織田信奈の野望~飛将伝~   作:Mk-Ⅳ

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第七話

夜が深まった刻の中。闇夜に紛れて丸根砦へ近づく複数の影があった。服部党――松平家が有する忍び衆である。力攻めでは陥落は困難と考えた元康は、彼らを使う搦め手を選んだのだ。

熟練された忍びらは、砦の警戒網を難なく潜り抜け、内部に侵入。分散し兵糧庫や物資の集積所へ向かう。

倉へ辿り着いた忍びらは火打石を懐から取り出し、火をつけようとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よく来た。松平家の忍び諸君」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如響き渡った声と同時に、周囲に明かりが灯り忍び達の姿が浮き彫りにされ、櫓や建物の屋上から光秀率いる鉄砲隊が囲むように現れ、銃口を向ける。

包囲されたことに頭目である男以外動揺する忍びらの前に、灯りを背に姿を現したのは翔翼であり、彼は武器はおろか鎧すら身に纏っていなかった。

 

「俺は大空翔翼。この砦を預かる者だ」

「…!」

 

翔翼が名乗ると、忍び衆の頭目である男は忍者刀を手にし、目にも止まらぬ速さで接近すると斬りかかる。

光秀が狙撃しようと引き金に指をかける。

 

「撃つな!」

 

が、翔翼が止められてしまう。

そうしている間にも、頭目の男が迫るも。対する翔翼は反応できているにも関わらず、身動き一つする様子はなかった。

 

「ッ!」

 

頭目の男は殺気を感じ忍者刀を構えると、間に割って入るように姿を現した五右衛門が振るった忍者刀とぶつかり合い火花が散った。

 

「シッ!」

 

五右衛門は体格の小さい体を最大限に生かし、縦横無尽に飛び回りながら連続で斬りつけるも、頭目の男は冷静に捌きながら蹴りを放つ。

五右衛門は脚で受け止めると、衝撃を利用し距離を取る。

 

「手間をかけたな」

「だから、丸腰は止めなされと言ったでござろう!」

 

側までも戻ってきた五右衛門に翔翼が礼を述べると、頭目の男から目を離さないまま怒鳴る五右衛門。

 

「敵対している者に信頼してもらうには、これくらいせねばな」

「もしものことがあったら、どうするつもりか…」

「ならなかっただろ?」

 

苦言を零す五右衛門に、翔翼は信頼を寄せた目を向ける。完全に自分を信じ切っている主に、呆れ顔をする五右衛門だが、無意識に口元に笑みが浮かんでいた。

そんな彼女に、満足そうな様子を見せるた翔翼が手で合図を送ると、鉄砲隊は構えを解いた。不自然な行動に忍び達が怪訝そうな顔する。

 

「さて、貴殿は松平家忍び衆頭目の服部半蔵殿とお見受けするが」

 

翔翼は頭目の男――服部半蔵に声をかけるも。相手は答えることなく、警戒したまま翔翼を動きを注視していた。

 

「こちらに争う気はない、ただ元康公に言伝を頼みたいのだ。日が昇る時、この砦の近くにある森林でお会いして話たいことがあると」

「……」

 

半蔵は翔翼の真意を探ろうとしているのか、無言のまま見つめてくる。

 

「このまま今川に従っていても松平家に未来はない、だから打開策を元康殿は求めているのではないかね?俺ならそれを示すことができる」

「……………………………いいだろう。確かに承った」

 

翔翼の言葉に、半蔵は暫し考え込んでいたが。結論が出たのか警戒を解くと、了承の意を示した。

そのことに満足気に頷いた翔翼が、再び手で合図を送ると、灯りが消され周囲が暗闇に包まれる。それと同時に、半蔵らの気配が消えていった。

 

「…上手くいくでしょうか?」

「いくさ。元康とて今の世を生きる大名なのだからな」

 

側に歩み寄ってきた光秀が不安そうに問いかけると、翔翼は自信をもって答えるのであった。

 

 

 

 

明け方の丸根砦の近くにある森林にて、翔翼は目を伏せて立ったまま佇んでいた。側には赤兎がおり主に寄り添うように大人しくしている。

静寂の中、赤兎が耳をピクリと動かし、正面の空間に視線を向けたると、翔翼は目を開く。

微かに蹄が地を蹴る音が耳に届くようになり、その音は徐々に大きくなっていき、騎乗した人影が見えてくる。

ゆったりとした歩みで馬を進ませる影は、日の光に照らせれていくと輪郭を帯びていき、狸を模した耳と尻尾を着けた少女――松平家当主、松平元康が姿を現す。

彼女はある程度翔翼近づくと、馬から降り向き合あう。

 

「お久しぶりです元康公。ぶしつけなお誘いに謝罪を、そして応じて下さったことに感謝を」

「お気になさらずに。こちらとしても、あなたにお会いすることはやぶさかではないので」

 

深々と頭を頭を垂れる翔翼に、元康は会えたことを喜んでいるように笑みを浮かべた。

 

「…正直に言えば。私のことは覚えていらっしゃらないかと、覚悟していましたが」

「まさか。織田家であなたと信奈様と過ごした日々は、私にとって大切な思い出です。あなた達と共にいる間は、私は人質としての、松平家の嫡子としての立場を忘れられましたから」

 

そういって、目を閉じて胸の前で両手を重ねて握る元康。まるで大切な宝を包むようであった。

 

「そういって頂けると、信奈様もお喜びになるでしょう」

「…信奈殿一番のところも相変わらずですね」

 

昔と変わっていない幼馴染を見て、元康は小声で漏らす。

 

「それと私達の仲です。こういった場では、堅苦しいことは抜きにしませんか?」

「親しき仲にも礼儀という言葉もありますれば」

「では、友人としてのお願いとしては聞いていただけませんか?」

「…お前がそう望むのなら、そうさせてもらおう」

 

両手の平を合わせながら懇願するように話す元康に、翔翼は折れるように口調を変えた。そんな彼に元康は嬉しそうに目を細める。

 

「それでお話というのは?」

「刻がないので単刀直入にいうが。今川との縁を切ってもらいたい」

「…そして、織田家に味方しろ、と?」

「いや、それはこの戦が終わった後にしてもらえると助かる。今は中立になってくれれば十分だ」

 

翔翼の言葉に、元康はピクリと反応する。どうやら彼の考えが見えてきたらしい。

 

「信奈殿が美濃から戻るまでの時間稼ぎに、我が松平家を使いたいと」

「ああ、今川は松平家を矢面に立たせて消耗させたがっている。お前も気づいていよう。そして、どれを良しとしていない筈だ」

「…確かにその通りです。ですが、今川家に従っているのは、それが一番お家のためになるからです。あなたの提案に乗って今川家を裏切ることにそれ以上の益があると?」

「ああ、この戦織田が勝つ。今川義元の首を取ってな」

 

翔翼が自信満々に言い放つと。元康は一瞬唖然とした顔になり眼鏡が僅かにズレるも、すぐに気を取り直してズレを直す。

 

「五倍はある戦力差を相手に勝つことさえ難しいのに、あまつさえ義元様の首を取る?無謀と言わざるを得ません」

「別に兵が多いから必ず勝つ訳ではなかろう。少数の方が勝つことだって珍しくはない」

「…具体的にどうされるおつもりで?」

「それは流石に言えんな。万が一にも今川方に知られれば、勝ち目がなくなるのでな。だが、お前が提案を飲んでくれれば勝算は十分にある。義元さえ討てば今川家は崩壊する、そうなれば松平家が独立することも夢ではなかろうよ」

 

顎に手を添えて沈黙する元康。どうやら今川と織田、どちらに命運を託すか天秤にかけているようだ。

 

「勝てるという根拠は?」

「信奈が勝てると言ったからだ。あいつは負ける戦はせん」

 

理屈ですらないことを、当然のように言い放つ翔翼。それだけで織田家の命運を分ける交渉に望んだ、主への微塵の揺るぎない信頼に、元康は思わず笑ってしまった。

 

「ふふ。あなたという人は、本当に昔と変わっていませんね。清々しいまでにあの方に一途ですね」

「あいつに『全て』を貰ったからな、どこまでも着いて行きたいのさ。どうだ、あいつの目指す先お前も一緒見てみないか?」

 

歩み寄ると、元康へと手を差し出す翔翼。

 

「…それも悪くないかもしれませんね。分かりました松平家の命運、あなたにお預けします」

 

にこやかな笑みを浮かべながら、元康はその手を取るのであった。

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