織田信奈の野望~飛将伝~   作:Mk-Ⅳ

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第三話

昼下がりの頃。翔翼の住居の前に、女性物の着物を身に纏い、笠を被った1人の人物が立っていた。

 

「(変な所はないですよね)」

 

その者は手鏡と呼ばれる、持ち運びが可能な大きさの鏡で自身の身だしなみを気にしている。

一通り確認すると、手鏡を懐にしまい。深呼吸すると、戸をトントン、と叩く。だが、室内からはシン、としたまま応答がない。

 

「(留守、でしょうか?)」

 

馬小屋の方を覗いてみるが、尋ね人の愛馬である赤兎はいるも、当人の姿はなかった。

突然訪問することになったため、事前に伝達できなかったので無理もないことではあるが、落ち込んだ様子の訪問者。

 

「仕方ないですね。お戻りになるまで待ちましょう」

 

誰にともいう訳ではないが、訪問者は思わず独り言を零してしまう。

 

「今戻ったが」

「ひゃぁ!?」

 

いつの間にか背後に立っていた翔翼の言葉に、訪問者はビクリ、と体を震わせながら慌てて振り返ると、その拍子に被っていた笠を落としてしまう。

晒されたのは、肩に触れる程に切り揃えられた黒髪をした、信奈らと同年代の少女の顔であった。

 

「しょ、翔翼殿!?」

「ム。ああ、すまない。驚かせるつもりはなかったのだが…」

 

申し訳なさそうに頭を掻きながら、落ちた笠を拾い少女に渡す。

 

「い、いえ。翔翼殿は何も悪くないのでお気になさらずに」

 

笠を受け取った少女は緊張した様子で話しており、その頬は僅かに赤らいでいる。

 

「そうか?ならば良いが…。久しいな光秀、元気そうで何よりだ」

「お久しぶりです翔翼殿。そちらもご健壮で何よりです」

 

礼儀正しく腰を曲げる少女――明智光秀に、翔翼は嬉しそうに住居に迎え入れるのだった。

 

 

 

 

「そうか、道三のオッサンも元気か」

「はい、道三様も翔翼殿や信奈様に会いたがっていました」

 

住居内で座布団に腰かけて向き合いながら、互いの近況を伝う会う翔翼と光秀。

斎藤家当主である斎藤道三は、同盟の場で初めて顔を合わせた際に、信奈の才覚や人柄を気に入り。以来娘のように可愛がっており、自身の死後に美濃を譲り渡すとの誓約をする程であった。

また、翔翼のことも何かと気にかけてくれくれているのだ。

 

「…で、そっちの内部のゴタつきは抑えられんか」

「……」

 

和やかな雰囲気から一転し、射抜くような翔翼の視線に、光秀は押し黙ってしまう。

 

「今ままでこっちに遊びに来る時は、必ず連絡を寄越していたお前がいきなり訪ねて来るってことは、それだけ余裕がないってことだろ。下手に情報が漏れるとお前に危害及ぶ程にな」

「…仰る通りです。道三様のご嫡男義龍様が謀反の動きを見せております。美濃三人衆を始め重鎮らにも義龍様に同調する者が多く、日増しに勢力を増しているのです」

「まあ、信奈に――他国の人間に国を渡すなんて言われれば無理もないか」

 

翔翼は以前、美濃譲り渡しの件について道三本人に『跡継ぎや家臣の反発を招く』と苦言を呈したことがあったのだが。己の子は国を守る才覚がないと言い、それなら将来性のある信奈に託した方が良いと、笑いながら聞き入れられなかった。

 

「今はまだ抑えることができていますが、近い内に…。道三様はその前に、翔翼殿や信奈様にお会いするようにとお暇を下さったのです」

「そして、そのまま織田家に身を寄せろってところか」

「言葉にはされませんでしたが。『(まむし)』等と言われますが、とてもお優しいお方ですから」

 

そう語る光秀の顔は憂いを帯びていた。道三は元は京の油商人であったが、智謀策謀を駆使し下克上にて美濃国を治める地位を手にしたのである。

そのことから『美濃の蝮』と呼ばれ非情の人物と見られているが。実際は家臣や領民を大事にしたり、幼くして父を亡くした光秀を娘同然に面倒を見る等人間味溢れる人物なのだ。

だが、その優しさのため、息子である義龍の謀反の疑いが出ても、強硬な手段ではなく穏便に解決しようとした結果、完全に後手に回ることとなってしまったのである。

 

「今川が本格的に侵攻の構えを見せている以上、織田家の援軍は期待できん。勝ち目がないならせめてお前だけでも生かそうとしたか。だが、従う気はないのだろう?」

「はい、危なっかしい人なので放っておけませんから。それでは、これで失礼致します」

 

そう言ってお辞儀すると、光秀は立ち上がり出口へ向かう。

 

「(さようなら翔翼殿。最後にあなたの顔を見れて良かったです)」

 

戻れば、もう生きて会うことはできないと光秀は確信していた。主君の意を汲めば彼の側にいることができるが、武人としての彼女がそれを許せなかった。仮にこのまま生き残ったとして、忠義を誓った者を見捨てては彼の側にいる資格を失うだろう。たとえ死ぬとしても、彼への想いを抱いたまま死ねるなら本望であった。

 

「光秀」

 

翔翼は戸を開けようとする光秀を歩み寄りながら呼び止めると、後ろから彼女をそっと抱寄せる。

 

「翔翼、殿?」

「また、遊びに来い。ねねや五右衛門も喜ぶ。…それに、お前がいないと寂しい」

 

突然のことにキョトン、としている光秀。そんな彼女を離さないように抱きしめる翔翼。

 

「…はい」

 

言葉の意味を理解した光秀は、微笑みながら力を抜いて体を預ける。

背中から伝わる温もりが、不安を和らげ勇気をくれた。友である信奈に申し訳なく思うも、今だけはこの暖かさを独り占めしたかった。

いや、今思えば。ここに来る前に会った信奈が自分との触れ合いは程々にして、早く翔翼に会うよう促したのは、少しでもこうした瞬間を大切にしてほしかったからと思うのは考え過ぎだろうか。

 

「……」

「……」

 

無言のまま互いの温もりを感じていたが。暫しすると、どちらともなく離れる。

 

「それでは、またお邪魔させて頂きます」

「ああ、またな」

 

今度こそ出ていく光秀を、翔翼は姿がが見えなくなるまで見送るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その一月後。美濃にて斎藤義龍挙兵すとの報と共に、今川義元が大軍を率いて織田領へ侵攻を開始したとの報が翔翼らの元へと届いた。

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