三。

 

「た、たたたたたた助けてくれィ信奈ちゃん!!頼みじゃ!」

「知るかっ、自業自得よ」

 

取り付く島もなく振り払われると、もう1人の娘へと逃げる。

 

「み、光秀ぇ…」

「あ、それ以上近づかないで下さい。冗談抜きで」

 

侮蔑の籠った冷めきった目を向けながら全力で距離を取られた。

愛娘らに本気で拒絶されて泣きそうになるのを堪えながら、最後の砦に逃げ込もうとする不埒者。

 

「翔翼!お主ならわかるだろうっ。わしと同類のお主ならァ!!」

「ふざけんなッッッ。しばき倒すぞクソ爺ィ」

 

これ以上ない不名誉を押しつけられそうになり、ブチギレる翔翼。

 

「「「…………」」」

「おい、何で『ああ…』って納得した感じの顔してんだお前ら。どつくぞ」

 

不埒者に同意してきた女性陣に本気で傷ついていると、女性らがふむぅ…、と何やら値踏みするような目を向けてくる。

 

「確かに昔の庄九郎に似ておるのぉ」

「いや、あれは無自覚に誑し込んでいく性質そうだから、より質が悪いかもしれんわい」

「ああ、世は無常じゃ…」

 

女性らにまで言葉の刃でめった刺しされ、翔翼は涙を懸命に堪えた。

 

「まあ、それはいいわ「いや、良くないが??????」――ともかく蝮。反省するまで帰ってくるんじゃないわよ!」

「早まるな信奈ちゃん!早まっていか――ぬぅぉぉぉぉぉおおおおおぉぉぉぉぉぉ……!?」

 

キェェェェェ、と身ぐるみ剥がさんとばかりに群がる女性らにもみくちゃにされながら、不埒者は引きずられるように連行されていくのであった。

 

 

 

 

「し、死ぬかと思ったぞ…本当に…」

 

自力で水を汲んできた道三が恨めし気に言うも、信奈は冷めた顔でふんっ、鼻を鳴らす。

 

「文句は昔のあんたに言いなさい」

「ぐふっ…わ、わしが、わしが悪かった…どうか、どうか許してくれぃ信奈ちゃぁぁん」

 

火を点けんばかりに額を畳に擦りつけながら平伏して懇願してくる道三に、流石に可哀そうに感じたのか、仕方がないといった様子で息を吐く信奈。

 

「わかったわよ。銭は立て替えてあげるから、後でお婆さん達にしっかりと謝っておきなさいよ」

「おお、おお!かたじけない信奈ちゃん!愛してる!!」

 

男として父としての尊厳やらをかなぐり捨てて喜ぶ道三。その姿を見て、翔翼はああは絶対になるまいと心に誓うのだった。

 

「あーその、光秀さんや?」

 

もう1人の娘に視線を向けると、怒りを通り越して感情が読み取れない無と言える顔をしており、本気で絶縁を言い出しかねない様子であった。

 

「二度と、二度とやりませんので、どうか許してもらえませんかぁぁぁ!!」

「老い先短い身で言われましても」

 

煙が出始めるまでに額を擦りつけながら誠心誠意謝罪するも、にべもなく突き返す光秀。

普段なら絶対に言わないだろうことまで言い放ち、同じくキレていた信奈まで冷や汗が流れるくらいに張り詰めた空気が流れる。

今にも心臓が止まりそうなまでに涙目で顔面蒼白になっている道三。そんな彼にやがて光秀は――ふぅっ、と息を深く吐くと、いつも通りの温和な顔に戻った。

 

「仕方がないですね。今回だけですよ、次はありませんからね?」

「あ、はい…」

 

釘を刺しまくるかのように、圧をかけながらにっこりと笑う娘に、口から魂が出そうなまでに完全に委縮する道三。

その光景を見た信奈と翔翼は互いに見合うと、彼女だけは怒らせないようにしようと誓い合うのであった。

そんなやり取りをしていると、失礼致しますっ、と小姓が何やら慌てた様子でやって来たのだった。

 

「どうしたの?」

「はッ。松永久秀めより書状が届いてございます」

 

その名を聞いた途端、げ、久秀っ!?と何やら冷や汗を滝のように流し始める道三に、まさか、やらかしたのかと責める目を向ける翔翼。

つい先日襲撃してきた相手に、何を考えていると訝しみながらも、光秀が代理で書状を受け取ると中身をあらためる。

そして、その内容に仰天して目を見開いた。

 

「こ、降伏???」

「読み上げなさい」

 

予想外の事態に固まっている彼女に、信奈は面白くなってきたと言いたげに、ニヤリッと笑みを浮かべながら命じるのであった。

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